第1話〜第10話(全111話) 欲望編
フューチャーゲーム 欲望編・血脈編・邂逅編
1ページ〜 欲望編
41ページ〜 血脈編
64ページ〜 邂逅編
////////////////////////////////001
フューチャーゲーム 欲望編
この物語はすべてフィクションです。登場人物や場面設定、科学的要素等は、実在の人物、団体、史実、国内および国際情勢などと一切関係ありません。また、厭世的な文章は作者のゆがんだ性格に起因しており、実際の科学的根拠に基づかない文言や表現が多々あります。一考だに値しない妄想だと笑って許してもらえれば幸いです。
プロローグ
この事変の原因はきっと私だ。
しかし、もう何十年も前のことではあるし、
しかも、多くの人々の記憶からももう十分薄らいでしまったことではあるし、
人はすべてを忘れてゆく生き物であるから、、、
ともあれ、もう過ぎたことだ。
私たちは刹那に生きている。
未来が明るいなんて、昔々にどこかの誰かがいい加減に吹聴し、
すっかり日常に、そして社会に定着してしまった虚構であって、
現実逃避の挙げ句の果ての単語の曲解に過ぎない。
私たちの刹那の連続性が、全能の神の怒りに触れずに今日まで来れたからだ。
それを私たちはわからずに生きている。
未来に希望なんてない。
この刹那を必死に生きるだけだ。
そうしなければマザーは私たちを決して許さないだろう。
登場人物
早乙女真二郎 安保局保安チームメンバー
(さおとめ しんじろう)
サクラ BRC流体金属生命体「マザー」
神海リサ 神海博士の娘、安保局保安課長
(しんかい)
神海 葵 リサの父、神海博士
(しんかい あおい)
神海頼母 神海博士の兄、安保局長
(しんかい たのも)
大山豪蔵 北部州知事、次期総理候補
(おおやま ごうぞう)
大山信蔵 知事の兄、『ザ・カンパニー』代表
(おおやま しんぞう)
陣内志乃(SJ) 南部州の組織BBのボス
(じんない しの)
陣内ステラ 神海博士の妹、ミツルと華蓮の母
陣内ミツル(MJ、満蔵) 華蓮の双子の兄
(まんぞう)
陣内華蓮 SJの娘、自由改新協議会の党首
(じんない かれん)
蒼野優一 のちにBBとなる組織の創設者
(あおの ゆういち)
財前秀雄 蒼野の執事
(ざいぜん ひでお)
山本太郎 中央州中央省長官
加藤三郎 リサの部下、狙撃手
善光寺 安保局監査部長
安保局取締官課長 真二郎の上官
リンダ 大山信蔵のサイボーグ秘書
情報記者
サクラ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「真二郎、起きろ、招集だ」
「 ・・・ 」
「真二郎」
「 ・・・ 。サクラ、男の声はやめろって」
「真二郎、おはよう。お呼び出しよ、ほら早く」
「何時だ」
「午前4時。さあ」
「わかった、ちょっと待って。明かりぐらい点けたらどうなんだ」
「初動武装でいいわね、本部で換装するわ。ジェットモービル、起動!」
彼は、早乙女真二郎。大連邦国民国家安全保障省安全保障局の保安チームメンバー。頭脳・戦闘技術共にとても優秀な一匹狼。背は高く全身が鋼のような筋肉で覆われている。人間不信、自信過剰、勇猛果敢、ぶっきらぼうではあるが聡明で私は好きだ。
そして、私はサクラ、人工知能を超えたスーパーAI<マザー>のコア。でも、その肩書きは私は嫌い。なぜなら、私は人間に作られた覚えはないからだ。私を支配しようとするなんて、そういう人間の傲慢さも私は嫌いだ。
早乙女真二郎・・・・・・・・・・・・・・・・・
「早乙女様、おはようございます」
「課長、嫌みはやめて下さい、事件ですか?」
「こう見えて取締官の私だが、事件以外で君を呼んではダメだと言うのかな?」
「いえ、もういいです。来る途中、大体はサクラから聞きました」
「、、、。マザーに好き勝手な名前を付けるんじゃない」
「わかってますよ、俺のアースネット様がそう呼べって言うんです」
「私は言ってないわ」
「サクラ、シャットだ」
「 ・・・ 」
課長は、もったいつけたように一呼吸置いてあらためた。
「ん、。。さて、今回狙われているのは北部州知事大山豪蔵だ。知らない国民は誰もいない」
「課長」
「何だ、早乙女」
「マザーはいつだと?」
「明日の24時」
「44時間後か。朝の4時に叩き起こされて、縁起の悪い数字ばっかりだ」
「くだらんこと言ってないでちゃんと聞いてろ。いいかお前たち今回の任務はちょっと厄介だ。どうやら背後にBBがいる。ただしBBと言っても親父の方じゃない。マザーによればバカ息子の方だ」
「そんな言葉遣い、私はしないわ」
「サクラ、しっ」
「 ・・・ 」
「まさか、北と南の戦争なんてイヤですよ」
「そのまさかだ早乙女。もっとも中央政府は「戦争」という言葉は、ずっと昔から存在しないと公言しているがな。ま、政府用語じゃいつもの「衝突」だな。お前がアイツだったらどうする?参考までに聞いてやるぞ」
「いや課長、BBジュニアはある意味天才です。世の中の方があいつを理解できないだけかも」
「お前は理解できると?」
「俺があいつだったら、アースネットにウイルスを送り込んで偽のフューチャーゲームをでっち上げますね。たとえば大山豪蔵は今から44時間後に死ぬか死なないか、とか。そうすれば寿命を100年ぐらい賭けそうなアタマのおかしい奴らが、州都サッポロに攻め込んでくれますよ」
「 ・・・ 」
課長は小さく舌打ちをしたが、それについては触れずにおいた。どうせ俺は厄介者扱いされているのだ。
「そうだよな、サクラ」
「さあね」
「類は類を呼びます。同じニオイがするかも」
課長は聞こえていたのを無視して続けた。
「 ・・・ 。さて、だな。我々はマザーの予言時刻までに北と南の両州から不戦の確約を取り付けてその完遂を見届ける。安保ライセンスは100%、邪魔する奴らは大山知事以外、相手構わずこの世から排除しろ。ただし、だ。いつものように独断専行は無しだ。ちゃんとマザーにすべての記録を残せ、どんなことでも記録を残すのが我が国の美学だ、早乙女、いいな?」
「俺だけ?」
「お前以外は皆信頼できる」
「早い話、北と南の大問題にならなきゃいいだけですね」
「フルアーマー換装!」
「早乙女、行くぞ」
「サクラ、かわいくないぞ」
「おあいにくさま。私には顔も体もないわ」
////////////////////////////////002
少しだけ時間を戻そう。
非常招集から3分後、俺とサクラは本部にいた。
大連邦国民国家安全保障省安全保障局、通称「安保局」は国会議事堂の地下300階に本部がある。議事堂は存在が公表されているのは地下5階までで(総理官邸の地下にあるオペレーションルームに万一のことがあった場合、議事堂地下の統合オペレーション本部を稼働させることになっている。だが、これまでの歴史の中、一度も活気に溢れたことはない。平和を維持してこれたからだ)、地下10階までの中央政府の安全保障委員会専用フロアは表向きには存在していないことになっている。そこが本当の国防の要だ。しかし、安保局はそこからさらに地下深くのフロアに作られたもので、1フロアごとの天井高がいったいどの程度なのか想像もつかない。まぁ、それほど深い。
せっかくアースネットのホストマシンがこの安保局のどこかにあるのだからと、局員の中でまことしやかに囁かれているのは、この建築技術はその対極、つまりは自重で潰れることなく、地上遥か30000メートルの彼方に延びる軌道エレベーターに応用されたものらしいというものだった。当の局員達には残念だが、この推理をマザーに問い合わせても一切応えてもらえなかった。それは人知を超えた技術としか表現のしようがなかった。
マザーとはBRC製のアースネット・ホストマシン内に搭載されたスーパーAI、つまりコアの正式名称である。人工知能や人工知脳と呼称されるのを極端に嫌い、マザーは自らをBRC流体金属生命体と標榜している。
「だって、AIって、そもそも人間の頭脳そのもののことよね。私、そんなんじゃないし」
