真弓は逃げることが出来ない
僕は以前から薄々感じてはいたのだが、沙緒莉姉さんは下着を見せることに喜びを感じる人なのではないだろうか。昨日の夜はそれについて確信は持てなかったのだが、下着だけを身に着けて僕の前に出てきたという事はそれが間違いではないという証拠ではないだろうか。ただ、そうではないという可能性も無いわけではない。それは、僕の父さんの前ではそう言った姿を一切見せていないという事なのだ。考えたくはない事ではあるが、沙緒莉姉さんは僕の事をいまだに小さい子供だと思っているために、下着くらい見せても何の問題もないだろうと思っている可能性も否定できないのだ。
「ねえ、昌晃君のパーカーいい匂いするよ。陽香も一着借りちゃえば?」
「ちょっとお姉ちゃん。そういうの良いから早く準備してよ。買い物に行くの遅れちゃうよ」
「買い物って、私も行かないとダメなの?」
「ダメって事はないけど、お姉ちゃんも一緒に行った方が買い忘れとか無くなると思うし」
「買い忘れって、何を買うつもりなのよ?」
「今日はママの作ってくれた餃子を作る予定なんだけど、お姉ちゃんも手伝ってくれるよね?」
「餃子だったら手伝えるよ。でも、味付けとかは陽香に任せちゃおうかな。私ってば、まだあんまり味付けに自信無いからね。それに、昌晃君がどんな感じの味付けが好みなのかも把握してないし」
「なんでそこで昌晃が出てくるのよ」
「なんでって、そこに昌晃君がいるからでしょ」
「そうかもしれないけどさ、だからっておばさんとか真弓も食べるんだよ」
「まあまあ、そんな事は今はいいじゃない。さ、さっさと買い物を済ませて準備しないとお昼に間に合わないんじゃないかな?」
「もう、お姉ちゃんのせいで遅くなってるんだからね。私が悪いみたいに言わないでよ」
僕よりも身長の低い沙緒莉姉さんが着ているパーカーはまるでワンピースみたいに見えていた。真弓の時みたいに下にショートパンツを履いているのはわかっていたのだけれど、うまい具合に裾で隠れているので何も履いていないようにも見えた。渡したパーカーの裾リブの部分が少しきつめに出来ているのも見えにくくなっている要因なのかもしれない。
「さあ、もう行くからね。化粧とかしなくてもいいからさっさと行くよ」
「そうは言ってもさ、少しくらいは化粧しとかないとダメでしょ。ノーメイクで外に出るわけにはいかないって」
「もう、あとどれくらい待てばいいの?」
「そうだな、五分……いや、三分あればいいかな」
「たったそれだけならしなくても一緒でしょ。いいから早く済ませといてよ」
「わかったからそう焦らせないでね。陽香にも軽くしてあげようか?」
「私はそいう言うの良いから、高校は化粧禁止らしいから卒業してからね」
僕は化粧にどれくらい時間がかかるのかわかっていないのだけれど、三分というのが物凄く速いという事だけは理解できていた。それに、三人ともお風呂上りでも顔が変わっていなかったという事に今気が付いた。化粧をしているのならお風呂上りに顔が変わっていてもおかしくないと思うのだけれど、多少眉毛が薄いなと思ったくらいでほとんど変化のない三人だったと思う。
僕たち三人は買い物に行くために階段を下りているのだけれど、先頭に立っている陽香が立ち止まって僕たちを見上げていた。
「ねえ、お姉ちゃんは本当にその格好で行くつもりなの?」
「そうだけど、上に一枚着た方がいいかな?」
「うん、そうした方がいいと思うよ。あと、中にちゃんとズボンとか履いた方がいいと思うよ」
「どうして?」
「だって、これくらいの角度でも中が見えちゃうから」
「ええ、見えないと思うんだけどな。だってさ、これから買い物に行くのってスーパーでしょ?」
「そうだけど、それがどうかしたのかな?」
「スーパーだったら階段を使うことも無いだろうし、そうやって陽香みたいに中を覗こうとする人なんていないよ」
