第7話「戦闘─バトル─」
迫りくる鋭利な棘を避ける、避ける、避ける。
ロケットブースターを吹かして左右に高速で移動する銀色の巨人。重力が僕の全身を痛めつけているのがわかる、身体の中を走る血液が、雪風を動かすたびにあらぬ方向へ進んでいるような気味の悪い錯覚を覚えた。吐き気と頭痛が酷い、いますぐにでも胃の中のものを全てをぶち撒けてしまいそうだし、意識を手放しそうにもなる。
ドラゴンの執拗な攻撃のせいで迂闊に前へ進めない。僕らは多少の被弾も容認できない、あの棘は人機の装甲を紙屑のように貫く。コックピット部分に命中すれば致命傷は避けられない。
僕はこんなところで死ぬつもりはない。
故に、気合を入れる。化け物に打ち勝つ為にはまず精神の安定が必要不可欠だ。油断も隙も見せない、諦観の感情はドブに投げ捨てる。
「野郎、僕達を近付けさせないつもりか」
「あの棘、見たところドラゴンの翼から生成されとるようじゃが、無限なのかの、そんなことはあるまい、有限じゃ。つまり、奴の攻撃が止まった瞬間が最大のチャンスじゃ!」
そんな当たり前のことを得意げに話すな。
毒付きたい気持ちを必死で抑える。
先程のエネルギー兵器はどうだ。
出力が足りない、エラーの文字。
「あの、サイダービームはもう使えないんだろう!」
「そうじゃの、一回こっきりじゃわい! あんなものを連発できたら我輩は最凶無敵のルナ様になっちまうのぉ〜」
ずいぶんと上機嫌というか、お気楽な様子。
状況がわかっていない、ということはない。
ネガティブに物事を考えないようにしている。
恐らくはそんなところだろう。
そういう姿勢は見習いたいものだ。
僕はドラゴンの猛攻に心折れそうだ。
ハッキリ言って逃げ出したい。
だが、逃げた先に活路はない。
ならば、やるしかないだろ。
「止まったッ!」
ドラゴンの攻撃が止まった。
今が最大のチャンス。
やるなら今、今しかない。
一歩、踏み出して。
僕の背筋に悪寒が走った。
そのまま前に向かうのではなく、横に避けた。
操縦桿を限界まで右に倒して、自分自身も引っ張られるように右側に身体を押し付ける。膝の上でルナが悲鳴をあげた。
銀色の機体が土埃で汚れる。砂塵が舞い、細かな石の粒が空に持ち上がる。
そして僕は見た、鋭利なモノが降り注ぐのを。
突き刺さる何百の棘。
それらは全て地面に、僕が踏み出した先に突き刺さっていた。
石畳の地面が粉々に割れている。
冗談ではない、あんなものをまともにくらえばあとは死ぬだけだろうが。
「フェイントかよ、アイツ、知恵が回る」
魔物というのは、本能で生きる生物だ。
フェイントを仕掛けてこちらを誘導するなど
考えられなかった。仲間を食って頭も良くなったということなのか。
刺さった棘を引き抜いて、槍投げの要領でドラゴンに投げつけるも、そのほとんどが簡単にはたき落とされる。
命中しても、鱗がガードしてしまう。
これでは、防戦一方だ。
どうする、どうすればいい。
「あの防御力じゃと、パイルバンカーでもキツイじゃろ」
「ならどうすればいい、どうしたら勝てる?」
「鱗の無い部分を狙うしかあるまいよ」
「鱗の無い。つまり、口の中!」
眼球という手もあるが、的が小さすぎる。
であれば、鱗の無い口内を狙うしかない。
ないない尽くしだ、最悪の気分だ。
最悪でもこれが最善か。
このドラゴンは馬鹿ではない、僕達の思惑がバレたら厄介だ。
「だが、クソッ、嫌になるが、やはり近付けないぞ」
「そこが問題じゃのー……」
いつまでも避け続けられるわけがない。
既に手足に痺れがある。
操縦桿だって、これ以上無理をさせては折れるんじゃないかと不安になる。先程から手を動かすたびに変な音がなっているのだ、さすがにコレがもぎ取れるようなことはないだろうが、不安しかない
