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14 松山城

 だんだん空が深いオレンジ色に染まり始めた。獅子丸と佐倉は、松山城へ向かった。松山城は街の外れにある城山にあり、標高一三二メートルの頂上へは、歩いて登るか、ロープウェイで登るかだ。

 獅子丸は最初、ロープウェイで登る方を勧めた。だが、

「せっかくだし歩いて登ろうよ。その為に、今日はヒールじゃなくて平たい靴履いてきたんだし」

 と佐倉が言うので、歩いて行くことにした。松山城への道はある程度整備されており、山道と言えど険しくはない。体調さえ悪くなければ、子どもでも普通に登ることができる。この辺りの小学校では、遠足で連れていかれることもあるくらいだ。

 三〇分ほど歩いて、山頂へ到着した。松山城は登ってからがかなり広く、高くそびえる石垣、天守があり、広場には屋台や、走って遊ぶ子どもたちが見える。

 二人はまず、城内を見学することにした。城内は詳しく見ることができ、ガイドを付けることもできる。城内の階段はかなり急であるため、足腰が心配な方は気を付けたほうが良い。階段が急になっているのは、城へ攻めいる者があったとき、天守閣へたどり着くのになるべく苦労させるためである。それゆえ、本当に急な階段である。

 木造建築のよい香りがし、床や襖も、数百年前に建てられたとは思えぬ綺麗さである。

 城を見学したあとは、屋台にてアイスを購入し、広場のベンチへ座った。ちょうど陽が沈むころで、佐倉と一緒にアイスを食べながら、だんだん暗くなっていく空を眺めていた。辺りには家族やカップルもおり、獅子丸たちと同じ方向を向いていた。そういえば、松山城は夕日が良く見えるスポットとしても有名だと、徳川が言っていた。

 沈む夕日を見ていると、心が安らいでいくようだ。この荒れた時代でも、夕日の美しさは変わらない。一〇年後も二〇年後も、今日のように佐倉と夕日を見られるだろうか? 確証は……ない。

 獅子丸は、常人よりは強い自信はある。けれどそもそも、時代が荒れ過ぎている。未来へ希望を抱ける者が、この時代にいるだろうか。

「なあ優香」

「はあい」

「時々、考えることがある。物騒な時代になったなって。マフィアがその辺にいるし、普通に歩いているだけでもそういう奴らとすれ違う。武器やドラッグが流通している」

「まあ、そうね。でも、今更じゃない?」

「そうかもしれないけど。初めにエロ本を禁止し、禁読法を薦めた大人たちは、平和な世の中と子どもの健全な発育を望んでいたはずだ。それが、真逆の結果になってしまった」

「あー、確かにね。それは私も考えたことがあるわ。でもね、考えてみたら、むしろ当然な気がしてきたの。恋を禁止された乙女は、逆に熱烈な恋を求めてしまうものよ」

「そんなもんかな?」

「うん。抑え込まれると反発するし、いざとなったときの欲望の発散の仕方が分からなくなるの。だって、大人たちは禁止を促したけれど、だからって適切な教育をしたわけでもないし、代わりになる娯楽を与えたわけでもないもの。人はたいてい、誰かに教えてもらわないと、どうしたらいいか分からないでしょ。それで、初めて解放したとき、暴走する。

 例えば、お酒を一〇代の頃から飲んでいる『悪い』子は、昔からある程度慣れているし飲み方も分かっているから、酔いつぶれたり、調子に乗って飲みまくって吐いたりしないでしょ。けど、逆に二十歳まで一滴もお酒を飲んだことなくて、お酒について何も知らない『良い』子が初めて飲んだら、加減が分からずに飲み過ぎて、他人に迷惑をかけてしまう。そういうことって、よくあると思うのよね」

「そうか」

 確かにな。獅子丸は納得した。恋を禁止された乙女か。もしかしたら今、全国民がそうなのかもしれない。



**



 やがて冬がやって来た。松山は気候的に雨すらなかなか降らないので、雪などは年に一度見るか見ないかであるが、それでも、吐く息は白く、肌に当たる空気は冷たい。

 獅子丸は寒さに肩をすくませながら、大街道を歩いていた。今日は、この前佐倉に買ってもらったハットをかぶっている。向かうは、秋本のバーだ。すると、すぐそばの細通りから、白いスーツで身を包んだ細身の男が出て来、自然な流れで獅子丸と並んで歩き始めた。徳川だ。

