第11話〜第20話(全111話)
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さて、話を戻そう。
そのプリンターは、だいぶ前にBBの闇の市場で買ったものだった。記者は、IDマネーを随分引き落とされはしたがオフラインでも動き、感光紙というペーパーに何枚でも転写できた。温度と時間経過には弱かったが、これならデータパトロールに追い詰められるまでの猶予は相当できる。この時代にあっては奇跡であった。
世の中に無くならないものは、ない。正しく言えば、概ね、すべて、無くなる。しかし、一部例外的に無くならなかったものもある。テクノロジーによる人工物であるならそれらのほとんどが、アナログからデジタルにその役割を取って代わられて、人のメモリーやデータバンクにその痕跡と歴史だけを残し、絶滅という最終的な状況に追い込まれそうになってからはじめて惜しまれながらこの世を去った。また、稀少な植物や動物なら、ただ残念だ、可哀想だ、なんて悲劇だと記憶と記録が残るだけだ。
だが、生命体・無機体に関わらず、復活・復刻したものもあったのは事実だ。例えば、物品や消耗品の中でこんな時代遅れのものは、必ず無くなる、淘汰される、あるいは何かに置き換わる。そう批評され続けて、その何かは、時の循環の波にもまれながら、人知れず命の襷を繋ぎ、よどんだ水底で生きながらえて来た。
やがて一周してそれをオンタイムで知らない世代の意思と行動によって新しく生まれ変わり消費の舞台に再登場するのだ。それはつまり、多くの場合、いつの時代においても、人間による予言も未来予測もそうだが、ほぼほぼ緊張感と堅確性と信憑性に乏しいことがあるのだということを示していることと同義であった。
それらの中で絶対に無くなることのなかったものがひとつあった。古の神の教えの中にもそれを捨てよとあったもの、「欲望」、人の欲である。欲望が人の皮を被っている姿が人だ。
記者は100枚ほどプリントしたところで、そろそろペーパーの在庫がない。この情報をBBに持ち込めば何年分かのIDマネーになるだろう。いやもっと高いか。無論安売りするつもりはない。まずは30年分のIDから交渉をふっかけるか。できれば15あたりで手を打ちたいところだ。不老不死なんて自分の性には合わないし、そのIDマネーで新しいペーパーと豪華な食材と果実酒を手に入れよう。
南国特有の派手な色の大きな果物や野菜とさまざまの穀類、冷蔵ケースの二重硬質アクリルガラスの向こう側には大小、色とりどりの魚と様々な種類の何かのブロック肉、毎日の朝夕、市場に集まる多くの買い物客の明るく質のいい賑やかさだが、決して嫌ではない、ある意味静かな雑踏に包まれて、MJは記者と市場の入口にあるベンチの端と端に腰をかけていた。いつもと同じ鮮やかなブルースーツの上下、市場には似つかわしくないモデルのような出で立ちだ。それにしてもいったい何着持ってるんだ?何の効果もないのについついひがんでみたくなる。
相変わらずの冷たいオーラでMJは言った。ハイトーンではないが、よどみのない透き通った声だ。
「何でもないような話じゃないだろうな?」
「これまでも期待を裏切ったことはなかったと思うぞ」
「いくらだ」
記者はペーパーをMJに手渡しながら言った。
「30の価値がある」
「ID30だと!?」
いつものやり取りが始まった。
「じゃあ、ID27なら?」
「他に持っていけ」
MJはペーパーを突き返して来た。
「この国のどこにBB以外情報を買ってくれるところがあるんだ?おまけに、海外になんか持ち出せやしないんだぞ」
「いらないと言っている」
「わかったわかった。20でいい」
「 ・・・ 」
「じゃあ百歩譲って15だ」
「ふん」
「じゃあ10で」
「そうか、ID5」
MJはアースネットモニターの子機にそう呼びかけた。
「今、登録した。さあ商談は終わりだ、じゃあな」
記者はMJが自分に背を向ける時、ふっと笑みを浮かべたように見えて、それが何だか気になって仕方がなかったが、聞いたところで答があるはずもないことも知っていた。
「相変わらずひどい奴だな!」
MJの背中に向けて記者はわざと声をあげた。周りにも良く聞こえるように。
「生まれつきだ」
ちょっと片手を上げてMJは人混みに紛れて行った。よく見れば、複数の目つきの鋭いボディーガードがMJの周囲を警戒しながら、一緒に移動しているのがわかった。しかし、それにしても周りを見渡せば本当に異邦人の数が多い。
あらためて思った。この州は人口急増、経済回復と今のような巷の繁栄と引き換えに州独自の文化や心を異国に売り渡した。そんな風に記者は捉えて疑わなかった。
北からの大量移住、そして北ほどではないにしろ非常に多くの移民たち、つまり、より南の暑すぎる国から避難して来た人々だ。住めば都になった南部から今更超酷暑の故郷に帰ることを拒んだ人々を州政府は、正しく言うならBBは、ただ快く受け入れた。人口密度が上昇してエネルギーや食糧や衛生や治安や雇用などの先行きを案ずるよりも、州民総生産の向上への期待を込めたからだった。
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いろいろ見渡して、さらにその上でもう一度国中を見渡しても、最も悪質な奴が大山だ。記者はまんまとMJに誘導されたことに気づかなかった。
あの情報をもとにBBとコンタクトを取った時。MJの秘書は実に嫌そうな声をしていた。こういう情報の売り込みがBBには日々数え切れないほどたくさん来る。ほとんどがゴミ情報だ。しかし、病床にあるBBのボスSJに代わって今、かの組織を実行支配しているのは息子のMJである。
MJの特徴として最初に思いつくのが、情報を何より重要視し、どこかの誰かに打ち勝つには、その情報の蓄積とリテラシーと行動力がモノを言うことをすべてのよりどころとして動くことだった。
それを記者はよく心得ていた。互いに悪ガキだった頃からのつき合いだったからなおさらだ。MJは知能レベルが非常に高く、冷徹で合理的で生まれながらの支配者階級に相応しいその容姿だけを捉えるなら、完璧だ。
お前、こわいものとかないのか?と聞いてみたことがある。MJは、あるさ、ガイアの怒りさ、と答えた。
「大地の女神?」
「地球の奥底からの怒りは誰にも止められない」
「お前、そんなに信心深かったか?」
「お前はバカか。教えなんて後世になって権威者にとって都合がいいように全部人が作ったものだ。だから、人の言葉なんてこの世で一番信用しちゃならないもんだ。自分のありのまましか信頼できるものはこの世にないさ」
「そういうもんか?」
「ああ、そうさ。俺の前世からのDNAがそう言ってる」
「御先祖様は仙人かなんかか」
「御先祖様は、創造の神と破壊の神さ」
「何だそれ?」
「あ、違った。太陽だ」
「お前、サイコパスか何かか?」
「この俺をそこら辺の狂人と一緒にするな。煙になりたくなけりゃな」
「、、、、、え?何だって?」
記者は最後のフレーズがまるで女の声だったことを質したつもりだったが、それは虚空と雑踏の狭間に吸い込まれて消えていった。
MJは、家族に捧げる愛を除けば、どこまでも孤独を愛し、決して仲の良い友人など、自分の理解者を求めたりせず、距離感をある程度に保ち続けて淡々と人間関係を営んでゆく。MJにとっては、すべての関係性は取り引きにのみ裏打ちされているのだ。
記者は思った。今日、手に入れたID5のIDマネーでまた少し命をつなぐことができる。生きていなければ何も始まらないことをよく理解していた。これをアースネットに申請して5年分の寿命とするか、3年分の寿命と残りの2年分を貴重なペーパーの購入に充てるか。考えるまでもなかったが、ちょっと怯んだ自分を恥じ、後者を選択することに決した。
ペーパーなんて見たこともない人間が圧倒的多数を占めるこの時代に、文字や数字や写真が印刷された状態で、この手に取ることができることを奇跡のようだと、その手を震わせるに違いない人々に対して、載せるに相応しい記事でリリースしてやるのだ。今回の大山スキャンダルはそれにピッタリの材料だった。
随分と買い叩かれはしたが、MJが買い取ってくれたことで記者はそれが本当だと確信した。BBは、特にMJは決して嘘は買わないのだ。BBに偽情報を売り付けようとした者たちの末路を記者はよく知っていたし、そんな死に方はまっぴらごめんだった。
その冷たい恐怖が常識となった今の時代、偽情報は買ってもらえる訳がないのだ。情報の真偽を確かめる方法がどんなものかはわからないが、偽情報の提供者がその場で暴力を受けたり、すぐに殺されたりすることはなかった。
最初にBBから目をつけられた時から遅くて1~2年、早ければ1ヶ月以内に急速に脳と内臓が衰弱し、いつも検死管理官は老衰死と診断データを登録した。そのことにBBがどう関わっているのかなどアースネットが教えてくれはしない。いや、誰も疑念すら持ち得ない、そういうものだった。詮索すればきっと生きてはいられまい。
BBの上層部でさえその理由を知らない。ひょっとしたらMJなら知っているのだろうか。いずれにしても、情報の取り引きについてBBは、BBを騙そうとする不届き者たちを、敵対する者たちすべてを「自然死」を以てことごとく取り除いていったのである。
城の書斎に戻ったMJは今回の取引を振り返っていた。人々によれば、闇の正義とやらを重んじると好意的に評される組織の実質的な長である身としては甚だ不本意ではあったが、自ら送り込んだフェイクニュースにID5を支払うことで、そのニュースが本物であることを旧友に信じ込ませることができた。さあ、どこまでの騒ぎに広がるだろうか。返事をしてくれるとは思わないがアースネットに声をかけてみた。
「頼んだぞ」
アースネットモニターはグリーンランプが点滅したままやはり何も応えなかった。だが、明日になれば動き始める者たちがきっと現れると確信している。そしてさらには、自分が次の段階を全うしBBのMJは伝説となるのだ。国宝級の貴重なグラスに半分ほど秘書が注いでくれた果実酒を一気に飲み干した。
