隠された皇女
シュヴァリエ協会の敷地内にあるグラノール学院。
ルフドを持つもののみが入学できる学院。
東棟の訓練場側にある図書館。
入り口から入ると左右に部屋が広がっている。
白が基調とされ、整理整頓がきっちりされている。
びっしりと本棚が置かれ、左右奥には自習机も完備されている。
右側にある、上級生だけが使える自習机の1番端には、一人の少年が座っていた。
透き通るようなシルバーブロンドに、晴天の空を思わせるようなスカイブルーの瞳。
鼻がスッとしていて、卵形の輪郭。整った顔立ち。
柔らかな雰囲気を持つ顔立ちであった。
行き交う人が見惚れてしまうような顔立ちをし、行き交う人が跪きそうな雰囲気を持つ、美貌の貴公子。
グラノール学院の騎士科5学年であり、アッシュラビア帝国の公爵家嫡男。
女性陣からも人気で、教師陣からも信頼が厚く、男性陣からも尊敬される人。
彼はため息を吐きながら、目の前に置いてある資料や本を読んでいた。
「トロイ!ここにいたのか」
図書館にしては大きめの声で呼ばれた彼、トロイ=ニコラス・キャトラルは、目の前に立つ幼馴染を見あげた。
「ユリウス。図書館なんだから少し声を落として。」
トロイの言葉にユリウスは楽しそうに笑う。
「図書館入るとき、司書さんにも言われたよ。」
「言われたなら尚更だよ。」
トロイがため息を吐きながら開いていた本を閉じた。
「・・・それ、歴史書と地図?トロイにしては珍しいんじゃないか?」
ユリウスはトロイの手元にある本に疑問を持った。
彼は成績優秀だし、努力を惜しまない。
苦手な分野がない、と言わせるほど、得意でないものへの執着がすごかった。
しかし、彼の手元にあるのは歴史書と地図。
トロイは公爵家の嫡男であることから、幼少期から世界地図は頭に入っているし、歴史なんてまるでその時代を生きていたかのように語れるほどだ。
ユリウスは、今更なぜそんなことを調べているのか疑問に思った。
トロイは幼馴染の顔を見上げ、昨日の父である公爵との会話を思い出す。
「トロイ、2週間後にフレンシア殿下が外遊に行かれる。」
父の言葉にトロイは訝しむ表情になった。
「フレンシア殿下・・・ですか?」
トロイの言葉に公爵も慇懃にうなづく。
フレンシア=ロマーナ・アッシュ。
アッシュラビア帝国の第1子でありながら、皇帝に冷遇されている姫君であった。
王宮の奥で、半ば幽閉されているような扱いを受けている。
第1皇女に問題があるわけではない。
問題は皇帝のプライドだった。
皇后であるフレンシアの母は、アッシュラビアの序列3位の侯爵家の令嬢であった。
当時、皇帝は魔法の研究にのめり込んでおり、帝位を継承するのに貴族たちが反対した。
そのことを心配した当時の皇帝が、後ろ盾として皇后と結婚させたのだが。
皇后はとてつもなく優秀な令嬢だった。
臣下も、皇帝より皇后を信頼する始末。
皇后自身は一歩下がり、夫である皇帝を尊重していたのだが。
皇帝はその言動すら気に入らなかったのだ。
二人に生まれたのは女児一人。
そのため皇帝は側室を迎えたが、側室を寵愛しようとも、子供を作ろうとも、皇后との子を冷遇しようとも、皇后は顔色ひとつ変えなかった。
そこからはもう、皇帝と皇后の我慢比べ状態であった。
その皇帝に冷遇され、まともな教育を受けていないフレンシアが外に出るのだ。
王宮の外に。
帝位継承権順位はフレンシアが一位。
そんな彼女が外に出るのだ。
「・・・陛下が許したということですよね・・・?今更なぜ・・・」
トロイの呟きに公爵は眉間に皺を寄せ、目を瞑った。
「・・・殿下がルフドと契約したんだ。」
父の言葉にトロイは絶句した。
アッシュラビア帝国の帝位は、必ずルフドとの契約が必須だった。
特に皇族は光のルフドと契約することを良しとされていた。
皇后の娘でありながら冷遇され続けた姫。
知識をつけることを許されなかった姫。
「・・・はあ・・・何も起きないといいですがね。」
トロイのため息参りの呟きが、部屋の中に響いた。
「フレンシア殿下が外に出るの!?嘘だろ」
昨夜の話をユリウスに聞かせると、いつもヘラヘラしている幼馴染が真顔になっていた。
こんな内部の話をするのは、ユリウスは侯爵家の次男で、派閥的にトロイの家の派閥であった。
「・・・でも何でこんなもの調べているんだ?」
ユリウスの質問にトロイは曖昧な表情をした。
「父上の話では、殿下が外遊にでたいってい言い出したらしいんだ。しかも、ここ200年で魔獣の発生率の上がり方と場所に共通点があるって」
トロイの言葉に今度は絶句するユリウス。
トロイはチラリとユリウスを見上げ苦笑する。
「父上も半信半疑で調べて見ると殿下の仰った共通点があったんだ。」
トロイが地図を広げる。
地図には赤と緑で丸が囲ってあった。
「・・・どういうこと?」
ユリウスにはわからなかったらしい。
「歴史書で魔獣と魔物の発生頻度と場所を割り出してたんだ。」
赤は魔獣、緑は魔物。
魔獣は単体で行動しとても強く、魔物は群れで行動する。
魔獣を相手にするだけで魔法師2人と騎士が五人以上は必要だった。
歴史書を開くと魔獣は5年に一度出るか出ないかだったのが、100年前くらいからじわじわ増加していた。
同じ場所ではなく点在していた。
その点在の仕方が問題だった。
一見バラバラな時期にバラバラに出現しているように見える。
しかし、全ての出現場所にチェックすると、魔獣が出る場所は、ほぼ同じ場所だが少しずつずれており、円を描くように現れていた。
以前に、5年間魔物が出続けた地域に40年ほどの間隔を空けて出現していた。そして魔獣が出現するのは魔物がいなくなった3〜5年以内であった。
サラメイル大陸は広大な大陸だ。中心にシュヴァリエ協会があり、その周囲に多くの国々が集まっていた。
トロイの話にユリウスはもはや口が聞けなかった。
ユリウスは普段、大雑把で行き当たりばったりで楽しいことが大好きなイタズラ好きな男だ。
だが、戦闘に対するセンスがずば抜けており、騎士の才能がありながら、グラノール学院の魔法科に入学した経歴を持つ。
そんなユリウスは、本当に戦闘に対してだけはずば抜けたセンスの持ち主だった。
魔獣や魔物には知恵はない。
魔獣は本能的な知恵はあるが、学習能力はないとされていた。
だからこそ調べた結果が、規則性があることに驚いたのだ。
規則性があるのは知恵がある証拠。
学習をして知恵をつけている。
魔獣は一個体がかなり危険な存在だ。
そんな魔獣が知恵をつけ人間を襲えば、今の生活が一気に逆転してしまう。
「けど・・・何で殿下にそんなことがわかったんだ・・・?」
ユリウスとトロイは互いに視線を合わせ、両手をあげてお手上げの様子を表した。
2週間後には実際に会えるのだ。
その時に聞こうと二人で言い合ったのだった。
なぜ会うかって?
皇帝は護衛をつける気がない。
騎士団どころかシュヴァリエ協会にも協力は否とした。
それはあまりにも、ということで、公爵の派閥が、学院生に訓練の一環として護衛をさせては、という話でまとまったのだった。