「おっす、獅子丸の兄貴」

 歩きながら、話しかけてくる。

「やあ徳川」

「秋本のバーへ?」

「ああそうだ」

「俺もっす」

 獅子丸と徳川は並んで歩いた。身長差が二〇センチくらいある二人は、でこぼこコンビと言われているとかいないとか。

 徳川が唐突に、どうでもいいうんちくを垂らし始めた。

「兄貴。オナラが出る瞬間に尻の穴を開くと、音が出ないらしいですよ」

「仮に音が出ないとしても身が出るだろ。ていうか何の話だよ」

 そんな話をしていると、大街道の道の端に置いてある自動販売機、そこで話している男の子たちのそばを通りかかった。学ラン姿で、中学生らしい。時刻は一八時ごろ、学校帰りだろう。一人は自販機の前で立っており、もう一人は地面にしゃがみ込み、自販機の下を覗いている。

 獅子丸と徳川は、なぜかそこで立ち止まった。徳川が、しゃがみ込んで入り少年の背中に目を向けた。

「十中七八、小銭を落としましたね、彼は」

「九割の確信はないのか」

 と獅子丸。

「どうした、小銭落としたのか?」

 獅子丸はなぜそんな親切な気分になったのか、自分でも分からなかったが、少年のそばへしゃがみ込んで聞いた。

「はい、そうなんですよ」

 運動部らしい、はきはきした返事だ。

「タカシ、たかが一円玉だろ? そろそろ諦めよう」

 立っている方の少年がそう言った。

「アホか、一円を笑う者は、一円に泣くんだぞ」

「俺は一円に泣かされんぞ」

 中学生二人が、言い合いを始めた。

 獅子丸はしゃがんだまま、タカシに話しかけた。

「この子の言う通りだ。忘れもしない小学五年生の夏、俺は近くの自動販売機にジュースを買いに行った。だが、たった一円足りなかったせいで購入できず、泣く泣く引き返したんだ」

「タカシです」

 タカシはうんうんと頷いたあと、自己紹介をした。

「獅子丸だ」

 二人は固く握手を交わした。

「この二人絶対みみっちいよ」

 徳川が半笑いで言う。

「よし、獅子丸の兄貴、勝負しましょう。兄貴と俺、先に一円玉を取れたほうが勝ち。三〇秒ずつ交代すること」

 徳川が提案すると、獅子丸は立ち上がって、左拳を右手で包み、指をポキポキと鳴らした。

「いいだろう。ただし、お前の番は永遠に回ってこないがな」

「さりげなく先行取るの、ズルいっすね」

「ハットを持っておけ」

 獅子丸は徳川のツッコミをスルーし、ハットを預けた。徳川はハットを受け取ると、左腕の腕時計を見た。

「三〇秒、しっかり計っていますからね」

 獅子丸は頷くと、自販機のそばへしゃがみ込んだ。薄く差し込んだ光に、一円玉が反射している。届きそうで、届かなさそうな距離。タカシが諦めきれないのにも、共感できる。

 とりあえず獅子丸は右手を伸ばした。手首まで突っ込んで、指をもぞもぞと動かして伸ばしてみたが、まだ届きそうにない。指先すら触れていない。

 獅子丸はスーツが汚れることも気にせず膝をつき、腕をもっと突っ込もうとした。だが、獅子丸の逞しい腕では、すぐにつっかえてしまう。

 何度か指先を伸ばしたりしてみたが、あと数センチ足りない。いや、一〇センチくらい足りていないかもしれない。

「兄貴、もう三〇秒経ちましたよ」

 徳川の声だ。だが、獅子丸は聞こえてないフリをして、そのまま自販機の下で腕を動かしていた。

「兄貴、三〇秒ですよ」

 もう一度徳川の声がした。獅子丸はさすがに諦め、スッと立ち上がった。今初めて徳川の声が聞こえたという風に、すっとぼけた顔で徳川の目を見た。

「ああ、もう三〇秒か」

「ぶっ」

 徳川が吹き出した。

「なぜ笑う?」

「いや、あまりにもきょとんとした顔しているので。誤魔化してもダメっすよ。俺の声、最初から聞こえていましたよね?」

「は? 次お前の番だろ。早くしろ。ハイ、今から三〇秒な」

「あわあわ」

 徳川は獅子丸に急かされ、預かっていたハットを獅子丸に返すと、あたふたと自販機の前へ経った。

「こういうのはね、道具を使えばいいんすよ」

 徳川はにこやかにそう言うと、都合よくその辺に落ちていた、長さ一五センチほどの木の棒を拾った。たぶん、大街道にところどころ生えている街路樹の枝が、折れて風に流されてきたのだろう。

