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8 報復

**



 秋本のバーにて、獅子丸と秋本が話していたとき、春山ファミリーの話題になった。フェリーターミナルで春山ファミリーの者に襲われた話は既にしていたし、秋本も、春山ファミリーとの対立が深まっていることは体感しているようだった。

「春山め。いくら対抗勢力と言えど、取引の場に割り込んで来て襲い掛かるなど、禁忌中の禁忌だぞ。我々秋本ファミリーへの、宣戦布告と捉えられても、文句は言えんレベルだ」

 秋本は腕を組み、そう言っていた。

 そんな話をしていると、武器屋のおやじである植田がバーにやって来て、獅子丸を見かけるなり、ふらふらと近付いてきた。秋本に挨拶したあと、獅子丸の肩を叩く。

「おう、獅子丸。元気か? この前貸したバット、返してくれよ」

 このとき、獅子丸は思い出した。そう言えば、バットは甥っ子の物だから返してくれと、言われていたではないか。だが、あのバットはもう……。

「悪いが、バットは壊してしまった」

「は?」

「お前の甥のバットは、真っ二つになったんだ」

 獅子丸の言葉を聞き、植田はしばらく黙り込んで、口をもごもごと動かした。やがて、バットが壊された事実を受け止めると、腕をぶんぶんと振り回した。

「クソが! てめえには二度と武器は貸さねえ!」

「いや、本当に申し訳ないと思っている」

 武器を貸してもらえないのは、獅子丸にとってこの先不便である。獅子丸は弁償するつもりで、質問した。

「バットってえのは、普通なんぼ(いくら、何円の意を表す方言)くらいするもんなんだ?」

「一二〇万」

「誰が車の値段答えろなんて言った」

 怒ってはいるものの、冗談を言えるくらいの余裕はあるみたいだ。

 二人の会話を聞いて、そばにいた秋本が吹き出した。

 結局、獅子丸は財布から福沢諭吉を三人取り出し、植田に渡した。植田は

「元はと言えばお前が悪い。礼は言わねえからな」

 と言ってそそくさとカウンターに向かい、高級なワインを注文した。そして、明らかに今さっき獅子丸から受け取った諭吉を一枚、バーテンダーに渡していた。隠す気もさらさらなさそうであった。



**



 季節はすっかり夏になり、獅子丸は青のカッターシャツ一枚で出歩くことが多くなった。そんな折、獅子丸が道後に行くと、また一難あった。それはまだ日が傾きかけた、昼下がりのことであった。

 獅子丸はまたも、好物の坊ちゃん団子を頬張り、道後の商店街を歩いていた。夏休みシーズンであるからか、家族連れも良く見られる。和やかな休日の様相である。見慣れた景色だが、ここを佐倉と歩くのも一興かもしれない。

 ガラにも無くデートプランを考えていると、まばらに人が歩いている向こうから、ぎゃーという叫び声が聞こえてきた。聞き慣れた男の悲鳴は、徳川のものだ。

 そのあとすぐ、徳川が獅子丸の横を大急ぎで通り過ぎていこうとしたので、獅子丸は呼び止めた。

「おい、徳川」

「え? あ! 獅子丸の兄貴!」

 徳川は立ち止まり、獅子丸に近付いてきた。その顔の左側に、棒状のアザがある。なにか長物で殴られたのだろうか。鞭で殴られたのかと思うほど、長くて細いアザだ。しかし、鞭を使う者など、そうそういるものだろうか。

 いや、それ以前に、徳川はいったい、どういう目にあっているのだ? 夜中ならまだしも、白昼の道後で、ケンカ争いをするアホがいるというのか。

「徳川、その顔のアザはどうしたんだ?」

「え?」徳川は自分の顔を触り、いてて、と言って、そこにアザがあることを理解したようだった。「実は今日、前々から貯金していたお金を使って、高級ソープに行ってたんすよ。そこまでは良かったんですけど、その帰りに、春山ファミリーの者に襲われてしまって」

「詳しく」

「『薔薇の女』っていう店だったんですけどね、いやあもう、さすがは高級店って感じでして、俺の相手はどっちかっていうとグラマラスなタイプで、でもそこが良かったんです、おっぱいもお尻も大きくて……」

