エルと魔獣
ーギイイイイイヤアアアアア
トロイたちは一瞬何が起きたかわからなかった。
どこからともなく現れた大きな丸太が、ものすごい勢いで魔獣に向かって突進したかと思うと、右目に刺さった。
痛みに悶えている魔獣を呆気に取られてみる面々。
その時、風に乗って声が聞こえた。
『魔獣が仲間を呼ぶから、注意して』
「え?」
「誰だ!?」
「な、何・・・?」
トロイたちが驚いて周囲を見回していると、巨大な火柱が魔獣を包んだ。
魔獣は声を上げることもできないまま、塵となって消えた。
「よかった!」
フレンシアがホッとしたようにいう。
「まだ安心できないから」
とてもクールな声が先ほどより近くで聞こえた。
フレンシアの後ろに、赤くピンクがかった髪に、セピアの瞳をした少年が立っていた。
「何ものだ!!?」
ユリウスとトロイが剣を少年に向けようとした時、反対の方向から同じ声だが少し楽しそうな声が聞こえた。
「魔獣が集まってくるよ。スタンピードになる前に止めないと。」
「僕はこの人守るから、そっちよろしくね。それとあんたたちは自分の身くらい守れるよね?」
同じ顔をした、同じ髪をした二人の少年が交互に会話する。
トロイたちは唖然としながら二人を見比べていたが、フレンシアだけはホッとしたように胸を撫で下ろした。
「早く倒してちょうだい」
ため息を吐きながらフレンシアがつぶやくと、フレンシアのそばにいたアルが目を見張った。
「・・・助けてもらうのが当たり前みたいだね?」
アルの言葉にユリウスが反応した。
「貴様!この方はアッシュラビア帝国の第1皇女様で在らせられるぞ!!」
ユリウスの声が響き渡るが、アルの表情は変わらなかった。
「だから?ここはティアメイルとの国境沿いの辺鄙な村だよ?最近では魔獣や魔物がウヨウヨ出てるんだよ?そんなところに何の装備もせずにきてる貴族が、おかしくない?」
アルの言葉に、フレンシア、トロイ、エドモンド、ユリウス、ジェイムズは全員自分の装備を見下ろす。
基本的な装備だ。
魔物狩や魔獣討伐で着用する装備。
防備魔法がかけられた楔帷子に、腰巻き。
その上には対魔法の制服。
帯剣もしている。
これが普通の装いだ。
一同は同時にアルを見上げる。
アルはあまりの動作のユニゾンに笑ってしまう。
「・・・なるほど。実戦が初めてなんだ。なるほどね。とりあえず、あれを見ておいたら?」
そういって指を刺す。
その方向には少年と同じ顔で同じ髪の少年がいた。
エルは目の前の魔獣を見上げる。
この辺で出るには少し小さめの魔獣だ。
エルがじっと魔獣を見つめると、魔獣の瞳が揺れた。
真っ暗で何も写さないはずの魔獣の瞳が、ほんの一瞬揺れて光が戻った。
その瞬間エルは、視線を細め魔獣に集中した。
この魔獣は最近魔獣にされたみたい。
まだ自我がある。
わざと魔獣にされたにしても、狙われたのはクロエ村かそれとも彼らか。
「なんてことを・・・」
エルの表情が一瞬だけ消えた。
「ごめんね」
魔獣になれば、元の姿には戻れない。
魔獣と魔物。
魔物は魔物から生まれる。
だからこそ団体で動く。
しかし、魔獣は元々普通の動物だったが、瘴気に当てられ異形に変貌し、とてもつよい力を手にしてしまう。
エルはその辺に落ちていた石を拾い上げ、右手に握りしめた。
エルの手の中が光、周りに水が集まり出した。
大量の水が、魔獣を取り囲み、魔獣の周囲を回り続ける。
水の牢獄に閉じ込められた魔獣は、水の流れを見つめながら徐々におとなしくなった。
瞳に光が戻りつつある。
目からは涙が出ていた。
エルは石を持ったまま、右手を前に突き出す。
そのまま、魔獣を取り囲む水の中に手をいれた。
石が赤黒く光、水の渦の中で魔獣が苦しそうに喘いだ。
ーギイイイイ・・・
徐々に魔獣を取り囲んでいた瘴気が薄れ、魔獣がおとなしくなった。
黒い塊でしかなかった魔獣は、徐々に形を崩し、塵となった。
塵は舞うことはなく、赤く光った石に吸い込まれた。
徐々に水の勢いが落ち着き、一気に地上に落ちた。
エルは右手にある赤黒い石を見下ろした。
「濁ってる・・・」
エルは悲しみのような、憎しみのような、焦燥のような、複雑な表情をした。
ふと顔をあげアルをみる。
アルの表情は変わらない。
いつものようなクールで、呆れた表情。
エルは満面の笑みでアルに手を振った。
アルはため息を吐きながら、苦笑した。