6 受身の重要性
「おい、運び屋のレッドだろう。秋本ファミリーの獅子丸だ。ブツを受け取りに来た」
獅子丸の呼びかけに、レッドは一切反応しない。獅子丸はレッドのすぐそばまで来て、その肩を叩こうとした。
「おい、君がレッドだろう。寝ているのか……ん?」
そのとき、レッドの体が椅子から倒れた。頭や体を全くかばおうとせず、床に体を打ち付ける。まるで、死体のような崩れ落ち方。いや、実際それは死体だったのだ。
倒れた拍子にレッドの帽子が落ち、その顔があらわになる。開いた目は、既にその光を失っていた。
額には大穴が空いており、そこから血が垂れている。銃によって、撃ち抜かれたのだ。赤い帽子なので分かりにくいが、帽子には血の痕が付いている。しかし、弾丸が撃たれた穴はない。おそらく、レッドを殺害したあと、誰かが椅子に座らせ、帽子をかぶせたのだ。誰かが……。
獅子丸は一瞬でそれを悟ったあと、後ろの徳川を見た。
「徳川、ここは危な……」
獅子丸が全てを言い切る前に、銃声が轟いた。弾丸が床に当たる音がする。「うわ!」と体を縮ませる徳川の服の襟を掴んで持ち上げ、獅子丸は全力で走った。
もう一度銃声がし、足の近くを弾丸がかすめた。獅子丸は怯まずに走り、一番近くにある太い柱の後ろに隠れた。また銃を撃たれたが、その攻撃は柱に当たり防がれた。
「ちょ、どうなっているんすかコレェ!」
片膝をついてキョロキョロと首をまわす徳川を無視し、獅子丸は辺りの状況を確認した。柱から少しだけ顔を出し、視線を目まぐるしく動かす。
右側に三人いる。一人は銃を持ち、こちらに構えている。さっきから発砲しているのはこいつだろう。銃のシルエットを見るに、リボルバーだ。
もう少し近付かなければ、あのリボルバーで獅子丸たちに狙いを定めるのは難しいだろう。案の定、次の銃撃は獅子丸たちが隠れている柱にも当たらず、床にヒットした。
左前方には、もう一人いる。こいつは一応戦闘に入る構えをとっているが、飛び道具を使いそうな様子はない。
獅子丸は約〇.二秒で以上の確認を済ませ、柱の裏に顔を潜めた。柱は背中を預けられる十分な体積だが、横から回り込まれたら容易に攻撃される。あまりモタモタしている暇はないだろう。
獅子丸は隣にいる徳川に話しかけた。
「徳川。お前は左の男の相手をしろ。俺は右側の三人を始末する」
「え! 三人! さすがの兄貴でもキツくないっすか」
徳川は目を開いてギョッとした。
「なら君が三人相手するか?」
「いや、左側は俺に任せてください」
早口で言い、徳川はバット片手に左前方へ走り出した。
獅子丸は、叫び声をあげて敵へ向かっていく徳川の背中を一瞥すると、柱に隠れたまま慎重かつ素早く右前方を確認した。
そのとき銃が撃たれたが、その攻撃はでたらめなところをかすめていった。
銃を持った男は、腰のあたりに銃を下ろし、何やらカチャカチャと銃をいじり始めた。弾切れだ。当然弾が切れれば装てんしなくてはならないが、百戦錬磨の獅子丸はそのタイミングを逃さない。
「再装てんの時間はやらんぞ」
獅子丸は百メートル走九秒台の圧倒的な走力をもって相手に接近し、正拳をそのみぞおちに繰り出した。極真空手で鍛えられたその技は、寸分違わず相手の急所へ命中する。
相手の体がくの字に曲がり、開いた口から汚らしいよだれが垂れる。そして力を失い、ぐったりと獅子丸の方へ倒れてきた。
仲間が一瞬でやられたことに驚いたのか、近くにいた敵のひとりである帽子をかぶった男が「ゲッ!」という妙な声をあげ、銃を構えた。
獅子丸は敵の銃口が自分に向いていることを目の端で確認すると、今倒した男の胸ぐらとベルトを掴み、持ち上げた。速やかに男の背中を前方に掲げたまま、猛スピードで帽子の男へ向かっていく。
帽子の男は銃を二発撃ったが、二発とも獅子丸が持ち上げていた男の背中に命中した。男は銃が当たるとき「うッ!」と呻いてピクピク震えた。すぐに絶命するだろう。
獅子丸は盾にした男を投げ捨て、帽子の男の前にすり寄った。
「ひ、ひでえ! 人を盾にしやがった!」
