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第91話〜第100話(全111話)

////////////////////////////////091




「先生~~!遅れるぞーーーー〜ッ!」


 佳織が風のように俺の横を駆け抜けて行った。


「……キーーーーーン!!_」


 志朗が両手を戦闘ジェットもどきに広げてその後を追いかける。


「遅刻するーーーーー〜ッ」

「まだ30分もあるゾーーー〜」


「先生、おはよう」

「おはよう、志織。あいつらいつも元気だよなあ」

「そうですねぇ、ネジが多過ぎるのとネジが全然足りないのと」

「お、今日は毒舌モードでいくのか?」

「そんなことありません!私だっていろんな感情があるの!」

「お年頃だもんな」

「リミット法違反で訴えてやる」

「オイオイ、悪かった。許してくれ」

「貸しとく。だいぶたまってきたわよ、センセ」


「おー、いいねえ、また志織ばっかりーーー!」

「同伴登校!!」

「(σ´³`)σヒュ〜♪(σ´³`)σヒュ〜♪」


「コーーラーーっ!」


 俺たちのすぐ後ろで竜宮先生の声が響いた。喝!






「志織、平和主義って話、詳しく聞かせて欲しいな」






( 「課長、ザイゼンに近づけるかもしれません、、藤岡、聞こえるか、」 )






「イヤあ無理ムリ、ムリよ、センセ」

「そこをなんとか」








「よろしいのですか、お嬢様」

「そろそろ私の出番かしら、アイリーン」

「はい、そのように」

「学院には一応シールドをかけて」

「はい」

「それと佳織をよくフォローして。本気でやらせちゃ志織が覚醒するかも」

「おまかせを」


「お嬢様?」

「リンダ、天使たちに含めておいてちょうだい。アイリーンと協力して。万一の時は天使たちの力を借ります」

「はい」

「それと、先生にはタイミングをみて調整してあげて。再記憶作業が必要です」

「かしこまりました」


「アントニー、、」

「はい、お嬢様」

「リンカーンとワシントンを連れて行きます。あなたは城の警戒を」

「はい、心得ました。最悪、対人限定核も必要であれば」

「いざという時はお見舞いしてやりなさい」

「はい、できれば穏便にいきたいところです」

「フフ、あなたの方が人間的だわ」

「とんでもありません」


「ステファニー」


 警察本部へと話しかけた。


「はい、優子お嬢様」

「いいですね、警察は動いてはなりません。州内の通常治安体制のままでないとすぐに世間も南北も騒がしくなります。お父様はご理解くださいます」

「はい、軍は如何ように?」

「すわ、内戦だと騒ぎ立てないように州政府と州軍にはスクランブラーを作動させましょう。少しの間だけです」

「お嬢様、やはり、ご主人様がご心配なさるのではないですか?」

「お父様に隠し事は出来ません」

「州政府は」

「余計な記録が残るだけです。あってはならない歴史など記録にあってはなりません。私たちは裏でしょ。裏のことは裏のまま、裏で解決します」


「今回のレッドサインを受けてこそ「組織」の実力と価値を、運命を賭けて対処します。でも、みんないいわね。私たちは戦争をするわけじゃないから、一気に、でも穏便にいきます。さ、スタンバイ」

「はい!」

「ハイ!」

「ハイ!」

「はい!」






「あら、先生。そんなこと気にしてたの?」


 別に気にしてた訳じゃない。俺の知ってる平和主義とはどうにもニオイが違う気がして、あらためて志織に質してみたのだ。


 ま、いいか。俺の言葉に対する志織の返答が何であれ、そういうニュアンスには当然なる。


「先生ね、私って生まれた時から頭の中におまじないがあるの」

「おまじないって?」




「はじまりは漆黒の闇


 闇は光を生み

 光は生命を生む


 生命は欲望を生み

 やがて欲望は生命を滅する


 ついに闇は

 すべてを飲み込んだ」



「なあ、光が闇を生むんじゃないのか?超新星爆発とか」


 志織は表情も変えずに無視した。いや?


「闇の中というパレットがあるからそこに光という絵の具がさすのよ、センセ」

「そうか、そういうもんか。それで?今のおまじないが何だって?」

「うーん、ジンクスみたいな。ただネ、このおまじないをはっきり思い出すとか、言葉になってスラスラ出てくるとか、そうするとね。ちょっとすると必ず良くないことが起きるんだ。うーん、結構近いうちに」

「たとえば???? えっちょっと待って! 今、口に出したよな」


 理由もわからず俺は血の気が引いた。


































////////////////////////////////092




「最後に、、、、、 」

「はい」

「州民の被害は出させません。みんないいわね!」

「はい!」


 四つの「はい」が重なった。






「ご主人様のモードを、リンダ」

「メンテナンスモード90%。バイオカプセル、エアデータ、リキッドデータ、パワーデータ、エネルギーデータ、ファクターデータ、シグナルデータ、すべて正常。お目覚めまであと4時間です」






「香織里?」

「はーい、リンダ」

「あなたたちはダメよ」

「わかってるわよ。私たちの仕事は志織のことで、それに私たち戦士じゃない。天使よ天使」

「フフ、そうね。でも宏子の念動力は絶対ダメだから。いいわね?」

「大丈夫、秘匿核を全部誘爆させたりしないから」






 志織は皮肉も嫌味も言ったつもりは無いと言った。志織の言う「平和」とは何もないこと、「無」であることだという。余計な何かがあるからバランスが崩れる。バランスが崩れればそこは平和でない。遠からず人心は乱れる。真の平和とは何もないこと。つまり、その示すところの「無」とは我々人間が除去された状態のことだと志織は言った。うまい表現だと思った。人間史を更地にするのだ、と。


 その「平和」に向かうことができないのなら、平生であること、人間の営みが平らかに穏やかにあること、ただそれだけを願う。そうあることが「主」の意思であるということ。そして、その預言者が確かにいる。


 預言者に仕える者たち。預言者の娘、「血脈」にある者。「主」の部下たち?によって守護される、血脈にある者と「主」の部下たちの遺伝子を複写分割移植されたクローンの三つ子たちの話。


 世が平和であることを願う者たちによる舞台のために選抜された演者たちについての記憶のデータたちは、やがて、俺の、俺たちの中から白い煙とともに消えてゆく時が近づいて来ていることを知らず、頭の中でまるで未発見のレアメタルを人工生成しかねないようなエネルギーと超のつくスピードでぶつかり合いながら沸騰していた。


「ほ、本当なのか?」

「うん、全部。私が知ってるのはそこまでだけど」







「優子さん、、、話しておきましたけど良かったんでしょうか?」

「いいのよ、その方がますますやる気になるじゃない。こっちも本気でやるし。たぶん、」

「たぶん?」

「たぶん、好奇心も興味も関心もどっかに消えて支配するのは恐怖だけだと思うわ」







 俺はあまりに想像力域外の話を聞かされて、まさに恐怖に言葉を失った。


 目の前の生徒会長のかわいらしさを超えて、今、俺は齋藤志織に畏れしか抱けなかった。


「たとえばね」

「 」

「センセ?」

「お、おお」

「大丈夫?」

「ああ」

「たとえばね」

「たとえば?」


 志織の話すトーンはいつも冷静だ。


「先生、パラレルワールドってあるのよ」

「え?そんなの話のオチに困った学者かなんかの反則の自己弁護だろう」

「フフ、時を操る者たちはそれを作り出すことに大した造作は要らなかった。時間も空間も、宇宙ってそもそもひとつっきりなのかなあ? 時間って早く進んだり、ゆっくりだったり、たまには戻ったりしないのかなあ。

 そして、たとえば、ね。私たちは三つ子じゃない。まったく無関係なデータとデータの関係さえもわかるだけの施設、麻生センター長は何かに気づいた。もっともそのデータたちがわざと掴まされたものだったとしたら?

