第101話〜第111話(全111話)
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「ヤン、すまない」
「ダメでしたか?」
「顕在能力も潜在するそれも強大故に封じるか、蒸化させるかの選択肢しかなかった。私は封印する方法しか選べなかった」
「それでよろしいかと思います。蒸化はすなわち「浄化」です。そこには恐怖の力を一切持たない、ただただ美しい優子様がいらっしゃるだけです。なによりご主人様は優子様を愛しておいででした。失礼ながら申し上げればお嘆きになるのも少しの間かと。優子様は、これからもずっとご主人様のおそばでお力になってくださるのではと思いますので」
「女王陛下はお元気か?」
「はい」
「私ごとき日陰の者が言うことではないが、優子は王女の一人に違いないのだ」
「はい」
「 」
「ご主人様」
「ん?」
「陛下には負の力の台頭が徐々に」
「もう、か。トリガー次第、というところまでそんなに時間はないかもしれんな」
「はい、予想より早いかと」
「長官は気づいているか?」
「あの方に不可能なことはさほどありません。ご主人様を見ているかのような錯覚さえ覚える時があります。この秘匿通信も難なく掴めるのではと感じるほどです」
「捕まれば命はないぞ」
「百も承知の反逆罪です。磔にされて100メートル先からレーザーランチャーを撃ち込まれます。幸せなことに、痛みを感じる前に燃え尽きますので辛くはございません」
「救ってやれぬやもしれん。その時は許せ」
「ええ、ご主人様は部下一人のために進撃なぞなさいません」
「あいかわらず遠慮会釈もないヤツだ」
「短いお付き合いではありますが、真にお仕えすべきと思えた方はご主人様だけです」
「科学医術だけでなく社交辞令も言えるんだな」
「恐れ入ります」
「財前秀雄、、、お前も人間の残した最悪作品の被害者だったな」
中央省長官、つまりこの国の、実質No.1である山本太郎は、窓ガラスに映る自分の顔のさらに向こう側に、財前秀雄がヒデオだった時の寂しそうな表情を、歴代の未解決重大事件データベースの中にあるものを、見ていた。
桜田、、いや、天知は深い眠りの中にありながら自分の肉体が切り刻まれてゆくような感覚をおぼえていた。
苦しみ?痛み?かゆみ?心地よさ?、、、快感なのか!?何かが身体のどこかに入り込む。腰が浮く。何かが身体から抜け出すのだ。すごく強く、すごく長く、そしてすごくひどく。。。
志織が手を引いて連れて行ってくれたのは、誰もいない西陽の差し込む救護室だった。
「先生、横になって」
志織は、真っ白なベッドを見やった。遅い午後の生温かい少しの風が真っ白なカーテンを揺らしている。
言われるままに俺はベッドに寝る。志織は何も言わずに俺の顔に向けて手のひらをそっとかざす。志織の手の冷たさのせいだろう、とても冷たい空気を感じた。
けれども次の瞬間、強烈な熱が俺の顔を襲った。
俺の意識は瞬時に遠のいた。ああ、全身が溶けていっているのか!??
そうやって、俺は死んだ。
志織の発したパワーは、天知の脳を、さらに全身を溶解、蒸化させたのだった。それは、すべて刹那の間の出来事だった。
リンダの声がした。
「これで良かったの?」
「 、、、、、 、 いいんです。どうせ長くはありません。それよりこのDNAから新しい命を生めばいいだけです。少しだけ記憶も持って行かせて」
「そう。わかった」
「リンダさん、培養室を借りていいですか」
「、、、どうぞ」
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「ご主人様?」
「あの力のレベルは人間界にとっては不都合だ」
「3人はそもそもご主人様のシャドー結晶です。暴走抑止のための3分割クローニングだったのですよ」
「シャドーは最後まで影でなければ世が乱れる」
「どうされるんですか?」
「それを思えばこちらが危うくなるかもしれないな」
「それほどに」
「リンダの言う通りだ。そもそもあの子たちは私そのもののシャドーだからな」
「そうですね」
「リンダ」
「はい」
「この世はマザーによって、これからとてつもないスピードで移り変わる。それをシャドーは一切関わっていないとは私にも言えない。マザーとシャドーは常に表と裏、光と闇だからな。そして人間は大きな間違いを犯すことになる」
「それは何でしょう?」
「人間がマザーを制御している、この世の支配者が人間だと意識にも無意識にも考えたところから、道を誤った」
「愚かなことです」
「大きな災害も起こる。海と空の災いならば、最新技術も科学兵器も投入すれば吹き飛ばすも凍りつかせるも可能だ。
なんとなれば悪意を以って、我々と共にある母なる神秘の力は望む場所を風水害にも干ばつにもできる。そこで人間が、生きていけないほどに、な。気象を制すれば世界を征する、そういう真理だ。人間界という世界に限ってだがな。
だが、相手が大地となるとそう簡単にはいかない。大地の神と大地の恵みの前には人間はなんて無力なんだろうか。
