ある悪女の話①
【連載 vol.1】悪女:金成絵莉朱の素顔とは
◯月◯日深夜、事件は起こった。
その日、高級住宅街が立ち並ぶエリアにおいても一際目を引く豪邸に、多くの警察車両が詰めかけた。
周囲に住む人間は、その豪邸の住民についてこう語る。
「すぐにわかりましたよ、『ああ、あの家か』ってね。大金持ちの旦那さんに、派手な若いお嫁さんでしたから。まあ、おそらくお金目当てでの結婚なんでしょうね。とにかく目立っていましたよ」
事件の現場となったその家に住むのは、金成利一さん(56)。一代で巨万の富を築き上げた、地元でも有名な起業家だという。
近所の住民によると、利一さんの自宅に絵莉朱(28)が出入りする姿を見るようになったのは、一年程前からだそうだ。
「パトカーや救急車が集まっているのを見て、驚きましたよ。でもまあ、金成(利一)さんが無事でよかったですね。女性の趣味は…まあ…どうかと思いますけれど、地域のイベントにも積極的に参加してくれる、良い人ですから」
住民はそう言って胸を撫で下ろした。
その夜、家の中では何が起こっていたのか。警察関係者は、当時の状況をこう語る。
「凄惨な現場でしたよ。到着した我々が目にしたのは、広々としたリビングの中心で、被疑者である金成絵莉朱が胸から血を流している姿でした。見るからに高そうなカーペットが、絵莉朱の血で真っ赤に染まっていました」
「その傍らには、利一さんが跪いていたのです。おそらく、止血を試みたのでしょうね。彼の手は絵莉朱の血がべったりと付着していました」
当初は痴情のもつれによる殺人事件かと思われた。しかし現場の状況や関係者への聞き取りの結果、利一さんの正当防衛が認められ、金成絵莉朱が殺人未遂の容疑で書類送検された。
なぜこのような痛ましい事件が発生したのか。
今回我々は、事件の被害者であり、絵莉朱の夫である利一さんに、話を聞くことができた。
「絵莉朱が他の男と会っていることがわかったのです。『それはやめてほしい。不貞行為を働くのであれば離婚だ』と私が告げると、彼女は激昂して包丁を持ち出し『殺してやる』と、私に斬りかかってきたのです。そうして揉み合ううちに、彼女の胸に包丁が…」
利一さんはそこで言葉を区切ると、目頭を押さえた。
「お恥ずかしい話ではありますが、私との結婚が絵莉朱にとっては金目当てであることはわかっていましたし、私もそれで良いと思っていました。若く美しい彼女が、私のようなおじさんを相手にするはずがないでしょう。しかし目的が何であれ、私は彼女が妻でいてくれることが嬉しかったのです」
肩を震わせながらそう語る利一さんの腕には、絵莉朱と揉み合う際についたという傷跡が痛々しく残っていた。
「腕の傷は気にしていません。私は、彼女を死に追いやってしまった自分が許せない。彼女が精神的に不安定だったことは知っていたのです。冷静になって、彼女を刺激しない方法をとるべきでした」
我々の取材に応じる利一さんは、終始悲痛な表情を浮かべていた。その表情からは、裏切られてもなお絵莉朱を思う利一さんの愛情が滲み出ていた。
これほどまでに深く愛してくれる利一さんの、身体だけでなく心にまで深い傷を負わせた絵莉朱は、まさに“悪女”と呼ぶに相応しい人物だと言えよう。
【連載 vol.2】に続く
取材/山田