「そっちの話じゃない」

「え?」

 徳川はなんだか盛り上がって、息継ぎもせず体験談を語り始めたが、獅子丸が聞きたいのはそっちではない。どういう経緯で春山ファミリーの者に襲われたのか、である。

 獅子丸は改めて聞き直そうかと思ったが、もはやそんな時間はなかった。

「てめえ待ちやがれ!」

 そう言って、アロハシャツを着た男二人が、獅子丸たちのそばへ走ってきた。

 片方の男は、手に二メートルほどの鎖を持って、ブンブンと振り回している。徳川の顔のアザは、この鎖によってつけられたに違いない。まさか、こんな道具を真面目に武器として使用する者が存在するとは、驚きである。

「何のつもりだ?」

 獅子丸は徳川を庇うように前に出た。

 すると鎖の男が、相変わらず鎖を振り回しながら答えた。

「おうおうおう! 何のつもりだとは何のつもりだ。その白スーツの男はな、よそのファミリーの者でありながら、あろうことか、この道後に車を停めやがったんだ。春山ファミリーのシマである、この道後にな!」

 道後が春山ファミリーのシマであるのは事実だ。そして、そのシマで訳もなく暴れたり、法に触れるようなことをしたりすれば、報復を受ける。だが、シマにある施設を利用したり、通過したりするだけでは、普通は問題にならない。

「確かに、道後は春山のシマだ。だからって、車を停めただけなら、何の問題も無いだろう」

「どうかな、そいつが他の組のスパイだって可能性もある。俺は危険を排除しようとしただけだ」

 獅子丸はため息をついた。

「お前みたいな好戦的な輩は、死んでも治らんだろうな」

 こういう、何かにつけてケンカを吹っ掛けるようなクズは、どこにでも湧くものだ。

「なにィ!」

 鎖の男が顔をしかめ、もう一人の男も

「やっちまえ!」

 と身を乗り出してきた。

 鎖の男が、鎖を獅子丸の顔に叩きつけようとしてきた。ビュンと風を切る音がする。獅子丸が左の拳でその攻撃を受け止めると、グルグルと鎖が巻き付いてきた。獅子丸の片方の拳が封じられたところで、もう一人の男が唸り声をあげながら殴りかかってきた。

 獅子丸は巻き付いた鎖をそのままにし、相手の右足にかかとを素早く落とした。足が潰れる鈍い音がした後、

「ギャース!」

 という悲鳴を上げ、男は足を押さえた。

 獅子丸は素早く、鎖の男へ視線を移した。ニヤニヤと余裕そうな表情を浮かべながら、鎖を引っ張っている。

「力比べか、いいだろう」

 獅子丸はそう言うと、左腕に力を込めた。獅子丸の逞しい腕が、丸太のように膨れ上がり、シャツの生地がぴんと伸びる。そのまま一気に腕を引き、鎖ごと男を引き寄せた。

 男は体のバランスを崩し、獅子丸の目の前で前のめりになった。獅子丸はその顔面へ、素早く拳を放った。鼻の折れる音がし、その二つの穴から、ツツと血が垂れる。ダメ押しに、もう一度顔面へ正拳突きを放った。男は白目を向き、うつ伏せで地面に倒れた。そのとき、男が持っていた鎖は手放され、獅子丸へと所有権が移った。

 倒れた鎖の男を見て、通りがかりの若い女が

「きゃー!」

 と悲鳴を上げた。

 先ほど獅子丸に片足を潰された男が、その足を引きずるようにして近付いてきた。だが、獅子丸は攻撃のスキを与えない。今しがた奪った鎖を、相手の顔に右、左、右、左と往復ビンタのごとく叩きつける。男は口の端を切ったのか、口角から血を垂れ流し、よろよろと左右に揺れた。

 獅子丸は止めに横蹴りを放ち、相手をふっ飛ばした。相手は地面に倒れると、フラフラと立ち上がった。

「ばーかアーホ糞間抜けー、エーロ変態役立たずー」

 小学生ぶりに聞く罵倒を浴びせながら、男は鎖の男を担いで逃げていった。

 獅子丸は追いかけて息の根を止めようか考えたが、昼に人目につくかもしれないところで殺害するのは賢くないと思い、やめておいた。




**



 夜、獅子丸は、秋本のバーにいた。秋本、徳川と酒を飲みながら、昼間に春山ファミリーの者と戦ったことを話していたのだ。

 徳川が襲われた理由は、ほとんど昼に鎖の男が言っていた通りであった。道後のとある駐車場に車を停めていた徳川は、因縁をつけられて攻撃されたのであった。獅子丸は男たちを懲らしめたあと、駐車場へ様子を見に行ったが、徳川の車は叩き潰されていて、もはや乗れる代物ではなくなっていた。徳川はボコボコにされた車を見て、めそめそと泣いていた。