 他にも、大きな嵐や凄い地震や、暗殺とか病気とか戦争にもなりかねない領土や資源や権力やらを引き金にした衝突とか」




 ん???志織の言葉ではない言葉がもやの中で浮かんでは消え、また浮かんでは消えて、俺はその言霊たちをこの手に掴もうと伸ばすのだが何も掴めない。なあ、何を言ってるんだ?志織、、、志織。


「たとえばね、8年前、それが最初かなあ。中央州との州境、エリザベート山がとっても久しぶりに噴火したこと。半径30キロにわたって火砕流の被害者は5万人、被災者は500万人。


 次、、、。 2年後には今度は南端のカサブランカ火山が海溝部からの連続噴火。それは50メートルの津波を引き起こした。でも、300年かけて地盤改良を施し州土全周を城壁化できたから良かった。もともと自然要塞のように岸壁で囲まれた大地だったから補強するのはさほど難しいものじゃなかった。


 でも港湾施設城壁をすべて閉鎖したんだけど、一部の反州政府主義者によって破壊された箇所から一気に津波が押し寄せて、1000万人都市がひとつ沈んだわ。犯人グループは生きたまま全員海に沈められた。


さらに2年後、州知事の薬漬け人生が発覚、当局捜査に追い込まれた知事は、たまたま州議会見学に来ていた自分の娘を人質にして議事堂に立てこもったの。母親、つまり州知事夫人は激昴。夫人は州軍狙撃チームの現役中佐、警察隊狙撃チームからライフルをむしり取ってすぐさま撃った。200メートル先から知事の眉間を一撃。

 全土に生中継されたこの出来事に夫人を罪に問えるのかという世論は、当局の腰を引かせるには十分だったみたいね。過剰防衛と騒がれたけど、結局、殺害法にも倫理法にも問えないと当局は世論に屈し、裁判無しの無罪放免、いずれ州知事にと彼女はむしろ英雄視されたわ。でも彼女はその後、原因不明の死を遂げる。そして一切追求も捜査もされなかった。


 今度は宇宙ね。すっかり廃棄されたはずの衛星発射型核ミサイル4基、実は破壊に失敗した。国防省が完了したと嘘の国会報告をしていたとの内部告発が起きる。不幸なことにコレに別の衛星デブリが衝突、軌道は地球落下へと向いた。

 世紀の税金ムダ遣いと揶揄された極大出力のビーム砲をやっと公明正大に使うことのできた中央政府は、意気揚々と衛星を大気圏外で破壊してみせた。

 狂言っぽいわ、なんか。でも、バカよね。頭の上の何万キロの高さの宇宙そらが汚染されたなんて、誰もピンと来ないでしょ?そのうちに部分的に磁場による太陽風波防御網が乱れる。神様のうち、誰かが怒るかも。


 以上が、たとえば、の中の大きな話ね、センセ」


 無論、今のすべてが、ほとんどの国民が知り得る史実だ。ただ、志織の予言めいた詩の暗唱との相関については知る者はいない。それを俺は今知った。勇気を出すべく深呼吸をして俺は訊いた。


「今度は何が起きる?」

「今の例に比べるなら全然大したことじゃない。ソレはこの国の未来を賭けた、一言で言えばケンカね。本当のことは歴史記録に残せない。でも、、、」

「でも?何だ?」

「別の地震が来る」

「どこで?」

「北、、、」

「予言」

「ただ直感で浮かんだことを言っただけ」

「文字にして公開すべきだろうな。記録だのなんだの、ちゃんと残せってこの国の教育指針がそう言ってたぞ?」

「ねえ、この国にちゃんとした歴史や記録が本当にあったと思ってる?」


 国民やら州民やら、国とか州とか、公の安心、安全のためにしている仕事だと信じていた仕事も、本当は何によって立っていたかが揺らぎ、足元から不安にさいなまれ、磔にされて燎原の炎に身を焼かれているかのような錯覚に陥るほどの志織の指摘であり告白だった。



 いったい何を信じ、何が正義の基準なのであると信じていけばいいんだ?ふ、そう言や基準と目安は違うんだった。大昔の為政者たちは断言していたそうだ。


 いよいよ、俺の脳ミソが思考停止と現実逃避の合併症を発したようだな。


 志織はニコニコしながら俺のうつろのまなこの奥を覗き込んでいるかのようだった。俺は何とか力を振り絞って問いかけた。


「、、、、、 で?、、、、、何が起きるのかを聞いてもいいか?」

「地震?」

「いや、地震の前、その前に何が起きる?」

「ああ、大したことじゃない」

「何だ?」

「先生には教えてあげてもいいわよ」

「たのみます」

「私、わかるわ」

「何が?」

「北から大勢の、大きな武器と武装で静かにやって来る」

「北?」

「海から」

「何しに来るんだ?」

「それは先生の脳ミソの方が良く知ってる」

「どういう意味だ?志織。わかるように言ってくれ」

「たぶん先生の意識は二つに別れて別々に働いてる」


「エッ?」「チッ!」


 俺の頭の中で二つの音が同時に響いた。





「こういう意味、」




 バーンと真後ろに引き倒されるように、椅子の背もたれに身体を何かの力で押し付けられて気づいた。何か熱風というか熱い空気の塊のようなモノが俺の身体を圧迫している。そうして今度は、顔だけ残して首から下の全身が透明なフィルムで輪郭をピッタリ過ぎるほど真空ラッピングされたかのような感じがする。異様に苦しく痛い。俺はまったく身動きが取れない。


 落ち着け!ゆっくり呼吸をしろ。そうだ、ゆっくりだ。


 俺が志織と話をしていたのは、最上階にある生徒会フロアの一番端の階段付近の何か控え室のような10メートル四方ぐらいだろうか、ただ椅子がいくつかあるだけの無味乾燥な、ほぼ真っ白の広い場所だった。


 志織にはここでなら詳しく話してあげるよって言われていた。生徒会フロアに連れて来られたのははじめてだ。生徒会メンバーが許可した者以外は立ち入れないのだ。ここは学院の中の治外法権区域だった。


 いったいなぜそんなことが許可されているのだ?


 だが、今俺の身に起こった出来事に、俺は一瞬で理解に及んだ。ココこそが支配者の在するフロアなのだ。人知を超えた力を持つ者たちの意思に反しさえしなければ、子どもたちの、俺たちの学院生活への支障は何も無い。


 それらの思いが脳裏を駆け巡ったその前の瞬間、背もたれでの恐怖にまばたいた俺が次に目を開けた時、志織の周りには囲むようにして別の七人の女子生徒がいた。それともう一人。



 この期に及んで俺はまだ大人としての意地を見せようとしているのか、教師としてのプライドを誇示しようとしているのか、ええいままよ、ダメもとで声をかけてみた。


「 、、、 、、、 君たちは?」

「はじめまして、センセッ」


 ショートカットの娘がニッコリ応えた。


「ごきげんよう、天知先生」


 別の女性、いや、ハイスペックアンドロイドなのか?その彼女が言った。


「私はリンダです。ご主人様の命でここにいます」


 ご主人様、って?


