第15話「連戦─レンセン─」
ドリルにぶち抜かれた人機は動きを止めた。
胸部にポッカリと穴を開けている。 コックピットごとだ。中にいた人間はミンチより酷いことになっているだろう。同情はしない。
その人機を破壊したのは、白に赤いラインの入った派手な見た目の機体だった。両腕にはパイルバンカーではなく、鋭く重いドリルが取り付けられていた。見たことのないタイプであったが、作業用の人機だろうか、見た目の派手さからもそれが窺える。
その人機の機士は、コックピットハッチを開いてこちらに問いかける。
「大丈夫っスかー!」
快活そうな女性だ、鼻に絆創膏を貼ってある。
この人は見たことがある、そうだ、アクィラの部下だ。
僕の見舞いにも何度か来たことがある。
いつもアクィラの隣を陣取っていたのでよく覚えている。
「マーテルさん!」
マーテル。名字は知らない。元農民からウィータ王国軍の近衛部隊にまで登り着いた異例の経歴を持つ女性だ。その実力も折り紙付きで、女性で美人だから、下駄を履かされてその立場にいるわけではないとわかる。
アクィラによると、生身での戦闘でも異常な強さを見せるという。
「お、カンケルくん無事じゃん。良かったぁー死んでたら隊長に怒られちゃうところだったっスよーナハハ」
オレンジ色の短髪を掻いて笑う。
「レウィスは?」
「死にました」
「そっかー、そいつは残念だな」
あっけらかんとしている。
いや、よく見ると目が笑っていない。
顔付きに険があった。
「状況の説明を、あ、いや、その前に医者を!」
「怪我したんスか!」
「違います。この子です! 背中に裂傷があります、かなり、具合が悪い!」
「なるほど、なるほど」
二度頷くとマーテルはコックピットから飛び降りて、ずぶ濡れになるのも気にせずに早足でこちらに向かってきた。
「この子の背中、私に見せて」
「はい、わかりました……どうするんです」
「こうするのっ」
と言ってマーテルは自身の右手をプエラの傷に押し当てた。べったりとした血が手の平を濡らしていく。
「癒しの女神、聖なる力、大地に宿る命の脈動よ、汝の傷を癒せ。大治療」
一瞬、プエラの身体が淡い緑色に光り、彼女の浅い息が穏やかなものに変わった。背中を見ると裂傷など最初からなかったかのように、傷一つ見られなかった。僕は驚いた、いま初めて治癒魔法を見たのだ。これは凄い、酷い傷もすぐに治してしまうだなんて。僕の左肩をこのように治ってしまったのだ。
「マーテルお姉さんはなんでも出来るのだ。ナッハハ!」
「ありがとうございます、マーテルさん。そういえば、病院の中にいるときは魔法が使えなかったんです」
「病院の屋上に反魔石でクソみたいな魔法陣を組まれてたんだよ、もうぶち壊しておいたから安心してね」
「反魔石、ですか?」
「反魔石ってのは、魔力の動きを阻害する鉱石さ。それを使って辺り一帯の魔力の流れを乱していたんだ、多分、病院内にある魔力を使うもの全てが影響されてたんじゃないかな。これはね、重大な犯罪行為なんだよ。魔法ってのは生活の基盤だからね」
僕が魔法を使えなかったのは、その反魔石というやつのせいらしい。魔力で動くラジオが勝手に止まったのもこれが原因か。ふざけた真似をしてくれたものだ。
「とりあえず、詳しい話は──」
と、僕が話し始めたとき、不意にマーテルが自身の背後に回し蹴りを放った。キン、と甲高い音と共に小さなナイフがいくつか地面に落ちる。
「出てこい! 姑息なやつめ!」
マーテルの怒号。数秒して、ドリルで空いた穴の中からひとりの男が現れた。そいつは長く反った大剣を肩に担いでいた。第一印象は陰気な男だった。葬式帰りのように全身真っ黒で、目の周りが窪んでいるし、頬が痩せている、細身で不健康そうだ。なのに、大きな剣を悠々と抱えているのだから違和感がある。
