第8話「生存─イキル─」
目が覚めたときに、知らない天井が見えた。
晴天に舞う雲のように白い天井だった。
身体が起き上がれない、手はかろうじて動く。
僕はここで驚くべきことに気が付いた。
左腕の感覚がある。左肩の感覚も。
眠気が遥か彼方に消え去った。
痛む全身に無理をして、左腕を持ち上げる。
たしかに、吹き飛ばされた肩も、腕も胴体に繋がっていた。医療技術は、僕が知る日本よりも遥かに発達しているようだ。もしかしたら魔法のおかげなのかもしれない。魔法は便利だ、特にあの、ルナが使った魔法が……ルナ。
そういえば、ルナはどうした。
僕はどうしてここにいる。
眼球だけを動かして周囲を見る。
薄いカーテンが風に揺れている。
白い部屋だ、テーブルはない、小さな丸椅子がいくつか置いてある。それと棚がひとつ。
ここは病室か、今更ながら気が付いた。
ガラガラと引き戸の開く音。
音の方向へ視線を向けると、小さな女がいた。
「おー! 目が覚めたか、おはようさん。よく眠っておったのー?」
ルナだ。相変わらず白衣姿だが、その容姿のせいで女児にしか見えない。本人は子供扱いをすると怒るので、見た目に反して実は歳を重ねていたりするのだろうか。どうでもいいか。
ルナは丸椅子に座ってこちらを見る。
痛々しいものを見る目だ、そんなに酷い状態なのだろうか。
「あれから3日。お主はグースカ眠っておったんじゃぞ、死んでるのかと思って焦るわい」
あの戦いから3日も経ったのか。
心配をかけさせたようだ。
申し訳ない気持ちになる。
「なんじゃ、その目は。あぁ、あの魔法が気になっておるんじゃろ」
そんな目をしていたか。
まぁ、気にはなっていた。
あれはなんなんだ。
イフリートだとか言っていたな。
「あれは我輩の最凶魔法じゃ。ちょっと理由があって、たった一回こっきりしか使えんがな」
一回こっきり? 一度だけの魔法?
そんなものを使って良かったのか。
「あそこで使わなかったら、我輩らはいまここにはおらん、あの世で嘆いちょる。……お主には痛い思いをさせたからな、あそこは我輩が頑張る番じゃった、それだけじゃ」
そうか、わかった。
僕も気にしないことにする。
多分、ルナはあの瞬間まで迷っていたんだ、自分の切り札を使うか。
もしかしたら、使わないつもりだったのかもしれない。
だが、最後は決心してくれた。
ならば僕が言うことはない。
「そういえばさっき、お主の友人を名乗る男が来ておった、ドクゾウ、ドクマリだか」
多分、ドクトルのことだろうか。
彼も無事だったようだ。
一安心だ、怪我もなければいいのだが。
「さて、お主に報告がある。まずお主は死刑にされる」
真面目な顔をするルナ。
死刑、なるほど。
つまりは、兵器を勝手に使った挙句、ぶっ壊したからか。
だいたいそんなところだろう。
想像に難くない。
「……はずじゃったが、我輩とアクィラの奴が必死に弁護しての。お主は無罪になった」
ニパッと明るい表情のルナ。
弁護してくれたのか。
なにをどう僕を擁護してくれたのかはわからないが、それは良かった。
人を救って罪人にはなりたくないからな。
二度目の人生も悲惨な末路だったら、悲しんでいいのか、笑っていいのかわからない。
「もちろん、あの戦闘に参加してくれた人機部隊の人らも弁護してくれたから、安心せい」
大丈夫だ、わかってる。
あのとき、僕達を援護してくれた人達は、無事なのだろうか。
きっと、大丈夫だと信じたい。
「雪風はオーバーホールじゃ。完全にガタがきちゃってるからのう、あの人機にも悪いことをした。本来ならば、戦闘ができる状態ではなかったんじゃ、あの機体は」
そうだったのか。
申し訳ない気持ちになる。
出来れば、廃棄するのはやめてほしい。
僕みたいなやつに操縦されて、ぶっ壊されて、無念が残るだろう。
雪風には頑張ってもらった、普通の弍式であればドラゴンを倒すには至らなかった。
僕とルナが、雪風の性能のおかげで勝てたのはたしかだ。
「それじゃあ、我輩はもう行くぞ」
もう行くのか、まだいてくれよ。
と、思っている自分に驚く。
体調が悪いとき、人間は精神的にも脆くなるとは言うが、自分も該当するとは思わなかった。
少しだけ、寂しい気持ちがあるのだ。
母親にだって、こんな感情を抱いた事はない。
「なんじゃ、なんじゃ、寂しそうな顔をして。そんなに我輩が恋しいかえ? きゃはは」
きゃっきゃっと悪戯心のある顔で笑うルナ。
しかし、突然スンと落ち着くと、僕の左手を握ってきた。作り笑いか、僕を笑わせようとしてくれたのか。
「仕方ないの、もうちょいだけ一緒にいてやる。寂しがり屋のカンケルの為にな!」
左手が暖かい。
あの戦いで左肩が抉りとられたとき、ゾッとした。
あのときの怖気はいまでも思い出せた。だけど、いまは安心できる。
少し、眠くなって来た。
こっちの世界に来てから色々ありすぎた、本当に波瀾万丈だった、ほんのちょっとでいい、休みたい。瞼が閉じる。
「ありがとう、カンケル」
意識を手放す瞬間、優しい声が聞こえた。
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