「天知先生。いいえ、桜田さんでしたわね。最上階へようこそ」


 ようこそ、が何人かのユニゾンとなった。そのうちの一人、、、銀色の瞳の娘がどうやら、そうだった。そして、俺は言葉に詰まった。


「何を、言ってる、、?」


 やっと、そう絞り出した。
































////////////////////////////////093




「とぼける必要はありません。先生は、任務に忠実な北の刑事さん。南部州の中枢を捜査するための、潜入と越境」

「待ってくれ、俺は何も、」

「何も知らない、何もしていない、と?」

「もちろん、そうだ」

「正しく言うと、学院に採用されてからはあなたの別人格だけで北部州とつながっていたかもしれませんね」

「そんなことは知らない」

「一般における州外との正規の秘匿通信コミュニケーションは不可能です。もっと言えば、精神性の面においてもそうだというレベルの話ですよ」


「裁判所に代わって蒸化刑に処することができますが?」

「じょう、か、?」

「消去とか、消滅とか、そういうこと。人間は大部分が水だから。つまり白い煙で消えるの。水蒸気か。核分裂。。。んんー、ちょっとしたエクスプロージョン?」

「、で、どうする、先生?」

「せ、生徒の君たちに?からかうのもほどほどにしとくんだ」

「あら、ご心配なく」

「 、、、、、 」

「ええ、ほんとうに」

「すぐにでも、ね」





「秘匿通信です、、、」


「ヤン」

「はい、ご主人様」

「仮定の話ですまないが」

「いいえ、ご主人様」

「もしも、優子が暴走し過ぎた場合は、私は優子の命を奪いたくはないので、その時が来たら優子を封印するつもりだ。ほうっておいたら天使たちが大殺戮の天使に化けそうだからな」

「はい」

「ヤンの頼みを最後まで聞いてはやれないのだ。女王の血脈のひとつはあまりに強大なシャドー故に人体を捨てさせ精神幽体として生きてゆかせる。 、、、、、、普通の運命であったらどうだったんだろうか」

「はい、ご主人様。お嬢様の暴走は決して大袈裟ではなく最悪、地球が太陽風波を直接無防備で受けてしまう被害の出る恐れさえあります。マグマ対流は一時的に止まり、自転にわずかでも影響すれば、磁場のバリアが少しでも外れたエリアは、そこだけやがてポッカリ生態系が死滅することになるでしょうから。

 多少、心は痛みはしますがやむを得ないことと思います。お嬢様に普通の運命とは、私には想像が至りません。テロメアの問題もシャドースペックの問題も関係ございません。優子お嬢様は、優子お嬢様です。ご主人様、心中お察しします」

「ふ、医科学者にしてはまわりくどかったな」

「恐れ入ります」


 財前秀雄が目覚めた後の、中央州に置いた部下とのやり取りはそういう内容だった。





 身動きはまったく取れない。超能力でもない限りムリだ。もうひとつ。抵抗などしようとしてもムダ。俺の脳が俺にそう言った。脳? 、、、本能か?


「ひとつ教えて欲しい」

「何でしょう?」

「何で俺のことが?」

「何で俺が刑事だと、正しくは刑事だったと、そして今でも任務は生きており、無意識の中で捜査は継続中あることがわかったのかという質問?」

「俺はもう刑事じゃない。その点においては濡れ衣だ」

「先生が意図していなくても、そういうプログラムをすることはどんな方法でもできます。一番身近なものは、食事、飲み物、お酒、、、」

「そ、そんな、、、」


 藤岡、そうなのか!? 藤岡、答えてくれ。


 志織は言葉を継いだ。


「説明するのは難しいけど、いろんなことがわかっちゃうんだって」

「どうして?」


 銀色の瞳の娘が話を引き取った。


「それは、先生」

「 、、、、、 」

「私たち、天使なので」

「て、天使?」

「そう、天使って言いました」

「天使? あの天使?」

「そうです。信じられないでしょうけど」

「じゃあ、神様もいると?」

「大昔から伝承されてる、それとは違いますけど」

「そう思える存在は実在する」

「神様ってガイア?」

「そうね」

「それって地球?」

「ま、そういうことね」

「正しく言えばそれさえ超越したものね」

「そ、ガイアって人間が勝手に名付けたものだから」

「人間の歴史って刹那の長さしかない」

「んんんっ!」

「香織里、そんなに怖い顔しないで」

「ほー、お取り込み中すまないが天使とやらのみんなに、一人ひとりに、いったいどんなことができるのか、よかったらそれを見せてくれないか?、、、あ、ごめん。魔女だったな。魔女の魔法を見せてくれ。グツグツ煮える壺と黒やら赤やらのトカゲでも俺が用意すりゃいいか?、、、それにはまず、この拘束を解いてくれないか」

「香織里!?こいつムカつく。殺していい?」

「宏子!乗っからないの!」


 その制止も効かず、今度はドーンと頭に釘を打たれた。あまりの痛みと衝撃に俺は叫び声も出ない。ああ、気が遠くなる。


「やめなさい!宏子!」


「センセ、話のすり替えは反則よ。大人ってすぐそうだ」

「私たち、その大人よりも何百年も余計に生きてる」

「3000年くらいまでは数えてたけど、もうどうでもいいし」

「そうね」

「あなたたちとっても脱線してるわよ」


 アンドロイド?のリンダが天使たちを戒めた。頭が割れたかもしれない痛みを抱えたまま奇跡の力を振り絞って俺は何とか平然さを繕いながら、意思の力だけで話を続けた。


「それはすまなかった」

「え、何が?」

「神様がいるのかって混ぜっ返したことだ」

「うん、なら、一度は許してあげる」


 ショートカットの娘がさらにかわいらしさをみせて応えた。七人の「天使たち」のうち、まだ二人の声は聞いてはいない。


「それで?、、、それでどうしてだ?」

「どうして刑事だって話ね?」

「あなたたち、真面目に受け答えなさい!」

「はーいはーい、ごめんなさい」


「理由は二つあれば十分でしょ」


 志織がそう言った。


「 、、、、、 」

「ひとつはIDデータ。ホストがニセモノって言ってる。次に先生が財前さんのことを質問したこと」

「志織は知らないって言ってたよな?」

「南部州でそれは州憲法を冒涜するより大罪。公にはされてないけど。人々の心深く刻まれていること。あざむいてはいけない。探ってはいけない。立ち入ってはいけない。疑ってはいけない。刷り込まれていないのならただの旅人か、誤った侵入者か、純粋にスパイか」

「旅人をどうやって区別するんだ?」

「愚問よ、センセ」

「ニオイが違うんです」


 嗅覚の魔女なのか、いやそれは聞かされなかったが、天使のうちの一人が応えた。


「ニオイ?」

「さ、生徒会長。判決を」

「リンダ?」

「いいわよ、あなたに委ねる」

「桜田さん、罰はメモリーのパーツ消去」

「え?」

「ええーー?」

「かるッ」

「いいんじゃない。軽いけど、志織は先生の天知さんを残したかったんでしょ」

「リンダ、いい?」

「いいのよ。あの方もきっとそうするから」

「おい、あの方って?」


 俺の問いかけは黙殺された。


「では、刑を執行します」

「おい、ちょっと待ってくれ。弁護側の言い分は!?」

「認めません。ただちに執行してください」

「御意、生徒会長」

「私、通称ですけど、、、」





////////////////////////////////094




 七人の魔女たちは俺の周りを囲む輪になって互いに互いの手を取った。どうせただのこけ脅しだ、そんな儀式に屈してなんかたまるか!



 すべては3秒か5秒か。そんな感じの時の間の出来事だ。


 聞き取れなかったが、銀色の瞳の娘が何かをつぶやくと、長くても短くても七人の髪と制服のスカートの裾がフワッと舞い上がりはじめる。俺は自分の身の上にこれから起こらんとしている出来事の始まりを、まるで後で誰かに説明するためのものかわかりもしないのに事細かく頭に刻み込んでいくのだった。


 七人の身体が強くボワッと光った。それは虹色でとても美しかった。


 そしてまもなく俺は頭の痛みを感じた。最初は小さく、やがて一瞬の後に今まで味わったことのない激痛で俺は意識を飛ばされた。


 きっと頭そのものを吹き飛ばされたに違いない。そういう激痛だ。待てよ。吹き飛ばされたらもう痛みなんか感じるわけがないな。幸いなことに俺は夢の中にいるような心地だった。


「先生」

「桜田さん?」

「センセ!」

「先生、目を開けて」

「目を開けないと二度とこの世に帰って来れないわよ」

「ほら、志織」

「先生!」


「 」


 何かの呪文のような、何かが聞こえた。志織の赤いまんまるメガネが覗き込むように俺の目の前にあった。


 おい、近すぎるぞ!志織。


 女子生徒特有のものなのか、青春の甘いニオイがした。まさに誘蛾灯だ。そんなことが頭の中を巡ったことで、俺は正気に戻ったらしい。俺は生きているとわかった。


「志織、お前今日もカワイイな」

「センセ、セクハラ!」

「すまん、許してくれ」

「イイわ、お嫁にもらってくれたら許してあげる」


 ん、ウ、ウン!と強くひとつ咳払いがした。


「ジャレない!いったい私たちは何の茶番劇を見せられているのかしら!」


 アンドロイドの女性に一喝された。


「いいえ、正しくは私はサイボーグですが」


 い、今、心を読まれた!?


