真弓は頭が良いので察してしまう
昨晩は何か良くないことがあるのではないかと思っていたのだけれど、僕がお風呂から出てきたときには真弓はもう寝ていたので何事もなく時間が過ぎていた。
僕は真弓の事は嫌いというわけではないのだけれど、時々感じる狂気的な部分に恐怖を感じることはある。普段はとてもいい子であるし、ゲームや漫画の趣味も合うので本当の兄妹だったらいいと思うのだけれど、僕の好きと真弓の思っている好きの意味にズレが発生しているように思う事も多い。
僕は寝る時に壁側を向いて寝る癖があるのだけれど、今日はいつも以上に壁が近い。というよりも、背中から後ろに誰かいるという事が感じ取れるのだ。僕は恐る恐る後ろを振り向いたのだが、そこには僕が予想した通りの展開が待っていた。
「お兄ちゃんおはよう。今日から一か月かは仮で恋人同士だね。恋人らしく朝はおはようのチューから始めようか。ほら、恥ずかしがらなくてもいいからね」
「おはよう真弓。何を言っているのかよくわからいけれど、着替えたいんで出て行ってもらってもいいかな?」
「もう、恥ずかしがり屋さんなんだから。じゃあ、お姉ちゃんたちの見てる前でおはようのチューをしようか」
「しないよ」
「まあいいわ。とにかく、今日はやることいっぱいあるから楽しみにしててね」
そう言えば、僕は了承した覚えはないのに一か月毎の順番で僕が彼女たちと恋人ごっこをする事になっているようだ。天野さんから沙緒莉姉さんを守るために外で恋人のふりをするのはまだ理解出来るのだけれど、家の中でもそれを継続するという事は理解出来なかった。
それにしても、真弓は意外と物分かりが良いのだと改めて感じていた。もっとしつこく言い寄ってくるのかと覚悟もしていたのだけれど、意外とあっさり引き下がったのは凄いことが待っているようで逆に怖くもあった。
でも、僕はそんな事は気にせずに残りの休みを満喫することにしようと思う。
「あ、お兄ちゃん。さっきはしてくれなかったけど、おはようのチューはまだかな?」
「おはようのチューって何よ。そんなのやりすぎだって」
「もう、陽香お姉ちゃんは気にし過ぎだよ。そんなの今時当たり前なんじゃないかな」
「今時当たり前って、そんなわけないでしょ。そんなことしてる人なんて見た事ないわよ」
「でも、パパとママは真弓たちの前でも平気でやってたよ」
「そう言えばそうだったかも。ここにいることに慣れ過ぎて忘れてしまっていたけど、すっかり忘れてたわ」
「おじさんとおばさんが良い人だからってパパとママを忘れるのは可哀想だよ。そんな事を知ったら二人とも悲しんじゃうんじゃないかな」
「別に忘れてたってわけでもないんだし、真弓が言わなければ問題無いわよ。言わないでね」
「わかった。言わないでおくよ」
「ありがとう。それにしても、なんで今日はジャージなのよ?」
「なんでって、今日は外に出る用事もないし、リラックスした感じで過ごそうかなって思ってね。だって、今日から来月までは真弓がお兄ちゃんの彼女だからね」
「あんた、それ本気だったの?」
「うん、もちろんだよ」
「だから、おはようのチューとか言ってたのかい。でも、昌晃はそれに乗り気じゃないみたいだけど、それでいいの?」
「良くないよ。お兄ちゃんはもっと真弓に乗ってきてくれないとダメだよ」
「ダメって言われても、僕はそれを了承した覚えは無いんだけどね」
「確かに、お兄ちゃんの意見は聞いてなかったかもしれないけどさ、真弓だって沙緒莉お姉ちゃんみたいにお兄ちゃんと仲良く腕を組んで歩いたりしたかったんだよ」
「腕を組むくらいならいつでもできるでしょ。何だったら、あんたは付き合うとかそういう以前から昌晃の腕に抱き着いてたりしてたじゃない」
「あ、言われてみたらそうかも。お兄ちゃんの特別な人になりたいって思ってたら、そういうのも忘れちゃったかも」
「わざわざそんな事を言わなくたって昌晃は真弓にも優しくしてくれてるんだから気にしなくていいでしょ。それにさ、昌晃の事が好きなんだったら困らせるような事をしちゃダメでしょ」
「ええ、お兄ちゃんって真弓にベタベタされるの嫌なの?」
「嫌ってわけでもないけど、あんまりそういうのに慣れてないからね。真弓はやり慣れてるの?」
「やり慣れてはいないけど、パパにはそんな感じで接してたことが多かったかも」
「あれ、もしかして、真弓はパパに会えなくて寂しいのかな?」
「最初のうちは寂しいって思う事もあったけど、今ではお兄ちゃんもおじさんもおばさんも優しいから大丈夫だよ。それに、学校にも何人か友達出来たしね」
「そうなんだ。じゃあ、こっちの学校を受けて正解だったね」
「うん、こっちは皆真弓とちゃんとお話ししてくれるから嬉しいよ。お互いに勉強でわからないところとかあっても聞き合えるし、運動苦手な子のためにもみんなで出来ることを考えたりしているからね。小学校とは全然違うと思うよ」
「真弓が馴染んでて嬉しいよ。私もこっちの学校の方が友達多い気がするかも。あっちの学校でもそれなりに友達はいたんだけどさ、こっちの学校の方が話してても疲れるって事が少ないかもしれないんだよね」
「それはわかるかも。なんかさ、ちゃんと会話が成り立つって大事なんだなって思うんだよね。お兄ちゃんもそうなの?」
「え、僕?」
「うん、お兄ちゃんはどんな友達がいるの?」
