4 友
今のは、いったい何だったのだ。
思い返すとぞっとする。
汗が背中を、こめかみを冷やす。
噂を追いつつ漸く辿り着いた電話番号だ。
掛けるまでは半信半疑で、掛けた後となっても疑問は消えない。
あの殺人事件は戯れの都市伝説なのだろうか。
それとも巧妙に仕組まれた罠なのか。
が、そうだとしても目的がわからない。
すべてが謎。
これまでに死んだ人間は三人だ。
少なくとも、わたしが調べた限りでは……。
死因は皆心機能停止で警察的には事件ではない。
単なる偶然の連なりなのだ。
けれどもその中の誰一人、老人でもなければ、心臓に病気を持ってもいない。
それどころか死ぬ直前まで全員ピンピンとしていたのだ。
三十七歳のスーパーマーケット派遣の女性が時系列的に最初の被害者で、事件が発生したのは約二週間前。
次が二十八歳の男性で職業は教師だ。
それが今から丁度一週間前のこと。
その三日後に、わたしの友人が死んでいる。
結城絵梨菜の死体を彼女の部屋で発見したとき、わたしは動転し、次に声もなく泣き叫ぶ。
寿命も数年、縮んだだろう。
一人暮らしのマンションの一室で倒れていた絵梨菜の第一発見者が偶然にもわたし。
死に顔は想い出したくもないが、嫌でも目の裏に浮かんでは消える。
いったいどんな恐ろしい目に遭えば、あんなに引き攣った表情ができたのか。
突然の心臓発作で苦しかったことはわかるが、わたしにはそれだけが理由とは思えない。
絵梨菜とは高校時代の友人で卒業後は違う大学に進んで一旦疎遠となるが、社会人となって初めて開かれた同窓会で互いに近況を確認し合って友人関係が復活。
……といっても、その昔それほど仲が良かったわけではない。
高校生当時クラス全員が友だちで、男も女もそれぞれの家に遊びに行ったり、来られたり……。
後に社会に出て知ることになるが、わたしたちが所属したクラスは例外的に仲が良かったようだ。
イジメがあった記憶がないし、また実際にもなかったと思う。
他のクラスや違う学年のことは知らないが、少なくとも全校集会が開かれる事案は一度も発生していない。
だから高校自体も世に珍しい存在だったのだろう。
就職して、同僚や先輩から漏れ聞いたり、あるいは取材先で聞かされたイジメの例の何と多いことか。
世間の情報に疎かったつもりはないので世の中に広くイジメが存在することを頭ではわかっていたはずだが、自身が置かれた幸せな状況がわたしの目を曇らせたようだ。
偶然なのか、それともこの世に隠された運命の糸の導きなのか、同窓会でわたしは絵梨菜とイジメの話で意気投合し、親交が深まる。
絵梨菜も就職先の精密機器メーカーで同僚や先輩から多くの事例を聞かされたようだ。
大学在学期間中にその手の話題が二人の耳に入らなかったのは不思議だが、それも天の配剤なのかもしれない。
都立高校を卒業し、わたしは文系の、絵梨菜は理系の大学に入学。
それで二人の接点が消えるのだが、世間的にはどうなのだろう。
クラス仲は良かったが、大学時代に同窓会は開かれていない。
小学校の同窓会が一度だけ企画されるが、そのときわたしは海外にいて不参加だ。
大学を卒業し、わたしは雑誌社に就職する。
零細ではないが、小さな会社。
本音ではもちろん大手に行きたかったのだが、何処の社でも要らない、と面接官に判断される。
英語が少しだけ喋れたが、そんなことは大手会社の面接では特技の一つにもならないだろう。
他に数ヶ国語を喋れるのならば、また違っていたのかもしれないが……。
小さいといってもローレライ出版の社員数は二十名だ。
ここ数年、新卒は採用していないので今でもわたしが最若手。
ローレライという言葉は古ドイツ語の "luen" (見る、潜む)と "ley" (岩)に由来する。
セイレーンの一種でもあるが、先代社長のドイツ趣味から改名されたようだ。
それ以前には、良くあるようにオーナーの苗字から高槻出版と名乗っている。
社会情勢が不安定になると世間ではオカルトが流行るらしい。
心霊現象、UFO、ネッシー、テレパシー、あるいはYMA(未確認生物)など、他にもジャンルはあるが、それらを括るキーワードがオカルトだ。
オカルトとは辞書的には、神秘的な/密教的な/魔術の/目に見えない、という形容詞、あるいは、 秘学/神秘(的なこと)/超自然的なもの、を表す名刺で、ラテン語(occulere)の過去分詞 occulta(隠されたもの)が語源と言われている。
現在では、目で見たり、手で触れて感じることができないコト/モノ一般を意味するようだ。
絵梨菜と再会する少し前から、わたしはオカルト関連の取材をしている。
ローレライ出版が版元の『奇譚マガジン』という雑誌のためだ。
その名が示すように奇譚マガジンでは各種の奇譚/奇談を扱っている。
オカルトに限らず、戦時秘話、呪い、占い、その他もっと単純な偶然の事件などを特集する。
テーマに沿った単発/連載小説も掲載していて、数年前に単行本化された『印』という書籍がベストセラーとなり、それでわたしが採用される。
ローレライ出版の面接合格時、わたしはまだ何処の会社にも受かっていなかったので、もしも『印』の成功がなかったなら、今頃は路頭に迷っていたかもしれない。
そんな事情は絵梨菜の方でも似通っていて――ヒット作が出たということではないが――新規商品開発用の人員確保のために雇われたようだ。
「そんな事情だったら毎日が大変でしょう」
と同窓会の席で話を聞いてわたしが問うと、
「試用期間の半年は定時帰宅だったけど、その後が残業続きになったわね」
と笑みを浮かべながら絵梨菜が応える。
それに続けて、
「でも昨今、法律的……というか労災的に煩いらしくて、月水金は基本残業禁止デーなのよ」
と言い、上品に笑う。
その笑顔の印象が強かったから、あのときわたしは余計に寿命を縮めたのかもしれない。