きっと親父を助けてみせる。ID50、50年の寿命の延長を手に入れるのは素晴らしい。しかも家族全員だ。組織における自分たちの価値が、さらに50年増えることの影響力は計り知れない。平均寿命50年の今の時代に100歳までは生きていられるのだ。50歳の時のままの知力・体力・健康状態のままか。あるいはさらに若返ることができる可能性だってあるのだ。
この国の平均寿命は、医療の革命的進化、食生活・栄養管理の大幅改善、飲酒・喫煙という嗜好品文化の減衰、そして戦争から大きく遠ざかったことなどによって大きく伸びた。古代から近代、そして現代、新現代と、決して一直線ではないが、現象としてはかなりな右肩上がりで伸びてきた平均寿命は、80歳を越えたあたりから、男女共に急速に85歳へ近づき、さらに86、87、やがて90歳、そして95歳を超える時代をすぐに迎えた。このままなら人生100歳時代はもうすぐだ。
だがその時、世界中を原因不明の病気が襲った。原因とされたのは、、、、、、未知のウィルスらしき生物「インターセプター」と後に名付けられたそれは、人間の目・鼻・口・耳・性器や肛門、そして果ては全身の皮膚、どこからでも体内へ侵入し感染、3時間後に発症するや45度から50度にも届く高熱で心肺・内臓・骨髄、つまり全身を一気に蝕み、その後まもなく脳全体が瘤化し小爆発を起こすかのように破裂、ヒトを即死させた。遺体は何ひとつ残すことなくやがて静かに塵となり白い煙となって宙を舞った。
多くの場合、60歳台前半以降の年齢が中心で性別を問わず、感染者が全世界にも及び、100億人時代をとうに迎えていた人類は、やがてその60パーセントに届く人口をわずか5年で失うことになった。死亡した、いや消滅してしまった人口のほとんどの割合で共通していたある特定の個人情報があった。
それは、長生きをしたいと思う、願う、欲する、伝える、記録する、行動する、という行為であった。また、決して例外とは言いにくいボリュームでの該当しない年齢層や、生まれ、性別、主義信条、思想哲学、資産、学歴、職歴、経歴、犯罪歴であるといったいくつかのファクターによって、まだ子供なのに感染、死亡するケースもあった。
そうは言っても、死亡者は全年齢層にわたっていたが、やはり結果としてその数で圧倒していたのは高年齢層である。権力者であるか、富豪であるかそうでないか、政治家や官僚であるかそうでないかなどが関係していたとは思えない。しかし、なぜか王室からの感染者は非常に少なかったこと、そして特に王族からは感染者が1名も出なかったという事実だけが後に残った。
世界人口が一気になんと60億人も消滅したことによって平均年齢は急激に下降し、不可思議にもそれに連れて長生きをするという概念が影を潜めた。人間はまず長生きすることがなくなり、平均寿命が下がり、人口が減少したことが却ってサイドマシン(ロボット)化を急速に進めることとなり、生活における科学との融合は今まで以上に加速度的進化を見せた。サイドマシンたちは懸命に労働し、あらゆる産業を振興させ、やがて世界の食糧事情は改善して、環境破壊のスピードは大幅に鈍化する。何百年も不可逆とされていたそれ、つまり一部では排出ガスの減少によって大気中の二酸化炭素濃度が改善を見せ始めたのだった。
この国は、世界の趨勢の縮図と言って良い。寿命、人口形成、ほぼ相似の関係にあるということにも置き換えることができる。すなわち、世界レベルでそうであるようにこの国においても不具合が顕在化するまでにそう時間を要することはなかった。
人間の業は、また同じ過ちを繰り返してしまう。
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神の啓示である「インターセプター」の恐怖は、いつしかただの史実のひとつに過ぎなくなり、さほどの星霜も置かずに平和ボケした時代で生きる平均寿命50年の人間たちは、科学や知恵や自然の力や強化された健康管理で長生きすることを目指し始めてしまったのだった。再び、地球と人類の健全な均衡は、やっと水平を保っていたシーソーが、少しずつ傾くようにバランスを崩していくこととなる。
人口が増えればその分食糧が必要となる。そして、その分エネルギーを消費し、必要以上に機械産業を稼働させねばならなくなり、結果、空気を汚し、山野森林の復活過程を大きく阻害し、とうとう互いを侵略し合い傷付けあったり、海水・湖水の浄化プロセスの途中に大きな障害物を打ち捨てていってしまったりした。
いつしかまた、世界人口は80億人となる。我が国は5億人の人口、世界に冠たる科学技術立国であり、小さい国土をそうだと感じさせないグローバルスタンダードの常なるリード振りで、その知見の発揮と地球規模での応用を各国政府と経済界、産業界から十分にあてにされていた。
長く生きることを求め続けることを、やがてさらに永くと妄信するようになれば、あるいは大切な誰かを救うためにと思い続けることで、人の気持ちに隙間が生まれ、そこに上手に滑り込んでくるものがあった。
聖杯伝説である。
古代の人々は「聖杯」を探し続けていたらしい。だが人間は、アースネットが生み出した今の時代の「聖杯」、フューチャーゲームによって、とうとう現実にそれを手にすることができるようになった。真に命を賭けた賭けに勝ちさえすれば、何百年も生きることが可能になったのである。理論上では。
蛇足ながら、、、聖杯伝説について知りたければアースネットに訊いてみると良い。
陣内華蓮・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
次期総理候補北部州知事大山豪蔵に初スキャンダル、切り捨てられた国民たち、と題されたわずか10枚一式のペーパーは記者が練りに練って選んだ各界のオピニオンリーダーたちに配られた。しかし政府側には一切手渡らなかった。政府側は当然反大山だからだ。配るまでもなかったのだ。
「いったいいつの時代の遺物なんだ、これは?」
オピニオンリーダーのうち約8割に及ぶ大山シンパの中のいくらかの数の者たちは、誰に言われるまでもなく怒りの炎に包まれながらペーパーの上の文字を目で追った。
しかし、、、
「はじめて見たよ、これがペーパーというやつか」
「私は久しぶりだ、ずいぶん前に見たことがある」
「本当か?それは凄いな」
「馬鹿を言うな!ただただ森林を凌辱し尽くした結果が今我々の目の前にあるソレなんだぞ。歴史に学ばなかったのか」
「君たちはいったい何を言っているんだ、珍しいとか懐かしいとか愚かしいとかそういうことを言っている場合ではない!内容の方が問題なんだぞ。もっとまじめにやってくれ!」
中にはこういうやり取りに終始する連中もあって、大半がそのスキャンダル暴露記事をまともには受け止めてはいなかった。いわゆる経済界や産業界でそれなりの地位にある者たちは、そのほとんどが『ザ・カンパニー』の富の傘のもとにある。『ザ・カンパニー』と言えば大山信蔵、大山信蔵と言えばその弟の大山豪蔵を誰もが必然に想起する。そもそもまともにやり合って勝てる相手ではない。
スキャンダルだという内容が漏れ聞こえてきたからと言って、その立場が根底から覆されるようなやわな地盤に大山豪蔵は立ってはいなかった。しかし、オピニオンリーダーの中には、自身の政治基盤をずっと無所属で通す大山兄弟に、妬みや嫉みから鼻持ちならずと反目する連中が少ないながらいたのもまた事実であった。
さて、政権与党の民主共和連合と常に競い合って来たのが、新興ながらも唯一の野党である自由改新協議会。その党首は陣内華蓮といった。うら若き女傑である。父は陣内志乃、そう、一代で党と財、そしてBBを築き上げた。北の大山兄弟に匹敵する実力者である。党のすべてを引き継いだ華蓮は父が政界から退いてもなお、属する政治家たちが強大な影響力を保有、行使し続けることを極端に嫌気した。行使し続けることを極端に嫌気した。初心は清廉であったものが時の経過によってもたらされる勘違いの積み重ねによって、人間が心底腐敗してゆくことをよくよく理解していたのだ。そしてある時、突如として意を決し彼女は鬼となった。
そうであるかそうでないかに関わらず父の側近だった者たち、老練かつ狡猾な議員たちを汚職・収賄やスキャンダル、情報漏洩などでことごとく逮捕、投獄させ、その家族・一族郎党に至るまでを連邦反逆者収容島に終身幽閉してしまったのである。
悪名は無名に勝る、と言ったのは歴史に名を残した、とある官僚だそうだが実は定かではない。とういうか、もはやどうでもいい。とにかく、彼女の美しさと優しさと、その清廉と威厳と恐怖に世間は簡単に屈服した。
民衆や華蓮の周辺、側近からも反発や非難は当然あった。だが、あまりの取り締まりの厳しさに、人々は華蓮の政治に恐怖すると共に、それほどの間をおかず、華蓮に対してその恐怖の度合いの反作用故か逆に心酔していくこととなる。娘のあまりにエキセントリックでラディカルな変革に華蓮の父は何も口を挟まなかった。
結果、自由改新協議会は急速に若返りを見せ、華蓮は父親譲りの明晰な頭脳と、国中の男性を虜としてもおかしくはないほどの美貌と行動力、カリスマ性を以て、南部州のみならず全国にわたって若者層からの支持を急速に集めていったのは言うまでもなかった。
無論、BBの存在が、華蓮の背後にあるのは全国民周知の事実であるといっても過言ではなかったが、政治評論家、経済評論家など大方の予想に反して、華蓮は華蓮なりに常に公正に判断、行動することを信念とし、実家であるBBに対しても是々非々で接したのだった。
時には警察治安部隊を投入してでもBBと対峙したことさえあったのだ。相手が誰であれ、その都度最適と判断することを貫き通す若き党首華蓮に対して、国民は、当初抱いていた恐怖心はどこかに吹き飛んで行ってしまったようであった。いつの間にか、心酔させられてしまっていたのだった。
