第0話「誕生─バースデイ─」
「どうしてこんなことをするの!?」
銃口を向けられている母が、冷たくなった父を抱き締めて叫んだ。僕を強く睨む瞳には、恐怖と困惑が見えていた。昨日まで普通だった我が子が、なぜか自分の夫を殺し、そして自分の命までも奪おうとしてくるのだから、それはそれは驚くはずだ、僕だって同じ立場ならビックリするかもしれないが、それでも理不尽な怒りと失望が心に溢れてきた。ふと香るのはカレーのスパイシーな匂い、あぁそうか、今日の夕飯は僕の好物だ。きっと喜んでくれるのだろうと、そう思って作ってくれたのだろう。父親を殺しておいて空腹感が襲ってきたものだから、少しばかり面白かった。親が死んでも腹は減るものなのだと、新しい知見を得られた気分だ。
「……どうして?」
窓から差し込むオレンジ色の夕焼けが僕の顔を照らしてくれる。自分はいまどんな顔をしているのだろうと思った、笑っている顔なのか、悲しんでいる顔なのか、それとも怒っている顔なのか。なにもわからない。自分のことなんて、何も。だけれどハッキリとしていることがある、だから、どうしてこんなことをするのかと尋ねられると、そんな当たり前のことを聞いてどうするんだ? と首を傾げた。
やはり、母は僕のことなんて何もわかっていなかったのだ。
家族の絆? 血の絆? 親子の絆?
馬鹿馬鹿しいとは思わないか。
そんなものはこの世に存在しない。
結局のところ、血が繋がっているだけの他人でしかない。他人だから、躊躇いなく殺せた。仕事から帰ってきて、僕の頭を笑顔で撫でた珍しくも機嫌の良かった父の頭を撃ち抜いたときだって、何の感情も沸かなかったのである。
だから、これからさきどれだけ殺そうとも、僕はなんとも思わないのだろう。それは多分、素晴らしいことだ。だって何も悩む必要なんてないのだから。
「……だって」
引き金に指をかける。少しでも力を入れたら、弾丸が発射されて、また人が死ぬ。大きな音が鳴って、外ではカラスが飛んで、誰かが驚いて、夕日が微笑んで、僕は無感情で、ここでは血の染みが出来上がる。隣人も、下や上の階の住人も、まさか誰かが殺されたのだとは思うまい。誰も彼もが異変の前兆にすら気が付かないで、いつもと変わらない日常が明日も続くのだと信じているばかりなのだ。そんな当たり前を、僕は今からぶち壊す。
「神様がやれって言ったから」
リビングに倒れる両親を眺めながら、カレーライスを頬張る。僕好みの甘口だった。