「も一回聞くけどいいの?リンダさん。二人は通じてるかもよ」

「大丈夫よ。それに仮に通じてたって私たちには隠せないし、それも含めての役目でしょ。そういうことが守護よね?」


 いかにもわざとらしい問いにリンダは大まじめに応えた。


「ご気分はいかが?」

「 、、、、、 最悪だ。頭が割れたかと思った」

「割った方が良かった?」

「今から割ってあげるよ」

「か、勘弁願おうか」


 ショートカットの魔女が笑っていた。


「脳メモリーを少しキレイにした。痛かったでしょ」

「付け足すなら何らかの後遺症はあります」

「テロメア、最悪、急速減退。余命一年」

「ちょっと余計に消しちゃったかも。でも即死よりマシね」


 こいつら何を言ってやがる!


「ごめんなさいね。ちょっと脅かし過ぎたかも。ただ余命は上手くいっても三年でしょう。不幸にして短い時は、ま、半年ね」

「結局、死刑宣告を先延ばしにされただけのようだな」

「先生、ほんとごめんね」


 志織の目はだいぶ潤んでいる。


「質問があれば?」

「そうだ。どこを消した!?」

「刑事桜田さんの一部、」

「っていうか、結構、」

「うん、結構消えた。思い出せないでしょう?」

「でも、刑事だったってことは覚えてる?」

「ああ、大丈夫そうだ」

「でも、何で南部州に来たかはわからない」

「だいぶ足りない気がする、全部かもな」

「ほんのちょっとだけ脳を殺しただけよ、たぶん。人間はどうせ10%くらいしか使ってないしネ」

「そんな屁理屈が余命半年とか三年と聞かされてしまった後で笑えるとでも思ってるのか?」

「(・∀・)こ、こわー!」

「やめて!」

「先生、私たちの要件は済みました。もう戻って頂いて結構です」


 まだ全身が言うことを聞きそうになかった。体幹に自信が持てそうにない。


 魔女のひとりが追い討ちをかけてきた。


「先生、あ、ま、ち、先生」

「まだ、何か?」

「 、、、、、 志織に何かしたら、瞬殺で消えてもらうわよ」

「、、、 おっかない保護者がうじゃうじゃいるんだ。何にもできやしないさ」


「立てる?センセッ、行くわよ」


 志織が肩を貸そうとしてくれている。華奢な体躯を差し出されたようで、おい!しっかりしろ俺の身体!俺は何とか強がり、志織の肩を押しよけて、教え子の手だけを取った。氷のように冷たい。血は、血は流れているのか、志織。


「ちゃんと血は流れてるわ。さ、行こう」

「ん?」



「志織?」


 拷問部屋を出て長い廊下を少しずつ進みながら、俺は志織の後ろ髪に声をかけた。


「なーに?」

「せ、生徒会っていったい何だ?生徒会長のお前に聞くのも変だが」

「 、、、、、 知らない」

「アイツら何なんだ?」

「 、、 ふ。 天使よ」


 俺の手を引いてくれている志織の手はさらに冷たくなった気がした。











////////////////////////////////095




「優子さん?」

「はい」

「完了しました」

「あなたの気配りも時として見せる忖度も人間以上ね」

「失礼しました」


「香織里」

「はい」

「いいわね。私、ちょっと行ってくるけど、あなたたち七人は何もしちゃダメよ。大陸をひとつ消そうとかそういうんじゃないんだから」

「はい、わかってます」

「マザーがあなたたちを信頼してるのがよーくわかるわ」

「いえ」

「どうやら私はマザーになれそうにない」

「優子さん、どうか気をつけて」

「大丈夫」


 リンダはそのやり取りを頭の中で黙って聞いていた。


「優子さん」

「リンダ、」

「そろそろ時間ですのでご主人様のところへ戻ります」

「お父様のこと、ずっとお願い」

「 、、、 はい、おまかせを」








 北部州警察本部公安四課長ジェームズ園田は光学双眼鏡の小さなモニターを見ていた。


「目標地点まで20キロ。これから先の音声通話は禁じる。超高感度音波センサーのカバレッジは直径15キロのはずだ。3か月前の情報のままならな」

「了解」

「了解」

「了解」

「了解!」


 4班総勢40名、公安4課。


 公安1課は世界規模の事案、2課は国内事案、3課は北部州事案を各々担当する。「4」課の存在は北部州警察本部長のみが代々受け継ぎ直接指揮をする特務機関であり、スパイ活動、非公式捜査、暗殺など何でもござれの超法規・影のチームである。モットーは戦争を起こさせないためには手段を選ばないことであり、その活動は常に40名全員が同期して行なわれた。


 過去、まだそれは無いが、万一ミッションに失敗する時、全員の心臓に埋め込み全員の脳波と接続されたスーパーミニマムボム、つまり強心用ニトログリセリンを人体専用爆弾化転用した一種の兵器だが、それが一斉に同期爆発する。


 成功して当たり前、失敗は全員の死。それが公安4課の秘密の守り方でありプライドであった。






「先輩、 、、、 先輩、聞こえますか?」

「 」

「先輩、私です。藤岡です」

「 」

「応答してください、先輩!」

「 」

「定時連絡を、 、、、、、 」


 藤岡は、生態モニターの反応表示を目で追った。


 シグナルロスト、、、、、 桜田刑事は消息を断ったことを意味している。


「せ、先輩、」


 手が震え、一気に目を潤ませた藤岡は、その涙を拭うこともせず、別のモニターに声をかけた。


「ボスにつないで」

「はい」


 モニターは暗転し、画面が伏せられ音声はNGと切り替わる。文字が浮かび出した。シークレット通話だ。


「どうかしたか?」

「Sはシグナルロストしました。チームは通信切断中です」

「 、、、、、 そうか、わかった。 、、、 残念だがどうやら作戦は失敗だろうな」

「引き返させる方法はないでしょうか?」

「「組織」は人間の想像力の追いつかない力を持っているらしい。もし、それが事実なら南部州を全土吹き飛ばすくらいの兵器と覚悟が必要だ。、、、、たぶん、もう、手遅れだろうな」

「そんな、、、」


 そこからボスは構わず通常通話に切り替えた。


「いいか、藤岡。この件はクローズする。君は部屋(総監本部長付き秘書室)に戻りたまえ」

「ですが、、」

「今すぐ帰って来い。君はやつらと違って官吏人事公開されているオフィシャルスタッフだ。ここでゴネられてもこの私が困るんだ」

「わかりました」

「この通話にはスクランブラーをかけてある。そして履歴も含めて完全削除する」

「はい」

「君も生きて戻りたいはずだ」

「はい」

「今すぐ撤収しろ。ボムのタイマー起動を忘れるな」

「      」

「返事は?」

「はい」

「そのフロアにはクリーナーたちをすぐ行かせる。4課は今も昔も存在しない。いいな?」

「、、、はい、、、心得ました、」





























////////////////////////////////096




 優子の武装アンドロイド10体はビーチの端から端までをカバーできるように100メートル間隔で配置されている。


 海から侵入するにはこのビーチしかないように、他は、そして港もすべてが一時的に閉鎖されていたからだ。


 ビーチから沖合100キロ。ステルス性大型輸送機から波間に産み落とされた4艇の上陸作戦用ジェットボートが、同じくステルスモードで疾走した。





 さて、音声通話を遮断した後でひとつ確信したことがあった。明らかに我々は追尾されている。そして上陸できる場所は一ヶ所のみに限定誘導されていることからも明らかだろう。まさに、、、来るならどうぞ、と。