不幸な女性が一人いる。復讐心に支配された最高の能力者の一人のその女性は、怒りのままに政治家も官僚も周到に結果として粛清する。総理も前総理も、だ。次期総理とてそう長くはないだろう。
そしてもう一人、北に大いなる勘違い権力者が脚光を浴び、科学が、産業が、暮らしが、時代が動く。私にも執事という新たな任務の局面が来る。やっと、だ」
「ご主人様が?」
「私の本当の役割は指揮ではない。主に仕えることで、私のこれまではすべてその下地を作ることだ。それはマザーの意思だ。私はそのために生きている」
「はい。。。あの、先ほどのは予言ですか。優子お嬢様の双子のお姉さま、小百合さんですよね」
「敢えて言えば、預言だろう。それと正解だ」
「はい」
「こののち、リンダもステファニーにも力を貸してもらわねばならない」
「喜んで」
「なんなりと」
もう一人、会話に、、、 ステファニーの声が聞こえて来た。
「具体的には何をしましょう」
「私と一緒になってくれ」
「はい」
「私たちでよろしければ」
「君たちはものわかりが良すぎるんだ。その意味ぐらい聞いてはどうだ?」
「はてさて、そこにどのような意味が?」
「精神幽体化し私と融合する。ただし、残念ながら強化合金パーツは取り込めないんだが」
「永遠にご一緒できるなら何も異存はありません」
「はい、私もです」
「感謝する。もし、志織たちと対峙しようとするなら、君たちの力も借りてスペックアップしておく必要があるだろう」
「その時が近いかもしれませんね」
「いざとなれば、自分対自分、ですよ、ご主人様」
「そういうことだ」
「、、、でも、よろしいのですか?」
「ん?」
「ご主人様は男性として一生枯れないのですよ」
「お気持ちは誰が受け止めるのですか?」
「ハハ、話が転換し過ぎだ。それにしても今この時、そんなことを心配してくれるのか」
「お笑いにならないでください」
「すまない。茶化したわけではない。もしものその時は、それ専門のサイボーグでも調達しなければ、、な」
「まあ、、、」
「許しません。私が中から妨害します」
「悪かった、冗談だ。さあ、どうだろう?特別に幽体を一時的に超化樹脂製のダミー経由で肉体化することとしよう。それでいいか?」
「仕方ありませんね」
「私たち、愛されてますわ、ね」
「交代でお願いします」
「んん、。。。わかったから、どうか幽体でいる時はおとなしくしててくれ。私のエネルギー集中がブレる」
リンダはウィンクをしてみせた。
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培養室では、志織が加速仕様で桜田のDNAを育てはじめていた。桜田の脳幹と生殖器官から抜き取ったものだ。もう少し分裂速度を上げてもいけそうだ。データ異常の表示は出ていない。
だが、焦ってリズムを乱し急加速すれば失敗に終わる可能性が高い。これから3ヶ月をかけ80倍速程度を基準にクローンを完成させるのだ。誰にも邪魔はさせない。
未成年の「彼」と会うのが心からの願いだ。自分より少し若い「彼」、憧れるワーっ。志織の内心は盛り上がり沸騰している。自ら消去し、再生する。
何か悪い?
志織は答えのない問いかけをして口角を上げた。
志織の中のシャドーはさらに、その精神支配力を増していっていた。
「香織里?」
「アイリーン」
「どうかしました?」
「あなた、天使だし、志織は生徒だし、学校内のことだし、、、」
「いいわよ、、、で、何でしょう?」
「うちの生徒会長、ヤバいかもよ」
「で?何?」
「培養室に頻繁に出入りしてるけど、シャドーが拡張してる、急速に。危険よ」
「知ってるけど」
「、、、だったら、、、」
「アイリーン! 聞こえてるわ、そして、感じてる」
「リンダ、、」
「ねえ、アイリーン。培養室は私が使っていいって言ったの。何もせず、ただ回避するのは不可能だから」
「そう?」
「強大なマザーとシャドーは必ず歪む、そして必ず衝突する。宿命ね」
「、、、ご主人様、かわいそう、」
「もう、ご主人様は覚悟されてる」
「もっと、ゆっくり来れば良かったのに」
「普通はそう。もっともっと年をとってからね。それに誰しも覚醒するわけじゃない。でも、」
「でも、?」
「志織はご主人様への忠誠と、先生に裏切られていたという失望感で、、、」
「、、そっかあ、純愛かあ、、、」
「、、あこがれます」
「天使も恋愛するの?」
「アイリーン、やめなさい」
「天使だって、、、します。人間のそれと特に違いがあるとは思えません。それに天使を茶化すなんて、あとで、バチがあたります」
「ごめんなさい、冗談よ。冗談だから許して」
天使のリーダー、香織里はあくまでポーカーフェイスでムッとしている。
「リンダ、いいか?」
「はい。ご覧の通りに」
リンダは、全裸でソファーに横になっている。両手は胸の上で組んでいる。
生身の人体が50パーセント。両腕のほとんどと上半身の一部、右足の膝から下が組織のトップシークレットである軽徴特殊合金属でできた肢体は、実に美しい眺めの一品だった。
「ステファニー、準備OK?」