はじめこそ、だ。古き、そして既得権益にしがみつく輩どもにしてみれば、華蓮が社会的にも経済的にも何不自由なく生きていることをあからさまに揶揄し、この小娘が、と妬み懐疑的であったが、その堂々かつ公正な裁きっぷりに時に驚き、時に感銘し、それが積み重なっていくことでついには圧倒され、そうして、華蓮は南部州民をして誰彼ともなく、いつしか「プリンセスK」とまで称されるにまでの高座に至ったのだった。
華蓮の人気がこの党首のためならと、たとえ命さえも投げ捨てて構わないとする狂信者まで現れる始末となった一方、BBはと言えば、南部州民のためであるならたとえ法律に触れることも一切厭わず、そして政治に関わる芥もくたとは距離感を適度に保ち、州民すべてに最低限中流生活を保証し、数々の福祉改善施策を実行して南部州における信頼の度合いは、もはや二大政党よりも圧倒的であった。国の行方を左右しかねない第三の勢力がその足場を確固たるものとしていったのだ。
南部州行政の政治は、BBが支える州民たちによって得られる州民総生産額の規模を決しておろそかにはできないと見て、BBとの関係を身の引き締まるような緊張感の中で、敢えて黙認すべきこととそうでないことの対処に頭を悩ませ、日々神経を擦り減らしながらの行政運営を続けざるを得なかった。
見方を変えれば、市井の些末な事象の一つひとつを、時に超法規的かつ迅速丁寧、秘密裏に行政に成り代わって解決していってくれる義理と人情的組織・BBの存在そのものが、州政府の気持ちを楽にさせていたのも事実であった。
何百年にわたってもなお、この国が変えることのできなかった、政治ととある団体との持ちつ持たれつの構図が脈々と生き続けているとの批判や、そしりを受けても仕方のないことではあったが、実際にはそういうバッシングは一切沸き起こらなかったのもまた事実であったのだ。
BBはBBで必要以上に口出しすることなく、政治は政治家に任せれば良いとのスタンスを崩さずの組織の信念を貫き続け、政治という表舞台に出ることなどを非常に嫌った。今の指導者であるMJは妹・華蓮の主導する政治の行方を優しく見守った。そして、妹は妹で、ちゃんと自分に対する兄の愛情をわかりすぎるほど理解していて、いつも組織や州の境を越えてこの国全体のことを思いながら、自分が信ずる道を進むのだと自身に言い聞かせ、党を飛躍的な成長を遂げるまでに導いてきた。
そして、、、
華蓮を支持する者たちの中で、党首華蓮の覚えを良くしたいという不心得者が現れるのにそうたいして時を要しなかった。
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与党の民主共和連合は、政権任期の満了を控えて、高波で陸に打ち上げられた浅瀬の魚類のように、もはや、いまわの際で静かに喘いでいた。現在に至るまでの政財界の腐敗や汚職、利権と欲にまみれたこの8年間に実はずっと国民を騙し続けてきたという罪は重い。
一部の官僚に至っては、国民のための奉仕の精神などは入庁時点で即忘れ、捨て去り、自分自身の暮らしのことと、その命と血統を営々と未来へ繋いでいくことだけを考え優先する始末で、方や、政治家はと言えば、何かと自分の都合が悪くなるならその責任のすべてを秘書や役人たちに押し付けて、結果、責任の取り方ではいつも秘書や部下だけが自ら命を断ち、真実を墓場まで持っていくというおおよそ人の道を外れた圧力をその弱者たちに与え続け、自らの保身と利益だけを優先してきたのであった。
だが、官僚上層部の者たちは、歴史的にその身と心を蹂躙されるその悔しさをじっとこらえてきた。いずれ逆転の一手を繰り出すその日まで、、、とその思いを決して表にすることはなかったが。
一方、財界では『ザ・カンパニー』グループのトリクルダウン効果の傘のもとにない企業群は、不明瞭なマネーの流れを政官界に古くから脈々と受け継がれている事実を認識していたにも関わらず、それを告発もせず自らその深みに身を置いて、ただ今が良ければそれでいい、この先もきっとそうであると思い込みながら、その拝金主義思想から得られる利得を各社経営幹部だけが特に充てにしていた、それが内幕だった。
「マネー」とは古来、それぞれの国や地域の信用に裏付けされた、命をつなぐための重要な経済ツールである。貨幣がこの世に登場して以来、その価値のあり方に人間は常に一喜一憂し、結果としてその貨幣によって手に入れることのできる物や権利や資源、暮らしと名誉、価値観、満足感、幸福感を他人と競い、それがひいては組織と組織、民族と民族、国と国との争いを必然として招いてきたのだった。しかし、この国が他の国と違ったことは、ある時期から貨幣や通貨という物質的概念を一切排除し、自らの命そのものを裏付けとした「IDマネー」の流通へと革命的に舵を切ったことにあった。
国外に一歩出れば、経済活動をするためにもちろん通信端末機器は必要だ。税関は無料で「アースネット」管理下にあるモニター端末を必ず国民に携行させる。これは渡航者への利便性提供と海外における情報集積が主たる目的ではあるが、実際には個人が五感で得たすべての情報がリアルタイムで収集され、アースネットにて統合管理および分析をされていたので、その看板は単なるカモフラージュに過ぎなかった。一方、海外からの訪問客や観光客に対しては、彼らが持ち込む携帯情報端末やパーソナルマシンは、ネットワークのスペックディバイドによるクレームを国際問題にさせないようにするため、すべてフリーに使用できるようにした。
支払い決済が必要なものは、世界各国の潮流が超マイクロチップシステムでオペレートされているのであるから、見方によってはIDチップが特段変わったものとも言えまい。アースネットはあらゆる情報を吸い上げ、あらゆる便利なサービスを提供し、そのクオリティーの高さは、なんて高度な通信網であるかの感謝・感嘆のコメントが海外から非情に多く寄せられるほどであった。しかし、このシステムは完全な鎖国政策の中に置かれたものであったのだ。それらの事実を封印した一部の者たちの存在を除けば、何ら変哲もない日常の延長線の中にある数多の人生がひたすらに流浪するのが人間たちの大河であったのだろう。
人間は(当然、動物なら、一部植物も、)食べて、あるいは体内に取り込んで吸収し、消化しエネルギーへと転化していかねば生きてはゆけない。人間であれば購入の対価に貨幣を使用する。IDマネーはそのすべてをアースネットで管理され、国民一人ひとりずつそのホストマシンのデータバンクに記録されており、食料や物品や情報やサービスの購買時にIDを人体認証されることで、IDマネーを都度引き落とされるという実に単純な仕組みと言えよう。
つまりIDマネーは、国民の「命そのものの切り売り」であり、実は国民の命こそがこの国唯一の「真の通貨」だったということだ。
命の価値。富める者と貧しき者、その比例直線、無慈悲なり。その格差の存在は事実として古来より変わらぬものであった。
一方、国際交易の代価としてこの国が得るものは、その埋蔵・産出ともにその量がとっくに底をついたとされている天然の金塊と天然のダイヤモンドであり、あるいは例外的にエネルギー鉱物資源そのものとし、電子マネーによって媒介される通貨による国際取引や為替取引と一線を画していた。
国際通貨という枠組みから脱却したこの国オリジナルの経済のあり方が、鎖国政策の再来であると言われるような唯一無二の国家経済の姿を見せていた。それは世界でこの国だけに眠るとされる「BRC」という稀少鉱物資源の存在によって裏付けされていたものだった。
中央省 山本長官・・・・・・・・・・・・・・・
中央省本部庁舎の長官室では、ひとりの官僚が、首都を見下ろす大きな窓際に立つ官僚のトップ中のトップの、それこそ光に包まれたようなその背中をじっと見つめ、深く静かに呼吸を整えながら、何かの命が下るのを今か今かと待っていた。長身で恰幅のいいその後ろ姿の長官は、当の官僚の側を振り返ることなく話をはじめた。
「ねえ、善光寺くん。。。あなたはこれまでも、そしてこれからもですが、私たちの置かれた、あるいは置かれるであろう境遇をどう思いますか?」
官僚はこの質問を瞬時に吟味分析し、最も的確な答を求められていることを理解した。
「私は口惜しく思います」
「なぜそう思いますか?」
「政官、時には財界における社会的不祥事や、興味本位的なものも含め、それら報道事案の最終的な責任の所在を、政治家は中央官庁各省の行政手続き上の問題と押し付けがちになることが往々にして起きる。最悪の場合、優秀な官僚が志と責任のはざまの重圧に耐え切れず、やむなく自ら命を断ってしまう事案も決して少なくありません。そういう観点からです」
少し、だった、、空気がその対流を止めた。
「私はね、これまで、無論、これからもそうなのですが、わかるな、とか、なんとかしろ、とか、曖昧な指令を出したことはありません。もちろん、そして誰かの弱みにつけ込んだり、家族や大切な誰かを人質に取るような真似をして、無理難題を押し付けるようなことはしませんよ」
安保省監察部長の善光寺は、綺麗に撫で付けられた銀髪が権威の象徴としか思えない、自分より何階級も上の上司である、この国の最高官職の中央省本部長官山本の言わんとすることを、灰色の脳細胞を先程よりもフルスピードで活性化させた結果の行き着いた答を一切はばからずに口にした。。。この手の話題で長官室に呼ばれたのは、はじめてだった。
「どこかの誰かがお邪魔なようでしたら、、、その、消えてもらいますが」
「敢えてもう一度言わせてもらいますが、いやいや私はそんなことは一言も言ってませんよ、などと昔の愚かしい権力者や政治家の真似をする気はさらさらありません。ただね、かの大山さんが目の上のたんこぶどころか、官僚である我々にはまさに悪性腫瘍、最期は根治不能症状で死に至る、となるのは将来、必定でしょうから、そうなる前に表舞台からも裏舞台からも退いてもらいたいと願っています、、、ですから。大山知事には、、、この世から消えてもらって下さい」
低く冷たい声で勿体つけるかのように、なおかつ長く長く一息に言った。そう思えた。敢えて、、、とあらためて言い直したくだりでは冷たい汗がひとすじ背中を伝った。ひとつも回り道や、自分は預かり知らぬこととしての抽象的な言い回しなどカケラもないその明確な指令に、善光寺は身震いを押し殺すのがやっとの思いだった。声の冷静さを精一杯のエネルギーでなんとか保ってダメもとで聞いてみた。