 たとえ可能性100%の待ち伏せであっても、ここまで来たら撤退、任務中止はもう今さらできない。海中のレーダー反応にはこれみよがしに潜んで見せている10隻もの潜航攻撃艇だ。遥か上空には強襲用ジェットヘリが編隊捕捉されていた。


 ウルトラステルス機能のそれらの機体はレーダーも肉眼もすり抜ける。エンジン音も衝撃波も感知させないその特長を、今は解除している。


 つまり意図的なのだ。強大な自信がない限りそんなことをするはずがない。これまたこれみよがしの威嚇だ。


 だが識別信号が、こっちの警察のものでも軍のものでもなかった。


 組織、のものだな。


 前進するしかなかった。






「何?リンカーン、、、」

「       」

「そうね、来たみたいね」






 藤岡は4課長宛、送信した。


「荷物はもう届かないことになったのであきらめます。END」


 通信遮断中でも一方的に送りつけてくることのできる特殊通信信号に載って、暗号化もされていないそのメッセージは、4課長ジェームズ園田のウェアラブルモニターのディスプレイに実に冷たいカラーで浮かんでいた。


「ち、見捨てられたか」


 心の声は意外に大きく音声となって出て来たことに自分でも驚いた。チームは沈黙を守って何も表現して来なかったが、今の自分の声を何と理解しただろうか。


 組織のそれに誘導されたまま、目標地点まであと5キロ。


「度胸もタマもない脳無し本部が〜ッ!!!」






「課長、申し訳ありません」


 藤岡はミニマムボムのタイマー起動の免罪符としては甚だつりあいの取れない詫びを言葉にして、呼吸をひとつ整え、大昔のやり方を真似て分厚いガラスのドアを三度ノックした。


「藤岡、戻りました」


 肩から上の静脈スキャンで上下のドアロックがはずれて、音もなく左右に開き、室内に入るとまた静かに、そして今度は重々しく本部長秘書室のガラスドアは閉じた。






 空と海の両方からあからさまな威嚇を受けながらも、公安4課は構わずウルトラステルスモードで無音無波走行のままさらに前進を続ける、上陸まであと1キロを残すのみだ。







 一方、城では、年一度のメンテナンススリープを終えた財前秀雄が目を覚ました。


「リンダ」

「はい、ご主人様」

「何か飲み物を頼む」

「常温のチェリー茶がよろしいかと。どうぞお召し上がりください」


 64面カットの3乗分以上はありそうな実に複雑な(それは一体どういうレベルだ?)、もはや平面にしか見えないほどの細密カットを施したクリスタルカップをリンダは差し出した。


「、、、 ん?優子の強い怒りを感じるが」

「はい、申し訳ありません」

「、、、 志織たちも天使たちも平常だ。リンダ、よく抑えたな」

「恐れ入ります。アイリーンも待機していてくれましたし」

「、、、 彼らは私を追って来たのか」

「はい。どうやら、そのようです」

「そうか、優子に余計な世話をかけてしまった」

「お嬢様はリンカーンとワシントンをお供にされています。それと武装チームを10体ほど」

「それではまるで大規模テロの鎮圧だろう。優子であれば話せばわかるのでは?」

「いえ、それにしては数はさほどでなくても相手の武装も尋常ではありません」

「そうか、やり過ぎなければ良いのだが」






 あと500メートル。


 あと100メートル。


 あと30メートル。



 10メートルの間隔で4艇の武装ジェットボートは、やさしく浜に寄せる波音と同じくらい静かに接地した。継続してサウンドキャンセラーの効果でエンジン音はしない。


 ただの静かな午後のビーチ。もうじき夕闇がやって来てあたりを深い紺色で覆うだろう。






「ステルスジャマー!」


「伏せろッ!」


 優子の発した命は、10体の武装アンドロイドに波打ち際に向けてジャマーウェーブ砲を発射させた。


 そうして、白い光の並はジェットボート4艇と40名のチームの姿を刹那の後、肉眼にさらさせた。


「ようこそ!南部州へ!」


 大きなヤシの木陰から、淡い黄色の大きな日除け帽、同じ色合いのロングのサマードレスの美女の声は、スピーカーも通していないだろうにビーチ中に響き渡るかのような大音量と感じる空気の振動だった。


 桜田はどこだ?どこかに潜んでいるのか?水先案内人も無しに南の首都に侵入するなど自殺行為もいいとこなのだ。


 桜田!どこにいる!桜田!!合図はどうした!?頭の中でジェームズ園田は叫ぶだけ叫んでみたのだが、そのとうの部下には届かなかった。


 やはり、そうだったのか。




「桜田さんならとても役に立ってくれましたよ。こうやって今皆さんにお会いできましたし。私と出会うようにシナリオを書かせてもらいました。彼が州境を越えた時からマークさせてもらってました。

 壁を一箇所だけ下げて、しかも皆さんが船を着けやすいように、上陸しやすいように一時的に臨時にビーチ化しておきました。お節介にもほどがあるわ。

 それと余計なことかもしれませんが、今後のためにもIDはもっと精巧にお作りになるようアドバイス差し上げておきます。

 ごめんなさいね。ちょっとイジワルに遊び過ぎてしまいました。

 思惑通りに。そういう意味で役に立って、、、」


「こいつ何を言ってやがる。シナリオ?思惑通り?桜田をどうした?」


 わずかにジェームズはたじろいだかのような仕草を見せたが、覚悟を決めて返事をしてみようと意を決した。


 わざと地声で、しかも可能な限りの大声で。


「全員、構えてスタンドポジション!命令あるまで撃つなよ!」


 隊員たちは突撃に備えて、女とアンドロイドにそれぞれ向けてビームライフルを構え、レーザーマシンガン、対人ランチャーロケット、対重戦車機銃と装甲貫通レールガンの照準を絞った。


 そしてもうひとつ。3メートル四方の発射台の中身、それは多分、超小型対人核であろう。そんなものまで持ち込むなんて、もはや最悪の時は戦争も辞さずということに他ならないと解釈され、即殲滅反撃されても決して文句は言えないクラスの状態であったのだ。万一の事態に陥るなら帰投する気などはなからない覚悟の証左である。


 ジェームズは音声通話制限を解除してヘッドセットに向けて言った。そしてあらためて念を押した。


「全員、構え維持!万一の動きに際しては遠慮なく撃て。相手が民間人だろうが戸惑うな!」

「了解!」

「了解!」

「了解しました!」

「了解!!姿勢維持、そのまま照準!」




「さて、お嬢さん。何やら随分物騒なお供をお連れのようですが、彼らはひょっとしてお嬢さんのお友だちですかな?」

「ご挨拶にしてはウィットも色気もありませんね」

「これはこれは失礼しました。我々は逃亡犯を追って来たのですが意図せず州境を越えてしまったようでして。どうでしょう、見逃してもらえるととても助かります。我々は黙って引き下がりますので」

「お名前は?」

「あっ、すみません。私は北部州警察のジェームズ園田と言います。お嬢さんは?」


 ジェームズはその場の空気に乗せられて身分を隠さず名乗った。


「私は富永優子です。この子たちは私の護衛です。大袈裟な武装ですがいつもこうなので」


 は、こっちの申し出は無視か。


 ふと、気づいた。この女の両サイドの空間が歪んでいる。いや、それはわざとなのか?


