第6話「接続─セツゾク─」
アクィラ・ケントゥリアは焦りを感じていた。
ドラゴンの襲来、所詮は知性のカケラもない魔物である。
一騎当千の人機部隊なら問題なく対処できる。
そう考えていた。
「数が多すぎる!」
1匹や2匹ならば、問題なかっただろう。
だが、上空には数えきれないドラゴンの群れが旋回し、地上でも奴らは暴れ回っている。
遥かに人機部隊の数を凌駕していた。
単体ならば大したことない敵であっても、数で攻められてはここまでやられるか。
もうどれだけ部下を失ったかわからない。
部隊としては全滅判定だ。
部下の死体を貪り食うドラゴンの上顎をパイルバンカーで粉砕し、アクィラは叫んだ。
「クソ蜥蜴どもがぁッ!」
弾薬も少ない、既に弾倉はひとつを残すのみ。
「これ以上やらせてたまるかッ!」
的確に、確実に上空のドラゴンを撃ち落としていく。残り弾数、20。ドラゴンの数は70を超えている。生体反応がモニタを真っ赤に埋め尽くしていた。
アクィラの人機、弍式は満身創痍だ。
装甲は剥がれ落ち、人工筋肉が露わになっている。コックピット内ではアラームがひっきりなしに鳴っていた
「クソッ」
弾数0、弾倉0、腕部の人工筋肉が、パイルバンカーの衝撃にはもう耐えられない。
周囲にドラゴンが降り立つ。
狩りの時間だ、爬虫類の瞳が細く歪む。
ただ殺すだけではない、弄ぶ気だとアクィラは気が付いた。
恐怖ではない、怒りと殺意でアクィラは咆哮した。
「1匹でも多く……道連れにしてやるッ! 来いッ!」
アクィラ機とドラゴンが駆け出した瞬間だった。何かが噴火した、ように見えた。
地面から何かが現れたのだ。それは、アクィラを襲おうとしたドラゴンの下顎をパイルバンカーで撃ち抜いていた。
──────
「うおおっ!」
下顎を吹き飛ばしたドラゴンの生体反応が消えた。モニタが一瞬で真っ赤に染まる。何匹いるんだ、コイツら。まるでドラゴンの巣に迷い込んでしまったかのようだ。瞬時に状況を把握、戦況は良くない、いや確実に悪い方向に向かっている。いま僕に出来ることは、とりあえず目の前の弍式を助けることだ。
僕は操縦桿を倒した、立ち止まっている弍式をジャンプで飛び抜けて、呆然と固まっていたドラゴンの喉に鉄杭を撃ち込んだ、念入りにもう1発ぶち込み、ねじ切れたドラゴンの顔面を踏み潰した。
「大丈夫ですか」
既にボロボロの弍式に近付いて声をかける。
通信機から聞こえたのは、アクィラの声であった。
「無事とは言い難い。キミは……色々聞きたいことはあるが、よしておこう、いまはそんな場合ではないしな」
助かる、こちらとて何と説明したらいいかわからない。それにしても、これはいったいどうしたものか。ドラゴン達を殲滅できるヴィジョンが浮かばない、1匹1匹地道に倒していてもいずれ限界がくるだろう。
「部隊は既に全滅。ハッキリ言えばこれは負け戦だ、君が何者かは知らないが、付き合う必要はない。逃げろ!」
逃げる。それはできない。まず逃げ先がない。
それにここにはドクトルがいるし、彼の家族だっている。一宿一飯の恩義を仇で返すつもりは毛頭なかった。
「こんな状況で、逃げるわけにはいきません」
「気持ちはわかるが、無駄死にするだけだ」
「あー、ちょいちょい、ちょっといいかのお主」
ずっと黙っていたルナが話しかけてきた。
すると、アクィラは驚愕の声を発した。
「ルナ女史!? あなたはそんなところで何をしているんです!?」
「まぁまぁ、それはよい。この雪風と、こやつ、カンケルならドラゴンを殲滅できるぞい!」
「どういうことだ?」
「この雪風には強力なエネルギー兵器が搭載されておる。本来ならオミットされるような代物じゃが、これさえあればドラゴン共を殲滅できる」
エネルギー兵器。ビームのようなものか。
シミュレータではそんなものを使ったことはない。にわかに信じ難いが、ルナの言葉が正しければ、それさえあればこの状況を打破できるというわけか。
「じゃが、機体のエネルギーがもたん。というわけで、アクィラ! お主の人機のエネルギーを寄越せ!」
「構いませんが、どうするつもりで」
「こうするんじゃ!」
ルナはコックピットハッチを開けた。
突然だったので驚いた。モニタが消える。
そのままルナは、外に出て行った。
「お、おいおい」
「動くなよカンケル! よし、アクィラ! 人機を密着させろー!」
何をやっているのかわからないのが怖い。
動かせないということは近接戦闘が不可能であるということだ。僕はルナがいつ戻ってきてもいいように、ハッチを開けたまま機銃でドラゴンを牽制する。モニタが見えないので、自分の目で直接見ながら照準を定めなければならない、あまりにもやり辛い。
「よし! コードを接続! 戻るぞカンケル!」
ルナは何事もなく戻ってきた。膝の上に座る。
ハッチを閉めるとモニタが映り、状況がわかった。
僕の操縦する雪風の背中にアクィラという人の人機が密着し、お互いの頭部から露出したコードが繋がっていた。こんな危ない作業をしていたのか。