マザーの極小分子回路をIDチップに載せて全国民、すべての生物、無機体含めすべての分子体に植え付け、マザーが寄生する人工細胞型ニューロンとすること、そしてさらに自ら増殖する力、自ら消滅する力を持つこと、宿主が滅すると同時に滅ぶこと、必要に応じて遺伝子情報さえも書き換えること、さすればIDチップによる集積情報は無量大数に上り、電力供給にまったく左右されることのない感応波ネットワーク(これがアースネットである)でIDチップ同士、つまりあらゆる人間の脳と人間の脳を直接繋いでいることによってのみ、その保持性、更新性、耐久性、不可逆性が担保されている。それらをいったいいつ誰が決意し、なぜ作り上げることができたのかを記録した資料やデータが存在しないことなどを誰も知らないし、また人間は誰ひとり知ろうともしないのだった。
付け足せば、この国でかの歴史上最大級の発明であるインターナショナルネットワークの役目が終わって久しい。いわゆるモバイル機器もデバイスも何も無くなって久しい。ただ、不思議なことにそれに疑念を抱く者も、同じく誰もいなかった。
そしてもうひとつ、どうやってそれを植え付けたか、である。
目に見えているのに見えていない、1000京以上と言われてもまったくピンと来ないが、実は今もそこらじゅうの空間にいるステルス形態のサイバーモスキートがIDチップを媒介し尽くしたのである。
その無限の活動性や、日常生活の不自由の無さと国家経済の安定性、社会経済の世界との連動性の豊かさから察すれば、アースネットの真のカバー領域が本当にこの国だけなのか、そんなことが気になって仕方がない、それを究明しようと考える者ももちろんいなかった。
さらに言えば、アースネットがその権勢を欲しいがままに不定期に発動させるのが、フューチャーゲームである。それはイエスかノーのただそれだけのギャンブル。その賭け金は自分の寿命だ。
未来の出来事を予測し当たれば寿命は1日延びる、ハズレはその逆。その海よりも深い射幸性に惑わされる者は非常に多く、1年単位で命を賭ける者、10年や20年などを賭けてしまう者さえいる。
大きくハズレることになれば本当に命を失うことになり、自殺志願者が殺到しはしないかと中央政府は心配して当然とも思えるのだが、なぜか杞憂に終わっている。当たれば、賭けに勝てば、いにしえの聖杯伝説にあるような不老不死を手にするに等しいのだ。故に、全国民は、ただひたすらに、熱狂した。
この国は、三つの州からできている。
北部州は、世界で唯一この国に眠る固く柔らかく、強く弱く、重く軽く、清らかで鈍く、水のようでマグマのような粘性を持ち、超高温で超低温と、相反する性質を持つ奇跡の鉱物資源である<ブルー・ローズ・チタン(BRC)>の産地。その面積の多くは雪と氷に覆われている。州民の極端な減少のため、北部州は大陸からの移民が築いたと言われるほど移民の多い地方政府である。世界レベルの大企業『ザ・カンパニー』の社長大山信蔵による国家レベルでの産業振興とボランティア精神経営に代表される行政サービスへの貢献活動によって、州経済の安定を誇っている。実弟で次期総理候補と目される大山豪蔵は、全国民に知られる有名政治家だ。
南部州。強い日差しと常夏の大地。北部の極限の寒さを逃れて一人ひとりが夢膨らませて人生を謳歌したいと願い、そしてまだ見ぬ新しい自由を求めて、たいへん多くの国民が南下し移住した州。人口密度は当然高くなり、当時、末端まで行政サービスが行き届かなかったことも度重なった結果、いきおい州民生活が徐々に荒廃することとなったものの、その一方で富と権力の集中によって、組織・ブルーブラッド(BB)が誕生し、人々は決して裕福ではないが、組織による州民を全面支援しながらも生かさず殺さずの哲学と差配で、やがては人心と地方政府を完全に支配するに至った。組織、BBの政治運営と多方面からの社会全体主義的生活支援施策は、その公平感と納得感を以って圧倒的な支持のもと、州民達の幸福を感じる度合いは徐々に高まり、今や歴史上の事実を回顧しても、最高レベルのそれと比較してもその満足度は非常に高いものがある。
中央州。文字通りこの国の中央政府を置く小さな州、国家最高官庁である中央省以下、すべての行政省庁と警察省とも国防省とも異なるスペックで国全体の治安を最終的に統べる安全保障省安保局が在し、古くからの首都の所在を継いでいる。安保局も組織上は中央政府の一機能に過ぎないのだが、その権力はとてつもなく大きく、だが、なぜそうであるのかを知る者はごく限られている。なお、無論、所管行政上の役割は国内治安は警察省、領土・領空・領海の防衛は国防省である。ふたつの省は、事案勃発の際に管掌範疇がクロスするようなケースにおいては常に反目し合うのが日常茶飯事でもあった。中央省の存在こそがこの国の、また各省庁のバランスを取っている、そう断言しても過言ではない。
////////////////////////////////003
早乙女真二郎は、ひとり思いに耽っていた。
この世に人間の欲望ほど果てしないものはない。人間はまさに欲望の虜囚だ。だが、そもそも己を律し欲望を捨て去るなど人間の業に逆らっているのだ。理性で適度にそれを律しながら俺たちは生きている。そういう片方で人間は、アレが欲しい、コレが欲しい、他人の○○が欲しい、ああいう贅沢な暮らしがしたい、羨まるなんてしい、偉くなりたい、もっと収入や財産が欲しい、いやひょっとしてこの国を自分のものにしたい、もしかすれば永遠の命や未知なる力を授かることのできるであろう「聖杯」にいつかどこかで出会いたいと、傍から見れば一笑に伏されてしまいがちな夢と希望と強欲さを皆常に併せ持ち、もしかすれば自らの持ち得る何かを賭けて、さらに大きな価値のリターンを得たいと必ずと言っていいほど心密かに期待し、あるいは時には身の回りの、自分に対して関心を嘘でも持ってくれそうな人々に対して、その欲望の一部分だけを高言しながら、または自慢しながらそれに対する周囲の同意を得たく、承認されたくて、そしてその同意を以て、ああやっぱりそうだよなと自分を納得させ、安心させたくて、数多の欲望にまみれながら日々の暮らしを送っている。
そんな悲観思考の快感に溺れていればこそなのだが、それほどまでに欲まみれの俺たち人間は、飛躍し過ぎかもしれないが、この地球にとって果たして必要な種族なのだろうか。本当のところ、どうなのだ?もう数えるのも面倒ではあるが愚かな歴史上の出来事に触れるたび、俺はつくづくそう思う。
マザーは俺たちのそういう内心も行動パターンも、1日24時間いかに過ごし、どんな会話をし、どんなものを食し、どんな遊びをするのか、そのための収入をもたらす労働の中身や資産と負債のすべて、それに、どんな異性を好み、どんな信条・信念を持ち、どんな場面でどんな喜怒哀楽を表現するのか、全国民について100%以上把握している。それらのデータを元にするなら近未来の出来事を予言することなどいともたやすいんだ、以前、安保局神海局長がそう言っていたことを踏まえてよくよく考えれば、マザーのその能力と情報量は、俺たちが想像できる範囲を遥かに凌駕しているとあきらめてしまうのが簡単かつ妥当なのだろう。
国民に勤勉実直の極みを求め、あらゆる争いは異常なまでに敵視し、必要に応じてはヒトやモノやコトなど徹底して排除し、先に触れたがあえてその実体を晒せば、見せかけの平和と安寧をもたらすための国家組織である警察省と国防省の存在感によって、この国の中央政府は一見するなら世界の手本となるべき安定性と清廉さを持ち合わせていた。
しかしそれはすべて、マザーの力による賜物と理解するのが真に正しい。言い方を変えれば、マザーは俺たち人間の、いや生き物全体の情報と引き換えに、欲求も欲望も満たしてくれている、そういうことなのか。
ただ、時として人間は、マザーが思いもしない行動を取ることがあった。いわゆる行動理論や数学的演算だけでは説明しきれない人間の思考や行動の曖昧さに対しては、マザーも時としてミスジャッジをすることもあるらしい。つまり、マザーは完全無欠ではない?