 大きな、そしてとても質量のある何かが、確かにそこにいる。アレは何だ?


「ん、ん。あらためてですが、富永さん。この後、どうされるおつもりでしょうか?」

「選択肢は三つです」

「お聞きしましょう」


 隊員たちがこのやり取りにじれているのがヒシヒシと伝わって来ているのだ。いいか、、、まだ、撃つなよ。













////////////////////////////////097




 女の口元が少し上に動いた。微笑んだのか?それにしてもなかなかお目にかかることのできない美しさだ。

 夕焼けの終わりが近づく周囲の淡さの中でどういうわけかひときわ輝いて見えるのだ。


「ひとつ目は、このまま何もせず、皆さんは北へ帰ります」

「次は?」

「二つ目は、私がこの子たちを連れてこの場を離れる」

「最後ですね」

「三つ目は、あなたたちには力づくであきらめてもらいます」

「ほう、力づくで?」

「はい」

「見たところ、お嬢さんのお友だちたちはとても強力な武装であることは認めます。ワイドビームライフルなんて、大規模テロ対策か戦争の時にぐらいしかお目にかかりません。ですが、お嬢、いや失礼、富永さんでしたね、私たちの方が数で圧倒しています。それに私たちが遊びでここまで来たと思ったら大間違いです。我々はプロです。覚悟が違います。いざとなれば遠慮はしませんよ。我々に道を譲っていただいた方が賢明です」

「先ほど逃亡犯とおっしゃいましたね?」

「それが?」


 ビーチは緊張感に包まれ空気全体がビンビン唸っている。


 公安4課40名は隊長の園田を除いて、武器を構えたまま、まるでその場に凍りついているかのような書き割りと化していた。


「向学のためにうかがいたいですね」

「任務のことはお話できません」

「、、、そもそもあなたたちは不法越境しています。たちの悪い執政官なら裁判無しで撃たれます」

「そもそもあなたはそんな人には見えない。それにまるで同業者のような口ぶりですが、富永さん、あなたはいったい何者です?」

「私の父は警察に勤めています。私のことはここの守り神と思ってくれたらそれで結構です。その私を守護する者も彼ら以外にいますけど」


 女の左右の空間が大きくゆがんで震えた。接近戦用重厚ステルスモードが解除され、それは現れた。


 巨大な生き物が二頭。


 犬? 犬なのか? 犬だ!


 それは、とてつもなく大きな犬だった。体高が女の身長の1.5倍ほど?あるだろうか。


 いったい何なんだ!あれは!? 


 全隊員が女の左右にサッと銃口を向けた。


 巨大な犬たちは恐ろしげな牙を剥き出しにして低く大きく唸っている。


 ふん!どんなにデカかろうが所詮、犬は犬だ、取るに足らん。ただのコケ脅しよ!


「富永さん、何度もすみませんが我々は先を急ぐのです。それにあらためて言いますがうら若き女性とそのペットに対して銃で解決するなどしたくはない。だから、どうぞ構わないでいただきたい!」

「私だって何の理由もなしにこの子たちも武装チームも連れて来はしません」

「話は平行線のままでしたね」


 静寂の間が流れた。






「どうやらここまでか」


 城で組織の長は頭の中に浮かぶその光景の一部始終を見て言った。






「富永さん、どうか命じてもらえませんか。武装チームに発砲するなと」

「もう一度言います。北へお帰りなさい」

「そうですか、残念です、、、。全隊、ゆっくり前!照準、再度展開!目をそらすな!」


 双方の間合いは20メートル。そして15メートルに詰まりつつある。


 まさか撃ちはすまい。ジェームズ園田は確信し、また一歩、踏み出した。侮っていた。誤った判断と思うわけがなかった。土産も無しにもう撤退はない。


 そもそも声を掛け合った時点でもう互いの距離が30メートルほどしかなかったのだ。15メートルやそこらで撃ち合いなどしたら、双方全滅だ。絶対撃って来ない。我々は中央突破する。


 もちろん、後に多勢の狩人たちに追われることになるのは必至だ。この国で相手の管轄・縄張りに無断で踏み込んで事を起こすなどタダで済むわけがない。中央政府の命で州警察と州警察が共に連邦警察活動をする時、連邦軍、すなわち国軍として南北の州軍が統合される時を除き、犬猿の間柄の暗黙のコンセンサスという不条理もいびつな規範も州法もまかり通る社会構造なのであった。


 急襲情報が漏れたこと。桜田が連絡を断ち、姿を見せなかったこと。まさかのウルトラステルスが強制解除されてしまったこと。海と空から完全に包囲されたことにまったく気づけなかったこと。。。


 たとえ、この場を突破できたとしても、上空、地上、海上から狙いを定められ、逃亡者を狩るつもりで越境したのに、あっという間に狩られる側に落ちている。


 間違いなく想像以上の科学力を有しているのだ。玉砕の道筋しか見えて来ない。


 だが、むざむざ討ち死になど御免だ。最悪の時が来たら対人核を撃ち込んでやる。無論、俺たちも全員確実にレベル4で汚染されるだろうな。まア

いいさ、、、どっちにしても助かりはしない。


 (思えば、そもそもどうして現場の俺たちにそんな最終兵器をいとも簡単に携行させるんだ。それを判断する立場の連中の頭の中は大丈夫なのか!? それに、今に始まったことじゃないが、政府も役所も完全に正邪の区別も正直も偽善も無視仕切って、国民に対して平気で嘘をつく。だとすりゃ、歴史の記録も公文書もきっとすべてが嘘っぱちだろうな。

 そんな為政者を選んだ国民のせいだと吠えるヤツらも当然いるが、そいつらは所詮飼い主に媚びた発言しかしない輩にすぎない。

 いいことばかりを言葉に連ねて当選した暁には、だ。遅かれ早かれ、自分の立場と利益だけを追求する連中が世紀単位で世界を支配する。せめてもの願いは王宮王室だけは国民の気持ちに寄り添って欲しいものだ。


 おっと、脱線しちまった、、、 )


 そんなこと知るか!人類の未来のために、地球のために、世界中から核の武装も核のエネルギーシステムも廃絶しましたなどと、平気で嘘の三国核廃絶条約を結んだ偽善為政者たちの会議室めがけて、ヤツらにこの対人核をお見舞いしてやりたかったぐらいなのだ。ほんとうはな。




 しかし、、、


 突破も撃ち合いも核破裂汚染も起こらなかった。


「仕方ありません」


 犬たちがさらに大きく唸った。それから、時がスローモーションになった。






 優子は静かに、雪のように白い両腕を身体の前に垂直に差し出した。開いた手のひらにグッと力を込め目を見開く。美しいその顔には他の表情が何も見えない。ショートカットの金色の髪がフワッと浮く。


 ドレスの裾が風に揺られたように波を打っている。優子を中心にしてリンカーンとワシントンの毛がブワッと逆立ち、その両眼が真っ赤になって一人と二頭は大きな光の輪に包まれた。