10分ほど前に本部長控室から「城」へと到着したステファニーも同じく全裸だ。対向のソファーに横になっている。秀雄から見て右側にリンダ、左側がステファニーという並び。これまたリンダに負けず劣らずの美貌とプロポーションを誇り、頭蓋骨を除いて骨格のすべてが合金製の秘書が皮肉めいて言ってみせた。
「本部長、いえご主人様。私の見納めですよ。それと、、、肌の感触もお忘れになりませんように。。。」
「、、さあ、いこう」
秀雄は、両腕を左右に横たわる二人の女神に向けてゆっくりと上げていった。
リンダとステファニーは秀雄とリズムを合わせるように呼吸をし、最初は静かに、そして徐々に強く念じていった。
昇華し、蒸化融合を。
とてもとても長く感じたわずか10秒の時の中で、3人の身体は虹色に輝き次にピンク色に、最後は鮮やかなブルーに、、、光の玉に包まれた。
やがて、光が消える。二人の女神の、それぞれ金属製のパーツ・骨格がソファーに残され、肉体はすべて消えてなくなっていた。
秀雄はあらためて呼吸を整えるべく深く深く息をした。今、リンダとステファニーは自分の中にいる。自分に許された強大なマザーの力を、さらに増幅する女神たちのエネルギーが燃えているのを秀雄は、強く、強く感じた。
リンダが言った
「いかがです?ご気分は?」
ステファニーも言った。
「なんか、変な感じがします、ムズムズ」
「もう。。。あなた、はしたなくてよ」
「、、、 そうだな。 だが、ものすごいエネルギーの高まりを感じるからだろうな。進化、、、いや、三位一体の驚異といったところだろう」
備えは、終わった。
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そして時は満ちた。
培養室の5人まで育成可能な人体化成ドームの中に、贅沢にも一人しか格納されず5人分の栄養素とミネラルのすべてをその一身に受けて、桜田はクローニングされ少年の若さの肉体で新生した。
排出されはじめた。
ドーム内の人工体溶液が引いてゆく。
ついに、ガラス扉とそのフレームとの間の強化パッキン内のエアーが抜かれて、扉の開く音が室内を満たした。
口腔内の残った体溶液を飲みくだし、室内の空気をゆっくりと吸う。新しい桜田はまぶたを開けた。周囲を見渡すこともなく、目の前の真っ赤なまん丸メガネの女子に向けて、第一声を投げかけた。優しい響きだった。
「志織。おはよう」
「おはよう、マモル」
「変わりはないかい?生徒会長」
「ニックネームで呼ばないで」
「ニックネームか。。。ごめん、悪気はないんだ。ところで、どうして復活を?」
「正しくは復活ではないわ。マモルはおじさんのマモルのクローンだから」
ふと、そこまで話しておいてようやく志織が気づいた。マモルの出で立ちは生まれたばっかりで素っ裸なのだ。マモルの下半身のソレが興奮しているのがわかった。
志織は恥ずかしさを隠そうと平然な表情を装って、手にしていた真っ黒色のガウンをマモルに投げた。でも、頬は赤らみ尽くしている。マモルは手先で帽子をクルクルまわすようにガウンをキャッチの間もなく回している。
「黒は嫌いじゃない。ついでに言えば君のことは大好きだ」
「、、、 ついでに、ね。、、、 早く着てちょうだい。裸に興味はない。言っておきますけど、それに、感情はあっても欲情はないわ。、、、 ついでに言えば、私を怒らせると良くないことが起きるわよ。しかも、あなた自身に直接。出て来たばかりで直ぐに新生したことを悔いるなんて、イヤでしょ?」
「そうだね、悪かった。僕のことがとても好きだと思って、つい、ね」
「好きなのはクローンのマモルじゃない。こうやって会ってみてよくわかった。まったく同じDNAなのに、キャラ違いもいいところね。ほんと残念。失敗かなあ、もっとゆっくりやれば良かった。思ったのと全然違うっぽい」
「しゃべっても?」
「どうぞ」
「子どもの頃の前のマモルは今の僕と同じキャラだったかもとは考えないのかなぁ」
「黙ってガウンを着ないと、、、」
志織の身体全体と両の手のひらが、ボッと炎に包まれたような勢いで輝きはじめた。
「おっと!」
マモルは本能的かつ反射的にガウンを羽織って唇に人差し指を当て、シーッと言った。恭順の意思を表明したつもりだ。
志織は輝くのをやめた。だが、瞳はまだ、いらついていた。
マモルは、ひとつ、、、ツバを飲んだ。
「ごめん。許しておくれ」
「何で危ないと思ったの?見たこともないのに」
「なぜかはわからないけど、早く言う通りにするようにって、誰かが言ったんだ」
「へえー、頭の中で?」
「たぶん」
「一般人にしては上出来」
「何だい?それ」
「いいの、あなたは私のペット」
「え?、、、断る」
「じゃ、消してあげる。また、別の作るから。いいやつ」
「ま、待って!ジョウダン、冗談だから」
「私の言う通りにしてなさい、いいわね」
「はい、ご主人様。でも、いつまで?」
「私が人として存在している限り。それと、ご主人様は別にいる。軽々しく口にしない!わかった?!」
「、、、は、ハイ」
チッ、何を言ってやがる。どうせ種も仕掛けもあるコケ脅しだ!若い桜田マモルは頭の中で逆らった。
その時、マモルの頭に激痛が走った。
何かで殴られた?頭蓋に何かを刺された?
両手両足はそれぞれ首の部分を大きな工具でいきなり挟まれた?