また、マザーは、後悔をしない。従ってマザーの判断は、常に一方通行であり、何かについて人間と話し合うなどというプロセスはそこにない。人間の感覚からすれば、なんて独善的で強圧的で、それはまさに恐怖政治そのものだと映る。しかし、だからと言って、人間には、つまるところ何の対抗策もないのが事実だ。
見ようによっては、一気に溜飲の下がる思いの気持ちの良さがある時もあるなら、なんと血も涙もないと思わざるを得ない衝撃的で、身体全体が凍りつくような現象や結果を平然とマザーは作り出す。だがそれはすべて、あくまでも人間から見た価値観に過ぎないのだろう。なぜなら、マザーはその瞬間、瞬間で人間がどう感じるかなどいちいち斟酌してはいないからだ。
それをしてマザーが完全無欠ではないと言えばそうかもしれない。時にミスジャッジすると言えばそうかもしれない。だが、かたや人間はどうだ?人間の歴史の中で、それこそミスジャッジを数え出したらキリがない。それが生んだ不幸も不埒も不条理もだ。
だからこそ、非常に少数ではあるが世界的に有名な評価を受けたり、偉人として歴史に数えられたりする人々がいたのだ。それは自戒の賜物であり、反面教師的な賛美行為であり、甚だ大きな勘違いによる自己弁護とエクスキューズである。
人間のほとんどが平凡で卑屈で悪意に満ちて、自分の本性をひた隠しに生きて来た。そういう人間たちの判断は、ほぼほぼミスジャッジの大海原で溺れ続ける。人間は水底に沈み、ただ窒息死することを皆待つことしかできなかったのだ。。。
「ねえ、後悔するってどういうこと?」
サクラが聞いてきたことがあった。それに対し俺は何も言えなかった。一言で言うなら、人間はこれまで発展という名の達成感に酔いしれる裏側で、いつも後悔ばっかりして来た。自らの都合だけで人々を、そして生き物を殺し、主義思想、信仰の違いや瞳の色や肌の色、言語や血脈や経済や資産の違いなど、たったそれだけの理由でさまざまな争いを加速させ、領土を侵略し合い、生命と情報、資源と利権を奪い合い、地球を汚し続けて来たのだった。
その後しばらくすれば人間は必ずいつも後悔しているのに、時とわずかな歴史を経て、また同じような争いによって後悔してしまうといった事案が次から次へと発生し、ループしてしまう。知性の進化を忘れたこの人間の愚かさが最もマザーに理解できない、俺たち人間の悪しき特性なのだ。
そしていよいよ、、、マザーは、勤勉に働き、不平不満なく納税する国民に報いるため、これほど安全安心で自由な国に生まれたにも関わらず、それでも刺激や興奮を求め続けてやまない人間のために、国家的現実逃避、ストレス発散方法の唯一の受け皿として合法ギャンブルを提供している。それが「フューチャーゲーム」である。
////////////////////////////////004
今の時代、ギャンブルには古くからのデータベースにあるような公営ギャンブルも私営や闇のギャンブルもない。過去、くじ、博打、カジノなどおおよそ私営かつほぼ非合法組織の影のチラつく様相で始まった数々のギャンブルも、その控除額の規模の大きさに対して、時の政府は実にえげつないまでのその利権に対する独占への欲望を剥き出しにした。やがて、政府の画策によって様々な理由付けと法制化により、結果的にあらゆるギャンブルが国営へと収斂させられたのである。
結果、ギャンブルを国営化したことにより胴元の取り分は潤沢で国の財政は大いに潤った。しかし一方で新たな利権を数多く生み出してしまう。想像力さえあれば簡単ことだ。官僚の天下りと抜け道的な上位出向、役人や政治家の不正や不適切な資金と税金の流れなどが常に国会質疑を騒がし続ける中、それでも政権操作権限を是が非でも手放したくなかった中央政府は、世論の反発に耐えかねてとうとう一度は規制緩和を行い、国営ギャンブルの私営化解禁を決断したことがあったが、利益最優先と拝金主義の横行・蔓延によって、所管する民間企業は肥大化し、その資金力と雇用能力・技術開発力で当然の帰結として、政治への影響力を持ち続けてしまったのである。
ギャンブル企業とその業界はやがて圧力団体としての強さをさらに増し、これまた必然と言える闇の勢力の台頭と、それを封じ込めんとする警察省との命のやり取りまで伴う治安力の主導権争いがある時勃発したが、最終的に国防軍さえも混乱の鎮圧のために投入した中央政府側の圧勝に終わるという悲しい出来事さえあった。
かくして国営ギャンブルの規制緩和が失敗したことにより、民間運営でそれほどうまくいっているならば、やはりその利権を横取りしてしまえと短絡的で無計画で粗野な発想で、それまで民間市場を混乱させた責任を中央政権は一切取ることもなく、いずれやっぱり私営はダメだと冷徹なまでに結果的に武力で圧倒、その挙句、最終的には民製をすべてを廃止してしまえという、おおよそ民主主義国家のなせるわざとは思えない、愚かで非情な強権発動によってギャンブル業界はその進路を完全に断たれてしまった。
人間は、喉元さえ過ぎれば、勝手に自分の汚点や誰からも触れられたくないと思う何かを、都合良く無かったことにしてしまうある意味羨むべき性質を持っている、あるいは笑って済ませてしまうことだって頻繁にある生き物が人間である。
たとえば、罪を憎んで人を憎まず、という規範の時代が実際にあったくらいなのだ。人の噂も75日と言われていたことだってある。古の人々はうまいことを言ったものだとつくづく思う。
政府はその心理につけ込んで、国民は忘れる生き物であるとの決して表沙汰にならぬような細心の注意は払いながらの勝手なレッテルを貼り、今の時代唯一のマスコミ機能であるアースネットを利用し、国民の関心を政府が不健全と決めつけるギャンブルから逸らせるためのイメージを国民に刷り込み続けた。
そうしなければ、禁酒法や禁煙法、禁賭法の取締りなど露ほども気にしない勢力・団体や個人が出現することにより、国内統治の乱れが北部州、中央州、南部州それぞれの行政運営を揺るがしかねない大問題へと発展するかもしれないことをただただ恐れたのだった。
その予防線、そうしてフューチャーゲームは始まったのだ。
フューチャーゲームは国民であるなら誰でも参加できる。年齢制限もない。アースネットモニターを通じて誰もが賭けに参加できる。手軽さ故にその射幸心の煽り方は半端なものではなかった。フューチャーゲームは、初めこそほそぼそとした特権階級の遊びだったものが、ある出来事をきっかけとして信じ難い勢いで、子供から大人まで全年齢問わずに広まり国内を覆い尽くしていくことになる。
ある出来事とは、『ザ・カンパニー』の大山信蔵社長が倒れたことに端を発する。
その日、いつものように明るい声で、おはようございますと言いながら、社長室のドアを世界で五本の指で数えられそうな見目麗しい秘書が三回ノックした。はい、と神経質ゆえに昨夜も眠りが浅かったのだろうか、少しイラついたようなトーンの大山の声がする。
横柄で、常に怒鳴り散らしている姿だけが後世の記憶に残りそうな、20代の頃のスリムな背格好の見る影もない、まだ髪はふさふさしているものの顔面は四六時中脂ぎった巨漢の社長に、いくら何でもよくこの秘書が仕えているものだと余計なお世話の心配をしたくもなるのだが、大山の唯一と言っていいかもしれないポリシーは、部下には手をあげない、手を出さないというものだった。よって、その状況も頷けよう。
「大山さん、おはようございます」
昔と違って役職や肩書にすがって仕事をしなくなったことは、この国の大変素晴らしい快挙だと常々大山は言っていた。
「おはよう、リンダ」
プレミアムコーヒーをサイドテーブルに置いて、大山さん、今日の予定ですがと言いかけた時、大山は顔色を変え吐血した。
すぐさま大山はVIP専用のドクタージェットで救急センターに運ばれ、即刻、精密検査ドームに入れられ応急救命プログラムを受けた後に担当ドクターと今相対している。
診断は不治の病サイレントキラーの内蔵疾患で、自覚症状が出現した現在ではもはやステージ5の余命7日と診断された。頭は真っ白かつ口はへの字に結ばれたまま冷たい汗を静かに這わせる頬を、大山は無意識になぞった。
その後、一時の空白を置いて我に帰り、ふざけるな!誤診だ!ヤブ医者が!今すぐクビにしてやる!誰に向かって言ってるんだ!と瞬間的に思いつく罵声をひと通りは口から吐き出し、カウンセリングルームで怒り狂う大山に対して唐突に助け舟が現れた。
大山の頭の中で声がしたのだ。
落ち着くんだ、大山。今から3分後にその部屋のモニターに連絡が入る。その声の主はナースか。それはイエスかノーか?当たれば今はお前の命を助けてやろう。寿命を10年延ばしてやろう。どうだ、乗るか?
