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殺意転生─THE END of BIRTHDAY─  作者: 蜜馬豊後
第1章 竜虎相搏
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第3話「邂逅─デアイ─」

 

 僕は最悪な過ちを犯した。

 多分、この世で一番愚かな人間は僕だ。


「金がない」


 あの部屋で何年も過ごしていたせいだろう、金銭の存在が、完全に頭から抜け落ちていた。ショックすぎて頭髪も抜け落ちるかと思った。自分の馬鹿さ加減にイライラする。無一文でどう過ごせば良いのか。


 時間は昼時、アストルム学園の入学式は明日なので、今日はどこかの宿へ泊まろうと考えていた。地図には店のことから裏路地まで事細かく載っていたので迷うこともなかったのだが、宿屋の前でようやく僕はお金のことを思い出したのだ。


 慌てて元来た道へ戻り、部屋に戻ろうとしたがときすでに遅く、扉が無くなっていた。扉があった場所はただの壁になっていた。


 終わった。

 このときの絶望感は言葉にできない。

 前世で自衛隊の特殊部隊に包囲されたときと同じくらいの絶望だった、あの時はたまたま包囲網に穴が出来たから脱出できたものの、今回はどうか。お金がないか下を向いて歩いている。そもそもこの世界ではどんなお金が使われているのだろうか。

 金貨、硬貨、それとも紙か。


「腹が減った」


 グゥ、と鳴る腹を抑える。

 昼食も摂れていない、当たり前だが。

 無銭飲食をするわけにはいくまい、泊まる場所は、最悪、野宿をすればいい、だが食事をどうするか。雑草でも食べればいいか。

 アストルム学園は全寮制の学校なので、今日さえ凌げばどうにでもなる。


 ヒソヒソ、と何か囁く声が聞こえる。

 周りの人達がこちらを怪訝そうに見ていた。

 なんだ、なんだ、なんなんだ。

 やはりリュックサックが変なのか。

 いや、違う。服装だ。

 僕は上下ともに真っ白な服を着ていた。

 こんなの目立つに決まっている。

 なぜ、外に出る前に気が付かなかったのか。


 ここは、プルクラ大陸の中央に位置するウィータ王国の王都、フィーニス。

 街は活気に溢れ、お祭り騒ぎだ。

 街並みは、近世のヨーロッパという感じで、人々の服装もそれに準じている。

 比べて、僕は上下に白い服。

 周りは金髪が多い、僕は黒髪。

 どう見ても、同化できていない。


「まいったぞ」


 とりあえず、人の目から離れる為に裏路地に入った。地図を見ながら歩く。裏路地とはいっても人通りが少ないくらいで、浮浪者がいたりするわけではないようだ。治安はいいのか、と思ったところで男の怒鳴り声が聞こえてきた。

 足音を立てないように近付いて、物陰から様子を伺う。

 同い年くらいの少年が、男2人に詰められていた。

 触らぬ神に祟りなし、悪く思うなよ少年。

 そっと離れようとしたら、怒声が聞こえた。


「寄越せってんだよ! 合格証をよ!」


 足を止めた。合格証と言ったか。

 もしかしてあの少年、アストルム学園の新入生なのか。もう少し様子を見る。


「やれるわけねえだろッ!」


 少年は目を剥いて怒る。

 身長が160程度の少年と、180超えの男2人では明らかに少年の分が悪い。


「ガキ。おめえがいなくなれば繰り上がりで貴族の坊ちゃんが入学できんだよ」


「なぁ、わかるだろ? 痛い目にあいたくなけりゃあ……」


「知らねえなッ、さっさと消えねえとぶっ飛ばすぞ!」


「そうか、まぁいい。少し痛い思いをしてもらうぜ」


 そう言って男はナイフを取り出した。

 少年はファイティングポーズをとる。

 おいおい。少年もやる気満々だな。

 恐らくは虚勢だろう、足が震えている。

 だが、嫌いじゃない。

 弱者の立場であっても、強者と対峙すれば自身を鼓舞する為に虚勢を張るのが男という生き物のサガだ。

 素直に合格証を渡そうものなら、もう少し様子を見て判断をしただろうが、即決した。

 少年を助ける。

 強者を相手に媚を売らない姿勢が気に入ったのもあるが、一番の理由は、彼がアストルム学園の新入生だからだ。僕は書物でしかこの世界を知らない、それは何も知らないのと同じだ。

 そんな僕がこの先ひとりでやっていけるとは到底思えない、友人、仲間が必要だ。

 自分を守るために他人の保護下に入る必要がある。

 そして、目の前には恩を売れるチャンスが転がっている、これはツイている。

 