マモルは倒れのたうち回る、意識が遠のいてゆく。
突然、すべての痛みが止んだ。マモルは絞り出すように言った。
「い、今のは何だ。何をした?」
「冗談程度のお仕置き」
「死ぬかと思ったぞ」
「、、、私をみくびらないでネ、ペットちゃん!」
マモルの静脈内の温度が氷点下に達しそうな勢いで、顔面は蒼白を通り越して凍りついていくかのような冷たさに襲われた。
志織の中のシャドーが、また大きく、強くなっていった。
秀雄たちは、皆それを確かに摑んだ。秀雄とアイリーンとアントニーと。そして、幽体となった優子もリンダとステファニーも、宿主のフリーダムもジャスティスも。
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佳織は、姉に起こった特別な違和感を敏感に察知した。
「志織、志織? どうかした? 何か、、、」
口に出して虚空に呼びかけてみた。返事は来なかった。志朗が能天気に聞いて来た。
「何だ?志織がどうかしたか?」
「わからないから聞いてるの!」
「怒んなよ!お前が怒るとろくなこと起きないから」
「はいはい」
「ハイは一回!ってセンセイが言ってたぞ」
「そうね」
「センセイ、ずっと学校来ないけどどうしたんだろうか」
「もう来ない」
「え、どうしてだ?」
「、、、知らないわ」
「佳織、なんでだ?」
「アアもう!ウルサイ!!」
佳織が吠えて志朗の身体は5メートル先の壁まで飛ばされ、背中から打ち付けられた。
「いってえなあ〜!大ケガしたらどうしてくれるんだよ!」
「私のカンに触るから黙ってろっ!それにあんた!身体だけは世界一丈夫だから」
「そっか、、、そのかわり、頭脳は全部お前たちにいったんだった」
「志朗のバカのせいで志織の心臓の壁はいつ裂けてもおかしくないんだからね!」
「そ、それは俺のせいじゃない!」
「アミノデストロイヤーが増殖してるから。。。皮膚がどんどん色素を失っていったのがはじまり。白が透明に見えるくらい」
「、、、だろ?」
「何が、だろ?よ、気づきもしなかったくせに。普通に三つ子だったら良かったかもだけど、今、恨み言を言ったってしようがない」
「じゃあ、誰に言えばいいんだ!?」
「志朗、ホントバカ!ご主人様に決まってんじゃん」
「なんでだ?」
「身体の中からシャドーの力をとり除いたわけ。バカな質問はしないでよ!方法なんて知らないんだから!」
「だからぁ、怒んなよ」
「一体で受けられる力の総量じゃなかったから三体でそれを受け止め封印した。でも、志織は普通の人を好きになって感情の均衡がバランス崩れた。あとはシャドーがその隙間をつけこんで志織の中で悪さをしてる。わかった?私たちは、三つ子でクローン、、」
「クソっ、やっつけちゃおうぜ!」
「だから、バカはキライ!ご主人様に勝てるわけないじゃん。何で優子さんが犬たちの中にいるかもわかってないくせに」
「知らない」
「それを次元断層に落ちたっていうの。あっちの世界はシャドーの方がマジョリティー。こっちの人間界とは逆の構成率で互いに対を成してる。心の奥深くの裏表。陰と陽は常にワンセット。どちらがなくてもバランスが崩れる。どちらかの宿主か母体が死ねばほんとに死ぬ。完全蒸化ね」
「浄化?」
「どっちでもいい!」
佳織がまたいらついている。さっきの説明で割り込んだのはリンダの声だ。
「優子さんはそこにいる。私とステファニーは違うとこ。ちなみにフリーダムたちの中にいる優子さんは精神幽体よ。だから、普通にコミュニケーションできるわよ。そういう意味では、完全に断層の向こう側ではないの」
「リンダたちは、?」
「隠してもわかることだから言うわ。あっちじゃなくて、今、ご主人様の中」
「超〜、強そうじゃん。もしくは、、、気持ち良さそう」
佳織はわざとおどけてみせた。
「変な言い方しないで!」
「、、、ごめん。 リンダ?」
「ナニ?」
「なぜ、陰と陽を分けなきゃいけないの?」
「今じゃないかもしれないけど、いい質問よ」
「で?」
「陰と陽。シャドーとマザー。地球にとって私たちの存在なんて大して意味はない。敢えてどちらかと言えば悪人。いつか苔と草花に包まれて森の奥深く静かに暮せば幸せ、水と空気と光と闇さえあれば、ソレがベストかもしれない。ずっと眠ったように。それってもはや植物と同化する、そういうことかもね。、、、、、何か、大昔にそんな物語があったそうだわ。それを書いた人、ど天才だわ。さてね、そんな悪人の中にも陰と陽は必ずある。物質があれば反物質がある。時間が進めば、戻ることもある。すべてが、対でできている」
「戻るって、そんなことあるわけないじゃん」
「ないってことの証明なんて誰にもできない」
「戻らない!」
「時間の概念なんて人間が便宜上作ったようなもの。それが宇宙のルールだなんて傲慢極まりない。例えば、宇宙に暦があるとすれば、人間の歴史なんてたったの刹那の時の流れ。ましてや台風を吹き飛ばすことも、気象を制御することもできない。私たちがいなかったら人間界の科学技術だけでは到底できなかった。もちろん、人間には星も宇宙も造れない。。。言い過ぎた、私たちにもソレは造れないけど」
「私たち?」
「私たち」
「、、、って、まるで人間じゃないって?」
「第一に七人の天使たちがそうね」
「リンダも?」
「ご主人様もあなたたち3人も人間よ。ある出来事のせいでご主人様はその役割を担うことになった。その方のクローンだからあなたたちも人間」
「答えてよ。リンダは人間じゃないの!?」
「姿も機能も人間。でも生成の過程でカタチが不完全だったから、一部、科学の力を借りなければならなかったけど。カッパの河流れネ」
「な、ナニ?カッパ?」
「知っての通り今のバイオテクノロジーなら完璧に生成可能よ。天使たちみたいに千年万年は生きてないけど」
「答えてないけど」
「、、、正確を期すなら、人間ではない」
「それで?ナニ?」
「アミノ酸」
「何、それ」
「時の揺り戻しぐらいは理解できるでしょ。だったら、話はおしまい」
リンダは会話を切った。
「リンダ? 、、リンダ? 、、、ねえ、、 まだ話の途中でしょ? リンダ?!?」
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突然、志織は膝を折り顔から床に突っ伏した。
バターンッ!
