2 音
トゥルルル……
暗闇の中で音がする。
トゥルルル……
どうやら電話の呼び出し音のようだ。
トゥルルル……
目を開けても闇しか見えない。
トゥルルル……
だからわたしはきっといないのだろう。
トゥルルル……
いったい何の用事があるのか、呼び出し音が繰り返される。
トゥルルル……
何も見えないのに音だけが聞こえる不思議な感覚。
トゥルルル……
……とすると、わたしはまだ無ではないのだろうか。
トゥルルル……
それとも、そんな想いさえ間違いなのか。
トゥルルル……
手足がある感覚がしない。
トゥルルル……
それを言えば目も口も鼻もない。
トゥルルル……
内臓もなくて胃の中も空っぽだ。
トゥルルル……
それでも音は聞こえてくる。
トゥルルル……
これは、わたしに聞かせたい音なのか。
トゥルルル……
それとも、わたしにしか聞こえない幻想なのだろうか。
トゥルルル……
何処にもいないわたしが聞く有り得ない音色。
トゥルルル……
音色と言うくらいだから、何処かに色が潜むのだろう。
トゥルルル……
だから、わたしはそれを探る。
トゥルルル……
当然色は見えないが、見えろ、見えてくれ、と念じてみる。
トゥルルル……
かつて、わたしが何かを念じることなどあっただろうか。
トゥルルル……
これまで過ごした記憶にない人生の中で……。
トゥルルル……
わたしは過去を探るが、探った先には何もない。
トゥルルル……
完全に空っぽで空気にさえ充たされない。
トゥルルル……
だからわたしはいないのだろう。
トゥルルル……
正真正銘、この世の中には……。
トゥルルル……
が、それならば、このわたしらしきものは何だろう。
トゥルルル……
自分の前には何もなく、また思いつけるすべてがないと言うのに……
トゥルルル……
それでも音が聞こえてくる。
トゥルルル……
わたしを目覚めさせようとでも言うのか、違うのか。
トゥルルル……
それで惑うと、わたしはあることに気づいてしまう。
トゥルルル……
わたしはいったい誰なのだ。
トゥルルル……
自分の名前が思い出せない。
トゥルルル……
すべてのことが溶けて広がる。
トゥルルル……
もしかしたら、わたしは死にかけているのかもしれない。
トゥルルル……
……とすれば、聞こえているのは電話の呼び出し音ではなくて、例えば読経。
トゥルルル……
それとも斎場で身体を燃やすバーナー音か。
トゥルルル……
あるいは骨壷に入れるために割られる頭蓋骨の破砕音。
トゥルルル……
そう思えばそんな気もするが、自分でどうにもしっくり来ない。
トゥルルル……
やはり電話の呼び出し音に聞こえるのだ。
トゥルルル……
いつの時代の呼び出し音だろう。
トゥルルル……
その昔ならベルのはずだが、やはり電子音のような感じがする。
トゥルルル……
……とすると。
トゥルルル……
そのとき、カシャ、と送受機が取られる。
あるいは留守番電話に切り替わったのか。
何故なら初めにピーッという録音タイミングを伝えるサインが聞こえたような気がしたからだ。
ついで聞こえてきたのは……。
「あなたがお掛けになった番号は現在呪われております。呪いはたった今あなたに掛かったところです。よって以後、その呪いを回避すること、あるいは取り消すことは不可能な状況となっております。誠に申し訳ございませんが」
ガチャ
それは電話が切られた音なのか、あるいは……。