「やぁ、やぁ、やぁ。皆さん、はじめまして。あー、挨拶は不要かな。そんな空気?」
男の声は低く、まるで石を削る音のようだ。
威圧感がある、ビリビリとした殺意を感じた。
それはマーテルも同じようで、険しい顔を見せて、一切の隙を感じさせない。彼女から女の顔は消えて、戦士の顔になっていた。
マーテルは自身が乗ってきた人機を指差し。
「あれに乗って、基地まで行って。私はこの男と戦う」
「……僕も戦いますよ」
魔法が使えるようになった以上、僕だって戦力になるはずだ……と思いたいが、あの男の奇妙な気迫に圧されている気がする。恐らく、いや、絶対にあの男は強い。だからこそ2人で立ち向かうべきだ。
「私はアクィラ隊長の命令で、キミとレウィスを助ける為にここに来た。いいかい、キミまで死なせたら私は凄く怒られちゃうの。わかる?」
「しかし」
そう言われても困るのはこちらだ。もしここで素直に言うことを聞いたとして、後にマーテルが死んだと聞かされたら、夜も寝付けないほどに後悔するだろう。そんな思いはしたくなかった。
「それに、その子がいるんじゃ足手纏いだ。さっさと行きな」
その子、プエラだ。確かに、この子がいては戦いに集中できないだろう。どうするべきだ、どうしたらいい。汗が額から伝って落ちていく。男は律儀にもこちらの話が着くのを待ってくれているようだった。それが優しさではなく余裕の現れであることくらい僕でもわかった。
「死にませんか」
「死なないよ」
「……わかりました、必ず仲間を連れて戻ってきますから」
死なないと断言されたら、もう僕に選択肢は無いように感じた。僕は白と赤ラインの人機に乗り込んだ。コックピットハッチを閉める。作業用人機はパイロットとオペレーターの2人乗りで運用する人機である。後ろの席にプエラを乗せて、シートベルトを締めたあとに自分の席に座り直す。少し僕は思い違いをした、この人機があればあの男にも勝てるのではないかと思ったのだ。だから、男へドリルを突き刺そうとした、先制攻撃、不意の一撃だ。
だが、それがマズかった。男は抜刀すると回転するドリルを斬りつけた、僕の目には信じられないないものが見えていた、人機のドリルが2つとも叩き斬られたのだ。宙を舞うドリルの破片、唖然とする僕を人機越しから嘲笑うように口角をあげる男、その男は刃の切先をこちらに向け──。
「逃げろォッ! カンケルッ!」
マーテルは叫びと共に男に蹴りを放った。
それをなんなく受け流す男。
2人の攻防が続いている。違う、マーテルは防戦している。僕を守る為に迂闊に前に出られないのだ。わかった、もういい。僕は今この場では役立たずだ。反転し、人機を走らせる。
集音センサには2人の会話が聞こえていた。
「よく逃したな、お前なら私を相手にしながら彼を殺せただろうに」
「子供なんていつでも殺せるからねえ、あぁ、それはお前も同じだけれどさあ」
集音センサの範囲から抜けて、マーテル達の声が聞こえなくなった。僕の心には無念ばかりが広がっていた。もっと強ければ、逃げ出さずに済んだはずなのに。悔しい、悔しい。
少しばかり歩いた頃。
基地まであと数分といったところで、2機の人機が道路を封鎖していた。
僕は足を止めると、通信で呼びかける。
「聞いてくれ! 僕はカンケル。アクィラ隊長とは知り合いだ。いま病院でマーテルと敵が戦っている! すぐに応援を寄越してくれ!」
数秒待ったが、返答がない。
こちらの通信は聴こえているはずだ。
2機の人機は反応せずにこちらを見ていた。
不穏だ、嫌な予感がする。
「聞いているのか! 僕は──」
銃声によって僕の声は遮られた。