 光の輪は光の玉となり、何色もの色が現れては変化を繰り返し、やがてピンクからブルーヘ、そして虹色の球体となったのだ。


 ついには、その球体の前面からバッと溢れ出たとてつもなく大きな波動が空間をゆがめながら直進し、侵入者40人の武装と肉体に、4艇の大型ジェットボートに襲いかかった。


「撃てーッ!」


 その命令はスローモーションに虚空を彷徨った。


















////////////////////////////////098




「ねえ。優子さん、何でいっぺんにやっちゃわないのかなぁ?」

「たぶん一種のセレモニーみたいなものね」

「セレモニーって?」

「驚きと恐怖を、その後に来る畏怖を与えるためのね」

「へえ〜、一気に蒸化されないって怖いわ」

「あらゆる分子の極超連鎖昇華って人間には絶対に授けられない魔法」

「何で?」

「超核っていうやつ」

「、じゃなくて、何で?」

「すぐ悪用するバカリーダーが歴史に登場するから」

「今日の香織里って口ワルッ、」

「ん、んんん。優子さんは生まれながらにシャドーの占有率が高過ぎて、怒りの限度を超えたらほんと怖い。だからこの後はご主人様の出番でしょうね」

「へえ〜、優子さん、やっぱすごいのね。でも、優子さんにやらせたくないんだったら、私たちが止めてあげればいいんじゃない?」

「そこまではマザーが許してないのよ。先生へのお仕置きぐらいまで、かな」


 ふーん、と後頭部で両手を組んだショートカットの天使は、まぶたの裏のビーチの映像を見ながら椅子の背もたれにのけぞってみせた。


「佳代子、お行儀悪いわよ」


 真っ青な空色の瞳の左のウィンクが返って来た。


「ねえ?」

「なに?」

「私たちあと何百年生きるのかなぁ」

「わからないわ。でも、いいじゃない。時代ごとにいろんな制服が着れるし」

「3000年前のマザーにさ」

「2700年前でしょ」

「何て言ったっけ」

「あの時代では「マリア」って名前だったわね」

「MM?」








 命令はその場でただ漂って、その行き先に困っていた。発射されたビームも銃弾もランチャー砲弾もすべてが波動に包まれ、どこにも進めずその場を漂っている。わずかの時も待たず、それらの輪郭が、実像が徐々に薄まって見えてきた。


 き、消えていく!?


 あらゆる弾丸や物体が、ビームの光粒子が、武器が、装備が、ボートが、戦闘スーツが、無機体がそれぞれの形の端から徐々に、そして流れるように消えていく。


 優子はさらに強く念じた。


 二頭の護衛はまたさらに大きく唸る。虹色の球体がさらに大きくなり、、、、、


 さあ、あとは人体をすべて気体へと昇華させるだけだ。二頭の手を借りずとも優子のスペックには造作もない。





 間に合った。



 機先を制するように優子の脳に語りかける声がした。


「優子、その辺でやめておきなさい」

「お父様、なぜ?」

「お前に、私と同じような自戒懺悔の念を持たせたくはないのだよ」

「お父様を追って来たのよ。許せるもんですか!」

「だから全員を消すのか?」

「いけない?」

「やめるんだ?それ以上念じたら蒸化するんだぞ」


 フッ!


 優子は、さらに念じる強さを増そうとした。


「私と同じ十字架を背負う必要などない!」

「許さない。目の前の男たちも、彼らを送り込んだ北の警察も、それを命じた者たちも」

「この私を追ってくるなぞ、公式な捜査ではないはずだ。北・中・南の心理バランスが崩れるからだ。それを中央省長官の山本はよくわかっている。ひとつの国家としては絶対不可侵領域の話題だ。仮に捕えて問い詰めたところで誰も認めはしない。それに、実力行使なんていったいどれだけの数の人間を消さねばならないと思っているんだ。優子、わかっているのか」

「わかりません!わかるつもりもないわ」

「愚かな考えだぞ」

「いいえ!それに私にはたやすいことです」

「殺戮の天使にするためにお前を育てて来たつもりはない!」

「私がお父様を守ります」

「優子、もうやめろ。お前の力を知る私はお前を封じねばならなくなる。そんなことをさせるな!」

「       」

「、、、 優子ーーッ!」


 ブツっと音がして思念が遮断された。


 財前秀雄は心を決めた。愛する美しき養女は今や完全にシャドーが覚醒している。その念の発するエネルギーとパワーは必ずやこの世界全体にとって脅威となるだろう。もしも、他の強力なシャドーと共鳴することでもあろうものならきっとこの地球ほしそのものでさえ重大な影響を受ける。たとえ私が許しても、私の中で憤慨しているマザーが許すはずがない。


 秀雄は、手遅れになれば自身が圧倒されかねないシャドーのパワーを封じるために、バイオカプセルの中でメンテナンスさせた100%の力を出し切ったとしても敢えての娘を封じる手立てに、あの夜のことを思い出すようなエネルギーをその念に込めた。


 瞬間、真っ青で、さらに巨大で、超強力な波動が優子を包み込んだ。


「聞こえているな、、。リンカーン!ワシントン!50%ずつ優子を取り込め!お前たちの中で優子は永遠に生きるのだ。優子は、永遠に死ねない。私のそばに漂いながらな」


 二頭の犬は自らの創造主の命に忠実に動いた。


 大きな虹色の球体は、今、色が変わっている。やがて真っ青な色だけに包まれた。さらに光は強くなり、そしてついに雷鳴ほどの爆発音を伴って、もう視界には何も入らなくなった。





















////////////////////////////////099




 随分な時間が経ったように感じた。あたりは夜のはじめを過ぎているに過ぎなかったが。


 二頭の巨大な犬はまだ真っ青な光をまとっていた。ビーチ全体が真っ青だった。リンカーンとワシントンの間に優子の姿はなかった。


 侵入者の男たちは武装も服も靴もすべてをはぎ取られ、消去され、もう、全身の毛という毛さえない、全裸、無毛、無防備のまま呆然と立ち尽くしている。誰も動かない、指先ひとつ動かせない。意識はそこにあっても身体がまったく動かないのだ。


 10体の優子のアンドロイドたちは武器を構えたまま主人からの殺戮命令を待っている。






「優子、、、聞こえるか」

「、、、はい、お父様、」

「父を許せ。お前から肉体を奪ってしまった」

「いいえ、私は、この子たちの中でお父様のそばにいられますから」


 ほどなく、リンカーンとワシントンの巨体が半分程度に圧縮されたようだと感じた。ついそれまでとはまるで違うスリムな体躯だった。一気に凝縮・圧縮されたのか。


 優子という精神幽体を取り込んだ二頭のサイボーグ犬は、圧倒的に増大したエネルギーを包み込み抑え込むために内圧を急速上昇させ、全身がよりコンパクトかつより強固に、重厚に、再生した。いや、それは超進化と呼んだ方が良いか。今、優子は再生蒸化し、完全に二頭と同化融合、一体化したのだった。


「良いか、お前たち。お前たちは今優子と共に生まれ変わった。これからはお前たちをフリーダムとジャスティスと呼ぶ。私とともに永遠に、その名の意味する通りに生きるのだ」


 二頭のサイボーグ犬は大きく身体を震い、真っ青な光の玉を振り払った。光は空中高く雲散霧消した。




 だが、すべてが消えてしまったわけではない。消えてゆく輝きの一部は光のくさびとなって、40名の男たちの頭に突き刺さるように見えた。


 男たちは、頭の中心に麻酔無しに極太のアンカーを打ち込まれたような強衝撃を感じるか感じないかの刹那、全員気を失い砂浜へと突っ伏した。そしてその雷に匹敵するような衝撃波によって、全員の頭部と胸部に埋め込まれていた自爆用強化ニトログリセリン特殊化合物のミニマムボムは、すべてが不発化され、やがて消滅した。


 組織の長は思念を飛ばし、アンドロイドたちに命じた。侵入者たちをリセットし、我が部隊に取り込むことにしたのだった。


「全員を生かしたまま回収せよ。城でメモリー設定する」


「全員を生かしたまま回収します!」


 上空に待機していた大型ジェットヘリがビーチへと下降して来た。




 追手ながら、なかなか優秀なチームと見た。


 頑強な肉体、賭けではあったがあの衝撃波で命を落とした者は一人もいない。そうでなければ優子に殲滅を禁じておいて、自らがそれと背く行為など精神幽体となった優子から呪われるに違いなかった。


 彼らには我が方で活躍してもらうのがいいだろう。特にあの隊長の男、園田と言ったか、信念の背骨のちゃんとした傑物だろう。


 秀雄は、リンダを振り返った。


「強いアルコールを頼む」

「お察しします、ご主人様」

「なぐさめてくれるのか」

「はい、いかようにでも」


 リンダは目を細めエクボを作って見せた。








 天使たちはアイコンタクトだけで話しはじめた。




優子さん、スゴい人だったわ、パワーもカリスマも両方


亡くなったみたいに言わないで!