「何か良いアイデアはあるか、ルナ」
「被弾も覚悟で前に進むしかあるまい、コックピットに当たらなければいい、当たったらおしまいじゃ」
「良いアイデアはないってことか、わかった、やるしかない、行くぞッ! 死んでも恨むなよ!」
ドッチボールを思い出せ。
シューティングゲームでもいい。
頭の中でイメージしろ。
避け続けるんだ。
大きく避ける必要はない、ギリギリでもいい、当たらなければそれでいいのだ。
頭部の機銃を牽制に弾丸を撒き散らしながら走る。
ドラゴンが翼を広げる。
来る。来る。来るぞ。
動体視力を引き上げろ。
いまこの瞬間だけでいい。
棘が射出された。
目の前に迫る棘を、ギリギリのところで避けるが、頭部右側の機銃が削り取られた。衝撃がコックピットにも伝わる、残された弾薬が誘爆して小さな爆発を起こし、雪風のモノアイが砕け散った。内部のカメラがまだ生きているのかモニタは砂嵐が微かに見えるものの確かにドラゴンの姿を捉えている。
そして、モニタの右端には機銃破損の文字。
第二波が来る。
建物を蹴って、ジャンプして避ける。
空中でブースターを吹かして迫る棘を避けた、まるで空を泳いでいるかのようだった。
だがしかし全てを避けきれるわけもなく、両足の爪先と踵が削られた。想定内の損害だ。
まだいける。
ジグザグにフェイントをかけて、瓦礫を盾にしながら走る。
第三波が来た。避け──られない! 1秒にも満たない判断の遅れが、結果を伴って機体を破壊した。雪風の右肩に棘が突き刺さる。右肩内部の精密機械が派手に露出して、小さな火花を辺り一面にばら撒いた。
右腕に異常発生。出力が15パーセントダウン。
アラームがコックピットに鳴り響く。耳鳴りのような音が頭上から騒がしくも踊り出す。このアラームを解除することすら今の僕には余裕がない。地面に着地したと同時に無事だったほうの機銃の弾数がゼロになった。この時点で遠距離攻撃ができる武装を全て失ったことになる。
既にドラゴンは雪風の間合いに入っている。
まずは、喉か、腹をパイルバンカーでぶん殴って、口を開けさせる。間髪入れずに口内に打ち込む。それで死なないなら、何度だって釘打ち機の的にしてやるだけだ。
「いけぇッ!」
バンカーセット、パイル射出。
爆音と共に撃ち放たれる鉄杭は、虚空を貫いた。
「は?」
ドラゴンがいない。何故。
先程まで目の前にいたはずだ。
だが、姿形がない。
煙のように消え去ってしまったのか。
消えた。どうやって。
そんなの決まってる。
僕は人機をバックステップさせる。
地面には陰。
ドラゴンは上空へ飛翔していた。
地面を抉る数十の棘、奴の攻撃は無限に行えるのか。
この街全体が地獄の針山か、もしくは剣山のようになる未来が見えてきた。無遠慮にも投げつけられる棘を避けることばかりを意識して、悪態をついた。その瞬間。
「クソッ! あと少し──」
人機が揺れた。それと同時に前方のモニタが破片を撒き散らしながら割れ、棘が僕の左肩を吹き飛ばした。遅れて来る激痛。千切れた左腕が足元に落ちる。呆気に取られたのは一瞬のことであった。濁った血が噴き出る。壊れた蛇口を捻ったように、赤色の液体がどこもかしこもを濡らしてしまった。
目の前には驚愕で眼を見開くルナな姿が見えていた、彼女が何かを叫ぶ前に、僕の絶叫がコックピット内に轟いた。
「ぐわぁぁぁぁッ!」
コックピットに棘が命中したのか。
「アァアいいぃぃいいッ」
だm痛1痛i死ぬ死44死4あがA11
思考が痛みに塗り潰される。
もう何も考えられない。
わけのわからない言葉が頭に溢れた。
ルナが何かを言っている。
聞こえない、駄目だ、これは、死ぬ。
血が全てを濡らして赤く染めていく。