「長官、もしも許して頂けるなら私にだけで結構ですから、理由をお聞かせ下さいませんか」
山本はためらいもせずにこう言った。いや、わざとためらったフリをしてこう言った。
「仕方ないですね。。。いいですか、はっきり言って今の政府は愚者の集団としか私には見えません。それに引き換え、この後、大山総理が誕生すれば間違いなく政治は大きく変わります。国民の信厚く大変有能な行政府が誕生します。あらゆる局面で改革が進むでしょう。そして間もなく、大山さんは私たちの前に必ずや立ちはだかることとなるでしょう。彼は必要以上に優秀で必要以上に人望があります。それは歴史に名を残すほどでしょう。そうであるなら私たちにとってはまさにとても厄介な相手となります。現政権、そしてその一派と接する方がはるかに容易です。
古くからの慣習もあって、甚だ残念ですが、私たち役人には、政治家に対して滅私奉公するのが美徳と言わんばかりの服従をしてきたという事実しかありません。さすがに我慢にもほどというものがあります。私たちの主導権を維持、増強していくためには、いえね、私もたいてい自分は温厚な方だと思っていますが、良いきっかけですから、もうここらで行動を起こしてしまおうと思いましてね」
最後は、少しの笑いさえ含んだように聞こえた上司の口ぶりに、部下はただ恐怖した。
一週間前の出来事だった。
山本は、孫娘が総理大臣の筆頭補佐官兼筆頭秘書官を務めていることが常々自慢だった。しかし、官邸は他国への軍事機密漏洩を未確定情報としてスクープされた時、それに適当な国会答弁で根も葉もないこととせず、あろうことかその疑いは疑惑の中心人物である別の総理補佐官ではなく、実は筆頭秘書官にこそあるのだと公式発表したのである。その理由は今でも不明のままだ。
また、あくまでも現場が勝手に引き起こしたことであり、誰であろうが内心には踏み込む余地は何人たりともありえないとし、総理にも官邸にも責任はないと言い放ったのである。
冤罪となった山本の孫娘は、誰にもその責苦による苦痛を知らせることも相談することもなく、あるいは権力層からいついかなる不興を買ったのか、極度に優秀な頭脳を巡らせても全く得心できず、よってよほどの落胆のほどに諦めの境地に瞬時に達して反論することもなく、祖父による心配や真相究明への橋渡しの申し出も一切受け入れず、すべては私の不徳のなせる業であると謝罪したのだ。
国会、報道、反逆罪裁判への出廷など、数々の執拗な追及により大変な精神的打撃を一身に受けた彼女は、その真実を伏せたまま、1年後のある日、自分のこめかみに向けたビームガンのトリガーに指をかけたのだった。
その後一両日ほどして、政府は不良役人による婦女暴行事件、官制品納入にかかる汚職収賄事件などを次々にリリースし、先の機密漏洩事件の目くらましを計り、あっという間に世論の矛先を強引に変えさせて事態の沈静化に成功する。
一般論ではない。如何なる人間も保身に走る、為政者さえもだ。これが山本の持論である。愚者は権力に媚びへつらい、自分を持たず、その肩書きに酔い、民の心を疎かにし、自身の能力を勘違いする。そして弱き者へはこれみよがしに権限をひけらかしたがる。悔しかったら実力をつけてのし上がって来いと下の者に説くものの、果たして何が実力なのか、それをいかほど有するのかなど実は誰にも説明ができず、わかりもしないのだ。
なのに、わかったふりで肩で風切り、虚勢で飾った胸を張る。そういう政権中枢や行政機関、政治家や役人に対して、たびあるごとにお灸を据えることに血道を上げてきた山本は、自分自身もまたその愚者の一人であることへの、何とも言いようのない、自分へ向けた憐憫の情と遺憾の念を苦々しく受け止め続けてきたのだった。
理由もわからず「殺された」愛してやまない孫娘の無念も怨みも晴らさでおくべきか。権力と常に一心同体の今の国政政治家たちも、未来を担う有能な傑物たちにも「我が治世」の現実を、目にもの見せてくれるわ!!
ついに山本は熟慮の上、行動を起こすことにした。
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「個人的には何の恨みもありません。たぶん歴史的に大変大きな犠牲を強いることになりますが、大山さんにはこの国の革命の礎となってもらいます。私は現政権に完全な恐怖を植え付け、彼らには私たちの手先となって働き続けてもらいます。あの大山さんを手に掛けたとなればさすがに皆大人しくなるでしょう。警察省も防衛省も後からなんとでもなります。まぁ、誰も邪魔はしないでしょう」
「政権への積年の恨みです」
「結構、原則として手段はお任せします」
山本はそっと窓の外に目をやった。下がって下さい、ありがとう、と言われた気がして善光寺は扉へと向かった。この国最高の狙撃手である加藤三郎の笑わない顔を思い浮かべながら。
山本は、首都を見下ろすようで実は何も視界に入っておらず、思った。戦術的超小型核でも知事の執務室めがけて打ち込んでやれば、それですべて簡単に終わりそうだったが、間違いなくその念はいともたやすく察知され、そのコマンドも即座にマザーから足止めされてしまう。おそらくマザーはその命令の発信元を瞬間的に突き止めて容赦ない逆襲をする。すべてがその手の脅威にはマザーは非常に敏感なので、、、厄介なのだ。やはりゲリラ的な行動が最も適切だろう。それなら本当にマザーがアクションするまでかなりの時間が稼げるはずだ。人間そのもの、マザーが規定する本来の行動についてはマザーは干渉せず尊重してくれるからだった。それは、ある程度ではあったが、おかしな言い方をすれば、良識的な脅威については人間同士で解決しなさい、とマザーは言っているのだと山本は理解していた。それは、最も官位の高い役人にしか立ち入ることを許されない情報聖域の話題であった。
ふ、老害か。少しの時間、山本の脳裏を発熱したマザーデータが駆け巡った。
寿命50年の世の中で私は75歳まで生きて来た。権力の座は、常に優秀な若い世代に委ねていかねばならないことを、私は重々承知の上でここまで来てしまった。自戒の念を込めた笑みが自然と浮かぶ。
他人の噂話や笑い話のネタが大好きで、その輪の中に入る者たちだけに通じる隠語とムードを共有し、非常に小さく何の生産性のかけらもないコミュニティーを作っては壊し、作っては壊しするのが人間の得意技である。そのコミュニティーの中で少しでも調和が乱れそうになるや否や、すぐにその矛先が、ひょっとして自分に向くのではないかといつも人間は恐怖して止まない。ほんの些細な認識や言葉や行動や感情のズレが生む不平不満から誹謗中傷まで、それは一度動き出したらそのコミュニティーが飽きるまで、または別のターゲットが見つかるまでもう止まらないのだ。意識、無意識に関わらずそういう傾向を示すのが人間という生き物の業でありアイデンティティーなのである。
つくづく嫌になる。山本は自分が人間であることをそう恥入りながら、あともう少しあともう少しと己を鼓舞しつつ、もう本当にもう少しのところまで来ているのだからと悦に入っていた。
仮にも組織の長たる者が、自分の血族・近親者を要職や後継者に重用しブラックボックス化された環境で差配をするのは、、、決して国民や従業員にとってそれがベストであるという判断からではない。単に、耳に痛いことを遠慮会釈なく上申してきたり、良きことと捉えるや否や従順な姿は一切なく信ずるものに向かって突進するようなエネルギーの持ち主と討論することは最も苦手とするところであって、優秀な者たちからの反駁や力任せの解決を望む者たちによる暗殺と革命を恐れるが故なのだ。それは役所においても企業においても、光だろうが闇だろうが、どんな組織においても変わることはないテーゼである、、、、、
、、、その動機はいつも、極めて不純であるからなのであった。
事実に基づいてそうこう思索するうちに、やがて、すべての因果と生の営みが鬱陶しいものとなる。そして、とうとう一人でいることの素晴らしさを知るのだ。仲間と呼べる者たちと一緒にいる時も、愛する妻や家族と一緒にいる時もだ。心の半分以上は、常に一人がいい。
時折なぜ、生まれて来たのかと思う。一人でほうっておいてくれと思う。一人で静かに死ねればどんなに幸せかと思う。だが、生まれて来なければ女王陛下と出会うこともなかったのが腹立たしくもあるのだ、それはそれで。
私の心はずっと一人だった。私自身がそれを望んだのだ。それが一番楽なのだ。何より煩わしくない。愚か者どもにイラつかずに済む。今後も行く手を阻むものは、すべてを蹴散らしリセットしてやろう。
今もこうして首都を見下ろし一人でほくそ笑んでいる。それはすべてが私の欲望のなせる業か。いつまでも経っても、解脱出来ずに時の流れのままに生かされるのか。この欲望、いつかは断ち切らねばならない。そうしなければ私のプライドが許してはくれないのだ。
私に恐れるものはない。女王陛下に忠誠を誓ってから40年が経つ。35歳という史上最も若い中央省長官の誕生は、官僚人事における歴史的な出来事であり、それは一種の事件とも言える偉業であったのだ。
そして、不敬を恐れず言えば、女王陛下もまた歳をとられた。陛下の学友であった頃を昔懐かしく回顧するなら、互いに一目置き合う才媛と秀才の友という間柄でもあったのだが、ほんのひと時、互いに強く惹かれ合い、互いを求め合った夢のような期間があったのだった。それはあっという間に回復した熱病のようでもあった。
それを知る何人かの侍従や親衛隊隊員たちは、王室内の陛下の居城から一生出ることなくその役目をまっとうしなければならなくなった。だが、考えようによっては、国のシンボルである気高く麗しき陛下のお側仕えは、何の苦でもなくなるほどそれはそれは誇り高い任務でもあったのだ。
