第14話「本物─ホンモノ─」
僕達は駆け出した。続いて砲撃。
衝撃。背中を焼くような痛みが走った。
内臓がバラバラになりそうな衝撃波に襲われて、僕はプエラを守る為に、彼女を抱きしめた。吹き飛ばされる僕達。まさか、狂人共が人機まで持っているとは思わなかった。
ガスマスクの集団が近付いてくる。人機の姿はもうなかった、トドメは見る必要もないということか、ふざけやがって。
怒りがふつふつと沸いてくる、それだけではない、これは殺意だ。
怒りや憎しみを内包した殺意という感情が、爆発しそうになっていた。異世界にやってきたと思ったら、ドラゴンと戦うハメになり、今度は人間の死体をクリスマスのイルミネーションのように飾り付ける異常者集団に殺されそうになっている、こんな馬鹿な話があるか。
いい加減、我慢の限界を越えようとしていた。ふと、ぬるりとした感触が左手に広がった。血だ、それも新しい、暖かな血液、鉄の匂い。
プエラは弱々しく息を吐いていた、唇からは色が失われつつあった。
彼女の背中には大きな裂傷があった。
ちくしょうめ、くそったれめ。
どうしてこうも都合の悪いことばかり重なる。
自分は医療に関しては素人だ、だからこれが深刻な傷なのか判断できない、だがプエラの様子から具合が悪いことぐらいわかっている。
早く医者に診せなければならない。
その為には、ここを押し通る必要がある。
僕はプエラの頭を撫でてから、立ち上がった。
手には斧。目の前にはガスマスク集団。
心の中に灯るのは殺意。
「お前ら、邪魔だ」
そうして、僕は走り出した。
ガスマスク共が斧を構える。
引きつけて少数ずつ倒すのはナシだ。
傷を負ったプエラを抱えて退くのは無理。
プエラを放置するものダメだ、人質にされるか、殺されるかするだけだからだ。
ならば、ここでやるしかないだろう。
体力がもつかどうかなんてわからないが、いまは自分の身体を信じるしかない。
皆殺しにしてやる。
まずは1番近い奴を殺る。
体勢を低くして、突撃。
相手は素人だ、自分が狙われていると気が付いたときに動揺した、それが隙だ。
僕は走り出した勢いそのままに相手の腹部に刃を押し当てた、そして、思いっきり引きながら、斬る。衣類と肉の切れる感触がしたのは一瞬だ。僕に切られたガスマスクは悶え苦しみながら倒れた、大量に流血しながら痙攣していた。
まずは、1人。
「アアアアアアアアアオオオオ!!」
絶叫。ガスマスクの集団が叫んでいた。
仲間が殺された怒りか、それとも恐怖か。
彼らは斧を振りかざして向かって来た。
──────
なぜ、こうなる、と思った。
相手はひとり、しかも子供だ。
こちらがやられたのは不意打ちだからだと、そう考えていたのに、これはなんだ。
「ウワアアアアアアアアアア!!」
「うおおおおおぉああぁあッ!!」
4人目の首が斬り飛ばされた。
頭部の離れた身体が、糸の切れた人形のように崩れ落ちる。
殺しに躊躇いがない、コイツは本当に子供か。
見たところまだ16にもなっていない筈だ。
なぜ、そんな奴に殺される?
自分達は、抵抗もできない奴らを殺すだけなんだと、命令されただけだなのに。
5人目の腹部が切り裂かれる。
腸が宙を舞い、血が噴き出す。
楽しかった、なんの抵抗もない奴らを無慈悲に殺すのが、一方的な虐殺が。なぜ、立場が逆転している。こんなことがあるのか、子供相手に。
奴の目を見ろ、あれは獣だ。化け物だ。
我々のような紛い物ではない。
あれこそ本物の狂人ではないか。
6人目の頭がかち割られる。
脳漿と血が、噴水のように飛び出す。
ここに集まった奴らは腕っ節の良い奴らばかりではない。しかし、武器を持っているし、人数だって多いのだ、それが、まさか。
こんなところに来なければよかった。
こんなことをしなければよかった。
頭が混乱する、困惑する、恐怖で震える。
7人目の両腕が叩き切られる。
もうダメだ、これはダメだ。わたしは反転して逃げ出した。出入り口はすぐ後ろだ、あんな化け物と戦っていられるか。人機を呼び出すしかない。背後で聞こえる仲間の悲鳴のあと、わたしの足に激痛が走って、勢いよく顔面から倒れた。
──────
8人目のガスマスクの首を袈裟斬りしたあと、逃げ出そうとした奴の足に斧を投げ付けた。
そのまま倒れて動かなくなった。僕はそいつの足から斧を引き抜くと、頭に刃を叩きつけた。
南瓜をハンマーで殴り付けたような感覚がした。
びくんびくんと身体が跳ねて、動かなくなった。
死んだ。殺した。今日だけで何人殺した。
どうでもいいか。こんな奴らが何人死のうが、僕には関係ない。それにしても、よくここまでやれたものだと感心する。正直、これが限界だった。体力がもたない。もう肩で息をしているような状態だ、これ以上は戦えない。肺も心臓も痛くて仕方がない。冷たい脂汗が額から滲み出ている。
ガスマスクの頭部に突き刺さったままの斧を放置して、プエラの元へ走り出す。
大丈夫、まだ息はある。
さて、どうする。
外には敵の人機がいるはずだ、いまここから出るのはかなり危険に違いない。
しかし、まだ病院内にはガスマスク共が徘徊している可能性があるし、プエラの傷の具合もわからない。早々にここから立ち去った方がいい。
僕だって、これ以上生身で戦える自信はないんだ。魔法さえ使えればと思う。
僕はプエラを抱える。出入り口付近で外の様子を窺う。ダメだ、雨が強すぎてよく見えない。だが、こちらの様子は人機のモニタからは丸見えだろう。運良く見過ごしてくれていることに賭けるしかないか。こうなっては、一か八かで行くしかない。
──と、一歩病院から踏み出した瞬間。
目の前に人機が落ちてきた。
違う、降りてきたのだ、病院の屋上から。
最初から待ち伏せしていたのだ、コイツは。
水溜りと泥が跳ねて、僕達に降り掛かった。
泥まみれになった顔が憎しみで歪む。
僕は選択を誤ったのか。
多少危険でも、屋内に残っていればよかったのか。
人機のツインアイが赤く光った。
パイルバンカーが僕達に向けられる。
鋭利な鉄杭が眼前に迫った。
避けられるものか。
死ぬ、そう思った。瞬間。
衝撃。
轟いた。それは僕達の命を奪う音ではない。
敵人機のコックピットから、中を食い破るようにドリルが突き出ていた。