獅子丸の無慈悲さに帽子の男が驚愕している。獅子丸はその手首に手刀をかまし、銃を落とさせた。
相手はメリケンサックをはめた左手を振り上げ、唸り声を上げて獅子丸に殴りかかってきた。
獅子丸はするりとその攻撃を回避し、目にも留まらぬスピードで顔に二発、腹に一発パンチを浴びせた。膝をつこうとする相手の頭を鷲掴みし、膝蹴りを顔面に放つと、相手は鼻血をツツと垂らして床に伸びた。これで戦闘不能だ。
「へっへっへ」
そのとき、ヘラヘラとした笑い声が獅子丸の数歩後ろから聞こえた。振り向くと、モヒカンの男がナイフを右手から左手、左手から右手へと投げて、もてあそんでいた。
「アンタ、なかなか強いねえ。だが、俺様と出会ったのが運の尽き。月に照らされたこのナイフのきらめきが見えるか? アメリカ製のマーベラスナイフよ!」
「……」
獅子丸は無表情でモヒカンを睨みつけている。
モヒカンは投げて遊んでいたナイフを右手に握ると、奇声を上げながら獅子丸の頭へナイフを振りかざした。
「キエェー! 俺のナイフの切れ味はどうだァ!」
「自分で確かめろ」
獅子丸は素早い手の動きで相手のナイフを強引に奪うと、その額にナイフを突き刺した。やたら切れ味がよく、豆腐に包丁を入れたかのように脳天にぶすりと刺さった。
「あへー」
モヒカンは情けない声を出しながら、床に倒れた。うつ伏せで口を開けたまま、動かなくなってしまった。
獅子丸はモヒカンが動かなくなったことを確認すると、すぐそばに倒れている帽子の男のそばに屈みこむ。そして頭を両手で抑え、そのまま回転させ首の骨を折った。まだ微妙に息がありそうだったので、確実に始末しておいたのだ。
獅子丸は立ち上がると、やれやれという風に首を鳴らし、徳川の方へ歩いて行った。見ると、二〇歩ほど離れたところで、徳川はまだ戦っていた。わちゃわちゃと相手の男の胸ぐらや髪の毛を掴み、もみ合っている。
徳川は細身だが、相手の体も同じくらい細い。お互いにぽかぽかと殴り合っているが、何の迫力もない。あくびが出るほど退屈なバトルである。
もみ合って落としたのか、そばに徳川が持っていたバットが転がっている。
「うわ!」
つき飛ばされた徳川が声をあげた。背中から床に倒れ、頭を打ち付ける音がする。相手が馬乗りになり、徳川の顔を殴りつけた。
獅子丸は走り寄りながら、落ちているバットを拾った。バットを持っていない方の手で、徳川に馬乗りになっている男のシャツの襟を掴み、引き離して後ろに放り投げる。
唸りながら立ち上がった相手に、獅子丸は容赦なくバットを振りかざした。横にスイングしたバットは相手の顔面に当たり、衝撃で折れてしまった。
相手は頭から赤い液を垂らし、カカシのようにフラフラと揺れたあと前のめりに倒れた。
獅子丸は折れたバットを放り投げると、倒れた男のそばに屈みこみ、その首に腕をまわした。身動きができないように、がっちりと掴む。
「質問が二つある」
「うっ……」
男は獅子丸の腕を掴んで、引き離そうとしている。だが、獅子丸の太い腕はびくともしない。
獅子丸は男に話しかけた。
「君ら、マフィアだよな。春山ファミリーの者か?」
「へっ。答えるつもりはねえ!」
男は歯を食いしばった。
獅子丸は空いている方の拳で、相手の顔面を殴った。男は「ぐ」という声を出したあと、口を開いた。
「そ、そうだ。春山ファミリーの者だ」
春山ファミリーとは、松山市にのさばるマフィアの一味で、抗争こそしていないものの、獅子丸が属する秋本ファミリーとは対立関係にある。
徳川が息を切らしながら歩き、そばへ近付いてきた。
獅子丸は体勢を崩さず、質問を続けた。
「既に三人を殺した。あとお前の他に仲間はいるか?」
「いる……」
男はそう言ったあと、数秒の間をあけて続けた。
「かもしれねえし、いないかもしれない。へへへ、どっちだろうねえ」
これを聞いた獅子丸は、無言で拳を握りしめ、見せつけるかのようにわざとらしく、拳に「はあー」と息をかけた。
「ひ、ひい! いないよ! 俺で最後だ」
