林田さんは名前で呼ばれたい
「ねえ、二人でいる時は名前で呼んでくれるって言ったのにさ。今日は一度も呼んでくれないんだね」
「まあ、名前を呼ぶきっかけみたいなのが無いからじゃないかな。僕も普段からそんなに人の事を名前で呼んだりはしてないからね」
「それは嘘なんじゃないかな。昌晃君は前田さんの事を陽香って呼んでるし、前田さんの妹の事も名前で呼んでるでしょ?」
「それはいとこだからだし、名字で呼ぶことはまずないからね」
「別に呼びたくないならそれでもいいんだけどね。でも、呼んでくれないって言うなら、昌晃君が私の胸を触ったことを先生に言っちゃうかもな」
「それは良くないんじゃないかな。そんなこと言ったら桃ちゃんも先生に悪い印象を持たれちゃうと思うけど」
「やっと名前で呼んでくれたね。でも、私は先生に言ったとしても大丈夫だと思うよ。きっと怒られるのは昌晃君だけだと思うし、私は先生に守ってもらえると思うんだ。それはね、昌晃君がまだ先生たちの信用を得てないからだよ。ここに来てまだ一か月も経ってないんだから仕方ないと思うけど、私は幼稚園からずっとこの学校に通ってるし、私がどんな生徒なのかって情報も全部学校にはあるからね。それを考えると、私の言い分だけが通っちゃうと思うな。ねえ、昌晃君はそうなったらどうするの?」
「別にどうもしないよ。僕が桃ちゃんの胸を触ったのは紛れもない事実だし。それで桃ちゃんが嫌な気持ちになっちゃってたって言うんなら、僕はどうすることも出来ないかな」
「真面目だね。でも、そんなに真面目に考えなくてもいいんだよ。私はどうせ昌晃君と一緒に過ごせるのも七年くらいしかないしね。きっとさ、大学を卒業したら私達はまた他人に戻っちゃうんじゃないかな。もしかしたら、大学生になった時点で接点が無くなってしまうかもしれないけどさ」
「そんな事ないと思うけど。でも、大学って高校までと違ってクラス単位で何かをするって感じじゃないもんね。そうなると、学科が違ったらほとんど会うことも無くなっちゃうかもしれないんだね」
「そうなんだけどさ。そう考えるとなんか寂しい気分になっちゃうな。ねえ、もっと近くに行ってもいいかな?」
林田さんは僕の答えを聞く前に僕の膝の上に乗ってきた。今日は向かい合わせではなく僕に背中を向ける形で座っているのだけれど、髪を軽くまとめていることによって出来る首筋のラインがとても綺麗に見えた。思わずそこに手を伸ばしてしまいそうになってしまっていたが、僕は寸でのところでそれを思いとどまることが出来た。
「なんだか、私も昌晃君の知り合いの女の子の一人なのかなって思うと悲しくなっちゃうよね。でも、他の子は昌晃君の膝の上に座れないって思うと、それだけは少し優越感があるかも。こんな事って、前田さんもしたりしてるのかな?」
「陽香は乗ったことないけど、陽香の妹の真弓は時々僕の上に乗ってくるよ。今の桃ちゃんみたいな感じでゲームをやったりしてるかな」
「そうなんだ。でも、中学生なのにそんな事をして恥ずかしくないのかな」
「桃ちゃんは恥ずかしいの?」
「うん、少し恥ずかしいかも。今日は恥ずかしくて顔を見れないんだけど、昌晃君から離れたら顔ばっかり見ちゃうかもね。近いってのはなんだか緊張しちゃうよ」
僕はお弁当を食べながら話を聞いていて、時々相槌を返しているのだけれど、林田さんの箸はあまり進んでいないようだった。体調が良くないのかダイエットをしているだけなのかは聞いてみないとわからないのだけれど、いつもと違って少し思い詰めたような表情をしているように思えた。
時々振り向いて笑顔を見せてくれたりしているのだが、僕と林田さんの目が合うことは無かった。僕は目を逸らしていないので林田さんが目を逸らしていることになるのだけれど、何か思いつめるような事でもあるのだろうか?