両手で身体を支えようとも頭を守ろうともしなかった。
「おい、どうした!?どうしたんだ!おい、冗談だろ!?」
だが、冗談でもふざけたのでもなかったのだ。マモルは志織の身体を抱き起こそうとしたが、熱い。志織の身体が熱を発している。制服の布地から湯気?煙が上がって来る。身体が光っている?そして強く光はじめた。
その異様さに恐怖してマモルは、腰を抜かさんばかりにあとずさった。
つぶさに感知し見守っていた最上階の魔女、いや、天使のリーダーである香織里は言った。
「早過ぎる。それにあんな程度の怒りで覚醒するなんて」
もう一人の天使の由香理が言葉を継ぐ。あとの5人はそれぞれの五感を研ぎ澄まして、イザを想定し、身構えている。
「きっと、志織じゃなくてシャドー自身がそうしたかったのね」
「どうするの、香織里!」
緊張に満ちた息苦しさにこらえきれず、ムードメーカーの佳代子が喜々として言った。大きな揉め事に関わりたくてウズウズしているのが頬の高潮に見て取れた。
志織は、床に手を付き、ゆっくりと、そして、ようやく両膝をつくまでに身体を起こした。額と頬の一部に流血が見て取れる。脈動にリズムを合わせるように志織の身体を包む、最初は虹色でそして青白く、そして真っ白に輝く光に包まれ、志織はニコッと表情を作った。
「おい、どうしたんだ、それ!大丈夫なのか!?光って、、熱が、すごくて、、、」
マモルは取り乱している。
「まず、深呼吸しましょう」
素直に、する。
「落ち着いた?」
「、、ま、まだ、、」
「大丈夫でしょ」
「、、大丈夫なのか?」
「大丈夫。私の身体を別の誰かが動かしてる。ものすごい速さで代謝してる。熱いのも光ってるのもその代謝熱のせいかなぁ。細胞が悲鳴を上げてるのを感じてる。私、あさってぐらいにおばあちゃんになって、そしてミイラみたいにカラカラに乾いたら、ちょっと風でも吹いたらポロポロ崩れるワ、きっとネ」
「何を陽気に解説してるんだ!俺はこれでも心配してるんだぞ!」
「、、、アラ、ごめんね。 、、、 あんまりびっくりしたおかげでセンセイの優しさが帰って来た?私が好きなのはそういうマモル」
「どうすれば元に戻せる!?誰か呼んでくるから!」
「ごめん。こうなったらもう無理だと思う。もっと時間が過ぎれば、私は私じゃなくなるはず。だから、誰の手も借りられない」
「でも!」
「私、やらなきゃいけないことがあるから」
(そうだ、お前はお前の宿題を果たせ!)
志織の中で「闇」が喋った。
「マモル!目を閉じて!」
「、、、ナニ?」
「いいから早く!」
言われた通りにした。
「香織里さん!」
(チッ、天使か。あいつら魔女だろ)
「何、生徒会長」
「わかってるでしょ?いじわるしないで!」
(手を出すんじゃないぞ!魔女めが!)
「何?」
「マモルを連れてって」
(連れていったらお前らも皆殺しだ!)
「桜田センセイのクローン?急速培養し過ぎて性格にバリが多いわね」
「いいから、そんなこと!早く、ねえ香織里さん、お願いだから!」
(魔女、余計なこと、するな!)
「わかったわかった。それとシャドー!あんたに言っとく!チリにしてやるから覚えてなさい!」
(、、、それは何の脅しだ? お前らにできるわけがない、、、)
「フフフ、私たち、天使なのよ」
天使たちは円陣を組み手をつなぎ目を閉じた。
桜田マモルは光の速さで空間を飛んだ。目を閉じる暇もなかった。
「こんにちは!」
そして、目の前には記憶データの中と一致する「天使たち」がいた。魔女と言ったら瞬間、滅殺されそうな空気感が生徒会室とおぼしきその部屋にはあった。
「へえー、センセイより可愛くできてんじゃん。肌もキレイ」
ショートカットのそのかわいらしい天使はキスせんばかりの顔の近さで言った。
「ただ若いからよ。センセイの方がもっとちゃんとしてた」
黒目を巡らすと、氷もさらに凍るような冷たさと、メートル単位ではきかない鋼鉄盤でさえ射抜くような強さの視線で、あとの六人から睨まれていることがわかって、ソノ若造は今にもチビリそうだった。
「とりあえず安心していいわよ。志織に頼まれなきゃ、あんたみたいに出来の悪いクローンなんて避難させないわ」
「あのままでも良かったんじゃない?」
「こら!」
「あとでインストールし直そう」
「そうね」
「何か、すっごい気にいらないわ」
「宏子! ダメよっ!」
こ、こいつらいったい何をしようって言うんだ?
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マモルが香織里たちによって退避させられたのを見て取って、すっかり我が身と心をシャドーに乗っ取られたばかりの志織は、志織の中のシャドーが本領をいよいよ発揮せんとするところで、、、。
志織の身体はついに白色と黒色の輝きを交互に発しはじめていた。
「志織、聞こえているか?」
「 」
「志織?、、、、 志織! 」
(チッ、るせーぞ!オヤジ〜〜!)
「ハイ、まだ少しだけ聞こえています」
「残念だがお前たち3人を断層に落とさねばならない」
(フン、やれるものか!)
「それなら桜田マモルは生かしておこう」
(勝手に取り引きされても困るんだなぁ)
「そうでなければ、」
(そうでなければ、何なんだ!?)
「そうでなければ4人とも蒸化する」
(はあ!?ふざけてもらっちゃ困る。陰の俺を蒸化したら陽のお前も消えるんだぞ〜!!知らなかったのかなぁ〜)
「、、、そ、そ れ は 、ダ メ で す 、ご 主 人 様 は 、、、 」
志織の声がもう途切れようとしている。時間がない。
「志織、大丈夫だ。リンダとステファニーの力も借りて、強化と超化で新たなマザーエネルギーのバランスを取った。私はもう、シャドー無しでも消えない」
(またハッタリか!そんなことできるわけない)
「、、、マ、モ、ル、を、助、け、て、、、 、、、 」
志織の意識はそれっきり感じられなくなった。
秀雄は、途切れる前に指示する。
「アントニー!アイリーン!学院全体にスクランブルシールドを!」
「ハイ!ご主人様。ですが、子どもたちの退避が少し間に合わない見込みです!」
「被害予測」
「100名前後です!」
「ダメだ。一人もダメだ!」
「はい、どうなさいますか?」
「マザー、聞いていたか?」
「何でしょうか、ご主人様」
「ふざけないでくれ!まじめに聞いてるんだ」
「ハイハイ」
「人殺しの私が、人間本来の思いと力で民の暮らしを守り育くめと命を受けて、こうやって生き長らえて今に至っても、私は、マザーの力に頼りっきりで、現に今この瞬間にも自分のシャドーを排除するのにマザーエネルギーを使おうとしているんだ。私が、何もなしに自分のシャドーと真正面からぶつかれば、おそらく最低でも半径100キロの更地ができる。数多くの無辜の民が消える。仮に多くの人々を救えたとしても、爆心地となる学院は消える。間違ってないだろう?
