原作の改変①
本日、8:00と16:00の2回更新です。
後日、伯父が逮捕されたという連絡が入った。
罪状は“殺人未遂”。
伯父の説明の曖昧さ、寝室の様子、そして私の一貫した説明内容。
それらを踏まえて母が警吏に調査を依頼し、その結果伯父の企てが明るみになった。
「薬の副作用のせいにして、アベルを窓から突き落とすつもりだった。責任を追及されないために、暴れるアベルに花瓶で殴りつけられたことにしようと考えた」
伯父は取り調べで、そう説明したという。
つまり、あの怪我は自作自演によるものだったということ。
「自分自身をあれほど強く殴りつけることができるとは、それほど強い意思を持っていたのでしょう」
伯父の怪我を診た医師は、そう語っていた。
一歩間違えれば私も危険な目に遭っていたかもしれないということで、護衛からは何度も謝罪を受けた。
護衛は「然るべき罰を」などと言っていたけれど、あの時部屋に一人で入室することを決めたのは私だ。
あの場で私を止めることも、共に入室することも、彼にはできなかったのだから、気に病む必要はまるでない。
素直にそう伝えたところ、護衛は涙を流していた。
ちなみに、伯父の企みが明らかになった時点で、ジェラルド王太子にはスピアーズ家から婚約辞退を申し出た。
被害者が当主であるといえども、身内から逮捕者が出たのだ。当然のことだろう。
しかし殿下はにやりと笑い、「何を馬鹿なことを」と言うだけだった。
やはり私は、この世界でも悪役としての生を全うしなければならない運命にあるらしい。
あの事件から一ヶ月が経過し、ようやく父も自力で起き上がれるまでに回復した。
そんな父に「話がある」と呼び出された私は、父のベッド脇に置かれた椅子に腰かけ、随分と良くなった父の顔色に安堵しつつ、父が口を開くのをじっと待つ。
「私が長らく飲まされていた薬は、血圧を下げる効果があるものだったそうだ」
伯父から聞かされていたのとはまるで違うその薬の内容に、父の衰弱すらも伯父が企てたものだったのかと、心の中で怒りが再燃する。
「あやつが隣国から持ち込んだ薬の中に、強力な自白剤があったらしい。治験も兼ねてやつに投与したところ、その思惑をぺらぺらと語っているとのことだ」
父によると、伯父は長男である自分が公爵位を継げなかったことに対して不満を抱いており、前公爵である祖父と父を恨んでいたそうだ。
「私を殺して、この家を乗っ取ろうとしていたんだよ。タマルと再婚し、エリスの継父となる。やつは公爵という地位と、王太子妃の継父という、その両方を手に入れようとしていたのだ」
そう言う父は、かつてないほどに怒りに満ちた顔をしていた。
「今後、やつが外に出ることは二度と叶わないだろう」
本来ならば死罪に処されても不思議ではない行いであったけれども、伯父の薬学者としての功績は本物だった。国としても、薬学者としての伯父を手離すのは痛手になるとのことで、厳重な警備下で働き続けることになったそうだ。
父の話が終わるのを待って、私はずっと気になっていたことを尋ねる。
「主治医は、どうなさるのですか?」
彼に責任が全くない、とは思わない。伯父が薬の成分を偽って父に飲ませていたことも、責任を問うとするならば相手は彼だ。
それでも、あの日以来姿を見せない主治医が今どのような状態なのか、私はずっと気がかりだった。
「完全に今まで通り、というわけにはいかないからな。ただ、主人の兄であり、薬学の世界でも認められている人間を、信じてしまう気持ちはよくわかる。何もなかったことにはできないが、私からも減刑を求めているところだよ」
父はそう言うと、悲し気に笑った。
主治医を信頼し、彼の人柄を好ましく思っている父が、家族間の諍いで彼に迷惑を掛けてしまったことを憂いていることを、私は知っている。
しかし、父が権力を使って彼の不祥事を揉み消すような人間でないことも、私は知っている。
父の痛みに思いを馳せ、これ以上父の顔を見ていることができないと目を逸らしたのがいけなかったのか。
ベッド脇に積まれた資料の中に書かれた、見覚えのある名前が目に入った。