 右手の、中指、人差し指に魔力を集中させる。

 イメージするのは真っ赤な炎。

 殺すまではしなくていい、加減を誤るな。

 中指、人差し指の先が熱くなる。

 準備万端、即時行動。


 物陰から飛び出した僕は、2本の指を男共に向けた。そして。


「バン!」


 火球を発射した。速度はそこまでない。

 だが、完全に油断していた男達に避ける術はなかった。背中に直撃する2つの弾。

 声を出す間も無く壁に叩きつけられる男共。

 唖然とする少年。

 僕は少年の手を取り走り出した。


 かなり、走った。走り回った。

 身体が風に溶けそうなくらい走った。

 ここまで来れば大丈夫だろうと、街の隅までやってきて、2人とも地面に座り込んだ。

 荒い息を繰り返す。脇腹が痛い。

 足を止めてから汗が噴き出した。

 汗が服が濡れて肌に張り付いている。

 

「ゼェ、ゼェ、ゼェ」


「はぁ、はぁ、あー、なんだ。助けてくれてありがとな! その、オレ達、初対面だよな?」


「あぁ、そうだな。だけどまぁ、あれだ。見過ごせなかった」


「……まさか、お前」


 と、少年が警戒した眼差しを向けてくる。

 なんだ、助けてやったのにその態度は。

 確かに違う思惑はあったが感謝してくれてもいいんじゃないか。それとも何か、やはり服装が奇妙だから警戒されているのか。

 ……いや、違うな。

 少年はさっきまで合格証を奪われそうになっていたのだ、僕もそれが目的なんじゃないか、そう思われているのか。それは誤解だと口で説明しても、口下手なので拗れそうだ。少し悩んで、思い付いた。懐から少年が持っている物と同じ、合格証を見せてみた。


「あ、あぁ〜!」


 途端に笑顔になる少年。

 都合の良いように納得してくれたようだ。


「心の友!」

 突然、抱きつかれた。これは想定外。

 というか、体躯の割に力が強い、背骨が折れそうだ。苦しそうに身を捩ると離してくれた。


「お前のおかげでマジで助かったぜ、いや、俺一人でもなんとかなったと思うけど、ほら、入学前に騒動起こしたくないだろ、なあ?」


「そういうことにしておく」


「俺の名前はドクトル。ドクトル・ヨークス」


「僕はカンケル。よろしく」


 握手をして、お互い笑った。

 それから情報共有を行った。

 僕はフィーニスから遥か離れた山村の出身だということにして、都会のことなどまるでわからないと無知であることを説明した。

 すると少年は自信満々に、この街は俺の庭だと言うので、心苦しいが、実はフィーニスに来る途中に金をスラれたと嘘をついて食事をたかった。


 いま僕は食事処で肉に齧り付いている。

 ようやく腹が満たせたので心に余裕がもてた。


「いや、んぐっ、悪いな、奢ってもらって」


「気にすんなよ、助けてもらった礼だ」


 苦い表情で財布の中身と睨めっこする少年に対して、申し訳ないという気持ちはあるものの、利用できるものは利用しろと告げる自分がいる。

 打算的な人間が嫌いだった時期がある。

 そんな過去の自分が、いまの自分を見たらなんて思うか。

 想像もできない。


「ところで、ちょっと聞きたいことがある」


「どうした、カンケル」


「実は、スラれたのは金だけじゃないんだ。服もなんだ、いま着てる服しか持ってない」


 無理があるか? 反応を伺いながら喋る。

 ドクトルはこちらを哀れなものを見る目で見つめる。


「都会の洗礼を受けたわけだな……まさか制服も取られたとか言うなよ」


「制服? あー……制服、制服はまだ貰ってないな」


 学園というからには制服が必要になる。

 まさか合格証と一緒に送られてくるのか。

 持っていないぞ、制服なんて。

 買う金もない。


「そうか、まあそれならよかった。俺もまだ貰ってねえ。学園と提携してる衣類店で貰えるんだよ、タダなんだぜ? びっくりだよな!」


「タダ!?」


 無料よりも高いものはないという言葉はあるが、こればかりは素直に有り難く受け取ろう。

 しかし、アストルム学園は随分と機前が良いのだな。日本なら制服なんてかなり高くボッタくられるというのに。


「一緒に貰いに行こうぜ。ついでにフィーニスを案内してやる。……その様子じゃあ、宿もとってないんじゃないか?」


「あぁ、野宿するつもりだった」


「野宿って!」


 ケラケラと笑うドクトル。

 そんなに面白かったのか、目尻に涙。


「いまどき野宿なんて見ねえなあ、安心しろよ、ウチに泊まってけ」


「いいのか?」


 なんだか至れり尽くせりな気がする。


「いいって、いいって。それぐらい嬉しかったんだよ、さっき助けてもらえて」


 ドクトルは寂しそうな笑みで答えた。

 なぜ、そんな顔をする?