シールドに入れない見込みの子どもたちには、何の罪もないのにこの世から消え去る運命しか残らないんだ。だから、100名の子どもたちは、そこから救わねばならない。だから、」
「だから?」
「天使たちを貸してくれ」
「人間のために私の天使がいるわけじゃないのよ」
「わかってる」
「直接言えば?」
「こんな重大事案まで願いを聞いてくれるほど信用してくれてはいないさ」
「やってみれば?」
「最終的にマザーの言うことしか絶対ではないんだぞ。天使たちにシャドーがいるなら気持ちも揺らぐ交渉の方法だってあるかもしれない。でも天使たちにはシャドーはないんだろ?」
「ま、正論ネ」
「いじわるを言わないでくれ」
「、、、わかったわよ、もう。 いいわよ 、、、 ヒデオの願いを聞くのはこれで最後よ」
「最初で最後だ」
////////////////////////////////108
「アテナ、聞いての通りよ。ヒデオを助けてあげて」
「その名前で呼ばれたのは3千年以上前だったかもね」
「わかった?」
「はい、マリア。わかりました!」
「それで? ご主人様、私たちに何をしろと?」
「3つ」
「3つも?」
「3つだ」
「で?」
「桜田はそのまま保護を頼む」
「はい。志織にも頼まれてるし。次は?」
「取り残されるかもしれない学院の子どもたちに君たちのシールドをかけて守って欲しい」
「はい。造作もありません」
「最後に、私の方でシールドをかけさせてはいるが、そこまでの距離を考えれば少しばかり強度の不安を拭えない。こういうことは完璧でなければならない。従って、君たちからもシールド強化のバックアップをお願いしたい」
「ハイハイ」
「香織里?」
「はい?」
「はい、は 1回だ」
この間、わずか3秒にも満たない時の刻みの中でのやり取りだった。
お前のような不出来なシャドーは不要だ
バカめが!
俺を消せばお前も消えるのだ
通常ならそうだがそうはならない
、、、、、
なぜかと聞かないのか?
、、、、、
なら教えてやろう。
私が「ゴール」に近づいているからだ
志織の肉体を完全に乗っ取ったヒデオのシャドーは、強烈な念を放射線状に放ち、その念の中に学舎内の佳織の肉体を捕らえた。
念に包まれ、佳織の身体は10メートル以上宙に浮き、白い光、黒い光、交互に光る鈍色に包まれて、間髪を入れず急速にしぼみ出し、そして身体がよじれ、全骨格の砕ける音が小さな規模の電気爆発のように聞こえて、、、
それから、、、
、、、消えた。
「佳織ーッ!! 佳織ーッ! クソっ、ゼッタイ許さねえ! 」
校庭に走り出る途中で、志朗のバカヂカラは学舎の壁をこぶしで突き破り、怒りに任せて50センチ四方、その長さ20メートルの鋼鉄の骨を一本引き抜いたほどだった。
そんなもので俺様に復讐でもしようと言うのか!? お前のような愚者のゲノムは俺には不要だ!!
シャドーは例の鈍色の念を強め、志朗を一瞬の大気摩擦圧搾熱で極太の金属ごと燃やした。校庭が燦然度合いの炎に染まった。その灼熱は現科学界最強の強度を誇る壁面を溶かさんばかりだ。
佳織と志朗の身に起こった、たった2秒しか時が進んでいない中での惨劇に、秀雄は怒りをあらわにした。
次の刹那、我が身を「怒りの無」で包み込んだ秀雄は、リンダとステファニーのエネルギーも乗じた激烈なマザーエネルギー波を放った。一切、間をズラすことなく完全なタイミングでフリーダムとジャスティスに「住む」優子が念動波を飛ばす。
天使たちはマモルを足もとに膝まづかせたまま、七色の光の玉の中に浮いている。
退避に遅れた100人の生徒たちはストップモーションのまま同じく別の巨大な光の玉の中にある、こちらの色は青い。
そして、広大な敷地を包むシールドには天使たちの放った紫色の光が加わり、厚みが30メートルもあろうかという光のドームが出現し、その勢い、波動を受けて志朗を燃やす炎が瞬く間に消え去った。
だが、その場には、跡には、もう何もなかった。
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志織は、いや、シャドーは、自らを完全包囲する光のカベに屈しない。
まったく反作用する位相の波を強烈に発射し、光のカベに巨大な穴をうがたんとしている。対の力が覚醒すればするほど、もう一方の対の力も増幅してゆく。
優子たちの加勢を受けた秀雄は全パワーを放ち、光のドームを急速圧搾。。。
次に、、、一瞬に押しつぶした。
聞いたことのない音がした。気持ちの悪い響きだった。
まるでその場に小規模のキノコ雲を見たかのような光と炎が見えた。
州民のすべての聴覚を一時的に奪い取るような爆発音が轟き渡った跡に、もう、それはそれは広大な更地が姿を横たえていたのだった。
不思議なことに、あれだけの光と炎と音をに認めたにもかかわらず、一切の熱波を感じない。
180秒後のそのうち、人々の聴覚は戻り、また、何も起きなかった、何も聞こえなかった、何も見なかった、そう、普段の暮らしのリズムが復旧した。
そして、、、
その上空300メートルには二重に重なった光の玉がまるでモニュメント、オブジェのように浮かんでおり、その光のカベの向こうに多くの人のカゲが見えていた。