私は思う。人が何かの権力や名誉ある職についた時から始まる、跳梁跋扈する魑魅魍魎たちが隙あらば足を引かんとするような濁り切った水の中で、幾多の権謀術数をめぐらしての、任務の保守化と自らの保身と組織の硬直化と施策の陳腐化、あらゆる点においての動脈硬化は、行政や組織運営の有益か有害の損益分岐点を越える前までに排除、革新されなければならない。
しかし、まず往々にしてそれはそうならなかったのが実際だ。協会や連盟や理事会、法人や団体、会社と名のつく組織体は、往々にして老害がはびこってしまうのが結末であり運命だった。陣内華蓮の政党のようなところでさえ、取り巻きのありようによっては、その呪縛から逃れられない懸念もあるのだ。
ただ彼女の場合は、それらを事前に隅から隅まで掃除してしまったが、、、。そういう例外を除き、ほとんどのケースで何百年、いや何千年以上も、人間はその老害による忌むべき腐敗した営みから逃れられずにいたのだ。
私は、この老害を私で、私の世代で最後にしたいと思っている。私はこれまで、マザーの提供するフューチャーゲームに関わったことは一度もなかった。ある意味、そのおかげでここまで順風満帆に来れたのかもしれないなとも思っている。
当時はたいしたことはできなかったが、今はマザーの力によって、奇跡を実際に起こすことが可能なのだ。たとえ私が国中の、あるいは世界中の老害を一掃したとしても、女王陛下は決して怒りはしないだろう。山本らしいわねと笑ってくれるだろう。
ただし、だ。それはあと10年後の話だ。私のかわいい孫のバイオプロダクトアクセルによるクローニング再生が完了するまであと少し。あの当時25歳だった孫が復活する。最初の5年は二人で静かに暮らそうか。そしてその後5年を孫と共におもしろおかしく暮らしていくための合わせて10年、、、。それまで私はこの国の舵を手放すわけにはいかないのだ。
やっと私は一人でなくなる。その後、私が自分の舞台の幕を降ろした後のことは、孫娘の好きにさせよう。何せ女王陛下のDNAを受け継ぐ孫だ。その資格は十分過ぎる。
公にされることは決してなかったが、私たちには娘がいた。
私の娘は母を持たないまま、隣国の王室の皇太子のもとへ嫁ぐ前に、我が王室の親衛隊隊員との間にできた受精卵をラボラトリーに残して行った。それが我が孫娘の誕生秘話だ。
歴史的大スキャンダル。王室を震撼させるこれらの出来事、幻の王女の秘密は、私も含めて墓場まで持って行かねばならない者たちがそれなりの数いたのは言うまでもない。しかしなぜ、そんな事態に陥ったのか。それは明らかにはされなかったし、公の追及もされなかった。もちろん、当の隊員はひっそりと、消去された。
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愛する孫娘には24時間365日の、付かず離れずの護衛隊がいたにも関わらず、残念ながら自室内でのあの不幸の出来事を防ぐことはできなかった。私はあまりの怒りにまかせて、何の罪もなかったであろう護衛隊を抹消してしまった。これは唯一、行政官の私がその道を見失った瞬間であった。
マザーの力を一時の感情で悪用するなど死を以て償わなければならない。もちろん、いずれそうするのだ。それは山本の信条であった。
すべての因果を早く断ち切りたい自分と、それでもあと10年を望む自分と、その矛盾の腹立たしさが心底おかしくてたまらない。おかしくてたまらないのだ。だが、そういうことを考えるようになってしまったことこそ、私もヤキが回ったと言わざるを得ないなと苦笑するしかない。所詮、私もあの憎むべき政財界の愚者たちと何ひとつ変わらぬ俗物だったのか。ああ、哀しいかな、賢者の皮をはげば所詮同じ穴のムジナなのだ。
山本は、相当の条件が揃わない限りまず割れることのない特殊硬質の分厚く大きな窓ガラスに、肘から先の骨格がすべてヒビ割れるのではないかと思うぐらい強く拳を打ち付けて、ただただ自分が人間であるということへの愚かしさを呪った。
神海葵博士・・・・・・・・・・・・・・・・・・
陣内華蓮、人呼んでプリンセスKのことをボスと仰ぐ若者たちは幾度にもわたる話し合いの結果、ひとつの結論を導き出した。
「そうだな、マイクロ対人地雷がベストの選択肢だろうな」
「そうだ、犠牲は最小限に押さえるべきだ」
「ボスは喜んでくれるだろうか?」
「いや、きっと怒るさ」
「それでも」
「ほんとにやるのか」
「やらなきゃ変えられないか」
「気持ちがおさまらない」
「評価は歴史がしてくれる。うちのボスが総理になるんだ。俺たちの夢だ」
「ああ、そうさ」
「そうだな」
彼らの見つめるアースネットモニターは大山知事の明日、明後日のスケジュールを映し出していた。彼らは、、、ボスのためなら死ねる。言葉に出さずともそれが全員一致の思いだった。
「心配するな、後できっとボスは俺たちのことを褒めてくれるさ」
彼らは壁にナイフで打ち付けた一枚のペーパーを目で追った。そこに記されていること、、、IQレベルで国民を選別するなどという暴挙は、絶対に許されるべきことではない。きっとボスならそう言う。彼らのボスはいつだって美しくそして正しい。俺たちは皆、死など恐れはしない。彼らの目はどこまでも澄んでいた。
後にMJは思うはずだ。自分の妹に近い者たちが、まさか真っ先に行動を起こすとは、と。華蓮の履歴に傷が残るなど絶対にあってはならないのだ。
そして、、、いったい自分は何をしでかしてしまったのだろうか。
国を維持、発展させていくには言わずもがなの電力とそれをまかなうエネルギーが必要である。世界の潮流は再生可能エネルギー100%の世界へとハンドルを切るとしながらも、実は未だに総発電量の3割以上は核エネルギーと切っても切れない縁を保ち、それは数百年以上、人間の生活を支えて来たのであった。
だが、たとえ荒唐無稽なレベルでなくとも、物事にはいずれ限度が来るのは不可避の問題でしかも十二分の摂理ある問題だ。はじまりがあるから終わりがあり、その逆もまたしかりということなのだ。
たった4〜50年しか担保されない核施設の老朽化、大自然の脅威と驚異への的確な対応、累積し続ける核のゴミを処理しなければならないという世界共通の悩みを解消することは、万人をして世界の覇権に直結すると言っても過言ではなかった。
この国のエネルギーの源のひとつは、全国を縦断するように建設された世界最大規模のソーラー発電所であり、そして、無数のサイドマシン(ロボット)たちが日夜回収してくる地上や地中のゴミ、河川や海中のもの、空気中のゴミ、宇宙空間のゴミ、そして最も重要である核のゴミを燃やし尽くすための再処理発電所、この二つが代表的なものであった。
そのうち核のゴミは、一度は改良型の巨大高濃度廃棄物保管庫に詰め込まれる。。。そして、実はもうひとつ、ふたつの発電所とは別のエネルギー源が存在していた。北部州の地下深く、最深部と呼ばれる人知の及ぶ限界領域に「小さな太陽」がある。一言で言ってその表現が最も相応しいしろものだ。真にそれが何であるかを知る者は政権中枢以外では極々限られた。神海兄弟と大山兄弟である。
そして、皮肉なことではあったのだが「小さな太陽」の存在は、よくよく考えれば、核のゴミを確実に処分できるのであれば、では、その生みの親である核エネルギー発電所も核兵器も放棄しなくて大丈夫であろうという論理に一気に帰着する可能性を残してしまったのだった。このパラドックスを特に厳秘とせねばならないと最初に気づいたのは、かの神海博士である。
また、もし奪取しようと執着し、「小さな太陽」の秘密も実体も手に入らず、この国と最も敵対するあの国の指導者の立場であれば、高濃度廃棄物を全国土ごと海溝深くマグマの奥底へと沈ませてしまえと命じることさえ画策しかねない。そうなれば大規模自然災害の連鎖を誘発し、まかり間違えばこの地球自体の命取りにさえなりかねないというレベルの話なのであり、それはすなわち実行側も命がけの一大博打であるということだ。
それは、、、断じて回避せねばならないケースだ。
博士は決意する。 「小さな太陽」を、そしてその本質を、それが何かを絶対に知られてはならない。政権中枢に対し、必要最低限度の情報は記録に残すとして、最深部の真の実態とマザーの真実に関する情報と記憶は、妹・ステラとそのバックアップ、それと自分を除いた関係者全員から抹消せねばなるまい。
リサ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
北部州安保省安全保障局辺境支局保安課長、リサ、それが私の名前。私の任務は北部州知事大山豪蔵氏の身辺警護。大山知事は辺境地区の出身である。私は18才の時、安保局に入局した。2年にわたる特別訓練を受けた後、この地区に配属され、父である安保局神海博士の特命として知事の護衛を担当することになり、以来ずっと傍に仕えている。
本来であれば知事の身辺警護は警察省警備局の仕事だが、安保省しかも安保局特命という理由で警察省も渋々反発の矛を収めざるを得なかったという経緯があった。
知事は、時として父のように温かく、そして時として上司として、厳しく私に接してくれた。神海局長は弟である父が、その娘を未来の総理候補の護衛に就かせることで、将来、娘の出世に結び着かせたいのだろうという親バカ加減に呆れたものだと、そのことを一笑に伏しながらも、実はその配属を快く承認していたのだった。まったくのナンセンスで時代錯誤も甚だしいが、今も昔も血は水よりも濃いのであった。
大山氏は、30才の頃から無所属の州議会議員で、若きその才能を州民のみならず国民全体がその動静を気にしたくなるカリスマだ。千年に一度のまさに逸材、早くからリーダーの中のリーダーになるだろうと人々は持て囃し、故に敵視する勢力も人気に比例して増え、その枚挙にいとまがなかった。
いずれ知事となり、総理になって欲しいと願う人々が多くいるのも頷ける抜群の人と成りを示していた。当然、その動向・成果、次なる政策の打ち手など大山議員に関する話題をアースネットニュースは流し続け、さらに大山議員の人気を加速増大させていくことに一役も二役も買うこととなった。
マザーは意図的かつ頻繁にそれを提供していたのだろうか?