「えっと、友達ってどの程度だと友達って言っていいのかな?」
「そんなに深く考えなくてもいいんじゃないかな。休憩時間に話をしたり、一緒にお昼ご飯を食べたり、放課後にちょっと残って話をしたりとか。そんなんで友達認定してもいいと思うよ」
「それくらいだったら何人かいるかも。一緒に遊んだことは無いけど、お昼は毎回誰かが誘ってくれるかも」
「それってさ、陽香お姉ちゃんの事を好きな女子たちの話だよね?」
「うん、そうだけど」
「お兄ちゃんってさ、男友達を作るつもりはないのかな?」
「いや、そのつもりはあるんだけどさ。いまだに僕と陽香が一緒に登下校しているのが気に入らないって男子が多いんだよね。外部生同士で固まってるのってあんまり印象良くないのかもしれないけどさ、陽香は僕と一緒じゃないと学校にも行けないし家に帰ることも出来ないもんね」
「いやいや、別に昌晃が一緒じゃなくても登下校くらい出来るわよ。別に私は方向音痴ってわけでもないんだからね」
「それなら、休み明けは別々に家を出ることにする?」
「そっちの方がいいって言うんならそうしてあげてもいいけど、朝は同じ時間に家を出るんだから別々に行く理由も無いんじゃないかな。何だったら、昌晃は私の十分後に家を出ても間に合うんじゃないかな」
「今でもギリギリにつくかどうかって話なのにさ、十分も遅く家を出たら遅刻しちゃうじゃない」
「そんな事ないでしょ。昌晃は自分のペースじゃなくて私のペースに併せてくれてるんだし、普通に歩けば間に合うでしょ。何だったら、私より先についてる可能性だってあるんだからね」
「へえ、やっぱりお兄ちゃんは優しいんだね。でもさ、それだったら帰りにお兄ちゃんが陽香お姉ちゃんを待たなくてもいいって事じゃない?」
「いや、別に昌晃が私を待ってるって事でもないのよ。どちらかと言えば、私が待ってることの方が多いしね」
「そうなの?」
「うん、そうかもしれない。僕は意外と陽香を待たせてるかも」
「なんでそうなってるの?」
「そのほとんどが陽香の話を女子たちにしているって事なんだけど、陽香の話をしている時に陽香がやってくるとみんな緊張して逃げちゃうんだよね」
「そうなのよね。昌晃のクラスの女子たちが私の事を気に入ってくれているらしいって知ってからさ、話しかけようとしてもみんな目も合わさずに逃げちゃうのよね。私もお話ししてみたいんだけど、目の前に行ってみてもお互いに何も言えないんだよね」
「いや、お姉ちゃんは何か言いなよ」
「ええ、そんなこと出来ないよ。だって、恥ずかしいんだもん」
「別に恥ずかしくは無いでしょ。そうだった、お姉ちゃんは恥ずかしがり屋だからそういう場面に出てしまうと、自分からは何も話せなくなっちゃうんだよね」
「それは確かにそうなんだけどさ、私の事を好きだって気持ちがあるんなら話しかけようよ。私だって嬉しいんだからね」
「じゃあ、学校が始まったらそれを女子に伝えておくよ」
「ねえ、わざわざ女子に言わなくてもいいんじゃないかな。男子が陽香お姉ちゃんに気軽に話しかけるのは嫌だけど、女子にお兄ちゃんが親しげに話すのも嫌なんだよね」
「まあ、昌晃はなぜか学校中の男子から敵認定されているからね。私のクラスはそうでもないんだけど、他のクラスの男子は昌晃に意地悪クイズを出したりしているもんね」
「意地悪クイズって何よ?」
「そのまんまの意味だよ。普通に生きていたら絶対に解けないような問題を出してくるのよ」
「そんなことして何になるっていうのよ」
「まあ、出す方は問題を作ることで勉強にもなるし、クイズにするようなインパクトのある出来事を問題にまとめることでも勉強になるって事なんじゃないかな。昔から伝統的にそういう文化があるみたいなんだけど、昌晃に対して出される問題は過去三年間の問題数を抜いているって噂だよ」
「変な文化があるのね。それにしても、お兄ちゃんに男友達がいないってのは意外だったわ。一人くらいはいるんでしょ?」
「友達なのかはわからないけど、たまに話しかけてくる男子はいるかも。男子はあまり僕に話しかけてこないんでビックリしたけど、その子は割と僕に話しかけてくるかも」
「その人って、男が好きなタイプじゃないよね?」
「違うと思うけど、なんとなく天野さんに似てる感じかも」
「天野って、沙緒莉お姉ちゃんのストーカーの人?」
「うん、そうだよ。でも何か関係でもあるのかな?」
「さあ、学校が始まったら聞いてみたらいいんじゃない?」
「そうしてみようかな。それよりもさ、真弓はいつまで僕の膝の上に座っているの?」
「あ、無意識のうちにそうしてたかも。でも、恋人同士なんだからいいでしょ?」
「恋人って、一か月だけの話でしょ」
「いや、僕はそれを了承した覚えは無いんだけど」
僕は膝から太ももにかけて真弓の重さを感じていたのだけれど、座り方のせいなのかそれほど重さを感じていなかった。
今日はジャージを着ているから何かが見えるということは無いのだけれど、足に感じる真弓の重さとぬくもり。それと、シャンプーのいい匂い。
ひょっとしたら、下着が見えてしまうよりもこっちの方が僕には辛いのかもしれないと思ってしまった。
それにしても、真弓はいつになったら動いてくれるんだろうか?
僕はそんな事を考えながら真弓の体温を感じていた。