「ねえ、何か考え事でもしているの?」
「え、なんで?」
「僕の思い過ごしかも知れないけど、桃ちゃんはいつもと何か感じが違うんだよね。いつもだったら僕に話しかける時に嬉しそうにしてる笑顔で目があったりするんだけど、今日は一度も目が合ってないと思うんだよね。教室でもそうだったし、この部室に来てからもそうだと思うんだけど、何か僕は悪い事でもしちゃったかな?」
「ううん。違うの。そうじゃないのよ。昌晃君は悪くないよ。何も悪くないよ」
「なんだか焦ってるみたいだけど、そんなに慌てないで落ち着いて話してくれていいんだからね。僕に出来ることだったら何でも協力するからさ」
「でも、こんなこと言ったら昌晃君に迷惑をかけることになると思うし。とりあえずさ、今は残ってるお弁当を食べようか。食べ終わったら私から話すんで、待っててくれると嬉しいな」
林田さんと今日初めて目があったのだけれど、その表情は今まで見たことが無いくら不自然な笑顔だった。いったい何がそこまで林田さんを追い詰めたのかわからないが、僕が力になれることなら何でも協力しよう。
クラスの代表と副代表という事ではなく、友人として助けるのは当然のことだと思うんだ。
「あのね、まだ昌晃君が食べられるって言うんだったらさ、私のお弁当の残りを食べてもらってもいいかな?」
「それは全然かまわないけど、悩みごとがあるから食欲わかないの?」
「悩み事はあるけどね、それはあんまり関係ないかな。どっちかって言うと、お腹がいっぱいになっちゃった」
「そういう理由だったら協力するけどさ、無理なダイエットとかしてるわけじゃないよね?」
「そんなに重く感じてるの?」
「そういう事じゃなくてね。年頃の女の子ってダイエットをしてる子が多いって聞いたことあるからだよ。桃ちゃんも真弓も同じくらいの体重なんじゃないかなって思うけど、身長は桃ちゃんの方が高いだろうし、そう考えると桃ちゃんの方が真弓よりも痩せてるって事だよね」
「私の事を褒めてくれるのは嬉しいんだけどね、他の人と比べて褒められるってのはあんまり嬉しくないかも」
「そんなつもりでもないんだけどね。でも、桃ちゃんはダイエットをする必要なんて無いと思うよ。だから、あんまり食べないのも良くないと思うな」
「あのね、私がお弁当を食べきれないのは単純にお腹がいっぱいだからなんだよ。ダイエットはしてないし、するんだったらもっと小さいお弁当にして持ってくると思うよ」
「無理してるわけじゃないってことで良いんだよね?」
「うん、無理はしてないよ。でも、我慢していることはあるんでそれを聞いてもらえたら嬉しいかも」
「僕で力になれそうかな?」
「と言うか、昌晃君じゃないと解決出来ないことだと思う。それでね、恥ずかしいけど聞いてもらってもいいかな?」
「うん、何でも聞くよ」
林田さんは僕の膝の上で軽く座り直していた。僕から降りて自分の席に戻るつもりはないようなのだけれど、相変わらずこちらを向くつもりもないみたいだ。
「あのね、私は昌晃君の事がずっと忘れられないの。でも、直接顔を見ることも出来ないんだよね。恥ずかしいってのもあるんだけど、この体勢が一番良いって言うか、きっとこれ以外ないんだろうなって思ってるんだ」
「話が見えないんだけど、どういう事?」
「ちょっと手を借りてもいいかな?」
僕は持っていた箸を箸箱に戻した。何も持っていない手ぶら状態になった僕の右手を林田さんは両手で持って、以前と同じようにワイシャツのボタンの隙間に僕の手を押し込んだ。
「ちょっと、何してるの?」
「何してるのって、この前みたいに触ってもらいたいなって思ってね」
「思ってねって、こんなことは良くないと思うよ」
「でも、あの一瞬だけ触れられた感触が忘れられないの。ねえ、今度は前よりももっとしっかり触ってもらってもいいかな?」
「そんなこと出来ないよ。だって、こんな事って良くないと思うもん」
「良くない事かもしれないけどね。優等生だって時には悪い事しちゃうんだよ。ねえ、優等生の昌晃君」
「でも、本当にこんな事って良くないよ。これがしたくて僕の膝の上に座ったって事?」
「そうだよ」
林田さんは上半身を思いっ切り反らして僕の耳元に口を近付けて囁いた。林田さんが背中を思いっ切り反らしたことで僕の右手が林田さんのブラジャーに出来た隙間に入ってしまったのだが、体を逸らせた勢いに乗って僕は林田さんの柔らかい弾力的な部分の中にある固く膨らんでいる部分に指が触れてしまった。
その瞬間に林田さんは短いのに色っぽい声を出していた。僕はその声を聞いてどうにかなってしまったようで、もう一度その声を聞きたいがために林田さんの胸にある固いふくらみを何度も何度も撫でたりつまんだりしてしまった。
その度に林田さんの口から吐息と共に色っぽい声が聞こえてくるのだが、この部室にいるのは僕だけなので誰もそれを聞くことは出来ないのだ。
林田さんは僕の手の動きを止めるでもなく受け入れているのだけれど、時々僕を見る表情がとても綺麗で美しいと思ってしまった。
触れば触るだけ綺麗で美しくなっていく林田さんを見ていると、僕はいつまでもその顔を見ていたいと思うようになっていた。
僕は林田さんのその表情を見たいし、色っぽい声も聴きたい。そんな事もあって、僕は昼休みの時間を思う存分使ってその好意を堪能してしまった。
ただ、僕は少ししつこくし過ぎてしまったようで、林田さんは自分の意思で歩いて教室に戻るのは難しそうに見えてしまっていた。