「出力はどうなっておる!」
「出力120パーセント! エネルギーでパンクするんじゃないか?」
「よし! ちょっと持ち上げてくれ」
僕はルナを抱えて持ち上げた。
子供に高い高いしている気分になる。
コンソールを弄っているが、何をしているのかまったくわからない。エネルギー兵器云々は完全に未知の領域なので任せるしかない。モニタの表示が著しく変わっていく。
「よしよし! これでいい、下ろしてよいぞ!」
「どうする」
「小銃を撃つのと同じ感覚でいい! 胴体は空に向けよ! 勝手にロックオンされる!」
「了解」
ルナの指示通りに胴体を空に向かって傾けさせる。アクィラがこちらの両肩を掴んで支えてくれているようで、バランスは安定している。
「生体ロックオン、数……56。同時に狙えるのか!?」
「やれるッ! 発射は音声認識じゃ、モニタに表示されとる技名を叫べーいっ!」
「わかった。……ってちょっと待てよ! 叫ぶ意味あるのか?」
「あるわい、我輩がそういうふうに作ったんじゃからな! 早くせんかい! 今が最大のチャンスじゃぞ!」
技名を叫ぶ? 本気かよ。
魔法の詠唱とやらでも小っ恥ずかしかったのに、そんなことをしなければならないなんて。
色々文句を言いたい気持ちもあるし、馬鹿馬鹿しいなって思うけれど仕方ない。ロボットアニメの主人公みたいに叫ぶんだ。僕がやるしかない。僕がやらなければ人が死ぬんだから。
「いけぇーっ! カンケルーっ!」
「サイダァァァッ! ビィィィームッ!!」
頭部のモノアイが光り輝き、閃光が撃ち放たれた。一筋の光は空で枝分かれし、あっという間に空の覇者を次々と撃ち落としていった。一瞬の出来事だった、空を旋回していたドラゴンの全てが消え去った。一切の痕跡も残さず、光に触れたものは全て蒸発したのだ。唖然とした。はっきり言ってドン引きしていた。強力すぎる兵器だ、これが人間に使われたらと思うとゾッとする。そういえばさっきルナが、我輩がそういうふうに作ったと言っていた。まさかこんなものをルナが作ったと、それは本当の話なのか。
「ルナ、お前」
「なんじゃ?」
「いや、なんでもない」
綺麗になった空を上機嫌に眺めるルナに、僕は何も言えなかった。
あとは地上にいるドラゴンを殲滅するだけだ。
それなら僕だけでもなんとかなりそうだった。
だが、様子がおかしい。ドラゴンが1箇所に集まっている。
「なんだ、あれは」
共食いだ。1匹のドラゴンが仲間を喰らっている。喰われているドラゴンは無抵抗だ。仲間の屍が無造作に散らばっても反応を示さない。
「なんだか、嫌な予感がする」
アクィラの言葉には同意しかない。
「なんじゃ、あのドラゴン。体温がどんどん上昇しちょる!」
たしかに。モニタで確認すると、体温が急激な上昇を見せていた、だからといって何が起きるのか皆目見当も付かない。
「各機、無事な者は私の元へ集え! 負傷した者、人機に損害がでている者は後方に下がれ! 弾倉を残して行くなよ、必ず渡していけ!」
「くっ、アクィラさん! 僕が行きますッ」
「待てっ、少年! 何をしでかしてくるかわからないんだぞ!」
「だからといって、ただ見ているわけには行きませんよ!」
「我々が行きますッ」
僕とアクィラに割り込んで来たのは、アクィラの部下達だ。彼らが小銃を連射しながら、共食いを続けるドラゴンに駆け出していた。
走りながらなので照準がブレているはずだが、的確に命中させている。腕がいい。しかし全ての弾丸を鱗が弾いていた。鱗が硬化している?
「無茶をするな!」
「大丈夫です、任せてください!」
アクィラの言葉に彼らが応えた瞬間である、ドラゴンは、仲間を貪り食うのを止め、翼を広げた。僕は見間違いかと思った、ドラゴンの翼に、大量の棘が浮き出ていた。模様かとも考えた、だが違う、その棘の切先は、確かに僕やアクィラの部下達に向けられていたのだ。
僕は咄嗟にアクィラ機を蹴飛ばした、その反動を使って横に飛んだ。そのとき、ドラゴンの翼から大量の棘が解き放たれた。
アクィラの部下達は、一瞬で針に飲まれ、串刺しになった。あれでは機士は生きていまい、僕達が先程までいた場所にも鋭利な棘が突き刺さっている。危なかった、あと少しでも動きに躊躇いがあったら、僕やルナ、アクィラは死んでいた。
「針? 棘? なんだあのドラゴンは、まさか新種、いや、進化したのか」
「アクィラさん、退いてください! ここは僕達だけでやりますッ」
「ふざけるな! 仲間がやられてるんだぞ!」
「そんな人機でなにができる! ここは僕に任せてください!」
「……く、そ……わかった、だが、無茶はやめろ、必ず救援に戻る」
物分かりがよくて助かる。
エネルギーの大半を失い、さらにボロボロになった弍式では、もうなにもできまい。アクィラは悔しさに唸り、反転。
「はい、わかりました」
走り去るアクィラ機の足音を背後に、僕はパイルバンカーを装填した。
ドラゴンの殺意が、僕に突き刺さる。