沙緒莉と買い物に行く
いつものように買い出しに出かけることになったのだけれど、今日はなぜか僕と沙緒莉姉さんが二人で買い物に行くことになった。どうしてそうなったかというと、単純に陽香と真弓が面倒くさがったからなのである。
夕方から始まるネット配信のライブを見たいそうなのだが、買い物に行っていてはそれの開始時間に間に合わないからという理由だそうだ。
僕はそのライブに興味は無かったのだけれど、それは沙緒莉姉さんも同様のようで、ライブ配信を視聴するよりも僕との買い物を優先してくれていたのは少し嬉しかった。家では露出狂の沙緒莉姉さんも一歩外へ出ると常識人になるのだが、出来ることなら僕の前でもそうあってほしいと願っていた。
「今日は順番が変わって昌晃君が料理の担当になっちゃったけど、何を作る予定なのかな?」
「何も考えてないんですけど、生姜焼きとか食べたいなって思ってますよ」
「それってさ、一から作るつもり?」
「いえ、生姜焼きのもとみたいなやつがあればソレを使おうかと思ってます。そっちの方が失敗もないだろうし、お金もかからないと思いますからね」
「そうかもしれないけどさ、こんな時くらいチャレンジしてみたらどうかな?」
「それも考えてはいたんですけど、生姜焼きのレシピを見ているとそういう気持ちはどこかに消えちゃったんだよね。沙緒莉姉さんは一から生姜焼きって作れるの?」
「私は作ったことないからわからないけど、たぶん失敗すると思うな」
「沙緒莉姉さんも失敗することあるんですか?」
「そりゃね。失敗の一つや二つくらい誰にでもあるでしょ。でも、それをそのままで終わらせるかどうかってのは重要になると思うんだよね。だから、昌晃君も失敗してそれを糧に良いモノを作れるようにならなくちゃね」
「いや、僕はそういうの間に合ってます」
「そうだとは思ったけどさ、若いうちは失敗してもいいんじゃないかなって最近思うんだよね」
「沙緒莉姉さんだって若いじゃないですか」
「そう言ってもらえるのは私も嬉しいんだけど、中学生の真弓と比べちゃうとこれでも大人だったりするからね」
そんな事を言いながらいつもとは違うスーパーに向かう僕たち。この決断は間違いだったとわかるのはもう少し時間が経ってからの話だった。
僕にとって生姜焼きは毎日食べても食べ飽きないものなのであるが、僕の場合は一年間毎日同じ物が食卓に並んだとしても気にすることは無いと思う。それくらいに生姜焼きは好きなのだが、ただ好きだという気持ちだけではない何かを感じていたりもした。
買うものと言えば豚肉と生姜焼きのタレ的なものなのだが、その両方とも比較的簡単に見つけることは出来た。豚肉はロースにするかバラにするか厚切りにするかで悩んだのだけれど、沙緒莉姉さんのリクエストにこたえる形で僕は豚バラ肉を選ぶことにした。
「沙緒莉姉さんって家で作る生姜焼きは豚バラなんですか?」
「私は家で生姜焼きを作ったことは無いし、ママが作ってくれたことも無かったよ」
「それなのになんで豚バラ肉を選んだんですか?」
「何となく、かな。それに、豚バラ肉の方が美味しいじゃない。私が好きだからって理由かもね」
「まあ、好きなら仕方ないですよね。それに、豚バラ肉で作った方が美味しいかもしれませんね。あとは生姜焼きのタレを探すだけなんですけど、無かったら焼肉のタレとかでもいいですかね?」
「焼肉のタレを使ったら焼肉定食になっちゃうんじゃないかな。焼肉のタレにしょうがを入れたとしてもそれは生姜焼きとは呼べないと思うよ」
「でしょうね。でも、すぐそこに生姜焼きのタレが売ってるから大丈夫ですね」
探すのに苦労するかと思った生姜焼きのタレであったが、豚ロース肉のすぐ近くに何種類か目的のタレが置いてあったのだ。豚バラ肉ではなく豚ロース肉の近くにあるということは、生姜焼きを作る時は豚ロース肉を使おう。スーパー側からのそんなメッセージを受け取った。でも、今日の僕は生姜焼きを豚バラスライスで作ることにしているのだ。
「あ、斎藤君だ。このスーパーに買い物にきてるって事は、この近所に住んでるの?」
「いや、そんなに近くないかも。吉川さんはこの近くに住んでるの?」
「うん、私はすぐ近所だよ。歩いて五分もかからないとこ。でも、近所じゃないのに何でこのスーパーに買い物にきてるの?」
「別に深い意味は無いかも。たまたまかな」
「そっか、たまたまなんだ。で、隣にいる綺麗な人は斎藤君の彼女?」
「はい、昌晃君の彼女の前田沙緒莉です。いつも昌晃君がお世話になってます」
「あ、こちらこそ斎藤君にはいつもお世話になってます。ホントに彼女だったんだ」
「いや、違うよ。この人は僕の彼女じゃなくていとこの沙緒莉姉さん。隣のクラスの前田陽香のお姉さんだよ」
「え、そうなんだ。遠くから見ててお似合いだったからてっきりそうかと思っちゃった。でも、前田さんのお姉さんか。私は前田さんの事をちゃんと知っているわけじゃないけど、言われてみたら似てるような気もするね」
「似ているところも似ていないところもあるんだけどね。でも、似てるとこの方が多いかな」
「ところで、今日は何を買いに来たの?」