僕の意識すらも染めて消し去ろうとする。
身体が急激に冷えていく。
寒い、寒すぎる。死にたくない。
パン、と何かを叩く音が聞こえた。
自分の頬が叩かれたと気が付いたのは、仄かに頬が熱くなってからだった。
ルナが、不遜な顔で、もう一度僕の両頬を叩いた。次は、ぺちん、と力のないビンタ。
「お主には申し訳ないことをしたとおもっちょる。失った腕が痛いのもわかる。でもここで踏ん張ってくれ、負けないでくれ、お主だって死ぬ為に雪風に乗ったわけじゃないじゃろ」
「あぁ、あぁ。そうだ。僕は、死にたくないから、コイツに乗った」
「そうじゃ、我輩とお主は生きる為に」
「わかってる……前を、向いててくれ」
皆まで言う必要はない。
深呼吸する。
さらなる痛みが襲いかかってくるだろうことを予測して、ルナには前を向いてもらった。
きっと、酷い顔をするだろうから。
「ぐぅ、ぅ、あぁ、あ!」
コックピットに突き刺さっている棘を、人機、雪風は両手に掴んで、引き抜こうとする。
棘が動くと、血がどんどん噴き出ていく、痛みが意識を殺しにかかってくる。
痛い。涙が出るくらいに痛い。
出来れば、棘も、身体も動かしたくはない。
でも、この棘は邪魔なんだ。コイツが刺さったままだと、戦えない。モニタは暗黒だ、真っ暗で何も見えなくなっている。外の状況がわからない、追撃されたら、避ける術がない。
早く、しなければ。
「ぐぉあぁ、ああぁっあ!」
覚悟を決めて、一気に、引き抜いた。
棘は投げ捨てる。
絶叫。
ぶちぶちぶちとも、ゴリゴリゴリとも、左肩があった場所から何かが千切れるような、削れるような音が聞こえた。痛覚が過剰に反応しすぎて身体全体が痙攣している。地獄のような苦しみだ。
僕が何かを言う前に、ルナが欠損した左肩を縛ってくれていた、これで少しは流血が抑えられるはずだ。相当量の血を流したが、まだ、大丈夫だ。僕はまだやれる。少しだけ視界が歪むが、問題はない。
「いってえ……!」
痛い。アドレナリンが脳内に溢れかえっていても、痛いものは痛いのだ。
頭がぼーっとする。
操縦桿を握る手が震える。
寒い、血液が足りなくなっているのだ。
気を失う前に全てを終わらせなければならないだろう。
「ルナ……モニタが消失した以上、コックピットハッチを開けて戦う。覚悟は?」
「最初からできておるわ」
僕の血で全身を汚したルナが快活に笑う。
肝の据わった女だ。気に入ったよ。
コックピットハッチを開放する。
生暖かい風が僕達を包む。春の訪れのような陽気に混じって血液の匂いがする。それは僕の血から匂うのか、ドラゴンに殺された犠牲者達の匂いなのかはわからなかったが、そんなこと、今はどうでもよかった。
ドラゴンは頭上を舞って、僕達を見下ろしている。余裕のつもりか、追撃はしてこない。
それとも出来ないのか、わからない。
「さて、どうする」
痛みを押し殺して考える。考えろ。
ドラゴンは雪風よりも早い。
こちらは右肩とコックピットに被弾している。
普通に追いかけては追い付けない。
機銃の残弾数はゼロ。
左の操縦桿は使えない。
これは、詰みか。
何も良案が思い浮かばない。
「カンケル! 次の攻撃が来るぞ、避けろ!」
クソ、考える時間をくれよ。
ドラゴンは咆哮し、翼を広げた。
移動──できない。
今更、負荷がかかった足に異常が発生したのだ。
動きが鈍い。
殺される。
迫りくる棘を前に、咄嗟に目を瞑った。
衝撃は、来ない。
僕はそっと瞼を開いた。
「待たせたな、少年!」
人機が、巨大な、分厚い盾を掲げて僕達の前に立っていた。その声は、アクィラ。
棘は全て盾に突き刺さっている。
そして、雪風の背後には数えきれない人機部隊が展開していた。
各々が両手に小銃を抱えている。