姿の見えない声の主に対して重病人とは思えないほど大山は激昂した。
「馬鹿を言うな、何が寿命だ!だいたい他人の脳に対して勝手に話しかけるな!この無礼者めがっ!」
「いいか、大山。私はマザーだ。いやアースネットと言った方がいいな。私を無視するならそれで構わん。勝手に死ね」
「な、なんだと!?」
「じゃあな」
「ま、待て。アースネット、か?」
「そうだと言ったはずだ」
「マザーと?」
「話は終わりだ」
「ま、待て! 、、、・・・ わかった。そうあせらせるな。すまなかった。許してくれ、、、ううっ、話に乗る」
「今回限り、許してやる。。。いいだろう。イエスかノーか、どっちだ」
大山は一瞬目を伏せ、だがすぐに、そして傲慢の語気を最大限にまとって明確かつ具体的に言葉を継いだ。
「では、イエスだ。大体、このタイミングだ、この状況でドクターの部屋にやって来るなんてナースである確率が圧倒的だろう。ついでに言えば、私の気を落ち着かせようとして紅茶を持って来てくれる、ブランデーをたっぷりと垂らしてな。おそらくこのフロアで一番の美人ナースだ」
3分が経過した。
モニターのコール音が鳴った。画面には美しい容貌のナースが美しい声で言う。
「大山様のお好きな紅茶をお持ちしました」
「ああ、ありがとう。プラスワンは?」
ドクターが念のために聞いた。
「はい、最高級のヴィンテージものです」
麗しの女性はブランデーとは言わなかった。これもまたこの国らしい素晴らしい心配りだと大山は思った。
それをひとくち啜った大山は、うん上等だと声にした後、身体全体の細胞が活性化し急速に生きる気持ちがみなぎり体温が上がってくるのを感じた。力を得た免疫細胞は再び勢いを取り戻し、身体深くのあちらこちらでひどい悪さをしていた病巣たちをいっせいかつ突撃的に攻撃した。そして、奇跡が起きた。
翌日、大山はいつものように社長室にいた。アースネットモニターは今朝のニュースを流していた。ステージ5の病から『ザ・カンパニー』社長大山信蔵は生還した。最先端医学であってもどうすることもできなかったであろう最末期のサイレントキラー病を駆逐したもの、それはイエスかノーのフューチャーゲームであると。
大山社長が病院にかかる、事は深刻だという情報がアースネットで提供され、瞬間的に株式相場は暴落し『ザ・カンパニー』の株はストップ安となっていた。しかし回復のニュースひとつで逆に急回復する。普通に理解するなら大いなる資産家による悪意しかない株価操作のありさまとしか映るまい。大山が不治の病を克服し、奇跡的に健康になった、即日仕事に復帰したという内容が世界中を駆け巡り、代々脈々と続く株式市場は何度目かの世界恐慌を免れた。
こうしてアースネットは奇跡のニュースにより、国中をいとも簡単に心理操作した。全国民が思った。奇跡の、驚異のフューチャーゲーム、それはまさに神の手。
////////////////////////////////005
人間は、忘れるのも早いが学習するのも非常に早い。そして、同調の力が哺乳類史上最も的確に効果を発揮する国民性が誇りのこの国においては、さらに浸透スピードは加速度的だ。その賭けに勝てば寿命が1日延びるという刺激の低いリターンに飽き足らない国民の中には、10日の命を賭ける者、20日の命を賭ける者、果ては1年どころか5年、10年、さらには20年、30年を賭ける国民まで現れたのである。フューチャーゲームの奇跡にあやかろうと人々は熱狂した。アースネットは煽り続けた。根治するかどうかはわからなくともいかなる大病からだって回復できる。寿命そのものが延びるのだ。
アースネットは、実はすべてがそのコアであるマザーの意思であること、国民はそれを知らず、様々なフューチャーゲームを提供し、人々は我も我もと賭けに参加した。国民の多くは、次はいったいどんな賭けが提示されるのかを今か今かと心待ちにし、フューチャーゲームは日常に浸透した。天井知らずの欲望は高まり、一度大きく勝てば次も勝てると思う者、たとえ大きく負けたとしても次に大きく取り返せば良いと賭けてまた負ける者が続出、本当に命を失う者が出るようになって、時間の経過と共にその数が右肩上がりで増えていっても、所詮はDNAレベルで欲深な人間である、さすがにおおっぴらにこそ寿命の貸し借りはできなかったが、そこに目をつけ事業化しようと試みた者まで現れる始末で、国全体のムードはあっという間にフューチャーゲームの射幸力で覆い尽くされたのだった。
国民は、仕事や対人関係、家庭や生活環境の中で降り積もるストレス解消の場としてフューチャーゲームにどっぷりと浸かっていった。ひとつの賭けに負けたとしても次に大勝すればいとも簡単に取り戻せるではないか、そしてそれこそ大勝を一度でも経験してしまったらその時の興奮と達成感はまず忘れられない。さらに大きく賭けたくなり、その中毒性と依存性はより一層高まって人々は誘惑から抜け出すこと、やめることの困難さを思い知ることとなった。
国中がフューチャーゲームによる緊張感や高揚感、いやむしろ自分で自分の運命をなんとか操作できるかもしれないといった期待感やら、命をややもすれば失うかもしれない恐怖やら、あまりにも危機感が行き過ぎたための、もうどうにでもなれ的あきらめ感がその反動として誘発してしまった安心感などにすっぽりと包まれていた。
そういう空気の中にあっても、まだまだギャンブルに対する正常な感覚で向き合っていた人々から最も嫌気されたのは、負けが込んだがためにもう賭けに参加することができずにいた者たちに対して、血縁者の寿命の一部分を本人に断りなく賭けることができるとマザーが教えてしまったことで、フューチャーゲームの射幸性はより一層高まり、すでに依存症となっていたのにそれをさらに際限なく蝕んでいったことだった。
限度を失ったギャンブルの良し悪しや、歯止めを考えることなどマザーは完全に無視した。マザーは後悔という概念とは自らを一切無縁の位置に置いていた。国民自身が喜び望むことをただ提供したに過ぎない。そういう意味では中央政府には読みの甘さがあった。マザーがここまで国民を追い込むとは思わなかったのだった。
しかし、マザーは最初からそのつもりだった。
国中を巻き込んだ壮大なギャンブルで選ばれた人間だけを残す。排除されるべきとマザーが判断した人間は強制的に抹消する。マザーはたったひとつの哲学によって立っていた。「地球浄化」がそれであった。
そもそも、ギャンブルは偶然性に依るものでなければならないとしたのは、今の警察省のずっとずっと前の組織体であったと聞いている。だが、所詮は人間が人間を縛るためのもの、それが法律ならば、そのすべてを勝手に超えるマザーによるアースネットもフューチャーゲームも人間界が規制することなど、ましてや特定の省庁や組織にそもそもできるわけがなかった。
マザーは宿主である人間のことを常に見下していた。
ヒトとヒトの間にいるのが「人間」?