ちがうの?


変容、ね!


優子さんに聞こえてるわよ


アッ、ごめんなさい


ところでさあ、私たちの昔の名前って、、、


何?唐突に!


今、優子さんの話をしてたのよ!


忘れちゃったの?


宏子!


アテナとアリスと、オルガでしょ、イザベラ、ケイト、リリアとダリア


ハハ、忘れちゃったわ、、、


あなたはオルガ、


それより前はさあ、


なに?


そんなの昔過ぎ


もっともっと昔からここにいるけど?


だって、良い呼び名じゃなかった、、


そうね今の方がいい


何か古くさいわ


んなことないでしょ


それと、生徒会長ってさぁ、


また、話を変える!?


陣内さんね


話、跳ぶわねぇ、あなた


そ、志乃ちゃん


だって、今から見れば未来の話よね?


歴史の順番がおかしい〜


いいの!


歴史なんて、人間が随分後で創造したものだっていっぱいあるのよ


いい加減なものね


その時に生きてたわけじゃないもんね


意識も精神も混乱しちゃうわね


そ、そもそも時空の流れはひとつじゃないから


ああ、そんなの反則〜ッ!


そうね、ひとつだと思ってるのは人間だけかぁ


時空の順序の入り繰りなんて意味わかんないわよね


宇宙の始まりが何だったか?って?


違う!


はじまる前は何があったのよ?


無、じゃない?


無から何で光や質量のあるものが生まれてくんの!?


知らないわよ、そんなの


私たち、いなかったの?


あたり前でしょ!


もういいわ、その辺で。だいたい今回のは私たちの出る幕じゃないのよ、、、


だって、、


こら〜


優子さん、かわいそうじゃん


佳代子っ!


香織里、コワっ





















////////////////////////////////100




「ご主人様、」

「何かな?」

「ビーチへの指令は「回収」でよろしかったのでしょうか」

「なぜ?」

「アンドロイドたちが命を受けたのは人間に対するものでしたので」

「ん、そういう細部への気遣いのできるところが君たちの好きなところだな。さて、まず相手が人間だからといってこちらが気を遣わねばなどと私はまったく思わない。人間はこの世の支配者でも何でもないからだ。地球にしてみれば我々人間の価値は、ウイルス、細菌、バクテリア、プランクトン以下さ。遥かにな。

 もうひとつ。「収容」と指示した方が君は納得したのだろうな。だが、彼らのメモリーをリセットさせるにしても、その後の彼らは南部州民に仕えるための道具に過ぎない。だから「回収」と言ったのだよ。君も私もステファニーもそうだが、州民に納得してもらうための「地球」というボスのただの道具に過ぎない」


 リンダは、100年寝かせた果実酒を一杯、主人の立つビーチ方面の窓際のサイドテーブルに静かに置いた。


「70度はあるようです」

「上出来さ」

「いえ」

「城のシールドはもう解除していいとアントニーに伝えてくれ。アイリーンにもな」

「はい」


 「回収」がまもなく終了しますとジェットヘリのAIから報告が来た。


 秀雄はイメージしていた。預言か。


 そうだ、近い将来、正式な?マザーとの出会いを経て、この国の科学力は急速に、尋常ならざるレベルに進化する。スペシャリティな護衛迎撃隊として、スペーススーツのような特殊装備で、破格の戦闘力を誇る新たな治安維持チームが誕生するだろう。その要員として送り込むには素材として最適でもある。それも、自分が仕えるべき「主人」が南下してからの話だ。もうすぐ天使たちの伝説の「生徒会長」に会える。


 ただ、当面、気分は上がりそうにない。王宮に送り込んだ医長のヤンにもまだ伝えていない。前振りはしてあったにしても、やはり本当に実行した後では気分がいいわけないのだ。


 その果実酒をあおってみたものの、結果としてキツさに顔をしかめるだけの甲斐しかなかった。


「大丈夫ですか?」

「ああ、大丈夫だ。私には君もステファニーもいる」

「まあ、妬けますわ」

「だが、すまない、今はそんな気分ではない」

「失礼しました、ご主人様」


 ガラスに映るリンダの瞳は慈愛のそれだった。








 公的監視衛星は、その活動と情報収集、データ保持・秘匿・通信の権限をその国内使用に限られ、各国が(野放図だった大昔を深く省みて)たった100基を上限として軌道上にある(つまり、合計300基である。付言するなら、そのスペックは比較にならない程の科学技術進歩に裏付けされたもので、例えればそれは衛星同士の果たし合いが可能なぐらいの、だ)。


 もし、その国際ルールを逸脱するようであるなら、他国によって公式に撃墜されても構わないとする監視衛星運用に関する三国条約に従っているのだった(何千何万の古い衛星と役目を終えてデブリとなった衛星やステーションまで、国際宇宙ステーションを基点としたパトロールチームのマシンたちが休みなく働き、時にひとつずつ、時にワイドレーザーで手当たり次第に宇宙そらを掃除していった。俄には信じられないが、ソラはわずか10年できれいになった)。




 北部州警察本部の藤岡は、ルーティーン業務の一環と偽り(上司である秘書室長は、本部長による藤岡の秘密ミッションを知らされていないからだ)、監視衛星通信網にログインし、本部長付き専用のパスワードを用いて、宇宙から南部州のとあるビーチの3D映像を、3基の衛星カメラを3点遠隔照準させた後にクローズアップした。



 超高解像度モニターの中の、夜のはじめにあるビーチ。


 そこには上陸の形跡を認めたが、それ以上侵入した痕跡も、警備隊に遭遇し戦闘となってしまった痕跡も、破壊の跡、血痕も死体も何もなかった。


 いや、あった。


 極超高感度の監視カメラ性能が捉えていたのは、この5分の間に大型のジェットヘリが飛び去って行ったであろう残像気流熱による空間のわずかなゆがみだ。


「課長、、、」


 捕まった、あるいは殺され始末された?


 決して涙腺を緩ますまいと、藤岡は上下の糸切り歯で舌の端を軽く噛んで覚悟を決めた後に、ググッと顎に力を込めた。口の中いっぱいに血の味が満ちる。


 本部長特命で公安4課に仕えて2年。知らぬ間に、日常的に最も言葉を交わし続けてきたジェームズ園田に愛情を、仕事上のそれとは大きく違う、覚えていたのだった。





藤岡、、、つらいだろうな


先輩?


ああ


先輩、無事だったんですか?




俺は不死身だ


だって、シグナルロストって、!



だから、生きてるさ


先輩、課長が、みんなが、、、


わかってる


先輩、帰って来てください


そうだな、お前を嫁さんにもらうんだった




私、、、


いいさ、冗談に付き合ってくれてたことぐらいわかってる


先輩、


藤岡


はい、、、


前に言ったこと覚えてるか?


何?


嫌な予感がするって


あっ


このことだったのかもな。。。






 藤岡はコントロールパネルをずっと見つめていた。



 ずっとシグナルロストだ。


 生きているはずもない。なのに聞こえる。幻聴さえ覚えるようなら、万事冷静な業務貢献はできるはずもない。もうここには勤められない。




 モニター上に虹色の光が見えはじめた。


 小さく。少しずつ大きくなって来ている。


 直感の知らせに、ハッとしてメイン電源のオフスイッチにタッチをと、手を伸ばそうとした。だが、間に合わない。


 頭を何かが殴った?


 大きく揺れた気がした。


 藤岡の脳は1秒もしないうちに沸騰し溶解した。


 まもなく上半身が静かにかしいで、腰からゆっくりとデスクに向かってゆく。


 何も知らない周囲の同僚に、それはスローモーションで見えていた。






























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