「本当だな? この建物だけではなく、建物の近くや、船乗り場、駐車場にも仲間はいないか?」
「い、いない。四人で来たんだ」
「ふむ。では二つ目の質問だ」
「四つ目だろ!」
獅子丸は無言で腕をきつくし、男の首を絞めた。男が苦しそうに呻く。
「ぐ、ぐええ……。死ぬ、死ぬぅー」
ギブアップを示しているのか、獅子丸の腕を手のひらでバンバンと叩いた。
獅子丸が腕を緩めると、男は咳き込んだ。
「ゴホッ、ゴホッ……。……、なんでも聞いて下さい」
「君ら待ち伏せしていたな。なぜ今晩俺たちが来ることが分かった?」
「先輩に聞いたんだよ。お前が倒したモヒカンの先輩だ」
獅子丸はモヒカンの方にちらと目を向けた。額にナイフが刺さっており、二度と口を利くことはできないだろう。
押さえつけていた男に視線を戻すと、獅子丸は質問を続けた。
「情報源はどこだ? 運び屋のレッドが漏らしたのか?」
「し、知らない」
獅子丸は男を睨みつけた。もともといかつい顔をしているが、今は鬼のような形相である。
「し、知らないんだ! 本当だよ! 俺したっぱなもんで、大した情報は回ってこねえんだよ。したっぱっぽい顔してんだろ、なあ」
男はもはや、泣きそうな顔で訴えかけている。
「だろうな」
獅子丸は腕を離し、男を解放した。
「どこへでも行くがいい」
「へへへ、この慈悲は一生忘れません」
男はヘラヘラと笑いながら立ち上がり、背を向けて獅子丸に頭を下げると、反対側に歩いて行った。
獅子丸は無反応で、腰に下げたリボルバー「ブラックリバー五六〇」に手をかけた。獅子丸は分かっているのだ。このような小物は、平気でひとの背中を撃つ。
案の定、男は数歩歩いたところで急に立ち止まり、
「くたばれー!」
と叫びながら銃を構えた。
獅子丸は素早く振り向き、男が射撃するよりも先に撃った。銃撃は胸の真ん中に当たり、男の体は前のめりになった。
すかさず、獅子丸はもう一度胸の辺りを射撃した。相手は被弾の衝撃に少し揺れたあと、うつ伏せで床に倒れ、動かなくなった。
倒れた男を確認すると、獅子丸は銃をしまい、すぐそばに立っている徳川に話しかけた。
「徳川、大丈夫か?」
「はい……大きいケガはありません」
そう言っているが、顔にできたアザは紫色で痛々しい。
獅子丸は、さっきの殴り合いでの徳川の倒れ方が心配だったので、徳川の後ろに回った。
「さっき押し飛ばされたとき、頭を打っただろう。見せてみろ」
「ああ、はい」
徳川の後頭部を触ると、こぶができているのが分かった。
「あ痛ててて、たぶんそこ打ちましたね」
獅子丸は手を離しててのひらを確認したが、出血はしていないようだった。
「うーんそうだな、こぶになっているな。帰って落ち着いたら氷水で冷やすんだ」
「はい、ありがとうございます」
獅子丸は徳川の前方へ戻ると、目をじっと見て話し始めた。
「いいか、徳川。後ろに転ぶときは、へそを見るようにしろ」
「え、へそですか?」
「そうだ、へそ」
獅子丸は、「こうだ」「こうだぞ」などと言いながら、一生懸命に頭を下げ、自分のへそを見る動作を繰り返し徳川に見せつけた。
徳川も、「あー、こうっすね」「こうっすか」と言いながら、獅子丸の真似をして、頭をカクカクと上下させた。
徳川がへそを見る動作を習得したと見ると、獅子丸はこくこくと頷いた。
「そうだ、その調子だ。倒れるたびに頭を打ち付けるといかんからな。重大なケガや後遺症に繋がりかねん。気を付けるんだぞ」
この男、意外と心配性で世話焼きなのである。
徳川は深く頷いて笑顔を見せた。
「はい。心配ありがとうございます。ところで、当初の目的はドラッグを受け取る事っすよね」
言いながら、辺りをキョロキョロと見渡す。獅子丸も一緒にドラッグの入った木箱を探した。
発見するのに苦労はしなかった。フロアの隅に木箱が三つ置いてあり、その中にドラッグが入っていたのだ。木箱は両手で抱えて運ぶくらいの大きさであった。
獅子丸が左右の肩に一つずつ持ち上げ、徳川が一箱両手で抱えて運んだ。