人間の心の奥底の次元断層を経ることなく、もしも天空の裁判があるのなら、それは直接昇華の罰状を受けたに等しく、齋藤志織の肉体はただ浄(蒸)化され、少なくとも、財前秀雄のシャドーは完全に滅した。
これにより、唯一無二にシャドーを併せ持たない財前秀雄のマザー、その特別なマザーの寄生する財前秀雄が新生し、以前にマザーから永遠に死なせないとされたその命は、真に不変不滅のステージへと駆け上がったのだった。
幾度か、深い呼吸で心身の震えを抑え整えた秀雄は、虚空の「玉」を見上げて言った。
「被害は?」
「人命は失われていない。学院施設がただ更地になっただけ」
秀雄の中のマザーはそう答えた。
「よかった」
もう一度、深々と息をして秀雄は応えた。
ところで、、、と、天使たちは何者か知りたいだろうとマザーが私に聞いた。
つまり、話したいのだ。であれば無視するは無礼で野暮だ。
ああ、もちろん聞きたいと私は応じた。
マザーは私にこう説明した。
天使たちは私の分身。リスクヘッジで分散している。。。
知っているが、、、。
「陰」を次元断層の彼方に追いやり、純粋に「陽」だけで生体および幽体構成することと、「陰」の再生をほとんど阻むために、我がマザーは、分身を意図して1体のみ生成せず7つの能力に分化させたのだった。
シャドーを隔離し能力ごとにスペックを究極まで突き詰めて、再びシャドーとのペアリングを回避したマザーの最終形態のひとつ、それが七人の天使たちである(何千年にもわたって。いや、さらに遠く遠くの昔から)。
見た目やオーラもそうだが、最上階に鎮座ましまし地上に降り立つことがないなど、あまりに浮世離れしたその存在観が彼女たちをすっかり「魔女」にしてしまったのだ。
この国の最高学府の学舎は消えてなくなった。だが3か月もあれば元通り以上に復旧できるだろう。。
マザーのパワーとインテリジェンスとエネルギーとテクノロジーのおかげだ。そして地下3階までの隔壁閉鎖されたエネルギーフロアと重要電子制御システムが無事を維持されているからだ。
本当のはじまりには闇しかなかった。
すべては陰、つまりシャドーからはじまったのだ。
物語の中でしか出会わない出来事は現実に起きないことを認識することが、人間の特長のひとつである。
今、時が戻り、歴史はズレて、そのまま進み、元のそれとは少し違う景色が動きはじめた。そんな理解を超越するものを人間は認めない。人間界に歴史の流れがひとつだけの大河である理由はそれだ。
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南国特有の派手な色の大きな果物や野菜とさまざまの穀類、冷蔵ケースのアクリルガラスの向こう側には大小、色とりどりの魚と様々な種類のブロック肉、毎日の朝夕、市場に集まる多くの買い物客の明るく質のいい賑やかさだが、決して嫌ではないある意味静かな雑踏に包まれて、MJは記者と市場の入口にあるベンチの端と端に腰をかけていた。
いつもと同じ鮮やかなブルースーツの上下、市場には似つかわしくないモデルのような出で立ちだ。それにしてもいったい何着持ってるんだ?何の効果もないのについついひがんでみたくなる。
相変わらずの冷たいオーラでMJは言った。ハイトーンではないが、よどみのない透き通った声だ。
「MJ」
「ん?」
「MJ、俺に今、なぜその話をした?」
「お前の記憶は作られたものだ。お前が以前から俺の幼なじみであったとか、以前からゴシップ記者として生計を立ててきた、とか。実はみんな作られたものだ。そう言ったんだ」
「、、、フッ、、、バカな!と俺が驚いてうろたえでもすると思ったのか?」
「ほう?」
「俺はあの時、この目で見た」
「何を?」
「この世の言葉でもこれほど進化して来た科学でも、まったく説明できない生命体の存在とその力をだ」
「ほう」
「であるなら、人間一人の歴史が本当か嘘かなんてもうどっちだっていい。それはたぶん、それくらいの驚きを経験したからだと思うんだ」
「ほ、ほう。随分と大人のコメントだ」
「おちょくるのはやめてくれ。だから、何でだと聞いてるんだ」
「確認してみたかっただけだ」
「何を?」
「お前の役割はまだこれから別にあるんだ。それまで普通にゴシップ記者をやれ。、、、 食うに困ったら訪ねて来い。その日が来るまで援助してやる」
「何の話だ?」
MJはそれに応えず、桜田マモルの額に人差し指をあてた。
まばゆい光が見えて目がくらんだ。そして脳内が真っ白になる、まったく経験のない、そんな衝撃を感じて脳ミソが大きく揺れた、そう思って意識は遠のいた。
夕暮れだった。
いつもの市場のベンチで、そうだ、MJと会っていたんだ。俺はゴシップ記事をMJに売り込むためにプレゼンしていたんだった。
MJ?、どこだ?、あいつ、俺を置いて帰っちまったのか?
だが、何を? 俺は何のネタを売り込んでいたんだ?
まったく思い出せない。MJ、またすぐ会ってくれ、そして教えてくれ。
お前んとこの秘書は順番待ちだって言い訳をしていつも俺のことをあしらうんだ。冷たいよな。いや、ちょっと雑過ぎないか?よーく言っておいてくれよ。
なあMJ、俺たち、幼なじみじゃないか。
..................
