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8 怪

 ケフィンとはミャンマーのカレン族に伝わる妖怪のことだ。

 空飛ぶフライング・ヘッドに分類され、アジア各地に広く名前を変えて伝わっている。

 タイではクラスー/ガスー、マレーシア及びインドネシアではぺナンガラン、カンボジアではアープ、中国では抜首/飛頭蛮と呼ばれる

 分類の通り、宙を飛ぶ生首が人を襲い、血を啜る。

 普段の見た目は人間の女なのだが、夜間に胴体からスルリと抜けて飛びまわり、主として妊婦や子供の血を吸ったり肉を食ったりするそうだ。

 面白いのは首に脊椎と内臓が付いていることで、それらを触手のように操り、人を襲う。

 弱点はニンニク/タマネギ/イバラの植込みらしいが、詳細は不明。

 頭部が胴体から分離している間は――腐食防止のためか――自らの胴体を酢につける。

 ケフィンがこの状態のとき、胴体に灰やニンニクを入れると退治できる。

 おそらく首部分が胴体に戻ることが出来なくなるからだろう。

 一説によるとケフィンは悪魔と契約した助産婦の変化であり、ある期間肉を食べないという約束を違えたため吸血鬼にされたという。

 別の説では美しい修道女であり、酢を入れた桶の中で沐浴していたところを男に侵入され、驚いて振り向いた際に勢い余って首が取れ、内臓と一緒に胴体から抜けてしまったようだ。

 それでそのまま死ねば只の人間だが、自分をそんな姿にしてしまった男に対する怨念から胴体を酢の中に残し、内臓付き首が男を追って飛んだという。

 日本でフライングヘッドといえば平将門を思い出すが、将門の場合は晒し首にされた後飛行するので、当然のように内臓はない。

 追記だが、ケフィンが飛んでいる場所は酢の臭いがし、また昼間に胴体に戻っているときでもその臭いで普通の女性と区別できるという

 結城絵梨菜を殺害した何者かが仮にケフィンであったなら、絵梨菜がこの世で最後に見せたあの引き攣った表情は理解できる。

 脊髄及び内臓付きのそんな首妖怪が不意に目の前に現れれば、このわたしだって驚くからだ。

 が、絵梨菜の遺体には――少なくともわたしが見た限り――齧られた後もなければ血を吸われた痕跡もない。

 日本の警察が心臓発作だと判断したのだから、理由はどうあれ心臓が止まって死んだのだろう。

 問題は何が絵梨菜の心臓を止めた原因か、ということだ。

 絵梨菜の部屋にケフィンは現れたが、彼女に恨みはないので、素通りする

 が、その姿を見た絵梨菜が驚きの余り心臓を止める。

 有り得なくはないが、絵梨菜は理系の女なのだ。

 迷信を信じるとも思えない。

 それに、わたしの知り得た絵梨菜は臆病でもないだろう。

 もちろん夜中にケフィンと出会えば吃驚して腰を抜かしたり、あるいは気を失うかもしれないが、それ以上のことはないはずだ。

 心臓まで止めてしまうとは思えない。

 閑話休題。

 ケフィンの存在とは別に、わたしを謎の連続殺人事件に引き寄せたのは呪いの電話だ。

 より正確に言えば、呪われた電話番号なのだろうが、現時点では詳細不明。

 わたしが呪われた電話番号のことを知ったのは偶然だが、奇譚マガジンの取材班にわたしがいたからこその偶然なので、実は必然だったのかもしれない。

 あの日はある家まで取材に出ている。

 実家に近い場所だったので先輩社員の末森さんから丁目を聞いて凡その場所は把握できたが、心霊スポットになっていたとは気づきもしない。

 既に没落した家なので、豪邸だが、さすがに土地の一部は売られたようだ。

 それでも鬱蒼とした雑木林が連なるように広がっている。

 その先には寺があり墓地があり更に公園が続いているので、東京とは思えないほど夜には人通りが少なくなる。

 空気だって、ひっそり閑。

 航空写真で見れば単にちっぽけな一区画だが、実際にその場にいれば雰囲気が違う。

 夕暮れに舞うカラスの群れさえ神の使いのようで、背筋をピリッと張り詰めさせる。

 都会なので街灯の数が少ないわけではないが、夜ともなれば少し怖い。

 それで季節的に寒くもないのに、わたしが身体をぶるっと震わせる。

 すると、それを見ていた森末さんが、

「ふうん、森井ちゃんでも構えるわけだ」

 と、そんなわたしの心情変化を口にする。

 森末さんは子供の頃からの趣味の一つがカメラらしく、カメラマンも兼務する。

 わたしの目から見れば立派なプロだが、本人曰く、そこまで実力があれば今頃会社にいないだろ、と言うことだ。

「わたしが怖がったら可笑しいですか……」

「いや、そんなことはないが、珍しい気がしてさ」

「もちろん霊の存在は信じませんが、暗闇が怖いのは、それとは別です」

「確かにね。外人だけのせいにする気はないが、近頃は東京も物騒だ」

 わたしがあのとき怖がったのは純粋な暗闇自体で、言わば形而上のことだったが、森末さんは形而下の諸々として捉えたようだ。

 だから、

「ええ、まあ……」

 とわたしが曖昧に返答する。

 森末さんの心の中までは知らないが、大抵の出来事を形而下のこと――物理あるいは化学現象――として捉えれば、この世の怪異は霧散する。

 が、大抵の場合、そうはならないのがこの世の理不尽/不可思議か。

「でも全部がそんなだったら、奇譚にならなくてつまらないでしょう」

 としばらく考えた末にわたしが言うと、

「本当に怖い出来事は理由がわからないことなんだけどさ、それでは読み物にならないからね。説明の最後で、それまでの一切を否定するような問いを投げかけようと、起こった怪には理由があり、それがギリギリだろうが人間心理の問題であれば、読者は納得/安心するんだ。更に話が上手くできていれば読者が増える」

「偶然に理由はないけどネコがニャアと鳴いて雷雨を予言すれば、それは神様の思し召しと言うわけですね」

「一旦事が動き始めれば因果関係が連なり重なっていくだけさ。でも最初の最初は偶然で、実は一つの因果に絡まる次の因果だって偶然だ。だからこれから森井ちゃんと行うはずの取材を急遽取り止めて、キミのウチでオレがキミを抱いたとしても、それは偶然」

「随分都合の良い偶然ですね、先輩。わたしを口説いているんですか、それともからかって……」

「オレさあ、これまで何度も幽霊を見てるんだよ。もちろんそれが真の意味で幽霊だと思ったことはないが、それでも見えるものは見える」

「森末先輩、何が言いたいんです……」

「あそこの旧い家が取材先だろう。まあ、まだここからでは生垣ばかりで家そのものは見えないけどさ」

「ええ、でもそれが何か……。わたしを口説くのはやっぱり止めたということですか」

「いるんだよね。女性だな。きれいな人だが、服装が夏物。かなり薄着だ」

「えっ、本当に……」

 森末さんが言った言葉に驚いて、わたしがその視線の先を追いかけるが何もない。

「だからさ、本当にはいないんだよ。もっとも森井ちゃんに見えたとしてもオレは存在を否定するけどね」


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