第23話「応報─ムクイ─」
感想、ブクマをよろしくお願いします
闇に蠢く者達がいる。
広い大講堂を埋める彼らは血に濡れていた。
誰も彼もが罪悪感などカケラも感じていない。
隣人も、愛する者も、名も知らぬ者まで沢山の人を殺めておいて、この老若男女の心にあるのは高揚である。自分達は良い事をしたのだという、欺瞞に満ちた達成感が、彼らの脳を支配していた。壇上に上がる男は、身振り手振り大きく、彼らの心に訴えかける。
我々の勝利である。
我々の正義が勝ったのだ。
我々は神に導かれる。
その戯言をまるで神の言葉であるように聞き入る彼らは気が付かなかったのだ。
他者の命を奪った以上、自身の命も奪われるかもしれない、ということを。
赤い人機が大講堂の壁を破って姿を見せたときですら、彼らはその考えに至らなかったのだ。
───
見つけた。
生体反応が1箇所に集まっている場所があった。
罠かと疑ったが、数機の弍式が大講堂の周辺で守りを固めているのを確認、それらをガエンに装備された超高振動粒子剣で一機ずつ静かに撃破した。反撃の隙を与えずに、コックピットを串刺しにしたのだ。超高振動粒子剣は対象を分子レベルで切断する武装である、その直撃を受けた搭乗者がどうなっているかなど考えたくもない。
弍式であればこのような暗殺みたいなことは出来なかっただろうが、このガエンならばそれをも可能にした。機動性がありすぎるし、非常に静かなのだ。コックピット内では常に心音のようなエンジン音が鳴り響いているが、外からは関節音から足音までほぼ無音である。正直、舐めていた。燃費が最悪なだけでめちゃくちゃ良い機体だぞ。
「すごい機体だ。性能差がダンチじゃないか」
独りごちる。後席にいるプエラは僕の言葉を聞いていないようだ、正確には聞く余裕がないといったほうが正しいか。魔力消費を折半しているとはいえ、精神的にも体力的にも辛いようだった。
首を傾けて背後の様子を窺う。
大粒の汗が額から滲み出ていた、眉間に皺を寄せて瞼を強く閉じている。彼女の容態を見るに、もってあと30分前後といったところか。
それまでに、いや、プエラのことを考えれば、あと20分以内に全てを終わらせてやりたい。
「プエラさん。聞いてください」
「は、はい……」
一言声を出すだけでも辛そうだ。
「返事はしなくても構いません。……アクィラさんからは、一人残らず殺しても構わない、と言われています。いまから僕がやることは、その、かなり刺激的なことです。目を瞑っていてください」
両肩にマウントしていた小銃を移動させて両手へ。弾数チェック、腰部予備弾倉ホルダー確認、問題無し。返事をしなくても構わないと告げたのにプエラは言う。
「わかった。……大丈夫、見てるから、やって」
「了解」
それ以上の答えは不要だ。僕が操縦桿を一気に前に倒すと、赤い巨人は大講堂の壁をぶち破って中に突入した。崩れ去る壁とガエンに押し潰されるいくつかの人々。眼前に広がるのは黒い服の老若男女ども、その手には見覚えのあるガスマスクに斧。全員が唖然とした顔でこちらを見上げていた。何が起きたのか、これから何が起きるのか、それすらわかっていないようだ。
「死ね」
僕はなんの躊躇いもなく引き金を引いた。
小銃から発射された弾丸は、壇上に立つ男の全身を血の霧に変えた。それが始まりだった。
小銃のマズルフラッシュが轟いた。
それも一度や二度ではない。
生身の人間に向かって、引き金を引く。
「ぎゃあっ」
「うわぁっ」
「助けて!」
散らばる血や肉片。臓器に骨。
赤い線が宙を舞い、血液の濁流が広がる。
弾丸に抉られた人体が四散する。
もはや僕は誰も狙っていない、ひたすらに乱射して、命を奪う。それが女だろうが、子供だろうが関係ない。全員殺してやる。彼らに逃げ場はない、出入り口はさっき僕が壁ごと吹き飛ばし、陣取っているからだ。
これは悪趣味な虐殺ショーだ。それを行なっている僕に罪悪感はない。コイツらのような悪党どもは、生かしておくわけにはいかない。
かちり、と音が鳴って小銃から空の弾倉が落ちた。
腰部の予備弾倉ホルダーから新たな弾倉をセットする。
モニタの向こう側に広がっているのは地獄だ。
生体反応は無い。
もうここに生きている人間はいなくなっていた。
僕はこれを直接見たかったのだ。
バックステップして大講堂から離れると、建物そのものへ向けて連射する。既に中をズタズタにされた大講堂が倒壊するには時間がかからなかった。
「あとは、街中で暴れている奴らと黒服の男だけか──プエラ?」
瓦礫の山となり炎上する大講堂を眺めながら呟いたところで後席から何か、うめくような声が聞こえてきた、僕がプエラに声をかけた瞬間である。
「おげえええぇぇえ!」
プエラが嘔吐した。
吐瀉物が僕の頭に降りかかる。
ガエンのコックピットは狭い、ハッキリ言えば窮屈すぎると言っていい。
だから──吐いたりしたらこうなる。
「ご、ごめんなさ、おぇっ」
二度目の嘔吐。口を塞いでいるが意味がないようで僕の頭にまた吐瀉物が落ちてきた。とはいっても胃液だけだが。酸っぱい臭いがコックピット内に充満していく。魔力の欠乏症に陥ったわけではない、まだ時間はある。つまるところ、先程の虐殺を見て気分を悪くしたのだ。だから目を瞑っていろと言ったのだ、僕は。頭から滴る生暖かいものを感じながら、出来るだけ怒っていないことを装って答えた。
「いえ。いいんですよ。本当に、大丈夫ですから」
これからどうする。
アクィラ達と合流する前に終わらせてしまった。
これも全てガエンの性能のおかげだ。
あと僕に出来ることはマーテルの安全確保と、黒い服の男を殺してやることだ。先程皆殺しにした奴らの中にはいなかったはずだ、あの男と出会ったときのような圧を感じなかったし、こんなことで死ぬタマには見えないし思えない。
「アクィラさんにここは任せて僕達は街を見──」
突然の、殺気。
モニタに突如現れた生体反応は、背後を示している。
──まさか!
振り向いた、その瞬間。
斬撃が小銃を両断した。
咄嗟の判断で破壊された小銃と腰部の予備弾倉ホルダーを捨てて飛び退いた。新たな斬撃がコックピットハッチを僅かに抉る。
「お前から現れるとはな」
黒服の男が、巨大な剣を構えていた。