「ドウスル?」
「オレタチハナニモミテイナイ」
「アア、ミテイナイ」
二体のブレイン回路の蓄積データは、昔々の教会の壁画画像を示していた。
小さな丘の上に女性が双子の赤ん坊を抱いて虹色の光に包まれ浮いていた。
女神を逃がさなければ。
彼らはブレイン回路の言う通りに行動した。
「コノレッシャハミナミヘ2ジカンゴ二ツク。コノハコノナカカラデルナ。ムコウデムカエヲヨウイシテオク。シヌナ」
「ありがとう。二人ともやさしいのね」
「メガミハタイセツダ」
「めがみ?」
手を握られた時、少しチクっとした。志乃は視界が閉じるのを感じた。
..................
////////////////////////////////111
優しく肩を揺すられて目を開けると、さっきのアンドロイドと同じ顔をしたアンドロイドが機械とは思えないほどに目を細め、柔らかく微笑んでいた。
「モンダイハナイカ?」
「え、ええ、大丈夫」
「キミハワレワレノホゴカニアル、シンパイイラナイ」
「あなたたちは誰?なぜ助けてくれるの?」
「タダノキカイ。タスケテトイワレタカラタスケタ。ソレニ」
「それに?」
「ワレワレハカミニチュウジツダ」
「神様?」
「サア、イコウ」
..................
それから南部州の中心部へと連れて行かれた志乃の眼前には、城のようにそびえ立つ豪奢な作りの藍色の邸宅があった。
いくつものセキュリティシステムをくぐり抜けて通された真っ白でただ大きな部屋には、一台のこれまた大きなモニターがあった。
アンドロイドは下がり、一人残された志乃は不安でいっぱいだった。
父も母も消えた、私は天涯孤独になったのだ。しかも南部へ連れて来られて、今は誰の住まいであるかも知らない邸宅にいる。
部屋の中央に一脚だけ置かれた、背もたれの高い鮮やかな藍色のベルベット生地の椅子に、志乃は腰を降ろして数秒が経過したところだった。
..................
唐突にモニターに老人が現れた。
立派なヒゲをたくわえ、豊かな髪は銀髪だった。
「驚かせてしまって申し訳ない。まずはお詫びする。あなたを列車に乗せたアンドロイドは私の部下、迎えに出た者たちもそうだ。そして、今あなたが見ている映像の私はもうこの世にはいない。また、私はあなたのことを何も知らない。だがはっきりとしたことが一つある。
私の残した名もなき組織と、大変優秀な部下たちと組織がこれまで培ってきた人脈と、私たちは行政府ではないが州民の皆から少なからず得ているであろう信頼と、蓄えてきたすべての財産をあなたに譲る。
そう、私はあなたのことを何も知らないが。
しかし、神が選びしあなたのことを、私も私の部下たちも、そして州民たちも誰も疑いはしない。
すべてはあなたが思うがままにして欲しい。道に迷った時におそらくこの世で最も頼りになるだろう私の執事をあなたに仕えさせよう。
すべてをあなたに託すに際し、ひとつだけ条件がある、どうか南部州民みんなのことをよろしく頼む、、、あなたの未来が笑みあらんことを祈ってやまない」
映像の最後には名前が記されていた。
蒼野優一。
このおじいさんの名前か、志乃はただそう思った。
いつの間にか父ぐらいの年齢の男性がすぐそばに立っていた。
「志乃様、ミルクティーをお持ちしました。」
「あ、すみません」
「そのようなお言葉遣いはおやめ下さい。私は執事の財前秀雄と申します。ザイゼンとお呼び下さい」
「そうですか、では財前さん。いくつか」
「何なりと」
「私のことを知ってるんですか?今の映像のことは何のことやら、私には少しも意味がわかりません。それに私は警察に追われているはずです、私がここにいては皆さんに迷惑をかけます。だから私は逃げなければ。それと私は父と母を亡くしたばかりで何も考えたくありませんし考えられません。何より私はただの子どもです」
「多分ではございますが、すべて心得ております、志乃様。失礼ながら志乃様は12歳のご年齢としては非常に大人びていらっしゃいます。それに志乃様のご聡明さは私どもは十二分にわかっておるつもりです。
私どもは先代のお言い付けもございましたが、それだけでなく全スタッフが志乃様をご主人様と、恐縮ではございますがそう決めさせて頂いたのでございます。
お心もお身体も大変お疲れでございましょう。寝室はこちらです。ごゆっくりとお休み下さい。
お目覚めになられましたら、お食事をご用意しておきます。御用の際はザイゼンとお声がけ下さい。すぐに参ります」
..................
志乃には誰かの声が響いていた。
地球を人類の母・大地の女神ガイアに返すべき時がやがて訪れよう
だが、うろたえることなく運命を受け入れるのだ
お前たちにできることは他にはもう無くなった
そう望んだのは、お前たちの欲望という名の怪物なのだ
「 志乃様 、、、 」
財前秀雄と陣内志乃の歴史はこうしてはじまった。それは、最高学府南部州立国民国家第一高等学院、伝説の生徒会長の誕生をまもなくに控えた頃のことだった。
【 終 】
最後までお付き合い頂き心より感謝致します。本当にありがとうございました。
老後の楽しみにしようと2017年より綴り始めた物語は、専門的な知識や技術をお持ちの方々からすれば、まったくのあきれたレベルの作文に過ぎないかもしれません。
でも、私はいたって真面目に取り組んで来ました。
そして、、、
誰にも読まれることなく、いつかデータの墓場で往き惑う言霊たちを案ずるよりも、ひょっとして、名前も顔も知らない「書き物界」の同志であるあなたに読んで頂けるなら、それが彼らにとって一番幸福なことかもしれない。
私はそう信じています。
またいつか、どこかで、あなたにお会いできる日を夢に見て。