 まるで、助けてもらえなかった過去があるみたいじゃないか。


「っと、さっさと出ようぜ。長居すると店長が機嫌悪くすんだ、ここ」


 確かに、店長らしき人物が凄い形相でこちらを見ていた。

 僕らは残りの料理をすぐに平らげて店を出た。


 その後、制服を貰いに行く道中に、街を案内してもらった。精巧なガラス細工を売っている店や、魔法書の書物店などを紹介してもらった。

 ドクトルの出身はフィーニスで、昔からの知り合いが多く、顔も広いようだ。コミュニケーション能力の高さが羨ましい。

 衣類店についた頃には日が沈みかけていた。

 寸法に時間がかかると思っていたが、そうでもない。

 魔法ですぐに終わらせてしまった。

 衣類が着用者に合わせてサイズを自動で変えるのだとか、便利すぎる。


 そうして、ドクトルとお互い見合わせて、似合ってる、似合ってないなどと言い合う。

 アストルム学園の制服は、なんと言えばいいか、とにかく派手だ。一見、ただの紺色のブレザーだが、所々に金色の刺繍がされている。

 これに防刃、防弾の魔法が編み込まれているようだ。本来であれば軍人の給料が半年分消えるほどの値段らしいが、学生は無料で貰えるというのだから驚く。


 店を出たところで、何やら騒音が聞こえた。

 複数人の声だ、ドクトルは、またか、と苦い顔をして溜息をついていた。


「祭りでもしてるのか?」


「まぁ、似たようなもんだな、行ってみるか」


 彼自身はあまり乗り気ではないようだ。

 どうやら大通りで何十人もの人々がとある建物に何かを叫んでいる。


「もしかして、デモ的なやつ?」


「よくわかったな、そうだよ、あの建物は……というか、敷地はウィータ王国軍の駐屯地さ。あんな駐屯地がフィーニスにはいくらでもあんだよ」


「なるほど……ところであれはなんのデモなんだ」


「魔物を……殺すなってよ」


「はあ?」


 ウィータ王国に隣接するテネリタース平原と呼ばれる場所がある。多くの魔物はそこから現れると言われており、ウィータ王国の領土拡大を阻む要因になっている。彼ら魔物はときおり人々の前に現れては、殺戮を繰り返す。ただ、最近は魔物による被害が少なくなっている。

 国中に配備された人機が、魔物を食い止めているからだ。魔物では人機の装甲を貫けない。

 今の時代、既に魔物は人類の敵ではなくなっていた。それはあくまでも、彼らが人間に太刀打ちできないからであって、危険な生物であることには変わりない。


「いや、よくわからないな。あの人達どうしてそんな主張を」


「さぁな、カルトなんだよコイツら」


「……カルト」


 そんなことを話していると、騒いでいる集団から一人の女がこちらに歩み寄ってきた。

 雰囲気に険を感じる。


「ドクトル、言いがかりはやめなさい!」


 知り合いなのか。

 ドクトルを見ると面倒そうに項垂れている。


「言いがかりじゃねえだろうがよ。魔物を殺すなって、普通の感覚じゃねえぜ」


「その制服、アストルム学園の。ふん、機士になるなんて野蛮な人間にはわからないのよ」

 あら、と女性はこちらを見る

 

「初めて見る顔ね、ドクトルのお友達かしら。貴方もアストルム学園に?」


「そんなところです。僕はカンケル」


 手を差し出す。一瞬迷う素振りを見せて、女はこちらの手を握る。


「ドクトルのお友達にしては礼儀がなってるのね。私はナッシュよ」

 うるせぇよ、と怒るドクトルを無視してナッシュは続ける。


「ねえ、貴方。アストルム学園に行くのはやめなさい。軍人になるってことがどういうことかわかってるの?」

 するり、と僕の腕に身体を密着させるナッシュ。いったいなんなんだ。


「何が言いたいんです?」


「人殺しになるより、私達の仲間になりなさい」


 ムッとするドクトル。彼は表情豊かだ。

 なるほど、この女、動物愛護の延長で魔物を保護しようとしているのか、頭がキレている。そのうえ、カルトに染まっているとなっては、手の施しようがない。

 中身のない奴ほど活動家になりやすい。

 この女、僕の嫌いなタイプだ。

 ナッシュを振り解いた。


「お誘いいただきありがとうございます。ですが、お断りします」


「チッ」


 ナッシュは舌打ちだけして集団の中に戻っていった。彼女のような人間が集まって騒いでるのか、いずれ先鋭化して厄介な集団になるのではないかと危惧する。

 放置してもいいのか、あれは。

 カルトを放置しても良い事は何もない。

 早急に手を打つべきなんじゃないか。


「ありゃあなんつうか、ガス抜きみたいなもんだよ」


「ガス抜き?」


「国への不満とか、日頃のストレスとか、そういうのが爆発しないように騒いでるだけだ。だから国もわざわざ取り締まらねえ。本人らはそれに気が付いてるのかわかんねえけど」


「……行こうか、これ以上関わりたくない」


 それから僕達はドクトルの家に向かった。

 普通の庶民の家だ、ご両親も大変良い人で、素性も知らぬ僕を歓迎してくれた。夕食をご馳走になったあと、来客用の部屋のベッドに横になった。

 蝋燭の火が揺れている。


「カルトか」


 嫌な記憶が甦る。

 前世のことだ。

 いま、この世界には関係ない。

 だから気にする必要はない。

 全て終わった話だ。


「……寝よう」


 蝋燭の火を消した。

 明日の入学式に不安はない。

 だが、何故か胸がざわつくのだ。



 

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