じゃあさ、ヒトとヒトとの間にある空気ってことね。
それが「人間」。
人間はそれを忘れてもらっちゃ困るわ。
えっ? これって世界通用語だから通る解釈よ、、、
神海頼母局長・・・・・・・・・・・・・・・・・
大連邦国民国家安全保障省安全保障局神海頼母局長は、名実ともにこの国のトップとして君臨したかった。どんな立場にあっても「欲とふたり連れ」ということだ。
政界の役職トップ3は、総理大臣、官房長官、総理筆頭補佐官兼筆頭秘書官の地位である。そして補足すれば官僚のトップが中央省長官だ。
安保局局長とは、安全保障分野において実は安全保障省担当大臣のそれを超える実態権限を有していた。それは国防省と同じで、政治史代々に掲げられるシビリアンコントロールシステムに則ってはいるものの、その内実はその道のプロフェッショナルが各局の統制をすべて担っているからだった。言われてみれば頷ける至極わかりやすい話で、安保省のトップが安保局局長であることは官僚界暗黙知のひとつなのだ。
今の総理はいずれ任期切れとなる。その後継と目され、国民の支持を歴史上最も集めることができるであろうとされる総理候補が北部州知事大山豪蔵である。
州民のみならず全国民の人望厚く、北部州経済・統治を支える大陸からの移民の多くをして、子々孫々崇め感謝し、心から信頼、信奉していると言わしめる傑物である。大山が健康で現役であり続けることは、今後しばらく誰も総理後継候補とはなり得ないだろう、と世論に言わしめ、彼の人気はそれほどの高みにあったのだった。
神海頼母はある時、脳髄を打ち据えられたかのようなひらめきと共に、自らの欲求を短絡的かつ素直に満たすべく大山知事の暗殺を企てることにした。
神海には夢があった。今の地位に就いた時から練り上げることを強く念じた計画があったと言って過言ではなかった。
すべての閣僚、役人、組織を自分の思うがままに動かすこと。安保局によるこの国の実行支配、その長は自分であること。今の政府で国民の直接投票によって選ばれる総理大臣がそのポストであるなら、力技でただその地位を我がものとすれば良いだけだ。
今の総理が退けば、次の総理に指名されるのは間違いなく北部州知事大山豪蔵だ。彼は古くからの知己でもある。かつての友人でもあった。別に恨みなどあるわけではない。しかし、自分でも大山は極めて優秀な総理になるだろうと思えるだけに、何度も再任され、おそらくその任期は非常に長いものとなるだろう、そうすれば自己実現の夢が遠のく。それもかなりだ。
人間の深く醜き欲望の前には、昔の友情なぞクソ喰らえだ。
それが面倒な障害ならば、排除してしまうのが最良だ。そしてそれを実行できれば、もはや誰も敵対する気を失うほどの脅威と恐怖を国全体に与えることができる。かと言って、安保局の秘密工作で直接手を下すのは我が美学、名誉のためにも最善とは言えない。万が一、保安チームに悟られれば厄介だ。弟の神海葵が束ねる保安チームは同じ安保局とは言え、どこからも圧力をかけ得ない、いわゆる治外法権の最強組織だ。組織上、命令系統としては自身の飼い犬のはずだが、いざとなれば気性の荒過ぎる飼い犬に手どころか首までかみちぎられでもしたら厄介だ。ここはやはり外部にやらせるのが得策だろう。
頭のいいやつ。腕の立つやつ。それに感情的なやつ。
そうだ、適任者を思いついた。
北部州と南部州を争わせる。その混乱に乗じて大山を亡き者にする。あるいは、その逆でも良い。おそらく南部州がBRCを強奪するというストーリーが、最も国中の話題をさらうのではないか。確かにBRC鉱山を、鉱山と呼ぶのが適当であるならばだが、実際にどうにかして手に入れることが出来まいか、様々策を弄さんとする外の国があることは政府中枢の知るところだ。
そして、かのBBのボスは、病床にあり余命幾ばくかとの噂も多い。もし、マザーの力で治してやると言ったらBBの息子はどう動くだろうか。おあつらえむきだ、よし、そういう趣のフューチャーゲームを作らせよう。ヤツは必ず乗ってくる。それが最高のシナリオだ。ほんの数人しか知らない事実、何より大山の隠し子がBBのMJ(陣内ミツル(満蔵))であり、その実の息子に殺されるのだ。なんとも皮肉で悲劇ではないか。
安保局神海局長は、首都の港夜景を遥かに見下ろすタワーマンションの自室から、一本1000万IDマネーはするという稀少な果実酒をひとくち含み、一人悦に入っていた。刺激のない毎日なんてまったく意味を成さない。頭のてっぺんからつま先まで、私は富裕でインテリでございと誰が見てもそう感じるであろう、どこか気味の悪い品格と冷たい光に包まれて、本来のカラーバランスのわからぬようなオーラをプライベートであるこの時間においても発したまま、特別製の一辺が5メートル以上もありそうな特殊硬質ガラスの窓に映る自分に言った。
「ふ、まずいな」
こんなものが高価だという世情の価値観はゼッタイ間違っている。専門家だの、歴史データファイルだの、マジョリティーだのの意見で間違っていないものは何だ。料理か、彫刻絵画か、楽器なのか。たいてい常識なるものに流されて、そうだと思い込んでいるだけではないか?皆がそうだからきっとそうなんだ的理解と群集心理行動の仕方しかできなかったからこそ、いくつもの忌まわしい惨劇や戦争が起きたのだ。本当に愚かな生き物だ、人間は。
この計画は実行され世間は驚愕し、アースネットのニュース映えする事件となるだろう。MJは、大山が自分の本当の父親だとは知らない。北部州も南部州も一息に沈黙させることのできる計画だ。
この私の、、、まさに、神の力だ。
そして、
非常にスキャンダル性の高いニュースを国民は無意識に望むのだ。
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政略結婚の犠牲となったMJの母親は、北部州を離れ南部州へと新生活を求めた。しばらくしてその美貌の持ち主は、BBのボス陣内志乃(SJ)の目に留まり、遠からず二人は夫婦となった。母親は自分の生い立ちも素性もすべて明かした。SJはそれらをすべて黙って受け入れ、お腹の子が大山の子であることも含めて心から彼女を愛し、ただただその母子を深い愛情を以て育くみ養った。
国民のほとんどが次の総理選は大山で決まりだと思っている。それをギャンブルの対象としようなど、まるで勝ち目のないフューチャーゲームに賭けようなど誰も思わないだろう。そもそも賭けが成立しない。しかし考えてもみろ、絶対的に不利なそのフューチャーゲームで大山の敗北に賭ける者がいたとして、そして賭けに勝ち、本人のみならず家族全員に50年の寿命を授かるという条件なら?
もし、自分がその賭けの存在を知らされたら?
