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悪女と呼ばれた私、転生先でも悪役です  作者: 小乃マル


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原作の改変②

 キャンベル侯爵によってかけられた私への嫌疑は、一人の勇気ある衛兵によって晴らされた。

「ミアが階段から落ちた時、私は一番近くでその様子を見ていました。スピアーズ公爵令嬢は、彼女を助けようとなさっていました」

 息を切らしながら医務室に現れたその青年は、発言を許可されるや否や、キャンベル侯爵の目を見据えてそう告げた。

「私の他にも、その時の様子を見ていた使用人がいるはずです」

 彼のその言葉を聞いて、キャンベル侯爵はすぐさま城の使用人を医務室に呼び出した。


「ミアがバランスを崩した後で、スピアーズ公爵令嬢はミアに手を伸ばしていらっしゃいました」

「スピアーズ公爵令嬢の普段の様子を見ていれば、そのようなことをなさる方でないということはわかります」

「元平民であるラルフ様のご様子からも、スピアーズ公爵令嬢が“平民だから”という理由で人を傷つけるような方でないことは明白です」


 次々に私を庇う発言がなされる中、感動で目を潤ませる私とは対照的に、キャンベル侯爵は徐々に顔色を失った。

 そして、彼らの話の内容からどうやら自分が間違っていたらしいと気づいたキャンベル侯爵は、即座に私に対する非礼を詫びた。


 もちろん、私やミアの言い分に全く耳を傾けなかったことは彼の落ち度であり、「自分は正しいのだ」という傲慢な態度の表れだったのだろう。

 しかし、侯爵という身分でありながらも、自分の間違いをきちんと認め、その上で頭を下げることができる彼は、間違いなく立派な人間だ。

 「自領の領民達から慕われる理由がわかりました」と溢すと、その場にいた全員が目を丸くした。


 当然ながら、その場だけで終わらせることはできず、後日キャンベル侯爵が我が家を訪れて正式な謝罪がなされた。

 キャンベル侯爵本人は「謝罪だけで許されるべきではない」と言っていたけれど、事を大きくしたくなかった私はそれ以上を望まなかった。誤解が解けただけで十分だ。

 その思いと共に「ミアを守ろうとしてくださり、ありがとうございます」と伝えたところ、彼は呆然としていた。


「姉様は本当にそれでいいのですか?」

 途中、ラルフがこっそりとそう耳打ちしてきたけれども愚問だ。

「キャンベル侯爵が信じる正義自体は、とても素晴らしいものだもの。ジェラルド様が目指す未来のために、彼のような考えの人間は必要よ」

 私のその言葉を聞いて、ラルフは少し面白くなさそうな顔をした。


 今回の騒動に関して、私は全く何も気にしてはいない。

 けれどももし、自分の無実が証明されていなかったら。おそらく、“平等な世界”を目指すジェラルド様は、大いに失望しただろう。

 それはそうだ。どんな理由があれ、使用人を故意に傷つけ、「平民なのだから当然だ」という態度をとるような人間に、嫌悪感を抱くなと言う方が無理な話だ。そんな人間と共に歩む未来など、彼にとっては地獄のように思われるのではないだろうか。

