伊吹ちゃんは強引な女の子
「先輩、今日はお昼に遊びに行っちゃいますね」
僕が陽香と学校へ向かっている時に真弓の友達である伊吹ちゃんが話しかけてきたのだが、僕の返答を待たずにそのまま走り去ってしまった。
「昌晃ってさ、本当にいろんな人にモテてるよね。好きな人とかいないの?」
「好きな人って、そういうのは全然だよ。人を好きになるほど深い付き合いとかしてないしね」
「それって、私達に対してもそう思ってるって事?」
「それはまた違うんじゃないかな。陽香たちの事は大切だと思うけど、好きってのとは違うでしょ」
「まあ、そうよね」
何となくだけど、陽香は僕の答えを聞いて満足そうにしていた。少なくとも、機嫌が悪くなっているということは無かったと思う。
「先輩先輩、遊びに来ました。今日って僕たちの午後の授業は高校見学なんですよ。それで、ちょっと早いけど遊びに来ちゃいました。真弓ちゃんも一緒に来る予定だったんですけど、走ってきたら置いてきちゃったみたいです。でも、授業までに間に合えばいいんで大丈夫ですよ」
「走ってきたって、中学校からここまで走ってきたの?」
「そうですよ。給食もパンだけ食べてこっちに来ました。クラスに大食いの子がいるんでその子に僕の分も食べてもらう事にしたんですけど、パンだけだとちょっとお腹空いちゃってるかもしれないです。僕はちょっとお腹空いちゃってるかも」
「そんなにお腹が空いてるならお弁当を分けてあげようか?」
「ええ、先輩のお弁当って今日は誰が作ったんですか?」
「今日は陽香だったと思うよ」
「うーん、それだったら先輩がお弁当食べてください。僕はそれを見て満足することにしますから」
「いや、そう言うわけにもいかないというか、購買にでも行ってなんか買うにも僕はお金を持ってきていないしな」
「大丈夫です。僕はちょっとくらいの空腹には耐えられますから」
「でも、じっと見られてるのは食べづらいというか、気になっちゃうよね」
「じゃあ、僕が先輩に楽しい話をしてあげるんでそれを聞きながら食べててくださいよ。でも、僕は人の目を見てないとお話が出来ないんでその点は気にしないでくださいね」
「いや、気になるでしょ。食べてる時にじっと目を見られるのって何か嫌なんだけど」
「まあまあ、そんな些細な事は気にしなくていいですからね。でも、先輩って僕と全然目を合わせてくれないですよね。もしかして、僕の顔ってそんなに見たくない程醜いですか?」
「そんな事ないよ。全然そんな事ないって」
「じゃあ、僕って可愛いですか?」
「え、それは、まあ、そう思うよ」
「ええ、そう思うよって、可愛くないって思ってるかもしれないって事ですか?」
「いや、そうじゃなくてさ」
「僕はちゃんと言ってもらわないとわからないな。先輩、僕の目を見て答えてもらってもいいですか?」
「ええ、それはちょっと」
「先輩にとって僕は可愛く見えないって事なんですね。一生懸命走って一秒でも長く一緒にいたいと思って先輩に会いに来たのに、先輩は僕の事可愛いって言ってくれないんですね。可愛くない僕なんて、どこかに行ってた方がいいですよね。迷惑かけてごめんなさい」
「いや、そういう言い方は良くないと思うよ。それに、みんなも注目しちゃってるし」
「それは先輩が注目されてるんじゃなくて、先輩に言い寄ってる僕が注目されてるだけなんですよ。だから、先輩は注目されてないって事です」
「それってさ、結局僕も注目されてない?」
「そうかもしれないけど、それは過程で会って結果ではないんです。大事なのは、最後に誰が注目されたかって事であって、先輩は最終的に注目されてないって事なんですよ。だから、僕の目を見て可愛いかどうか言ってもらってもいいですか?」
こんなに圧をかけられるものなのかと感心してしまっている僕がいたのだが、どう考えても伊吹ちゃんが言っていることは屁理屈でしかない。どうにもこうにも理屈が通っていないのだ。きっと、この場に真弓がいれば伊吹ちゃんもこんな事を言ってはいないと思うのだけれど、残念なことに真弓はまだ中学校を出てもいないというのだ。そもそも、本当に高校見学なんてあるのだろうか。
「もう、先輩が早く僕の事を可愛いって言ってくれないからみんな注目しちゃってますよ。何だったら、動画にとって真弓ちゃんに送ってみます?」
「いや、それはダメだと思うよ。そんな事をしても誰も幸せにならないでしょ」
「でも、僕は先輩に可愛くて愛しているよって言われたら嬉しいですけど」
「ねえ、なんか後半に付け加えてない?」
「そうでしたっけ。でも、先輩は僕の事を愛してないのにあんなことをしたんですか?」
「あんなことって、変な事はしてないよね?」
「先輩にとっては日常的な事だったかもしれないですけど、僕は男の人と二人でって初めてだったんですよ。でも、先輩ならいいかなって思っただけですし。先輩は何も悪くないですから。悪いのはそう思った僕なんですからね」
伊吹ちゃんは元気いっぱいで明るくて素直な子なのだ。ただ、その元気さが有り余っているせいで声も大きく、伊吹ちゃんの言葉はクラス中に響き渡っている。もしかしたら、他の教室にも届いているのかもしれない。
たぶん、伊吹ちゃんは意図的に周りの人が誤解を招くような事を言っているのだと思う。その証拠に、僕に何かを言っている時の伊吹ちゃんの顔は物凄く幸せそうで楽しそうな表情をしているのだ。後ろから見たらわからないと思うのだが、僕に向けているその表情は悪いことをして悦に浸っているようにも見える。
伊吹ちゃんが入ってきたときにはざわついていた教室内もいつの間にか水を打ったように静かになっていて、みんなが僕の行動を見守っているように感じていた。
「先輩って、僕の事嫌いですか?」
「嫌いじゃないよ。でも、あんまり強引なのは感心しないかな」
「僕は強引にしてるつもりは無いんですけど。先輩がちゃんと答えてくれないから意地悪しちゃったかもしれないですけど、それは僕が悪いんじゃないですからね。先輩が悪いんですからね」
「そうかもしれないね。ごめんよ」
このままどうにか誤魔化せないかと思っていたのだけれど、ちょうどいいタイミングで真弓が教室に飛び込んできた。真弓は勢いよく教室の扉を開いて入ってきたので、クラスのみんなが真弓に注目していた。
「ねえ、伊吹ちゃん。置いてくなんて聞いてないよ。なんで、走って行っちゃうのよ」
伊吹ちゃんは真弓の言葉に何も反応を返すことが出来ずに、顔を真っ赤に染めていた。それはどうしてかというと、みんなが真弓を見ている時に僕が耳元で伊吹ちゃんの言って欲しい言葉にちょっとだけサービスをして答えてあげたからだ。
それを聞いた伊吹ちゃんは今まで見たことが無いくらいに動揺していたのだが、真弓が強く詰め寄っているせいだと思われているみたいで僕は一安心していた。
一安心していたのだけれど、なぜか僕を見ている林田さんの目は今までに無いくらい冷たく鋭いものに変化していたのだった。