―――ラルフ。
その名を見て、身体中に電流が走ったかのような衝撃を感じる。
そうか、ここで彼と繋がるのか…。
『ガクレラ』の攻略対象者の一人である次期公爵、ラルフ・スピアーズ。
私の義弟であり、スピアーズ公爵家の跡取り。
幼少期を市井で過ごしていた彼は、エリスから“偽貴族”と罵られ虐められてきたと、彼がヒロインに告白するシーンが脳裏に蘇る。
【ラルフルート】において、王太子が婚約破棄を告げるあの場で、屋敷内におけるエリスの悪行を声高に訴えるラルフの顔には、エリスに対する嫌悪感がはっきりと浮かんでいた。
「エリス!? どうしたんだ!?」
書類から目を離すことなく記憶を辿る私は、あまりに酷い顔をしていたのだろう。
慌てたような父の言葉が、私を現実へと引き戻す。
「すみません、少し考え事をしていました。ところで、そちらの書類は?」
推測するに、おそらく伯父に関する報告がまとめられた資料なのだろう。
盗み見は褒められたことではないけれど、人目に付く場所に置かれているということは、見られても構わない内容であるはず。
そう思って尋ねてはみたものの、自分の鼓動が大きく脈打っているのを感じる。
「ああ、あやつに関する報告書だ。やつは庶民の女性との間に子をもうけていたらしい。今は母親と共に城下で暮らしているその子を、引き取って次期公爵にしようということまで考えていたのだと」
…なるほど。だからラルフは“次期公爵”で、“エリスの義弟”だったのか。
『ガクレラ』の本編で、エリスの過去について触れられるシーンはなかった。
しかしラルフ・スピアーズが次期公爵を名乗っていたことを考えると、ゲーム内では伯父の今回の企てが成功していたのだろう。
父は事故死に見せかけて殺され、伯父が当主を名乗るようになり、ラルフを公爵家に引き入れて私達と家族として暮らしているのが、『ガクレラ』におけるスピアーズ公爵家だったのだ。
そのことに思い至り、改めて目の前に父が生きていることを感謝する。
「…お父様がご無事で、本当によかった」
その言葉と共に溢れ出た涙を、父の指がそっと拭った。
「これからもエリスの成長を見守ることができて、私も嬉しい限りだよ」
父のその言葉は私に喜びをもたらすけれど、しかし同時に暗澹たる思いをももたらした。
ゲームと比べて、私の状況は良くなった。
けれども、ラルフは?
「目には目を、歯には歯を」の精神で、理不尽な仕打ちをした相手には同様の罰をと望んでいる私だが、現時点でラルフは何もしていない。
ゲーム通りに事が進むか、母親と城下で暮らし続けるか、どちらが彼にとって幸せなことなのかはわからない。
けれども、もしも彼が次期公爵になることを望んでいたとしたら?
私がゲームの内容を変えてしまったことで、ラルフの状況が悪化するのであれば、それこそ何も悪くないラルフにとっては“理不尽な仕打ち”なのではないだろうか。
「お父様、私の考えをお聞きいただけませんか?」
気がつけば私は、そう口走っていた。
「ああ、なんだい?」
「その子を、スピアーズ家で引き取ることはできませんか?」
突然の提案は、父の予想を遥かに超えたものだったのだろう。私の言葉を聞いて、父は瞳を零れんばかりに見開いた。
「もちろん、その子が望まなければ無理矢理に連れてくる必要はありません。ですが、父親が殺人犯になってしまったのです。その子が今まで通りに生きていけるとは思えません。生活費を伯父に頼っていたのであれば、それもなくなってしまうでしょう」
突拍子もない提案であることはわかっているが、私のせいでラルフが不幸になるのは寝覚めが悪い。
「加害者の息子ではありますが、私達の血縁者であり、何より彼自身に非はありませんから。少なくとも、何かしらの策を講じてはいただけませんか?」
私の話を聞いた後、父は何かを考え込むかのように押し黙り、私もそれに倣った。
実際には数分、けれども体感としてはとてつもなく長い沈黙だった。
やがて父は大きく息を吐き、難しい顔をしたまま「考えてみよう」と呟いたのだった。
明日からは1日1回(16:00)の更新です。