特権階級や上流階級では、大山知事の決断の数々をフューチャーゲームとして日常的に賭けを楽しんだ。勤勉を阻害するという理由で数々のギャンブルが廃止されて幾星霜、それはそれは相当の久しさだったが、人間の本能はと言えば、その中毒的快楽とそこから得られるであろう高揚感への再現性欲求・悪魔的欲望を深層心理のさらに奥底で決して忘れてはいなかったのである。
マザーが提供した非常に刺激的なこの遊びは、はじめこそ閉鎖的かつ独占的に支配階級者たちのネットワークの中だけでひっそりと生きて来たのだった。
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大山知事の護衛チームは、隊長である私とスナイパーの加藤三郎、そして30体の戦闘用アンドロイドたちから成る。人間の私と加藤は食べること、眠ることをしなければ心身に異常を来たすが、内蔵型の超小型核エンジンによってアンドロイドの彼らは無限に活動することができた(それを可能としたのは前述の通り、完全廃絶に向かうはずの核エネルギーを、実は手放すことができずにいたのは人の業ゆえであったからだ)。
ただひとつ厄介なのは、彼らには融通を利かせるという概念が全くないことだ。事務的に冷徹に、ただ大山知事を守り続けようとする。つかず離れず近づく脅威を排除せよ、そこに情も配慮もない、それがミッションだ。時としてただの殺戮部隊と化す危険性は常に目の前にあった。しかし、唯一の救いは私の命令だけには逆らえないよう父・神海葵博士によってプログラムされていたことだ。
早乙女真二郎・・・・・・・・・・・・・・・・・
安保局保安チームは、時速3000キロ、緊急時マニュアルモードのジェットモービルで本部の出動から30分後には北部州都サッポロ、都庁ビルを囲む広大な人工緑地に降り立った。実に静かだ。今のところは、か。
真二郎はチラッと隊長の顔を見やり、チームと少し距離を保って問い掛けた。
「サクラ、どう思う?」
「大山知事を守る。戦争は起こさせない」
「人間はどうして同じ過ちを繰り返すんだろうな?」
「いろんな人がいるの。気にしてたら安保局保安チームなんて務まらないわ」
「本当にBBはやるだろうか」
「本人に聞いてみたら?」
装甲パトロールモービルから2体のアンドロイドと一人の女性保安官が降りてきた。
「保安課長のリサです」
豊満な体型のリサはコードネームだと自己紹介した。隊長は単刀直入に返礼無しで切り込んだ。
「最新の知事の動向を共有させてくれ」
リサと隊長が感応波通信をはじめると、知事のスケジュールとは別に真二郎の脳にはマザーデータの電流が走った。
ん?カモフラージュスキンか?しかも相当な分厚さだ、その下にBRCスーツを?だからか。
心の中で真二郎は納得した。リサの体重はおそらく100キロ以上はある。この巨漢の姿にチームメンバーは何の反応も示さずに警戒行動に移る。気の毒に。
態度に出せば隊長に怒鳴られそうだ。園田隊長は安保局一の堅物で有名だし。それにしてもまあ、たいした美人だこと。でもみんなには見えてないのか。サクラにそれを聞いたつもりだったが、サクラは何も言わなかった。リサのBRCスーツの下の実体が見えていたのはどうやら俺だけか。
はじめの頃、都庁舎、知事の自宅、通勤経路、林立する高層ビル、警戒対象の数は多かったが警察と州軍はウヨウヨと警備していたので、安保局保安チームは原則ハイパーステルスモードで邸宅内だけを巡回するに足りていた。
リサとアンドロイドたちのチームは、知事の傍かつ適度な距離感で控えていた。都庁周辺は人工緑地といたるところにある気温コントロールシステムの働きで少しの暖かささえ感じる。しかし、都庁舎から1キロメートルも離れれば、ここは雪と氷の銀世界であることを思い知る。真二郎は国産コンバットスーツ内のエアコンディショナーの優秀さに感謝した。
感応波経由で何度かリサと情報共有もし、それ以外に面と向かって私的な会話も少しはした。しかし、常にリサを護衛するようにはべる2体のアンドロイドが(まるで人間にしか見えないのだが)俺たちの間に分け入るように行動するので、その都度リサは彼らを制止しなければならなかった。
リサ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
いいことなのだが、じれったく、そして何も起きない時間がただ過ぎていった。マザーの予言時刻まであと24時間。真二郎は聞いた。
「その時、警察と州軍はどう動く?」
私はサッポロ都庁の上層階を見上げながら答えた。
「警察は普段通りに警備と防御行動ね、だから外周を中心に担当させてる。州軍には詳しいことまでは言ってないわ。さらに外側に待機させてるから、どうせいつものMIPがらみの演習ぐらいにしか思ってない。もし何か事態が発生したらすぐに戒厳令を敷きたがる。さらにそれが知事の暗殺事案なんて聞いたら最悪。彼らのことだからところ構わずぶっ放すに決まってる。国民が流れ弾で死んだって彼らは何も感じないわ。ほんと野蛮で低脳で民度が低くてダイッキライ。」
大きな体をしたリサが、丸々とした頬に空気をいっぱい吸って、さらに顔を膨らませて悪態をついた。
私は真二郎に聞いた。
「本部ではどう思ってるの?」
「多分すべてを掴んでるわけじゃない」
「行動を起こすのはBBだって聞いてるけど」
「だけどそれが全部じゃない」
「どういうこと?」
「MJはきっと来る。感じるんだ。なぜかはわからない。そしてまだある。やつとは違う連中が何かやる、そしてもうひとつ」
「えっ?」
「君にだけは話しておくけど、もう一派は身内かな」
「安保局が暗殺を?」
「たぶん、ね。隊長には内緒だ。それこそところ構わずぶっぱなす」
「なぜ、わかるの?」
「勘、、、」
「は?」
「知事がもし暗殺されたら、それが誰の手によるものであれ、どうなると思う?」
「おおごとね」
「ただのおおごとじゃない。何の証拠も無しに北は単純に南によるものだと思うだろう。いや決めつけるさ。知事の兄、大山社長は国宝級の単細胞だ。そもそもBBのことを良く思っているわけがない。きっと話は、予想以上にでかくなる」
「そうなったら?」
「北はあらゆる武力を使う。そして南のBBは間違いなくさらに盛大に応戦する」
「そんなのって」
「そうならないようにするための保安チームさ」
「なぜそれを私に?」
「だから。勘、、、」
早乙女真二郎、ルックスの良さではわからない、頭のおかしい保安局員ではないかと私は思った。何、こいつ?戦争ですって?アンドロイドたちに目配せをして装甲パトに戻ろうとしたが腕を掴まれた。
「本当だ、俺にはわかるんだ」
「じゃあ、なんで隊長に言わないの?」
「どうせ信じちゃもらえない。マザーは戦争になるかも?って予言はしたし、BBジュニアのことだって具体的に言った。だからそれ以外の可能性は俺の妄想かもしれない。BB以外の襲撃の可能性なんて、マザーがそんな指示出しちゃいないんだ」
「 ・・・ 」
「それどころか、もうじきこの件のフューチャーゲームが動き出す。そうなりゃ州民どころか国民全体が穏やかじゃいられなくなる。警察は自分たちが主導権を取りたがるだろうし、州軍は何も知らせなかったと言って怒りまくる。なんで軍に情報を下ろさないのかってね」
「本当なの?」
「ああ、きっとそうなる」
私はそれ以上言葉を継げなかった。少なくとも州を挙げての騒ぎになるだろうことは容易に想像できた。都庁舎まで2キロメートルのところにある、下で思う以上の、おそらく相当な積雪のあるだろう超高層ビルの屋上を見やって、不安に身震いしながら少し深く息を吸って私は聞いた。
「加藤、そっちはどう?」
「大丈夫だ、リサ。妙な動きはどこにもない」
他に4体のアンドロイドが四方を監視している。屋上のヘリポートの中央に置かれた銃座は360度回転し、当然上空も狙えるが、ビルの足元つまり地上付近は完全な死角ではある。まあ警察か州軍に地上は任せるしかない。この国最高のスナイパーとは言えこればかりはどうにもならない。
しかし、私と26体のアンドロイド、それに本部から派遣された保安チーム30人がいれば、それはすなわち一個師団以上に匹敵する戦闘力だ。フルアーマーの彼らはいかに強力か、私は以前父に聞かされたことがある。その時の父の言葉の温度感には、何か私の背筋をゾワゾワさせるものを感じたことが不安でならなかったのを、私は忘れられなかったのだった。
朝陽が、一年中溶けない雪の州都に降り注ぎはじめた。あと18時間。もう24時間眠れていないが神経は張り詰めていた。州都でまったく雪も氷もないこの人工緑地と庁舎全体だけが次第に物々しくなってきた。
内部犯行?それは政府の?いや安保局の?
頭の中で何かがムズムズしている。うごめいていると言った方が正しいか。真二郎の話はともかく、リサは自分がなぜそう思い込んでしまいはじめていったのかわからなかった。
時報が午前7時を告げた。
////////////////////////////////018
「皆さん、おはようございます。アースネットニュース全国版をお届けします」
画面の中の美しいアンドロイドが美しい声で言った。
「まず最初にフューチャーゲーム開催のお知らせです。今回は全国民の皆さんにご参加頂けます。総理指名選挙の最有力候補との噂のある、北部州知事大山豪蔵氏の不治の病という速報が入り、当局はその事実を確認したようでうす。本日24時までに大山知事は無事に生還する。イエスかノーか」
アースネットモニターの前の国民は驚きと共に息を呑んだ。大山が死ぬのか?今そう言ったのか?
「全国民の皆さん、配当はご自宅のテレビやモニターでご確認下さい」
たぶんこれから先、全国規模の、こんなに大きなフューチャーゲームはもう現れないかもしれない。まさか女王陛下のお命まではマザーもネタにはしないだろう。各家庭ごとに伝えられた配当のIDマネーは1年、5年、10年、30年、100年が提供されていた。なぜ家庭ごとに違うのか。それは病気の有無なのか。収入の差か。子供の進学を控えているからか。新しい住居を買ったからなのか。軌道エレベーターでの宇宙生活を体験したいからなのか。北部州のみならず、国全体のあちらこちらであらぬ噂話が自然発生的に沸き起こり、人々の心理は右往左往しはじめた。
非常に危険な兆候だと私は思った。浮き足だった状態であるからこそ自分たちが冷静でいなければ何かを見逃してしまう。それは警護対象の命を失ってしまうことに直結するのだ。だが、仮に大山知事亡き後、国の行方はどうなるのか?政治は?経済は?国民生活は?外交、国防は?そして次の総理は?