「晩御飯の買い物だよ。今日は僕が晩御飯を作る当番になっちゃったからね。それで何か良いの無いかなって思って買いに来たんだよ。吉川さんは?」
「私は親についてきただけなんだ。帰りに二階でクレープを買って帰るのが目的なんだけど、もうしばらく時間がかかりそうだなって思ってね。今日齋藤君に会ったことを他の人に行ってもいい?」
「どうして?」
「だって、斎藤君のいとこのお姉さんって隣のクラスの前田さんとは違う美人だから友達にも教えたいから」
「僕は別に構わないけど、沙緒莉姉さんは平気?」
「私もかまわないけど、そんなに美人だと思ってくれるの?」
「思いますよ。だって、お姉さんって細身なのに出てるところは凄いし、顔も整ってますもん。もしかして、モデルとかやってたりするんですか?」
「そういうのはやってないけど、褒めてくれてありがとうね。えっと、吉川さんだっけ。あなたも可愛くて素敵だと思うよ」
「ありがとうございます。お姉さんにそう言ってもらえると嬉しいです。ねえ、斎藤君も私の事を可愛いって思ったりするのかな?」
「クラスの中でも可愛い方だとは思うよ」
「クラスの中でもか。学校の中だったら可愛くないって事かな?」
「そういう意味じゃないんだけどね。まだ、他のクラスの事がよくわかってないから決められないなって思っただけだよ」
「じゃあ、ゴールデンウィークが明けたら私が何番目に可愛いか教えてね」
「いや、そういうのはあんまりよくないんじゃないかなって思うんだけど」
「別にいいじゃない。斎藤君の主観で良いからさ。じゃあ、ママが呼んでるから戻るね。また学校でね」
「あの子ってさ、昌晃君の事好きなのかな?」
「そういうのじゃないと思いますよ。他の人にもあんな感じで優しいですからね」
「そうなんだ。でも、いい子そうだよね」
「ですね。いい子だとは思いますよ」
僕たちは二階のクレープが気になっていたのだけれど、どうせ食べに行くのならみんなで行った方がいいだろうということになって、また別の機会に来た時にみんなで食べに行くことにした。ちなみに、僕はクレープというものをちゃんと食べたことは無いので、どんなものが美味しいのかわからない。沙緒莉姉さんは定番のチョコバナナが好きだとのことだが、チョコバナナが定番という事も今初めて知ったことであった。
買い物から帰宅して買ってきた食材をキッチンに運んでいたのだが、リビングのテレビの前で食い入るように画面を見つめている陽香と真弓の姿がチラッと確認することが出来た。
ライブ自体はまだ始まっていないようなのだが、テレビ画面には会場の様子が映し出されていた。時々歓声が上がっているのでライブが始まったのかと思って見てみると、そこに映しだされているのは今日ライブを行うアーティストのCDの宣伝映像や出演している番組の宣伝映像だった。
何時からライブが始まるのかわからないのだけれど、いつも通りの時間に向けて料理を作ってもあの二人は食べてくれなさそうだとは思った。その点を沙緒莉姉さんと話してみた結果、ライブのアンコールの一曲目が終わったくらいに作り始めればいいのではという結論に至った。
それまでは特にやることも無いのでライブを一緒に見てもいいのだが、僕は自分の部屋でやりかけのゲームでも進めてみようかと思っていた。沙緒莉姉さんはいつもよりだいぶ早いのだが、とりあえずお風呂に入るそうだ。てっきり、沙緒莉姉さんは料理の時間まで寝て待つのかと思っていたのだが、早い時間にお風呂に入るのもよさそうだとは思った。
「なんだったら昌晃君も一緒に入る?」
「一緒に入らないですよ。毎回聞いてくるけど、僕の答えは変わらないですから」
「そっか、ちょっと残念だな。でも、吉川さんに誘われたら、一緒に入るのかな?」
「いや、入らないでしょ。第一、そんな事を誘ってくるとも思えないですし」
「そうなのかな。でも、意外と好意を向けられている人ってそれに気付かないもんなんだよね」
沙緒莉姉さんは何か含みのある笑顔で僕にそういうと、リビングから出ていった。
僕の目の前にはまだライブも始まっていないというのに画面にくぎ付けになっている陽香と真弓がいる。
僕が自分の部屋に戻るためにリビングの扉を開けたのだが、二人はそれに関しても全くの無関心だった。いつもならどちらかは僕に話しかけてくると思うのだけれど、それが無いというのも少し寂しいものだと感じてしまっていた。
部屋に戻る途中に沙緒莉姉さんとすれ違ったのだが、沙緒莉姉さんは下着姿のまま一階のお風呂へと向かっているようだった。今は下着姿なのに手には着替えを一式持っているのに違和感を覚えたのだが、下着姿で歩いている沙緒莉姉さんを見るのが僕の中で普通になりつつあるのだけれど、それは決して普通ではないという事に気付いたのは自分の部屋に入ってからだった。
そして、今日はなぜか沙緒莉姉さんが履いていたパンツを少しだけ下ろして足の付け根を見せてきたのだが、僕にはその行動にどんな意味があるのかわからないままだった。きっと、後で理由を聞いても教えてはくれないんだろうなと思いながら、僕はゲーム機の電源を入れるのであった。




