第17話「人質ーヒトジチー」
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避難民が押し寄せる王城を背後に、わたしは弾倉の交換をする。敵の数は20以上。歩兵の姿は無く、人機のみで編成していた。王城に続く橋は閉じられ、侵入を阻むための水堀りを挟んで激しい射撃戦が起きていた。戦闘が始まって既に2時間が経過しているが、いまのところこちらの損害は軽微であった。それは、敵が対人機戦術を知らぬど素人であったからだ。これがもし、正規軍の攻撃ならば、どうなっていたか。
ゾッとする。奴らは、ドラゴンの襲撃で混乱している王都に攻撃を仕掛けてきたのだ。
きっと背後にどこかの国が関与している、そう考えて間違いはない。この攻撃は、恐らく様子見のようなものだ。彼らは駒、それも全滅することを前提の駒か。いずれ、本隊が来る可能性もある。そうなったら避難民達を見捨てて王族達を逃す命令が下るだろう。仕方のないことだが、この状況を打破できない未熟な自分に腹が立つ。
「ケントゥリア隊長! 12時の方向から敵増援4! 全機小銃所持確認!」
「12時方向に一斉射。小銃を狙え、民間人を狙ってくるぞ」
「了解! 各機、12時方向に一斉射、用意。放て!」
一糸乱れぬ光の一筋が敵人機に炸裂するのを眺めながら考える。
敵が搭乗している人機は元々我が軍のものだ。
奴らは人機基地を襲撃し、整備員や機士を殺害。
配備されてあった人機を強奪したのだ。
復興作業で基地の人員が割かれているタイミングでの襲撃は勿論、王国が混乱に陥っていること前提の作戦行動。
ドラゴンの襲撃は誰かが意図したもの? 可能性は、高い。
しかし、あのような化け物を操れる誰かがいるのか、隣国の帝国であっても、ドラゴンを飼い慣らすなど不可能だろう。
普通では、だ。最近は普通ではない出来事が立て続けに起こっている。
「どちらにせよ、必ず報いは受けてもらうぞ」
怒りで五臓六腑が爆発しそうだった。
わたしの愛する国民を殺害してまわったのは当然として、王より賜った王国の防人に、逆賊が土足で乗り込んでいるという事実に耐えられない。
ひとり残らず殺してやる。
いや、拷問にかけて、生まれてきたことを後悔させるのが先か、死んでいった者達が受けた苦痛の万分の1でも味わわせてやる。
この手で。
「隊長! まだ敵が増えます! 数えきれません! このままでは」
「あぁ、わかっている!」
敵が烏合の衆とはいえ、数に差がありすぎるのだ。こちらはたったの5機ばかり。戦争は数だと誰が言ったか、こんな場所でそれを実感したくはなかった。新たな反応は10を超える。
思わず爪を噛んだ。ルナ女史にその癖をやめろと言われているが、こうして危機的状況に陥ると、ついやってしまうのだ。
「さっさと降伏しなよ! 機士!」
女の声で通信が入った。爆音の轟く中、透き通るような声だった。
「誰だ、貴様」
「私が誰だろうがテメェには関係ねえ。さっさと降伏しねえと、大事な大事な民達が死ぬことになるぞ!」
鈴のような声らしからぬ乱暴な口調だった。
品のない女だと思った。
しかし、大事な民が死ぬことになるとはどういうことだ。
そこでわたしは最悪な想像が頭を過ぎった。
「各機! 攻撃やめ! やめろ!」
わたしの怒号で部下は射撃を止めた。
死んだような静けさが場を支配する。
周囲をスキャンする。敵陣の中央に、10人ばかりの子供が拘束されて立たされていた。子供達は怯え、涙を流していた。服や顔には血がべったりと張り付いている。全員がぶるぶると身体を震わせて、何人かは失禁をしていた。彼らの背後にはパイルバンカーを構えた人機が1機、こちらに赤く光るツインアイを向けている。こちらを嘲笑っているように見えた。
「何をするつもりだ! まさか、貴様ら」