 …公衆の面前で、婚約破棄を突き付けたくなるほどに。


 今回の騒動を振り返って、私は真っ先に()()()()に思い至った。

 確証はない。けれども、『ガクレラ』の彼女(エリス)にも似たようなことが起こったのではないか、と。そして、そこでは彼女に対する誤解は解けなかったのではないか、と。

 身に覚えのない罪で糾弾され、婚約者からも信じてもらえなかった彼女の気持ちを考えると、胸が詰まるような気持ちがする。


 彼女はつくづく前世の私に似ていると、そんな風に思った。



 ◇◇◇



「私は、キャンベル侯爵に腹を立てている」

 今週二度目となる親睦会の場で、ジェラルド様は開口一番そう言った。


 実のところ、今回の騒動で最も大変だったのは、ジェラルド様の怒りを鎮めることだった。

 あの日、政務から帰ったジェラルド様に騒動の顛末を伝えた執事長に聞いたところによると、「キャンベル侯爵家を取り壊さんとするほどの」怒り具合だったらしい。

 すぐに王居に呼び出された私は、彼を宥めるのに相当な時間を費やすこととなった。


 しかしそれでも、ジェラルド様の怒りは完全に収まってはいないらしい。

「当事者の両方が『やっていない』と言うのだから、きちんと話を聞くべきだろうに」

 もちろん、そうなのだ。

 けれどもやはり、私はキャンベル侯爵だけを責めることはできないと思ってしまう。

「ですがもし仮に、本当に私がミアを突き落としていたとして、彼女はそれを正直に伝えることができたでしょうか?」

 私がそう問いかけると、ジェラルド様はわかりやすく顔を歪めた。


「今回のことは、そもそもそれが難しいから起こってしまった勘違いなのです。平民が貴族から不当な扱いを受けた際に、そのことを安心して訴えることができるように、何かしらの策を講じる必要があるのではないでしょうか?」

「それは…その通りだ」

 ジェラルド様はそこで言葉を区切ると、私から目線を逸らした。

「しかし、やはり私は彼を許すことができない」

 そう言う彼の耳は僅かに赤くなっており、己の子どもっぽい発言を恥じていることが見て取れる。


「…彼も、彼なりの正義に従ったのでしょう。私がもし本当にミアを突き落としていたならば、彼は英雄です」

「だが、エリスは彼女を突き落としてはいない。私は婚約者として、君を傷つけたキャンベル侯爵を許せない」

「傷ついてなどいませんよ」

 信じてもらえなかった彼女(エリス)とは違い、私はなんら傷ついてなどいない。


 むしろ、城内の使用人達からの私の評価が高いことを思いがけず知れて、嬉しく思っているくらいだ。

 前世の私も、「美しい」「容姿が整っている」と言われることはあったが、内面や行動を褒められることなどなかった。

 だから今回、初めて“自分そのもの”を認められたような気がして、いまだに彼らと会う時にどんな顔をすれば良いかわからないくらいに戸惑っている。そして、それ以上に喜んでいる。


 しかしジェラルド殿下は、そんな私の発言に小さく溜息をついた。

「理不尽な言い掛かりを受け入れるべきではないと私に教えてくれたのは、他でもないエリスじゃないか。それなのになぜ、君は自分自身のことになると途端に全てを受け入れようとするんだ?」


 ジェラルド様のその発言は、私に大きな衝撃を与えた。


 確かにそう言ったし、今でもそう思っている。

 もしもジェラルド様やラルフが同じような目にあったなら、私はとても腹を立てただろう。

 けれども私は、キャンベル侯爵の誤解について、本心から「仕方がないことだった」と思っている。…なぜ?


「…どうしてでしょう?」

 私がそう言うと、ジェラルド様は悲しそうな顔をした。

「エリス。君は“自分が誰かの大切な人”であることを認識せねばならない。私は、君にはもっと自分自身を大切にしてほしいと思っている」

 目の前の彼はそう言って私の足元に跪き、「人から悪しく言われることに、慣れないでほしい」と掠れる声で呟くと、そのまま私の左手の甲にそっとキスをした。


 正直なところ、ジェラルド殿下が言わんとすることは、よくわからない。

 だって私は“悪役”だから。この世界でも、前世でも、私は常に“悪”だから。

 “悪役”である私が悪しく言われることに慣れなければ、そのたびに私は辛い思いをしなくてはならない。「慣れるな」というその言葉は、私にとっては呪いでしかないのだ。

 しかし彼の表情は真剣そのもので、彼が私のことを思い遣ってそう言っていることだけは理解できる。


 この先何が起こるかわからない。どこかでゲームの強制力が働いて、ジェラルド様は私を憎むようになるかもしれない。

 けれども今この瞬間、彼が私を大切に思ってくれていることだけは覚えておこうと、そう思った。

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