中央州では国会議事堂含め、中央省、二大政党、それぞれがぞれぞれの思惑を巡らせていた。そして特に、案の定ではあったが、現場の司令部レベルでさえ警察と州軍が口角泡を飛ばし、明日死ぬかもしれない人物をどこまで守らなきゃいけないのかなどと、これまで積み重ねてきたフラストレーションを吐き出そうとし、あることないことを口にして主導権争いをはじめた。
大山信蔵社長・・・・・・・・・・・・・・・・・
大山知事の兄、『ザ・カンパニー』の社長大山信蔵は社長室で怒りをぶちまけ、いくつかの調度品に向けて、非常に高価なウイスキーグラスをいくつも投げつけて部屋をちらかし続けていた。優秀で冷静な秘書は、いつもながらに黙ってその様子を部屋の隅で見ていた。
「弟につなぐんだ!」
「はい」
サイボーグの秘書はいつも通りの返事をした。大山自身はと言えば、こんなに感情をあらわにしているにも関わらず、自分の感応波通信でなく、秘書に通信を繋げさせたところが経営者たる立場にある者の愚であった。これもやはり時代を超越したこの国の、嗚呼麗しきレガシーである。
「おつなぎします」
「お前、死ぬかもしれないって本当なのか!?」
知事が通信に出た瞬間怒鳴りはじめたので、兄の言ってることの一部は聞き取れなかったが、弟は想像しながら応対した。
「兄さん、怒鳴らなくても聞こえてるよ。大丈夫だ。あれはフェイクニュースだ。誰かの陰謀かな?ハハハ」
「笑うな!一体全体何を落ち着いてるんだ!全国放送で死ぬかもしれないと言われたんだぞ、訴えてやれ!」
「兄さん、フューチャーゲームもアースネットもマザーが作ってるんだ。マザーはこの国のインフラのすべてだ。そのマザーを訴える?バカを言わないでくれ。兄さんはそのマザーを世話する手伝いをずっとやってきたんだ。兄さん、いいかい、これにはきっとウラがある。それがなんだかは今はわからないけどね」
兄はフーッと息を吐いて、少し落ち着いた声で言った。しかし弟の網膜モニターに映っている兄の顔はまだ怒ったままである。
「お前、誰かに恨まれる、そんな政治をしてきたのか?」
「いいかい兄さん、ひどいことをしたつもりがなくても、ひどい仕打ちを受けたと思われた、だからアイツがニクイ、そんなケースはどこにだってあるんだ。そうだとすれば僕にだって自信はない。だって選挙で勝ってきたこと自体がもう恨まれてるってことになるんだろうしね。違うかい?」
「ったく。あきれたもんだ、お前は聖人君主なのか? わかった、もういい。それよりどうするんだ?」
「マザーに聞いたってきっと答えちゃくれない」
「やってみなきゃわからんだろう」
「お好きにどうぞ」
信蔵はマザーに語りかけた。
「どうしてあんなインチキゲームをはじめたんだ!?」
「24時を過ぎたらお教えすることができるかもしれません」
マザーの声は冷たかった。
「ほらね」
ガシャン!信蔵は壁の調度品目がけてまたグラスを投げた。いったいいくつグラスがあるんだ?
「兄さん、僕はちゃんと24時を過ぎても、生きていて見せるから安心してくれ。ウチには優秀な護衛チームがいるんだ」
「ああ、あのまんまるとした女のことか、ほんとうに使えるのか?」
「優秀だよ。しかも安保局の保安チームが来てくれてるそうだ」
「なに?それじゃ警察と州軍がひがむんじゃないのか?あいつらにあんまりストレスを与える続けると、今度は自分たち同士で勝手にドンパチはじめるぞ」
「兄さんから安保局には逆らわないように言ってやってくれ」
「やつらはそこまでバカじゃない。ただひがみやねたみが鬱積するだけだ。でもまぁ、わかった。長官に話をしておく」
大山豪蔵は想像してみた。マザーにでっち上げさせることのできる力を持つ者はこの世で限られているはずだ。この私を殺したいほど憎む、、、
ステラ、、、元気でいるのか?
遥か南に逃した想い人への感応波通信は、もういつからだろう、すぐには思い出すことができないほどの時の間、遮断されたままだった。
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中央省山本長官・・・・・・・・・・・・・・・・
中央省長官室。警察省と国防省の長官、それぞれの事務次官、次長、官房長たちは、自分たちの目の前の威厳とオーラに包まれたひとりの官僚の目すら、まともに見ることができずにいた。
「いいですか皆さん。いいですか、お二人とも。あなたたちの仕事はこの国の治安を守ること、他国などからの侵略を防ぎ、領土、領空、領海を守ることです。ふたつの武力が国家権力を盾にしてそれぞれの些細なプライドを守るために互いにいがみ合うことではないはずです」
大山信蔵は、警察省長官と国防省長官に話をするのではなく、中央省の山本長官に直接連絡をしたのだった。大山兄と山本は旧知の間柄であり、国は大山に民間企業としては考えられらないほどの権限を与え、納税・雇用など国の財政に多大なる影響力を持つ『ザ・カンパニー』とは、いわば一蓮托生の関係と言って良かった。
北部州都庁舎近辺での主導権争いや、いがみ合い、口論を中央省に察知されてそのトップ官僚たちが中央省長官室に呼び出されたのだ。事実、無理もない。なぜ安保局が動いているのか。なぜ警察省と国防省が両方とも北部州都に集結させられたのかは知らされていなかったのだ。それをフューチャーゲームの全国放送が煽ったのである。
山本長官は静かに言葉を継いだ。
「いいですか、もういちど釘を刺しておきます。あなたたちは仲良く安保局のバックアップをお願いします」
警察省長官が言った。
「長官、よろしいですか?」
「何でしょう?」
間髪を入れず国防省長官が言った。
「畏れながら、フューチャーゲームだけのきっかけで安保局の、しかも保安チームが動くとは初耳なのです。ですから、我々は他にも何かあるのではないかと、、、そのお、私たちは、そう思っています。なので、互いに意見と情報の交換を現場において、ああではない、こうではないかとコミュニケーションしていたに過ぎません。どうかご理解を頂きたいのですが」
「んんん、気を悪くせずに聞いて下さいね。彼らはこの国で最強の戦闘能力と武装をしています。もう一度言います。安心して彼らに任せてもらって、皆さんはバックアップと協力に徹して下さい。賢明なあなたがたですからおわかりとは思いますが、適宜、保安チームの指示を仰ぐようにして下さい。どうか仲良く」
まったく答えになっていない。つまり、彼らの上司はただ黙って従えと言っているのだ。やはり何かあるのだ。しかし、惜しむらくはその何かをここで問いただす勇気は彼らは持ち合わせていなかったことだ。8名の高級官僚は仕方なく、わかりましたと頷いた。山本は窓へと向き直った。
「頼みますよ」
自分たちに言われたと思って二人の長官は声を揃えて「はい」と言った。
「もちろん、あなたたちもです」
二人はその言葉の意味がわからなかった。
加藤三郎・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
陣内華蓮をボスと崇める者たちの中から選抜された10名は、マイクロ対人地雷を上着のポケットに忍ばせて、アースネットニュースによって、怒涛のごとくの群衆が今や騒然とする北部州都庁舎前で、大山の体調を心配していても立ってもいられず、波のように押し寄せ駆け付ける州民たちの中にすっかりと紛れていた。
警察が屈強な人員を揃えて都庁舎の各玄関、通用口を固めていたので、少し冷静さを保った民衆の群れは、見ようによってはまるでデモで集まったかのように見えた。中には泣き叫んだり、大山の名をひたすら呼び続ける婦人がいたり、胸の前で両手を合わせただ静かに祈りを捧げる集団もいた。
「おい、まずいな。この人手じゃ近づけやしないぞ」
「警察の制服ならどうだ?」
「バカ言え、そんなのバレバレだ。古い映画の見過ぎだ。ヤツらの識別コードが解読できない」
「大丈夫だ、きっとやつは出て来る。そういうやつだ」
「はっ、敵ながらアッパレか、、、」
「そういうことさ」
「そうだな」
善光寺はジェットヘリの窓から都庁舎を見下ろしていた。これがうまくいけば、きっと山本長官は自分を安保局長にしてくれるだろう。現局長は今回の不祥事の引責で一生、収容所島行きだ。そういう約束だ。込み上げてくる嬉しさに無意識に頬を緩ませていることに気づいた。見えるはずがないが操縦士に見られないように表情を引き締めることにした。
超長距離のスコープで都庁周辺警戒をしていた加藤三郎の目に善光寺のジェットヘリが映った。
「ちっ、俺が失敗しやしないかと見に来たのか」
このスナイパーに追加で植え付けられたIDチップは大山豪蔵の暗殺を命じていた。国のためだと善光寺は言った。
「ん?」
今、善光寺が笑ったように見えた。その時、都庁一階正面入口中央部の高さ10メートルはあると思われる特殊強化ガラスの扉が静かに開いた。
割れんばかりの歓声のような、空気の塊がうごめくような、どよめくような、叫び声のような、シュプレヒコールのような声の大波が都庁を包み込んでいた。
都庁警備チームの人垣が左右に別れると中央に、あまり大柄には見えないがいかにも屈強そうな上半身をした大山知事が立っていた。
超人的な指揮者によって統率されたオーケストラが、一瞬にして長い全休符に入ったようだ。少しの残響音だけが空間に漂っていたものの、それも間もなく息を飲んだ群衆の中に、カラダの中に溶け込んでいった。
文字通り群衆は固唾を飲んで大山の一言を待っていた。マイクの前に立ち、スっと右手を挙げた大山は、よく通る高めのトーンで集まった州民たちに語りかけた。