 徳川がしゃがみ込み、自販機の下へ木の枝を差し込んだ。そして、なにやら動かしている。獅子丸は状況を確認するため、姿勢を低くして自販機の下を覗いた。

 すると、徳川の持っている木の棒が、何度か一円玉に当たり、すこしずつ手前へずれてきているのが見えた。

 獅子丸はひどく焦った。

「もうちょい右! いや、やっぱ左! 左! 右!」

 でたらめなヤジを飛ばし、徳川を混乱させる作戦だ。

「ちょ、俺の集中を乱さないでくださいよ」

 徳川は振り向きもせず声を発した。

「もう三〇秒だよ」

 そう知らせてくれたのは、タカシであった。獅子丸は徳川の妨害に一所懸命になったあまり、時間を計ることを忘れてしまっていたのだ。

「あちゃー、惜しかったんだけどなあ」

 徳川は立ち上がり、木の枝を獅子丸に差し出した。

「はい、兄貴の番っすよ。これ、使います?」

「要るか、そんなもの」

 獅子丸は、木の枝を差し出した徳川の手を、払いのけた。

「だいたい、道具の使用は反則だぞ」

「反則時効があるなら、最初に確認しとくべきですよ」

「タヌキめが」

 獅子丸は意味不明な悪態をつき、自販機の前に経った。

「今回で決めてやるぜ」

 パンパンと手のひらを合わせはたく。

「じゃ、今から三〇秒っすよ。ようい、スタート!」

 徳川の声。

 獅子丸は、今回はしゃがまなかった。自販機の前に仁王立ちだ。そして、両腕を横に広げ、相撲でもするかのように、両横からがっちりと自販機をつかまえた。徳川と中学生二人は、獅子丸がこれから何をするのか、首を傾げて見守っている。

 獅子丸は「すぅー」と息を吸いながら、膝を曲げて構えた。

「あ、兄貴、まさか……」

 徳川が息を飲んだ。次の瞬間、その「まさか」が起こる。

「ウオオァー!」

 獣のような雄叫びをあげながら、獅子丸は自販機を思いきり上へ持ち上げた! 自販機はガタガタときしみながら、少しずつ上昇していく。やがて、大人が余裕で上半身を潜り込ませられるほど、自販機が持ち上げられた。獅子丸はその状態で静止した。

「タカシ! 今だ! 取れ!」

「え? え! あっ、はい!」

 タカシは一瞬戸惑ったが、すぐさましゃがみ込み、持ち上げられた自販機の下から一円玉を取り出した。

「取れたよ!」

 タカシは右手に持った一円玉を、嬉しそうに獅子丸に見せつけた。

「よし、降ろすぞ」

 獅子丸は、持ち上げていた自販機から乱雑に手を離した。ドスンと音を立て、自販機が地に落ちる。

「あ、ちょっと位置が歪んでいるな」

 そう言って、獅子丸はまた自販機に両腕をかけ、少しだけ傾けた。これで、自販機は元通り、正面を向いた。何事もなかったかのように、ジュースやお茶が横四列に並び、内部からライトを浴びている。

 獅子丸は自販機の上をポンと叩いた。

「よし、これで元通り」

「イスの角度直すみたいなノリで自販機の角度直すのやめてください」

 後ろから徳川が言う。

 中学生二人が、獅子丸と徳川の前へ並んだ。

「お兄さんたち、ありがとうございます」

タカシがそう言って、頭を下げたそしてきびすを返し、二人の背中は大街道の人混みの中へ消えていった。

 獅子丸と徳川、二人きりになった。徳川は立ち尽くしたまま、獅子丸に話しかけた。

「兄貴、自販機を持ち上げるなんて、反則っすよ」

「反則時効があるなら、最初に確認しておけ」

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