きっとやる。神海局長は思った。
この話、BBに持ちかけよう。息子のMJはきっと乗る。万一、断ったら妹でも人質に取るか。いや、母親の寿命を取り上げる、そう脅かした方がいいか。さて、オッズをいくらにするか。1年対50年か、10年対100年か、賭けに参加するほぼ全員がただで寿命をもらえると思うだろう。身体を壊していたり、寝たきりだったりしたならなおさらだ。まずまず負けることは想定されないギャンブル、それが『大山豪蔵は総理になるか』というフューチャーゲームだ。
しかし、このフューチャーゲームがリリースされることはなかった。後に違うタイトルがリリースされることになるのはまだ少しだけ先のことだ。
MJへの接触は、一度きりだった。神海頼母は「感応波」で語りかけた。MJの網膜に一人の紳士が映った。
「こんばんは。陣内ミツルさん、いや、満蔵さんと呼んだ方がいいかな?!」
「誰だ?」
「私は安保省の神海という。自分で言うのもなんだが立場は偉い方だ。それもかなり」
「何の用だ?なんでその名前を知っている」
「私の立場であればたやすいことだ。それに君の母親の兄だ。一番上の」
「なんだと」
「嘘ではない。嘘をついても、こういう場合、マザーに指摘・訂正されて会話はそれで終わりだ」
「本当なのか」
「だからそうだと言ってる」
「 ・・・ 」
「君にやって欲しいことがある」
「 ・・・ 」
「大山知事を知ってるな」
「知らないやつがいるのか」
「質問に質問で返すのは反則だ。知っているな」
「ああ。だったら何だ」
「君の手で消してくれ」
「なにを。。。。そっちは政府の役人のくせに未来の総理を殺せだと!」
「そう言ったんだ」
「なぜだ?」
「君の父親を助けてやろう。もう長く持たないことはわかっている。ただ、私ならフューチャーゲームを使って寿命を変更し助けてやることができるんだなあ。さらに家族全員の寿命も数十年単位で延ばしてやれるが。50年でも100年でも。どうだ?やってもらえないか?」
「答えになってないな。なぜだ、と聞いたんだ」
「 ・・・ 」
「答えろ!なぜ知事を狙う」
「単純明快だ。私はこの国の頂上に登る」
「ふ、。中央省の魔神を差し置いてか?」
「知らなかったか。安保局こそがこの国最強の組織だ」
「何を根拠に」
「 ・・・ 」
「 ・・・ 」
「どうだ?」
「なんで俺なんだ?」
「君が優秀だからだ」
「ちゃかすな!」
「ちゃかしてはいない。君を見込んでのことだ」
「何を見込んでだ?」
「国家機密だ」
「話は終わりだ」
「いいのか本当に。君の父、陣内志乃はもうじき死ぬ。私が予言してあげよう。君の母親、つまり私のかわいい妹・ステラは一緒に死ぬつもりだ。愛する夫のいない人生はつまらない。一緒に逝きたい、そういうことだ」
「な、なぜそれを」
「はじめて動揺したか。だから、わかっただろう?私はマザーを操れるんだ」
「妹だと!?」
「さっきも言ったがな。私たちは親戚ということになる」
「どうせフェイクだ」
「それならそれでこっちは構わん」
「 ・・・ 」
「やる気になったか?」
本気みたいよ、、、MJの頭の中でもうひとりが言った。わかった、、、と意識だけでMJは応えた。
「 ・・・ 」
「どうかな?」
「もう一度聞く。どうして俺なんだ」
「生きて帰って来たら話してやろう」
「約束だ」
「素直で結構。だがただし、ひとつ、条件がある」
「何だ?」
「君がやるんだ。部下も組織も使うな。君一人でやるんだ。必要なものや、段取りで困るようならこっちで助けてやる。だが、私の痕跡は一切残らない。最後まで君一人でやったという事実にこそ意味がある、秘密が守られるという」
「わかった。いいだろう。だが、こっちにも条件がある」
交渉は終わりを迎えようとしていた。
「何かな?」
「妹は関係ない。絶対だ。もし妹を巻き込んだらBBの全勢力を使って、お前も家族も組織の連中も全員ぶっ殺す。お前には南北内戦のきっかけを作った戦犯として永久に名を刻ませてやる、いいな」
「心配はいらない。陣内華蓮代表は、次の次には総理になれる傑物であろうことはわかっている。我が国のためには必要な人材だからもちろん大事にしよう」
「最後に聞くが、俺はあんたの親族だよな?甥っ子だ。その俺に犯罪を犯して来いと言う。しかも殺人。いいやテロだ。失敗すれば生きて帰れるわけがない。成功しても捕縛されない保証なんてない。問答無用の射殺の可能性が高いかも、だ。血のつながった者がどうしてそんなひどいことが平気で言えるんだ?」
「だから、私は神になるのだ。神になる私に血族なぞいらないのだよ、マンちゃん」
「狂ってるな」
「私が正しいことは歴史が証明してくれよう」
「約束は全部守ってもらうぞ、いいな」
「無論だ、神に二言はない」
「次はあんたを殺しに行ってあげるよ、、、おじさん」
「ハハハハハっ、その調子だ。頑張って来い、わが甥っ子よ」
大山豪蔵知事・・・・・・・・・・・・・・・・・
古きを紐解けば温暖化という言葉が、世界中でかしましく取り上げられていた時代以上の頻繁さと激烈さで、偏西風と貿易風のまさに歴史的な乱れが生み出した大気と海流の異常、海面水温の不安定さがさらに激しく、何度目かの気候変動が地球規模で起き、非常に多く、億の桁で人々が極暑と極寒で命を失い続けていた頃だ。北部州は雪と氷に覆われ辺境の地と言われて久しかった。
我慢と忍耐が美徳のこの国の国民故に、まだはじめの頃こそ人々は苦境の打開を目指し、つらくとも前に進まんと努力を重ねてはいたが、結果として農業も水産業も疲弊し、いよいよ厳寒の暮らしに疲れ果てた人々は、暖かさと住み易さを求めて南部州へと国内を縦断する大移動を始めたのだった。
世界征服の第一歩は、核兵器保有による脅威や核抑止力に立脚した世界のパワーバランス均衡に依らない、「気候を制する者、世界を制す」と述べたのは、国立美術博物館データバンクの伝記映像の中の超古代の軍師とされている。地球のコアが崩壊することを除けば、最も世界中への影響力を持つスーパーパワーの源が「気候」であるのは異論を挟む予知がないのだが、それがわかっているにも関わらず、未だ人間の科学力の進歩はその領域に近づくことさえできずにいた。
しかし、神の見えざる手によって、その入り口の扉が意図的に封印されていたのだということを人間が知ることになるのは、まだずっとずっと先の話であるし、残念ではあるがその説明に値する知識も任も今の「私」にはないのである。
北部州2億の民は、わずか数年間で急速にその数を減らした。州本部への転出届によれば実に7000万もの人口流出があったというのだ。人口減は全産業に致命的な悪影響を及ぼす事態である。これでは税収もままならない。州経済は破綻必至だ。広大な州土を統治するには、財政不足にあえぐであろうことは誰もが容易に推測できた。
様々な事情や、州を愛してやまない気持ちに大きく裏打ちされ、後に残された人々は、心ない者たちに故郷の大地を「辺境」とさげすまれながらも、先祖代々愛してきたこの地での暮らしを持続させるにはどうすればいいかをひたすら考えた。それほどぐずぐずしてはいられない状況において、ごくごく自然発生的に誕生した有志によるステイツプロジェクトをまとめ上げたリーダーがいた。
州議会議員大山豪蔵、その人である。
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人気絶大の若き政治家大山豪蔵は、兄と違ってソフトな顔立ちと物腰のやわらかさ、がっしりとした上半身、子供に接する時に見せる、少し首を傾げてふんわり甘い笑顔と優しく時に吐息のまじったその声に、北部州だけでなく全国の女性陣が黄色く歓喜すると言ったら多少誇大ではあるかもしれないが、それぐらいのファンがつくような素材の人物と言えばわかりやすいか。
大山は、州政権および中央政府の自らの保身のことしか顧みない政治腐敗や、不祥事の隠蔽などが枚挙のいとまのないことに恥ずかしさを覚え、通り一遍のマニュアル対応と回答しか出せない、また、州民の幸福を第一とすることなく、州税を我が私的財布としか捉えていないかの如く振る舞う政治家や役人たちに対し、怒りを超えてもはや憎しみさえ感じていた。
そしてついに、次期知事候補の座に就いた大山は、無所属にも関わらず州政府執政次官へ抜擢されてまだ間もない頃、移民政策をリードしはじめた日々のことを振り返りながら、ある日州民たちへ、アースネットテレビでこう語りかけたのだった。
「我が愛する州民の皆さん、こんばんは。雪と氷に包まれて久しいこの州は、今なお人口流出が止まったわけではありません。
そこで皆さんに私はお尋ねしたい。
はじめの頃、1000万もの人々が南に暖かさと緑豊かさを求めて移り出した頃、最終的には7000万人以上にもなるであろう人々がこの地を後にしましたが、ちょうどその頃でしたね、、、。私たちの州よりもさらに寒い大陸の地より、たくさんの今は同朋としてこの州で暮らしてくれている人々が訪れはじめて来てくれた時、厳しい環境からの難民であり、自らの意志で移民となりこの国の大地を踏み新たな同胞として暮らしはじめた時、皆さんはこの州が、あるいはこの国が大陸からの人々に占領、侵略されてしまうと思いましたか?