先端が破壊されたドリルを盾にして弾丸を防ぐ、重い音がコックピットに響き渡り、大きく何度も揺れる。こいつら、まさか。
「敵か!」
あのとき、僕とプエラを襲った奴らの仲間だ。
アクィラ達はどうしている、どこで何をしているんだ。街が制圧されているのか、誰に。
いま考えても仕方がない。コイツらは、殺す。
仮に、何かの勘違いでこちらを攻撃しているアクィラの部下だったとしても、知ったことではなかった。こちらは撃たれているのだ、撃たれた以上、やり返す。
「うおおおッ!」
ドリルを盾にしながら左右にジャンプを繰り返し前に進む。接近戦の間合いになったところで、向こうは慌ててパイルバンカーの装填に入った。遅い。この練度の低さ、間違いなくアクィラの部下ではない。他の隊だったらどうするか、知るか、人様に武器を向けた奴が悪い。
こちらに打ち込まれる前に、打ち込む。
ドリルを回転させる。先端が破壊されても威力は申し分ない、まずは1番近くにいた人機の胸部に無理矢理ドリルをねじ込んだ。鉄が思いっきり捩じ切られる感覚、ゴリゴリとも、ギュルギュルともいえる奇妙な音が轟いた。コックピットに直撃した、機士は即死したはずだ。
続いてもう一機、臆したのかこちらに向かってくる様子はなかったが、見逃すはずもない。
簡易ロケットブースターを点火させる。
一気に距離を縮めると両手を振りかぶり、問答無用で両肩をドリルで粉砕した。大きな穴を空けて力なく垂れる両腕。これで継戦能力は失われたが、捕虜にするつもりなど僕にはまったくない。僕に手を上げたのだから、それだけで死ぬ理由には充分だ。
相手はコックピットハッチを開けて逃げ出そうとしていたが、回転するドリルを生身に突き刺してコックピットにそのまま突っ込んだ。ブルブルと震えて、穴の空いた人機から大量の血液が流れ出る、そうして機体は仰向けに倒れた。砂埃の臭いに混じって鉄の臭いが微かに鼻についた。
「攻撃しなけりゃ、こうはならないんだよ」
死んだのはお前の責任だと、吐き捨てる。
不意に、爆音と一緒に機体が揺れた。
背後からの攻撃、弾丸が2発当たった。
簡易ロケットブースターに直撃したが、誘爆の危険は未だない、あと数十発同じ場所に当たり続ければ怖いが、その前に奴らを叩き潰してやる。
その場から飛び退いて、建物を盾にして状況確認の為に周囲をスキャンする。敵人機が3機、全てが小銃とパイルバンカーを装備している。標準的な装備の人機だ、特別なものは何もない。足はスカート型の装甲で守られているし、ツインアイのカメラは僕達を探す為にキョロキョロと忙しなく動いている。
僕は足元に落ちてある落とし物の小銃を、足の甲で持ち上げて拾う。先の2機と実力が同じくらいであれば大した敵ではない。問題は時間だ、こんなところで時間を無駄にしてはマーテルがやられるかもしれない。だが、背を向けて逃げ出すとこちらが危ない。
「お前達の相手をしていられるほど暇じゃねえんだッ! くそったれが!」
建物から半身を出して小銃を撃ち込む。
薬莢が、地面に音を鳴らして落ちてゆく。
当てるつもりはない、これは牽制射撃だ。
対人機戦では遠距離攻撃は決定打になりにくい。お互いの装甲が硬く、弾丸が通用しないからだ。どん、どん、どん、とリズミカルな音が続く。
3機いるのならば、まずはお互いを引き離す。
撃って、撃って、撃って、撃ちまくる。
敵人機を間を擦り抜けるように弾丸を飛ばす。
街の地図を表示、敵機の反応が3つに別れていく、撃ち鳴らしながら、まずは右翼を叩く。
操縦桿をめいいっぱいに倒す。
最短ルートの為に、建物の上に飛び乗ってジャンプで進んでいく。見つけた。孤立している敵機はこちらに銃口を向けるも引き金をまともに引けていない。照準が定まらないようにこちらが左右へと交互にジャンプしているからだ。それと同時に空中で簡易ロケットブースターの点火を繰り返し、無駄玉を誘発させる