獅子丸と徳川は、あたりに警戒しながら建物を出、無事に駐車場へたどり着いた。
木箱を持って車に近付くと、運転席から木崎が降りてきた。
「おつかれ。やけに時間がかかったな」
木崎は言いながら、二人の顔を見る。徳川の顔を見たとき、眉を上げて驚いた。
「どうした、何かあったのか? 顔にアザがあるぞ」
「ああ、まあちょっと……。木箱積んでから話しましょう」
「木崎、『羅生門兄弟』を呼んでくれ」
獅子丸がそう言うと、木崎はもっと眉をひそめた。
「え? 死人が出たのかよ」
羅生門兄弟とは、主に死体の処理を生業とするグループである。四人の兄弟で構成されており、マフィアには属しておらず、独立している。今日のような争いで死人が出たとき、その死体を回収しているのだ。
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木箱は、トランクに二つ、後部座席に一つ載せた。獅子丸は車のそばに立ち、羅生門兄弟を待っていた。
マフィアの争いによって死人が出たとき、これを処理する役割をもつ羅生門兄弟、彼らはこの街にとってなくてはならない存在だ。
当然のことだが、戦いののちその場を放置すれば、翌日には争った形跡や、死体が発見されるであろう。そして殺人事件として騒がれることとなる。それはマフィアにとって、望ましくないことなのである。
犯罪行為をむやみに行わないことは、マフィアの掟でもある。秋本ファミリーのドンである秋本も、獅子丸や他の仲間に、日頃から良く言い聞かせている。
「いいか? そもそも犯罪組織であるマフィアがこんなことを言うのも変だが、不必要な犯罪を起こさないように注意しろ。特に、警察の世話になるようなことは絶対するな。
例えば、昼間から街中でカーチェイスをしたり、銃をぶっ放したりするのは論外だぞ。警察が駆けつけ、即座に逮捕されてしまうだろう。
万が一逮捕された場合には、黙秘を貫け。できるだけ早く手を回して、なんとかしてやる。
なんとかしてやるが、とにかく、必要以上に争って得をすることなど、何もないからな。悪目立ちすれば、対抗するファミリーに目をつけられるし、我々や警察も疲弊する。例え、争いの末に、目標の相手を始末できたとしてもな。
裁判を起こせば、勝訴したとしても多大な時間と費用がかかる。国と国が戦争をすれば、戦勝国でも金銭をすり減らし人民を疲弊させるだろう。それと同じことだ」
いかにも秋本の言う通りである。
やがて、羅生門兄弟が軽トラックに乗ってやってきた。一人は運転席、一人は助手席、後の二人は荷台に座っていた。
運転席から降りた丸ぼうずの男は、兄弟の長男でリーダーでもある大輝だ。大輝は獅子丸や木崎、徳川たちから一通り話を聞くと、弟たちを一人一人指さしながら、なにやら指示を出した。
大輝は弟たちが死体処理に取り組みに建物へ向かうのを見送ると、獅子丸のそばへ近付いてきた。
短く刈った髪を撫でながら、話しかけてくる。
「やあ、獅子丸。久しぶりだな」
「ああ」
「最近は俺たちの仕事が増えて大変だぜ。まあ、ある意味繁盛しているってことなんだがな。お前ら、抗争でもおっ始めたのか?」
「何?」
獅子丸は抗争など思い当たる節もなかったので、眉をひそめた。その反応を見て、大輝はまた自分の頭を撫でた。
「あら、知らんのか。普通、俺たちの仕事は、月に一回あるかないかなんだ。まあ、夏は忙しくなりやすいがな。暑いと気分がハイになったり、イライラしやすくなったりするんだろうな。ハハハ、全く、猿か何かかよって言いたくなるぜ。
それはそうとして、えっと、何の話だっけ?」
「最近、君らの仕事が増えているって話だ」
「ああ、そうそう。だいたい月に一回くらいのところがな、先月三回も死体があがった。今月に入ってからも、毎週毎週呼び出される始末よ」
「そんなに争いがあったのか」
「おうよ。俺はてっきり、秋本ファミリーと春山ファミリーが抗争を始めたのかと思ったぞ」
「いや、全面的な抗争はまだ始まっていない」
