5 武器屋の植田
植田は、秋本ファミリー傘下の武器屋のおやじである。太っちょで、よくタバコを吸っている。
武器屋は、店というにはみすぼらしい外観の小屋であるが、その中には壁いっぱいに銃やナイフ、その他小型爆弾や催涙スプレーなども並べられている。
小屋の隅に置かれてある消火器とモップを見て、徳川は立ち止まった。
「はえー、こんなのも武器なんすね」
小屋の奥のカウンターに立ったまま、植田が呆れた声で返事をした。
「んなワケねーだろ。消火器は、もし銃が暴発したとか何かで火がついたときの対策、モップは掃除用だ」
二人の会話を聞いて、木崎が吹き出した。
木崎は植田の近くへ寄り、ざっくりと、今日これからの用事と、その為に武器を取りに来たという話をした。
すると植田はカウンターに肘をつき、
「違法ドラッグの受け取りィー? んなもん武器なんか必要ねえだろ」
と自分の職業を否定するようなセリフを吐いた。半笑いで話を続ける。
「それとも何か、あんたら、ハエを殺すのにバズーカでも使おうってのかい? ハハハ! せいぜい、そこにあるバットかフライパンでも持ってけば十分だろう。どうせ、たかが取引ひとつで襲われるなんてことはないさ」
そう言って、植田は壁を指さした。物入れ用のカラーボックスが床に置かれてあり、野球用バットやフライパン、傘など、武器にしては頼りないものが無造作に入れられている。
徳川はその近くに歩み寄った。
「あ、これは武器なんすね」
結局、獅子丸は愛用している銃『ブラックリバー五六〇』に装てんするための弾丸をいくらかと、片刃の折り畳み式ナイフ『エビルナイフ』を持っていくことにした。
徳川は何を思ったか、野球用の木製バットを持っていくらしい。
各々持っていくものを決めたので、三人は小屋を出た。小屋を出る直前、植田は彼らの背中に声をかけた。
「用が済んだら、バットは返してくれよ。甥のやつなんだよ」
**
石崎フェリーターミナルの駐車場に車を止めると、獅子丸と徳川は車の外に出た。未だ運転席に座っている木崎は、車の窓を開けて獅子丸の顔を見上げた。
「獅子丸。俺はここで留守番しておく。用事は徳川と二人で済ませてくれ」
獅子丸は木崎の目を見て頷くと、徳川とともに車を後にした。
駐車場には、木崎が乗っているものの他に車はない。すぐそばには、浅く揺れる海面が見える。夜の闇の中、月明かりが地面と海を照らしている。瀬戸内海から緩やかに風が流れており、春とはいえまだまだ肌寒い。獅子丸の隣を歩く徳川は、歯と歯の間から寒そうに「すぅー」と息を吐いている。
広い駐車場を越えると、フェリーターミナルの船乗り場が見えてくる。大勢の人や車が通れるように、開けた場所が設けられている。海沿いには、中型のボートやヨットが繋がれていた。それらの反対側に二階建ての建物がある。通常は船の待合室や受付等手続きをするための場所である。
ガラスの窓が側面を覆っているため容易に室内が見えるが、この時間なので電気はついていない。この建物の二階が、レッドとの待ち合わせ場所である。
獅子丸は、出入り口である自動ドアの前まで来たが、運営時間を過ぎているため、当然開かない。
「おい、自動ドアの電源が切られているぞ。バットでぶち破るか?」
獅子丸は言いながら、徳川が左手に持っているバットに目を向けた。
「そんなことしたらたぶん警報が鳴るっすよ。レッドが、出入り口から北に三つ目の窓の鍵を開けてくれているはずです。ドン秋本が言ってたじゃないっすか」
獅子丸と徳川は、北に歩いて三つ目の窓に向かった。徳川が窓に触れ、横へ動かした。確かに、鍵は開けられていたようだ。
徳川が足を上げてまたぎ、窓の向こうへ入っていった。獅子丸もその後へ続く。両足を室内に着いたあとは、忘れずに窓を閉めた。
何事もなく、建物の中へ侵入することができた。船を待つ人が座るための椅子が五列ほど並んでいるほか、テーブル席も見当たる。受付や売店であろう場所は、シャッターが閉まっていた。室内の電気はついていないが、月明かりや港の電灯の光がよく差し込み、辺りの状況は確認しやすい。
二人は、二階へ続く階段へ歩いて行った。徳川は歩きながら、胸に手を当てた。
「ここから二階に上がって、レッドからドラッグを受け取ればいいんすよね。思ったより、簡単に済みそうっすね。いやー、良かった良かった」
獅子丸も、確かにそうだと感じた。荷物を受け取り、運ぶだけの簡単なお仕事。だが、胸の中にしこりが残っている。果たして本当に、何事もなく終わるのか?
人気のない夜のフェリーターミナル。月の光に照らされ、しいんとしている。獅子丸のマフィア人生で培われた勘が、あることを彼に伝えていた。これは、嵐の前の静けさだと。
「いや、事件は突然起こる事もある。俺が前を歩こう」
獅子丸はそう言って、徳川の前に行き、先に階段を上り始めた。徳川もすぐあとを上る。
二階は、一階よりも広々としていた。くつろげるように丸テーブルがいくらかあるほか、天井へと伸びる太い柱が、間隔をあけて見える。大きな窓からは瀬戸内海が覗け、ベランダの席もある。
空間の真ん中にぽつんと置いてあるパイプ椅子、そこに赤い帽子をかぶり、赤いパーカーを着た男がうなだれていた。頭が下がっており、帽子も深くかぶっているので顔が見えない。
だが、おそらく彼が運び屋のレッドであろう。獅子丸は、レッドと思われる男の元へ歩いた。