間合いに入った。
「まずはお前だッ!」
跳躍、からの蹴りをくらわせる。
どこぞの特撮番組のようなキックだ。
大きく機体が揺れてアラームが鳴り響く。
建物に背中を打ち付ける敵人機のコックピットを、ドリルで抉る。まずはひとつ。
左翼に反応。前方へジャンプ。
建物を盾にした。
鉄と石で出来た建物にいくつもの弾丸が突き刺さる。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ」
心臓が痛い。緊張で鼓動が早い。
汗が口に入る。酸っぱい味がした。
「さぁ、次はどうくる」
「右!」
後ろから声。咄嗟にドリルで胸部を防御。
振動、爆音。弾丸が命中、ダメージは無し。
僕に小銃を撃ちやがった奴は間抜けにもリロードをしていた。
素人の馬鹿が、敵の前で弾倉の交換か。
操縦桿を倒し、駆ける。夜の闇を白と赤いラインが乱舞する。
ドリルを回転し、準備。
その間に敵機の弾倉に射撃。
命中、爆発する弾倉と小銃。
これがわずか4秒の出来事だ。
混乱しているのが目に見えて明らかだ。
慌てふためく敵機の胸部にドリルを叩き付けた。咄嗟の判断か、回転するドリルを手で抑えようとする。
なんの意味がある、思わず舌打ちをした。
破壊され、粉々になるマニピュレータ。
そのままゆっくりと胸部に沈むドリル。
少しして、抵抗がなくなった。
機士は死んだか。
胸部から引き抜いたドリルは、鉄のカスに混じって赤い液体で濡れていた。
「プエラ! 助かりました!」
周辺をスキャンしながら声をかけた。
いつ頃から目を覚ましていたのだろうか。
背中を切られ、体力が減っているはずなのに、こんなところに座らせて、休ませもしないなんて申し訳ない気持ちになる。あと少し、基地にさえ着けばプエラは休めるはずだ。
「ありがとう、カンケル」
「いえ、礼を言うのはこちらですよ」
「違うの、わたしを病院から助け出してくれて、本当にありがとう。もしあなたがいなかったら、わたしは死んでたわ。絶対に」
「プエラの傷を癒してくれたのは、マーテルという方です。あの人にお礼を言ってください」
「えぇ、わかったわ。マーテルさんにもお礼を言わなきゃね」
その為には、お互いが生き残る必要がある。
マーテル、死ぬなよ。
不意にアラームが鳴る。上空。
操縦桿を引く、バックステップ。
目の前、僕達がいた場所に降下した人機が地面をパイルバンカーで破壊した。粉砕する地面は避けられなかった自分の姿だ。
隙は見逃さない、右手のドリルで敵の頭部を吹き飛ばし、カメラを破壊。
左手のドリルで胸部を叩いた。
相手はその動きを予想したか、反射神経だけで致命傷を避けた。敵はバックステップを繰り返しながら後方に下がる。ドリルが命中した胸部はコックピットが剥き出しだ。
機士、パイロットの顔もよく見える。
子供みたいだ。12歳かそこらの少女のようだ。
子供? 少しばかり緩んだ手を握り締めると、操縦桿からビキビキと割れそうな音が聞こえた。
「ふざけるな、子供だからなんだってんだ!」
見逃す理由にはならない。剥き出しになったコックピットに向けて、射撃。
一撃。中から爆発し仰向けに倒れる人機。
何が起きたのかわからずバラバラに手足を吹き飛ばして絶命する少女の姿が見えた。
スキャン。周辺に敵の姿は無し。
「あと少し、あと少しだ」
さすがに、疲れた。
基地の方向へ走り出す。
後ろにいるプエラも辛そうだ。
頼むからもう敵は出てこないでくれ。
僕の願いが通じたのか、基地までの道のりで敵と遭遇することはなかった。
ただ、炎上する基地が見えた