獅子丸がそう言うと、大輝は頭を撫でながら、へへへと笑った。それは、面白いとか愉快とかそういう笑ではない。参ったな、というような、苦笑い的な笑みである。
仕事は増えたが、かつてない死体の量、その異常さに困惑しているのだろう。獅子丸にはそんな風に見えた。
大輝は一瞬下を向いたあと、
「『まだ』か……」
と言って、どこか遠くを見た。そのまま、頭を撫でる。
「とにかく、今の松山の治安は普通じゃねえよ」
羅生門兄弟が具体的にどのような作業をし、死体をどこへやるのかは、詳しいところは知らない。獅子丸自身、闇の商を深く知ろうなどとは思っていないし、お互いに触らないのがマナーというものだ。
ただ、死体を処理することで事件を隠蔽し、その隠蔽の代金や、口止め代金などをマフィアから貰っているらしい。そのほか、死体の中に新鮮で綺麗な臓器があれば、解体して闇市場に売り飛ばすというのも聞いたことがある。
大輝が後は任せてくれと言うので、獅子丸たちは帰ることにした。
帰りの車の中、獅子丸は大輝が言ったことを思い返していた。もともと対抗し合っている勢力である、秋本ファミリーと春山ファミリー。確かにここ最近では、以前よりもお互いの雰囲気がピリピリしているように感じる。今日だって、普通は商売の場に襲い掛かるようなことはしない。それは、暗黙の掟だ。だが、相手は掟を破り、獅子丸たちの任務に割り込んできた。しかも、彼らの命を奪おうとしてきたのである。
後部座席に座っていた獅子丸は、自分の隣に積まれてある、ドラッグの入った木箱を見つめた。そのあと、運転してくれている木崎の背中に、話しかけた。
「木崎、今夜の強襲の件、黒幕がいると思うか?」
「と言うと?」
木崎は、前方に伸びている夜の静かな道路から目をそらさず、そう言った。
「俺たちが今夜港に現れることが、奴らにバレていただろう。いったい、誰がこの情報を漏らしたと思う?」
「うーん、さあな、誰だろう」
木崎は少し首を傾げたあと、続けた。
「一番自然に考えられるのは、レッドが俺らの情報を春山ファミリーに売った、という線じゃないか。レッドと奴らがグルだったんだ」
「それは俺も考えた。だが、証拠がないのが不安でな」
「証拠も何も、レッドはお前らが駆け付けたときには死んでいたんだろ? だったら、永遠に真偽の確認はできんな。
俺は、レッドは口封じに殺されたんじゃないかと思うがね。彼の死体が証拠なのさ」
獅子丸と木崎の話を聞いて、徳川も首を曲げて会話に参加してきた。
「それ、俺も気になってたんすよ」
「うーむ。もしくは情報屋がいるとかか」
獅子丸は不安を拭いきれず、あごに手を据えて長考した。やはり、犯人はレッドだろうか。それとも、他に誰か黒幕がいるのか。いるとしたら、誰だろう。
その悩む顔を一瞥し、徳川が口を開いた。
「仮にレッドじゃないとしたら、誰っすかね? あんま考えたくないっすけど、ファミリーのメンバーとか……、例えばドン秋本」
徳川の話を聞いて、木崎がすごい勢いで横を向いた。
「お前、まさかドン秋本を疑ってるのか!」
真横を向いて声を荒げており、アクセルを強く踏んだのか、車が急に加速した。運転などお構いなしである。
「徳川! 撤回しろ! ドン秋本が俺たちを売るわけがない! 秋本を侮辱することは許さんぞ」
徳川は急に怒鳴られたせいで、肩をすくませた。恐る恐る木崎の顔を覗く。
「す、すみません。ただ、俺は可能性を追っただけですよ。本気で疑ってるわけじゃないです」
「ああ、二度と言うなよ」
木崎は少し、声に落ち着きを取り戻した。彼は、秋本への忠誠心が人一倍強いのだ。秋本が撃たれることがあれば、喜んでその盾にすらなるだろう。
獅子丸は、鼻息を荒くしている木崎と、おどおどしている徳川を見た。そして、小さくため息をついた。やれやれ、こんなに気分が荒くなってしまっては、推理している場合ではないだろう。
「木崎、危ないから前を向いて運転してくれ。頼むよ」
獅子丸がやや身を前に出して言うと、木崎は頷いて、再び道路の方を向いた。