「皆さん、おはようございます。そしてありがとうございます。ご心配をおかけして申し訳ありません。私はこの通り元気です。ありきたりの表現ですが、今日も明日も、これから先もずっと皆さんと共に北部州のために力を尽くして参ります。ですからどうか日々穏やかにお心を乱すことなく、皆さんのお力を私にお貸し下さい。重ねてどうかよろしくお願いします」
そして大山は深く頭を下げた。
まだ続きがあるのではと身構える人々の中に、はじめはパラパラと、そして誰からともなくの拍手の小波が起こり、拍手は拍手を呼び、都庁前の広大な人工緑地は拍手と歓声に包まれた。歓声はさらに歓声を呼んで、ある人々は大山!大山!大山!と連呼し始めた。「大山さーん!」という若い女性の黄色い歓声、キャーとかウオーっとか支持者の声に、大山やめろ!や裏切り者!!非国民、、、!などの反対派のシュプレヒコールが被さっていた。
大山は時に微笑み、甘いも苦いも併せ飲み込んだ表情で、あくまで平静を保ち、再び右手を挙げて言った。
「ありがとう。皆さん本当にありがとうございます。私を支持して下さる方々も、またそうでないと、この大山のことが嫌いだとおっしゃる方々も、どうか皆さん、同じ州民として同じ国民として隣人を愛し、仲睦まじくお暮らし頂けるように願っています。そのための生活支援は何ひとつ惜しみません」
と、そこまで大山が言い終えた時、群衆の中から大きな声で男が叫んだ。歓声の波に逆らえるほどの強いエネルギーを以て、それは大山の耳にしかと届いた。
「大山さん!以前の人口流出について、本当は大山さんによる民族選別の陰謀説を唱える人たちがいると聞きましたが、それは事実でしょうか!?」
MJと幼なじみのあの記者だった。群衆は声の発せられたであろう方角へと一斉に顔を動かした。その視線の邪悪さに、記者はリンチに合うだろうと思い、強い寒気を覚えて全身に鳥肌が立った。おそらく意図して警察も警備チームも仲裁には入らないだろう。そうなれば一巻の終わりだ。ゴミくずのように人間の形もカゲも残らないだろう。群衆の悪意に踏まれ過ぎて俺は地面と同化するだけだ。
しかし見方を変えれば、最高のスクープ映像が撮れるかもしれない。それも大山の致命的醜聞として効果を生むはずだ。実は、距離をおいて仲間たちが撮影し続けてくれている、はずだ。ただひとつ、それだけが保険だった。
すぐさま群衆はざわつき、乗じて悪口雑言ぶちまけはじめる者が出た。
「それはありませんよ」
大山は群衆を制するためと併せて手を振り、笑みを浮かべて否定した。その言葉の温度には、群衆を一瞬で静かにさせる効果があった。
「すみません。先を急ぎますのでこれで失礼します」
そう言って大型ジェットモービルに大山は向かいかけた。
「待て!大山!逃げるのか!」
石つぶてを投げつけた年配の男がいた。やめろ!やめろ!のシュプレヒコールも起こり群衆同士の口論が始まって一触即発の危険をはらんだ様相となっていた。そんな中、
「大山さん、大山さん!」
数人の若者が人垣を掻き分け掻き分け、片手を大きく振りながら近づこうとしている。
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早乙女真二郎・・・・・・・・・・・・・・・・・
「握手して下さい、大山さん!」
離れたところで、集音マイクが拾ったその声に振り返った真二郎のコンバットスーツのアイカメラが瞬速のズームアップ、若者のうちの一人の手の中に黒く鈍く光る物体を一瞬捕えた。すると間髪入れず両足側面のスラスターが作動し、まさに真二郎は大山知事の元へ飛んだ。風を切るような噴射音と共に、約100メートルを1秒もかけない速さで、目の前に現れた重火器を持ったはじめて見る異様な姿の大男に、若者たちはひるんだ。
気がついた時には10人の同じ姿に取り囲まれた。
噂には聞いていたが、彼らが安保局保安チームを見たのはこれがはじめてだった。それはスリムな宇宙飛行士といった表現がふさわしいかもしれない。
ただ、その武装たるや一目見ただけで、抵抗はすなわち敗北、そして死亡を意味すると彼らは直感的に知った。
少し距離を取ってあと10人ぐらいだろうか、ビームライフルをこちらに向けている。照準のいくつもの赤いレーザーが若者たちの頭部を捕捉していた。
宇宙飛行士の集団は、生かして捕え、所定の手続きで裁判を行ない、法律に基づいて処罰する、そんなつもりはさらさらない。今すぐ確実に殺すつもりなのだ。離れていたってわかる、そのオーラが物語っていた。
敬愛する指導者のために死をも恐れない、その彼らはこの時、本当の恐怖を知った。自分たちの首筋と二の腕の肌がピリピリしたのがわかった。
そして、このハプニングに人垣はサッと左右に割れた。
「そこまで!手の中を見せてもらおうか」
真二郎はリサに目配せをして、大山をアンドロイドたちに大型ジェットモービルに押し込めさせた。大山専用の大型モービルは浮上し走り去った。
若者たちは観念したかに見えたが、なおもこの局面を打開しようとしていた。最後は仕方がない、本意ではないがせめてこいつらを道連れにしてやる。
しかし、真二郎たち保安チームの行動は容赦なかった。シュッという音が聞こえてビームウィップ(ムチ)で若者たちは全身を縛られた。
「我々からは逃げられはしない、命をムダにするな」
保安チームの隊長の大きな声がして、彼らはいよいよあきらめた。この白いコンバットスーツの群団の怒りを買えばウィップにスイッチが入り、高圧のビームで身体はいったい何分割にちぎれてしまうことだろう。
5人は、全身をくまなくスキャンされ、手の中にそれぞれが握りしめていた武器と隠し持っていた予備の銃器、刃物、毒薬アンプル、すべてを押収され、警察隊に引き立てられて行った。
「隊長、マイクロ対人地雷ですね」
「そうか、尋問は警察にまかせよう。他にも脅威があるかもしれん、警戒継続」
「了解」
群衆は今目の前で起きたことに声を出すこともできず、身じろぐこともできず、ただじっとしていた。大山が命を狙われた?と思った者たちの頭の中には支援者・不支持者を問わず驚愕と恐怖が満ちていた。
「ヤツらは?」
一人の保安局員がそばにいた真二郎に聞いた。
「わからないな。何らかの力が働いたのかもしれない、そうでないかもしれない」
「サクラ、どうだ?」
「うん、彼らは末端。しかも雇い主の指示ではない」
超長距離スコープで一部始終を見ていた加藤三郎は、無表情でビームライフルをケースにしまって屋上を後にした。保安チームが大山と襲撃者との間に割って入った時、善光寺を乗せたジェットヘリは帰投する素振りを見せたが、方針転換をしたようで少し手前に来てホバリングを続けていた。加藤はチッと軽く舌打ちをして、ターゲットを仕留められなかったことをもう頭の中から振り払った。加藤はジェットモービルに飛び乗って、大山の自宅方向を目指した。あと15時間。
リサはジェットモービルの中から感応波通信を試みた。長距離通信。
「早乙女さん、聞こえる?」
「感度良好。異常は?」
「大丈夫、そっちは片付いた?」
「ああ、ところで何で俺に?」
「わからない、ただそうしなきゃいけないって。マザーが指示したわけじゃないけど」
「知事を頼む。あとで合流する」
「了解、通信終了」
安保局保安チームはジェットモービルをマニュアルモードにして高速発進した。
大山豪蔵知事・・・・・・・・・・・・・・・・・
書斎で大山はリサと向かい合っていた。
「さっきの連中は何だったんだろう」
「支持者でもなんでもありません、あの動きは間違いなく知事を狙ったものでした。安保局保安チームが居合わせていなかったらもっと大きな騒ぎになっていたと思います」
「君たちがいても、か?」
「保安チームの反応と判断は明らかに私たちを上回っています。アンドロイドたちだけではああはいかなかったでしょう」
「そうか、君が言うならそうなんだろうな。警備チームも警察も反応速度はさらに遅い、か。しかし、だ。なぜ安保局が出張って来た?彼らが出向くには相当の理由があるはずだ」
「そうですね。失礼ながら知事の命が脅かされて、かつ、それが国家的重大事案と判断されない限り、神海局長も神海博士も彼らを出動させないでしょう」
「なるほど私もそこそこのMIPになったということだね。君の父上と叔父上には本当に感謝している」
「ありがとうございます。私が局長の立場で考察すれば、これをきっかけとして、たとえば、北と南で衝突が起きるとかそういうレベルの話です」
「南が?何か根拠が」
「いえ、ただの勘です、失礼しました」
私は自分の中で、マザーが本当のことを告げようとしていることをそっと飲み込んだ。そう言えば知事はそもそもマザーのことを知っているのだろうか。
でもそれは言わずにおいた。知事が総理になれば、おのずと秘書官か補佐官によって知らされる話なのだ。
大山の邸宅の外周を護衛チームのアンドロイドたちと警察隊、さらにその外側には州軍が二重の濠を作るかのように警戒任務にあたっている。
真二郎たち保安チームは、ハイパーステルスモードに切り替えて各室内と庭に配置されていた。当然、知事以下家族や使用人たちにはその姿が見えていない。
加藤はきっとどこからかスコープで見ている。彼の腕は何より頼りになる。私は声に出さず、誰に声をかけるでなく言った。
「まるで戒厳令下ね」
「あぁ、そうだ」
同じ邸内にいても姿の見えない真二郎の声が私の脳に直接聞こえて来た。
大山に関するフューチャーゲームに、人々はどんどん参加、その数を増している。今現在総人口の50パーセント。大山信奉者もそうでない者もおそらくこれまでのフューチャーゲーム史上最も話題性の高いこの賭けに、狂信的な支援者に至っては自分のIDマネーのすべてを賭けて、そして永遠の長寿を求めてYESとした。