第10話「予感─ヨカン─」
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この世界は一見、近世ヨーロッパ的な姿を見せておいて、その実、根底からまるで違う。
中身を除けば、日本よりも遥かに超越した科学技術があり、絵空事の世界である魔法が当たり前に、それも身近に存在している。
僕がいまいる病院も、非常に現代的だ。
医療技術も医療体系も、医者や看護師の衛生観念ひとつとったって現代日本と変わらない。
不思議だ、と思う。
世界が変わっても、こうして味の薄い病院食を食べている事実が、僕を混乱させる。
ズキン、と左肩が痛んだ。
僕の左肩と左腕は、少し前に吹き飛んだ。
ものの見事に胴体から切り離されたのだ。
それはもう大量出血だ、いまこうして生きているだけでも驚きなのに、左肩と左腕が元に戻っているのだからさらにビックリする。
さすがに骨はまだちゃんと繋がっていないようで、動かすと少しだけ痛む。
「でよぉ、そこで俺がボールを顔面に──」
僕の対面に座り、聞いてもいない話を喋っている少年は、ドクトル。
一応、友人ということになっている。
10日前の戦闘で僕が人機を動かしたことを知ると、矢継ぎ早に質問をしてきた。
やれ、必殺技がどうとか。
やれ、乗り心地がどうとか。
やれ、どんな風に戦ったかとか。
ドラゴンの襲撃で怪我もしなかったようで、家族も無事らしく礼も言われた。
悪い気はしなかったが、少しばかり疲れる。
この病院に入院してから見舞いが沢山来てくれた、ルナとアクィラ、ドクトル。それとあのときの戦闘で僕とルナを支援してくれた近衛部隊の人達だ。彼らにかなり気に入られたらしく、可愛がられた。見舞品も部屋を埋め尽くすほど貰ってしまった。退院する頃には太っているかもしれない。
「ギャハハ! ドクトル君まじでウケる!」
そして、僕の隣にいるのが、アクィラの部下であるレウィスという男だ。
知り合ったのは数日前、僕の見舞いにきたときだ。いまここにいる理由は、街の復興作業中の事故で鎖骨と肋骨を粉砕骨折したからだという。ちなみにドクトルは暇だから遊びに来ている。アストルム学園は当分の間、休校になるようで学生は暇をしているのだ。
「おっと、面会時間そろそろ過ぎるな。じゃあなカンケル、俺はもう帰るぜ、安静にしろよ。レウィスさんもさよなら!」
「おう、じゃあなぁドクトル君!」
「またな、ドクトル」
去っていくドクトルを見送る。
僕もあと数日で退院だ、彼の言う通り、安静にしてなければならないな。
「めっちゃ面白いなぁ、ドクトル君は。良い友人持ったなお前!」
「はあ、そうすね」
全然話を聞いてなかったので淡白な返事になってしまった。レウィスは少し表情を固めた後に、俺も行くわ、と食器を持って部屋に戻ってしまった。よくない癖がでてしまった。コミニュケーション能力が低いのだ、僕は。プレートの上の芋煮をフォークで転がしながら溜息をつく。
僕も部屋に戻ろう。
部屋の電気をつける。
殺風景だ、全体的に白くて、目が痛くなりそうだった。丸椅子が2脚に、小さなベッドがひとつ。窓の外からは夕日が差し込んでいた。
「あれ」
窓、開けてたっけ。
風で揺れるカーテンに、人影が映っているような気がした。
僕は恐る恐る窓に近づいて、カーテンを開いた。そこには格子があるだけだ、外に乗り出せないようになっているし、侵入されないようになっている。外には特に異常はない、病院の敷地が見えるだけだった。
「気のせいだよな?」
少し寒い。4月半ばとはいえ、まだ風が冷たい。窓とカーテンを閉めて、鍵をかけた。
僕はベッドに横へなると、魔力で動くラジオの電源をつける。天気予報が流れた。
どうやら明日は酷い雨になるらしい。
「……なんか、嫌な予感がするな」
このモヤモヤはなんだろうか。
瞼が落ちかけた頃、不意に扉がノックされた。
僕は驚いて飛び起き、左肩と左腕の激痛で完全に目が覚めた。時間は夜の9時。こんな時間に誰だ。
「は、はい」
ノックをした主へ声をかける。
「カンケルくん、開けていいかしら」
ホッとした。女性の声、看護師だ。
しかし、こんな時間になんだろうか。
「どうぞ」
扉がスライドする。いつも世話になっている看護師の女性だ、間違いない、どうしてこんなにビクビクしているんだ僕は。
ぱんぱん、と自分の頬を叩くと看護師は不思議そうな顔をした。
「どうしたの?」
「いえ、なんでもないです。それよりどうしたんですかこんな時間に、珍しいですね」
「えぇ、聞きたいことがあって」
聞きたいこと、いったいなんだろう
思い当たる節はない。
「レウィスさんを知らないかしら、部屋に戻っていないようなのよ」
「え?」
レウィスなら僕よりも早く部屋に戻ったはず。
いや、お互い個室なので、実際に部屋に戻ったかはわからない。僕は素直に、知らないと答えると看護師は困ったような顔のまま部屋から出て行った。
「……なんだろうな、この感じ」
言葉にしがたい不吉な予感が拭えない。
僕は毛布に潜り込み、目を瞑った。
明日になれば胸のモヤモヤも取れるはずだと信じて。