「テメェらが降伏するまで……5秒ごとにガキ共を殺していく」
女の声は、あのパイルバンカーを構えている人機からだ。部下達は奴らの残忍さに唖然としているようだ。その卑劣さに、怒りと憎しみが噴火のように爆発した。
「ふざけた真似はやめろ! 子供だぞ!」
「だから効果的なんだろぉ〜?」
コイツ、本気だ。
こちらの話など聴く気もないようだった。
どうする。
いやどうするもクソもない。
我々に降伏は許されないのだ。
例え民間人が犠牲になろうともだ。
それが、年端もいかぬ子供であっても。
「隊長! 奴を狙撃させてください!」
「言っておくが、反抗してもコイツらを殺していくからなぁー?」
部下の言葉に女が割り込む。
邪悪な、ふざけやがって。
どこまで我々をコケにすれば気が済むのだ。
「5」
「ば、やめろ!」
「4」
「隊長! 見過ごすんですか!」
死のカウントダウンが終わりに近づく。
部下達はもう冷静さを失っている。
わたしは、どうだ。
きっと、冷静にはなりきれていない。
「3」
「死にたくない! 死にたくない!」
子供達の絶叫。
ほんの少し前まで笑い声で満ちていた口からは、甲高い命乞いが木霊する。
「2」
「1」
「……すまない」
操縦桿を握り締める。
ギチギチと何かが鳴った。
それは、奥歯が割れた音だった
「0」
カウントダウンが終わり、ゼロの言葉。
同時に、射出口から鉄杭が撃ち出される。それは、1人の女児の身体を粉砕した。一瞬の出来事だった。血の霧が舞う。他の者はどうだったかわからないが、わたしの動体視力では、女児の肉体が、ただの肉の塊になる瞬間を鮮明に捉えていた。辺り一面に散らばる、女児だったもの。両親から望まれて生まれ、愛されていたこの国の宝が、ぐちゃぐちゃのミンチになって、地面にぶち撒けられた。
「ア〜ッハッハァハアハハハハハ!!」
女の大笑いがコックピット内に響き渡る。
惨い死を目前で見た子供達の絶叫が、女の声で掻き消される。部下のひとりが嘔吐した、先々月に子供を生んだ女性だった。
「貴様ァッ!」
血管が破裂したと思った。
怒りで全身が熱くなる。
許せん。許せるものか、外道め。
わたしの怒りはとっくに限界を迎えている。
噛み締めた奥歯の破片が歯茎を傷付けて、口の端から血が垂れる。それを拭うのもいまは煩わしい。自分の内側から殺意が溢れんばかりに漏れ出しているのがわかる。
「次だ。5、4……」
「隊長! 見てられません!」
「降伏はできない!」
「せめて狙撃をさせてください! あの女だけは許せない! 殺してやる!」
「やめろ。撃つな」
結局のところ降伏しようが、抵抗しようが、あの子供達の死は決まっている。あの狂人共が、素直に人質を逃すとは思えない。わたし達の降伏を見届けてから嘲笑うかのように殺害するのは目に見えている。そもそも間違っても降伏などできないのだ、我々の背後には王城があって、そこには王族貴族の方々がおられる。彼らを危険な目に遭わせるわけにはいかない。部下もそれはわかっているはずだ。わたしの指示に小さく唸り声をあげて、それ以降は黙った。
「我々は降伏するつもりなどない」
「はぁー? ガキを見捨てんのかよ!」
「そうだ。だが、お前は逃さん」
「なに?」
「必ず、この手で殺してやる」
どす黒い感情のままに告げた言葉、それは殺意の塊である。何があってもあの女は必ず捕まえる。そして、この世の地獄を見てもらう。
女は数秒沈黙してから。
「愚かな選択をしたなぁ! じゃあ指を咥えて黙って見てろよ、お前らのせいでガキ共が死ぬところをよぉ!」
と、怒号に似た声を上げた。
その時である。
子供達に向けられた鉄杭が射出される瞬間、吹き飛ばされたのは女が搭乗する人機であった。
回転するドリルが人機を殴り飛ばしたのだ。
「こちらカンケル、敵は皆殺しだ」