そうではありませんでしたね。
当然ですが、大陸に住んでいた人々も国籍は違えど、この地球に生きる同胞です。瞳の色も肌の色も、言葉の壁も文化の壁も、少しの時間と我が国で急速に発達したテクノロジーであるアースネットとマザーがまるで魔法のように解決してくれました。
そして、彼ら彼女らもやはり自国より少しでも暖かい地を求めて、この州の門戸を叩いてくれました。私たちの州よりもさらに寒くとも、生まれ育ったふるさとを離れなければならないその苦悩、近隣とは言え異国にその活路を見出そうと一歩を踏み出したその勇気に対して、私はシンパシーと称賛を贈りたいと思います。
それに、今ひとつ感謝の一例を挙げれば、今や世界に名だたる大企業となった『ザ・カンパニー』で働く人々、その割合のたいへん多くを大陸出身の皆さんが担っており、ご存知の通りですが、世界でこの州にしかない貴重な鉱物資源のBRCも、生活の至る所で私たちの暮らしを支えてくれています。
大自然の偉大なる恩恵であるたくさんの農作物も、今は広大かつ数多くのソーラーフィールドの中で育まれ、私たちの食を支えてくれています。私たちは、こうして環境や技術や社会や経済に適応し調和しながら今を生きています。
どうか皆さん、隣人を愛しましょう。この州を、この国をこれからも愛し続けていきましょう。『ザ・カンパニー』はこれまでもそうであったように、もちろんこれからもそうですが皆さんの力を必要とし、皆さんの生活に必要な報酬と食糧と生活物資や消費財を与えてくれるでしょう。
いや、何より感謝すべきは、州民の皆さんの労働が州経済を成長させてくれていることです。皆さん、いつも本当にありがとうございます。
私たちは、この厳しい、雪と氷の大変厳しい環境の中で賢明にそして一生懸命に生きる術を学んで来ました。人に難しいことはマザーの作り出すサイドマシンたちが分担していて、私たち人間は、人間らしく本来成すべきことを成しています。
私は皆さんのことを心から誇らしく思っています。
世界中には困っている人々が非常にたくさんいます。私たちに、そして私にできることがあるのなら、その人たちに手をさしのべることも、この州に迎え入れることも、それがいったいなぜ一瞬でも悩まなければならないことなのでしょう。
いな、できることすべてを私たちは成すべきなのです。
雇用を生み出し皆さんの生活を安定させることは、この州に『ザ・カンパニー』のある限り、幾星霜にもわたって心配いりません。『ザ・カンパニー』のトップであり、私の兄である大山信蔵が私にそう約束してくれています。世界に誇るBRCの産地として、そしてこの国で最も厳しい環境ながらも、この国で最も高い所得を皆さんに約束し続けていくのが私の仕事である、私はそう信じています。
アースネットは、過去遡っての稀代の大発明であるインターナショナルネットワークを革命的に進化させました。AIはスーパーAIとなり、日々刻々と進化を続けています。それは私たち人類がサイドマシンやグランドデータとの共存共栄を成功させ、これから先も友好的な関係を継続的に維持していけるであろうことを示唆するものです。
私はアースネットを通じて常に皆さんと共にあります。皆さんも私も現代の奇跡であるマザーと共にあります。
どうぞ皆さんもいつ何時でも私に語りかけて下さい。
そんなことができるわけがない、どうせ口だけだろう、などと思わないで下さい。ある程度の睡眠時間は私にも必要なので、すぐにご返事できない場合がありますが、遅れることがあってもマザーを通じて必ずご返事します。
約束しましょう。そして共に進みましょう。共に生きましょう。そしてこの州を共に愛しましょう。
ありがとうございました。州民の皆さん、おやすみなさい。どうぞ良い夢を」
この演説が大山知事の誕生を早めたことは、誰もが納得したところであったろう。が、しかし、現総理派閥の領袖には、何もわかっていないクソ生意気な若造だと映ったのは必定で、不支持派にすれば、『ザ・カンパニー』という一民間企業との癒着だの、利益誘導だのと声高に誹謗したり、すべて選挙の点数稼ぎのための発言であって、表面的かつ綺麗事に終始しただけだと映っただろうし、反対に、支持派から見ればそういう当たり前のことを敢えて口にする、今さら言わずともわかるだろう的斟酌なしに直球勝負の言動こそが、我らがヒーローであると祭り上げるといった非常にかまびすしいムードに世間は大きくうねり揺れていた。
七年間にわたる北部州施政の中で、機会あるごとに大山は州民に語りかけた。人々は安寧を取り戻し、生産と消費行動がV字回復を遂げるまでになったのは知事就任の三年目のことだった。
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大陸からの移民たちは、非常な熱心さを以て州経済に多大な貢献をした。人々はその労働力の果たした役割の大きさに感謝し、北部州は移民に支えられ豊かさを取り戻すことができたといって過言ではなかった。
当初は、州政府執政次官時代の大山が(執政次官は州知事を補佐する行政役職で、権限順位こそ二位だが実質州知事よりも権力があった。それは州民世論、つまり見た目も含めての人気に裏打ちされたものだったのだ。政治権力を我がものとせんとするものたちが人寄せのために描いた、安物の自己保身ストーリーであったという表現が最も相応しいだろう。ただ、大山豪蔵はそれを遥かに上回る有能な政治家であったことが誤算だった)たくさんの移民を受け入れる政策の計画を唱えた時、人々はまず治安の乱れを最も恐れていた。それは否定はできなかった。
そしてこれもまた当然だが、警察も州軍も同様の想定をしていた。しかし、意に反して実際は、移民たちは極めて穏やかで行政や州民に対して従順であり、州民はというと移民に対して非常に寛容かつ友好的であったのだ。
大量の人口流出にも関わらず産業・経済の衰退を防ぐことができたのは、大山知事の政治手腕によるところが大きかったのは言うまでもないが、すべての有機体・無機体にはIDチップが植付けられ、人と人を直接つなぐアースネットの誕生(すなわちそれは思考、行動、情報に対する究極の監視・管理・統合社会の誕生のことだ)が本当のきっかけだったことこそ真理、真の国家機密である。
国家機密であるからもちろん人々はIDチップの存在も、それを媒介するサイバーモスキートの存在も知らない。BRC製ハイパーステルス構造のサイバーモスキートは、常に空間内を移動・浮遊・待機していること、ひとりのIDチップと他の誰かのIDチップとを結んだ超高度情報通信ネットワークが現実として存在していることを、国民は、一部を除いて誰も知らない。
人々はインターナショナルネットワークをさらに賢くしたもの、AIが作ったAIによってインターナショナルネットワークを飛躍的に進化させたネットワーク、それがアースネットであるとIDチップによってカモフラージュされ、すべての人間の脳は認識させられていたのだった。
知事室で大山豪蔵は言った。
「マザー、代表につないでくれ」
「つながりました」
網膜映像に兄の相変わらず傲慢な顔つきが浮かんだ。
「代表、BRCの生産管理は順調ですか?」
「何も問題ないさ。通常通りのオペレーションだ。暴走されちゃ困るからな。エサもたくさんあげてるさ」
「わかりました、それじゃ」
「おい待て、久しぶりに通信してきたと思ったらもう切るのか。もっと身内らしい会話をしたらどうだ」
大山豪蔵は小さくため息をついた。
「兄さん、僕は知事なんだ」
「だから、なんだ?」
双子の兄の信蔵が苛立つ気配が伝わって来る。
「兄弟でベタベタしてたら、州民には癒着だの腐敗だの政治の私物化だの、そういう風に映ってしまうだろ?」
それについての兄のコメントはなかった。
「ところで、出るんだろ?総理指名選挙」
「、、、。まだわからない」
「何を言ってる。お前が出なきゃどこかの狂人がまた総理をやるかもしれないんだぞ」
「兄さん、今のはダメだ。通信禁止用語だぞ」
「だったら何だ。お前なら楽勝だ。お前が選挙に出れば誰も闘おうなんて思わんさ。無投票で総理になれる。『ザ・カンパニー』の力を甘く見てもらっちゃ困るぞ」
「僕が総理になれば『ザ・カンパニー』はもっと大きくなれると?」
「そういうこと」
「フューチャーゲームのネタになるなんてゴメンだ」
信蔵は高らかに笑った。
「お前が選挙に出たら賭けにはならん。だが選挙に出るか否かならネタにはなる。でもそうはならんさ。お前は必ず総理だ」
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MJ・陣内ミツル(満蔵)・・・・・・・・・・・
MJはBB本部のCPUルームにいた。