 徳川が一通り車の件を報告し終わったころ、例のおっぱいとお尻の大きい女店員が、秋本のところへ白ワインと魚の刺身を持ってきた。夏になって、この女も涼しげな恰好をしている。今日は、肩出しのワンピースを着ていて、やはり胸元は開けている。女店員が去ると、徳川が獅子丸に耳打ちしてきた。

「今の子、立命館(りつめいかん)(のぞみ)ちゃんっていうんですよ」

 この男は、さっきまで車を破壊されたことで涙目になっていたのに、良い女を見つけた瞬間、宝石を見つけた探検家のような瞳で話し始めた。まったく、幸せな男である。

「なんで分かる?」

 特にその辺の情報に興味はないが、徳川の機嫌が良さそうなので、一応聞いてあげた。

「さっきね、名札を盗み見たんですよ」

「よくあの一瞬で覚えられるな」

「しかもね、望ちゃん、銀天街の外れにあるマンションに住んでいるんすよ」

「なんで分かる?」

「この前ね、そのマンションに入っていくところをたまたま見たんすよ」

「徳川、一応言っておくが、ストーカーは犯罪行為だぞ」

「そのマンション、あの子の彼氏のマンションかもな」

 この言葉を発したのは、秋本である。瞬間、「そんな」と言わんばかりに、徳川が息を飲んだ。

 秋本はくしゃっと表情を崩し、

「ハハハ、冗談だよ」

 と笑った。

 獅子丸も徳川も、一緒にハハハと笑った。

 三人で笑い終えると、秋本はワイングラスを持ち上げて口にし、刺身を一切れ食べた。咀嚼してごくんと飲み込むと、眉をひそめる。獅子丸は、いよいよ真面目な話題へ移るかと思ったが、秋本は唐突に、最近のお酒事情について語り始めた。

「最近は白ワイン派なんだ。この年になるとね、肉が腹にきたり、喉に詰まりやすくなったりするもんだ。そこで、よく魚を食べるようになった。よって白ワイン」

 そう言って、秋本はまた、ワインをごくごくと飲んだ。

 獅子丸はただ、「はあ、なるほど」と言った。

 徳川は二度ほど頷き、

「ああ、俺は、そもそもワイン特有の苦みが苦手っすね。大人になったら、慣れるもんなんすかね」

 と言った。まるで、自分がまだ子どもであるかのような口ぶりである。

 秋本は徳川の言葉を噛みしめるかのようにこくこくと頷くと、いよいよ春山ファミリーの話を始めた。さっきから、会話の脈絡がまったくない。

「徳川、車の件、気の毒だったな。まったく、この前のフェリーターミナルの件と言い、春山ファミリーは本気で抗争を始める気なのかも知らんな。いや、既に始まっているのかもしれん」

 獅子丸は秋本の話を聞きながら、一条寺のことを話そうか、考えた。だが、一条寺の件は、ファミリーどうしの抗争とは無縁な気もした。それよりも、男と男の、一対一の関係のように思えた。やはり、わざわざ秋本に伝えることでもないだろうか。

 一条寺とは、もう二度と会わない可能性だってある。しかし、獅子丸の直感に頼るならば、むしろ、この先一度とはいわず、その顔を見るような気もする。ともすれば、どちらかが死ぬまで、何度でも巡り合いそうな気さえしてくるのである。

 獅子丸がそんなことを考えている中、秋本は話を続けた。

「俺は以前から、不要なもめ事は起こさないように言っているだろう。だがそれは、『不要な』場合の話。舐められたり、不利益を被ったりした場合は違う。やり返さなければならないときもある」

 秋本は、獅子丸と徳川が頷いたことを確認し、自らも深く頷いた。

「道後の北側に、春山ファミリーが良く使っているバーがある。そこへ行って、どれでもいいから、奴らの車を破壊してやれ。同じことをやり返してやるんだ」

「はい」徳川が返事をした。

「獅子丸、徳川について行ってやれるか?」

「はい、任せてください。ドン秋本」獅子丸も返事をした。

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