終章
終章
一条寺の遺体は、火葬された。ふつう、マフィア同士の戦いで亡くなった者は、羅生門兄弟に回収され、その後の処理は兄弟の判断に任せられる。綺麗に残っていてまだ新鮮な部位は、闇市場で売買されるともいう。だが、獅子丸はそれを許さなかった。
五体満足で、一条寺の体を葬ってやったのだ。
一条寺は最期、獅子丸に何と言ったのだろうか。ときどき獅子丸は思い返してみるが、やっぱり分からなかった。聞き逃してしまった。もう永遠に謎のままなのだろうか。
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やがて、春が近づいた。三月終わりの、まだ肌寒い夜。松山市中心部の商店街、銀天街。商店街の中のお店はほとんどシャッターが下り、良い子ちゃんたちは寝る時間だ。だが、銀天街の外れにある居酒屋やバーは、まだまだ大人たちで賑わっている。
とある建物の二階にあるバー、ブロッサム。そこで、獅子丸は徳川と一緒に酒を飲んでいた。バーテンダーの佐倉も、もちろん一緒だ。
佐倉は、カウンター越しでもう四杯目を飲んでいた。獅子丸ですら、まだ二杯目の途中だというのに。佐倉の飲んでいる酒は白っぽく、なんとなくナッツ風の甘い香りがする。以前にも佐倉が飲んでいた、マリブミルクだろう。
「佐倉、その酒はマリブミルクか」
「ええ、マリブミルクよ」
佐倉はそう言って、マリブミルクをごくごく飲み干した。「獅子丸君も、飲んでみる?」
空のグラスを、獅子丸の胸の前へ差し出してくる佐倉。
「いや、分けてあげるみたいな言い方しているけど、もうグラス空だろ」
「ぶっ」
獅子丸の隣で、徳川が吹き出した。
佐倉は特に返事もせず、わけもなく楽しそうにニヤリとしたあと、新しいグラスを持ってきて、また酒をつくり始めた。氷と、カンパリとオレンジジュースを入れ、マドラーで混ぜ合わせる。
マドラーをコップから出して、コップの端にトントンとして軽く水気を落とし、カウンターの端に置いてある空きグラスに戻した。そして、今作った酒を数口飲む。
「これはね、カンパリオレンジ」
「見ていたら分かったよ」
「ねえ、徳川君と三人でたけのこニョッキッキゲームしない? 負けた人が一気飲みね」
「大学生かよ。あと三人じゃ少なくね」
脈絡なく、ゲームの提案をしてきたかと思うと、佐倉はくるりと体を動かし、獅子丸の正面から離れていった。
「ちょっと、お手洗いに」
「はいはい」
獅子丸はそう言って、佐倉の背中を見送った。
しばらく、徳川と二人きりだ。徳川がグラスを揺らす。グラスの中で氷が動いて、からんころんと音を立てた。
「兄貴、大丈夫っすか?」
「どうしたんだ、急に」
「いや、最近、元気がないような気がして」
「そうか」
「一条寺のことっすか。もしかして、本当は仲良かったんすか?」
「なんでだよ。ヤツのことは、時々思い返す。でも、仲は最悪だったよ。最悪の、敵同士。犬と猿だよ」
「……。もう、兄貴と互角に戦えるようなやつは、二度と現れないでしょうね」
徳川にそう言われたとき、獅子丸は、一条寺の遺言を遂に理解した。死ぬ間際の彼が、獅子丸の眼前に蘇ったかのような錯覚に陥った。
「獅子丸。お前を倒せるのは、俺しかいねえ。だけど、不思議なことにな、俺を……倒せるのも、お前しかいねえ。なぜだろう、ずっと、そんな気がしていたよ」
了