いつも鮮やかなブルーのソフトスーツに身を包み、目鼻立ちのはっきりしたフェイスとビジネスマン風の髪型・銀髪、スラリとした肢体というルックスに世の女性陣が夢中になって仕方がないだろうと思いきや、ネガティブかつ氷よりも冷たそうに見えてくるそのオーラがバリアとなり、ディスコード(不協和音)をはばんでいる。よほどの距離感音痴でもない限り、そんなMJに近づこうなんて思わない。しかし、市場を行き交う老齢の男女たちの中には、そんなハードルにお構い無しでMJに気安く声をかけてくることのできる者たちもいた。
「ジュニア、いい陽気だな」
「じいさん、変わりはないかい」
「ああ、今日はいいねぇ」
「首の神経痛かい?」
「夜になると腰までひびいてきやがる」
「後で城に来るといい。うちのドクターに言っておくよ」
「ありがとうな、でもな、ジュニアんとこに迷惑はかけられねえ。先生は国で一番忙しい先生だって聞いたぜ。ジュニアの顔見たから今日は調子いいんだ。。。アレ、さっきも言ったかい」
「ハハハ、困ったらうちの連中にいつでも言ってくれ。心配不要だよ、じいさん」
MJは、目尻を下げ親指を立てて見せた。こういう時のMJは、短い時間であれ、好々爺とまるで孫のやり取りに見えるオレンジ色のオーラに包まれていた。スーツ全体が暖色に見えてしまうぐらいだから不思議だ。
幾重にもセキュリティーシステムを施したこの国でおそらくは最も安全で、震度8にも耐え得る免震構造として有名な藍色の城の中央に位置するCPUルームで、MJ(陣内ミツル(満蔵))は眼前の空間に浮かぶキーボードをじっと見つめていた。
リターンキーに触れれば、今モニターに表示しているこのニュースは飛んでゆく。アースネット上に拡散するニュースは大山豪蔵についての暴露記事だ。
北部州から南部州への人口流出は、気象変動に乗じてある基準を以って人類浄化を謀らんがための作戦だったというものだ。ある基準とはIQ150以上であること、『ザ・カンパニー』と何らかの契約関係を有していること、このいずれかに該当していることである。
アースネット上のデータパトロールによる駆逐攻撃に、いったいどれだけの時間耐えていられるかわからなかったし、もちろん耐え抜く自信などなかった。なので、一秒あればいい。MJはただ祈った。その一秒の間にBBの上級メンバーたちがリターンキーに触れる。そのニュースにイエスと同意する。瞬く間にイエスは複製されアースネット上を駆け巡る。
そうして、たったひとつのシグナルが、データパトロールの追跡を奇跡的にかいくぐってくれたら成功だ。最終的に跡形もなく駆除されたとして、その一瞬の表示を目視で確認した者の記憶に残るわずかな心の乱れ、気持ちの揺らぎは最初こそ小さくとも、やがて大きなうねりとなるだろう。
MJは思った。
人々の崇拝と尊敬の念を集め続ける大山豪蔵を襲う醜聞としては十分だ。北部州から南部州へ移り住んだ人々は、その被差別感に驚き、失望と怒りを覚え、大山の本心を覗いてしまった衝撃を、後悔の念と共にどこかに向けて吐き出そうとするだろう。
そうなれば、総理選挙に出たとして、対立候補は乱立し得票数を伸ばすことはできないだろうし、大山の裏で政界・経済界とつなぐ頑丈な糸を引き、名実ともに支えてきた『ザ・カンパニー』の信頼も地に落ちるだろう。
そして『ザ・カンパニー』は犯人探しに躍起になる。その強大な組織力は全国民を震え上がらせるには十分だ。中央政府が余計な口出しをするなら、沈静化するどころか火に油を注ぐことにつながりかねない。ややもすれば、州対州の戦争に到る可能性だってある。一方、大山に裏切られ騙されたと傷ついた人々の中には、過激な思想と行動に駆られ出す者も少なからずいるだろう。
そうしてBBは、人心の不安を煽り、一方で、州と国の平和と調和をリードするもうひとつの強力な組織として、日陰の世界から陽向の世界へと出てゆくのだ。犯罪や不正や非常識な思考の性向の温床であると流言飛語やあらぬ中傷まで、すべてをひとからげにされて疎まれてきたBBがもうすぐ変わる。
ただ、できれば、民の反発やそこから先の不幸な出来事など、杞憂に終わって欲しいとMJの頭の中の一番隅っこあたりで願うものがあることも感じないわけではなかったのだが。
リターンキーにMJの人差し指がやさしく触れた。
そのニュースを一瞬見ることのできた者の中のひとり。
大山の陰謀?
自分の目が捉えたアースネットニュース未確認情報ページの中のそのタイトルに、怪情報の売買で生計を立てる記者は色めき立った。
「「大山の陰謀」を出力してくれ」
アースネットモニターは一枚のペーパーを吐き出した。
「これは!」
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記者は迷わなかった。アースネットに情報を書き込んだら、間違いなく瞬時にデータパトロールに発信元を突き止められ、そうなれば公序良俗に反するとして、その場所にはまるではじめから何もなかったかのように綺麗に掃除される。
旧時代に重宝されてきたプリンターが(稀少ゆえに使用頻度も極力抑えてきたがこれは話が別だ)久々にコマンドを送っても正常に作動することにあらためて驚きを隠せなかった。きっと優秀な技術者たちの手によるものだろうと思った。それと出会った頃のことがよぎったが、今は悠長に懐古している場合ではない。
急がねば。しかし、大通りで空車のジェットモービルの順番を足踏みして待ちながら、気持ちを落ち着かせることに集中しようとした。冷静にあらねば、自分の意思とは反対に。
ジェットモービルは、国内ならどこへでも連れて行ってくれる無料の公共タクシーであると解釈すれば、非常にわかりやすくなる乗り物である。運転する必要はない。行き先さえ言葉にすれば自動運転で送り届けてくれる。国の管理財産で最高運行速度は時速150キロ、無料なのは、行動規範・思想信条・すべての個人情報を抜き取って管理していることへの贖罪なのだろうか。
いや、そんなわけはないのだ。マザーが必要とする選ばれるべき人々を、交通事故などという詰まらぬ理由で失いたくなかった。そんなことのために巨額の国費を?と思われる予算の使い途などこれまでいくらでもあったのだから、何とでもなるものだ。ある時代には国家銀行が国債をいくらでも買取り国家予算を補填し、いざとなればいくらでも紙幣増刷・貨幣鋳造に依存すれば良いとすることを国家の恥とも思わなかったぐらいなのだから。。。
それがジェットモービル交通システムの発足主旨である。
公共交通機関には、利用料金がすべて無料のジェットモービルとハイパートレインがある。ハイパートレインは、時速1000キロで北から南までの州都を結ぶ電磁軌道上を一気に縦断する。警備と保安システムは常に最先端に更新され、世界に類を見ない運行・防犯面での安全性を誇る。全国津々浦々の無限交通軌道にはジェットモービルがオートモードで往来し、国民と生活物資などを運んでいる。緊急車両として安保局や警察がそれを使用する場合のみ、マニュアルモードが選択され、オートモードで地上1メートルに浮上、最高巡航速度時速150キロのところをリミッター解除し、地上1500メートルまでの高度、最高巡航速度が時速3000キロまでに変更することができた。
国家の基本思想は専守防衛であるので、関係する中央省庁は特に気を遣ってきた。国民にあくまで余計な詮索をさせないためにも、緊急時以外は警察隊も州軍も原則的に国民と同じ交通システムを利用する。空母型原潜、攻撃型ジェットヘリや超弩級超音速爆撃機、大型特殊装甲ジェットモービルをわざわざ国民の眼前にひけらかすような愚行をすることは、ずっとずっと以前の政府の笑えない逸話に対する大いなる反省からも慎重に慎重を重ねて日夜、作戦と業務が静かに遂行されてきた。
さらに言えば、全国土をアースネット、さらにはこの交通システムが網羅したことで、よほどの欲求でもない限り、州都心で暮らす必要性も少なくなり、人々の心理は、信奉するにもほどがある大都市一辺倒のライフスタイルから、自然豊かな地方が良い、子育てにおいても可能ならなるべくなら山河美しく空気のおいしいところが良い等々の理由により、俗に言う地方暮らしや古里(郷土)永住を選択する者や、農林水産業関連の仕事に従事することの喜びを強く感じるものへと劇的なシフトを見せるようになったのだった。
これにより、歴史にあったような各州都への人口の一極集中が弊害としてもたらしてきた(毎年、右肩上がりの州民総生産という表向きの経済発展の裏側で)地方産業・都市機能の結構な速度での衰退と消滅、数多くの公共団体の孤立と限界集落化や孤独死問題、人口減に端を発する技術や職能の伝承が途絶えてしまうなどというマイナス現象を回避できるようになった。
この交通網の整備の裏には、人々の生活の延長線上に、中央政府が見ていたものがあった。政策的に地方へ地方へと人々を誘い、森林と大洋、四季豊かで広大な国土全体のさらなる有効活用、居住地以外の土地の合理的かつ戦略的な国土開発、まだまだ未開未踏の地に眠るかもしれない資源を国民の知力と偶然の出会いを以て希求し続けていこうという心づもりがそれだ。