「総員、ドラゴンに掃射! 1発も無駄にするな!」
「了解ッ」
人機部隊が一斉に射撃を開始する。
次々放たれる弾丸は全てドラゴンに命中する。凄い技量だ、空を舞う標的に確実に当てるなんて。
弾丸の雨をくらうドラゴン、鱗は貫けないが、単純な質量兵器としてさすがにダメージを与えられているようだ。だが決定打にはならない。
「すまない少年、無事だった近衛部隊をかき集めてたら時間がかかった、君達は無事……ではないな、その、なんと言えばよいか」
僕の様子を見れば無事ではないことぐらいどんなバカでもわかるものだ。左肩が吹き飛んで血だらけになっているのだから。アクィラは言葉を詰まらせてしまった。
「止血してるんで……いますぐ死ぬことはないですよ。それにしてもその盾は」
「やられた奴らの人機から装甲を剥がして即席で作った盾だ。ドラゴンの攻撃ならば、あと2回は耐えられるはずだ」
出来ればもう少し早く来てほしかった、とは言わない。来てくれただけありがたいのだ。
アクィラだって負傷しているはずなのに、戦力を連れて来てくれたのだから文句はない。
「遅いぞボケェ! 2人とも血だらけじゃい!」
ルナは容赦がない、正直者だ。
アクィラは苦い顔をする。
「遅れた分は取り返す、と言いたいが、私達では奴に致命的なダメージは与えられまい」
「一撃かますのは僕らがやります。そちらの人機では、ドラゴンの元までジャンプしても届かないでしょう」
「あぁ、装甲の厚さが足手纏いになるとはな。安心しろ、最短距離を既に割り出した、そこで奴を金縛りにする!」
「そこで僕がパイルバンカーを撃ち込んで、地上に叩き落とします!」
「よし、各機! ドラゴンのクソッタレを目標地点まで誘導する! いいな!」
「了解ッ」
各機の小銃が火を噴く。空中を飛び回るドラゴンの顔面、翼に当てていく。ときおり弾丸が擦り抜けていくが、それはドラゴンが避けることを想定しての誘導射撃だ、こちらの望み通り、ドラゴンは弾丸を避ける為に目標地点へと近付く。奴は動かない僕達を棘で串刺しにしようとするが、アクィラが防御してくれる。既に盾はハリネズミのようだ。
僕は右手の操縦桿を握り締める。
これが、最後の攻勢だと思った方がいい。
「今だ! 一斉射撃! 金縛りにするッ」
同時に放たれる弾丸、炸裂。
雪風は駆け出した、風だ、風に溶けてしまいそうなくらい、走れ。
風圧で吹き飛ばされそうだ、眼球が潰れそうになる。
だが、前を見て、スピードは落とさない。
瓦礫を、建物を、人機を踏み台にして、最短距離でドラゴンへ突貫する。
パイルバンカー再装填。
「飛ぶぞ! ルナッ!」
「ブーストッ!」
出力を無理矢理上げる、ジャンプ。
飛び交う弾丸を擦り抜けて、ドラゴンへ。
回転する両腕のパイル。バンカー、射出。
轟く爆音、腹に2つのパイルバンカーを食らったドラゴンは地上へと落下……しない!
落ちる途中で持ち直した。まずい。
どうする。
冷や汗が全身から噴き出す。
膝に座っていたルナが、身を乗り出してドラゴンへ人差し指を向ける。
「炎獄よ、我が下命を受け入れろ、真なる者を召喚し全てを焼き尽くせ、イフリートッ!」
突如、雷鳴と共に現れたのは炎を纏った魔神。
それが、空中を舞うドラゴンを殴り倒した。
勢いよく叩き落とされる空の覇者。
砂埃が舞う。
「落ちた! 総員、一斉射! ドラゴンを起き上がらせるな!」
アクィラの指示で一斉にドラゴンへ向けて射撃、確実に弾丸を命中させる。物量にモノを言わせた攻撃によって、ドラゴンは満足に立ち上がることもできない。
そして、爆煙を切り裂いて、雪風は直下降下。
仰向けになっているドラゴンの上乗りになり、開いた口にパイルバンカーをねじ込んだ。
バンカー、再装填。
「死ね」
炸裂。