「ちょっと、私が好きで覗いているみたいな言いがかりはやめてよね。もしかしてって思って振り返ったら、そうだったってだけの話じゃない。あと、昌晃は振り向かなくていいからね」
僕には振り返って沙緒莉姉さんのパンツを見ようという気持ちなんてないのだ。パンツだったらさっき見ているし、この状況で振り返ってパンツを見ようとしてしまったら、この先ずっと顔を合わせづらいと思うのだ。
「残念でした。昌晃君はさっき私の下着姿を見てるんで今更見られたところで何も変わりません。あ、さっきとは違うパンツに履き替えたの忘れてた。だから、今のうちに見とくとさっきと違うパンツかもしれないよ」
「そんなウソついてどうするのよ。私はずっとお姉ちゃんを見てたけど、履き替えてないじゃない」
「もう、そんなのバラしちゃだめだよ。もしかしたらって振り返ってたかもしれないじゃないの」
「そうならないように言ったのよ。そんな事はどうでもいいから、その格好で行くってことならちゃんとコート着てね」
「そんなに怒らなくても大丈夫だから。陽香が怒ってると昌晃君も困っちゃうよ」
「もう、そう言って怒らせているのはお姉ちゃんなんだからね。もういい、そんなこと言うなら私一人で行っちゃうよ」
「ちょっとちょっと、謝るから怒らないでね。私も反省するからさ」
「本当に?」
「本当だって、外では変な事しないって誓うから」
「家でもそうしてくれると助かるんだけどな」
沙緒莉姉さんは宣言通りに外では何も変な事はしなかった。むしろ、陽香よりも率先して食材を選んでいたりもしていたのだ。僕は目の前に似たような白菜を二つ出されてもどちらが良いのか選ぶことなんて出来ないのだが、沙緒莉姉さんは少し見ただけで良さそうな野菜を選び出していたのだ。僕にはその野菜の違いがさっぱり分からないのだけれど、それは陽香も同じだったようで、沙緒莉姉さんの手際の良さにしきりに感心しているようだった。
そして、僕たちは何事もなく買い物を終えて帰宅したのだった。相変わらず、リビングでは母さんと真弓の対戦が続いているのだった。
「じゃあ、さっさと調理しちゃいますか。お姉ちゃんと昌晃は食材を使いやすいように並べといてね。あと、お姉ちゃんが買ったアイスとかもちゃんと冷凍庫に入れといた方が良いよ」
僕は買ってきたものを袋から出して適当に並べたのだが、沙緒莉姉さんはそれらを全て陽香の使いやすい位置に移動させていた。こればっかりは全く初めての経験をしている僕には無理な事だろうと思いながらも、何となくでその置かれている位置を覚えるように見ていたのだった。
「じゃあ、私達は餃子の餡が出来るまで二人の戦いを見守ろうか」
「でも、それだと手伝い出来ないんじゃないですか?」
「それは大丈夫だよ。餃子を作る時は役割分担しないとね。味付けとか餡作りは陽香の仕事で、私と昌晃君は包む係なのよ。真弓とおばさんで焼いてもらえばいいかなって思うけど、あの感じだとまだゲームは終わらなそうね」
「ご飯を食べ終わってからずっとって事は、とんでもない回数の対戦をしてるって事じゃないかな?」
「そうかもね。真弓って意外と負けず嫌いだし、おばさんもそんな感じがするのよね。普段は全然そんな感じは無いんだけど、あのゲームをやってる時は真剣そのものって感じだもんな。もしかしたらさ、みんなでゲームやったら私が一番下手って事もあるかもしれないよね」
「いや、ゲームにもよると思うけど、父さんの方がゲームが苦手だと思うよ。沙緒莉姉さんってあんまりゲームやったりしないの?」
「私はあんまりゲームやらないかな。やったとしてもみんなでワイワイできるやつだと思うし、そういうゲームって一緒にしてくれる人がいないと楽しくないからほとんどやらなくなったね」
「確かにね、僕もパーティーゲームってあんまりやったことないよ」
「あ、なんかごめんね」
「え、なんで謝ってるの?」
「いや、なんとなくかな」
「そっか」
僕たちは無言になってゲームを眺めていた。どっちが優勢なのかぱっと見ではわからないのだけれど、対戦成績でもそれほど差がついていないので優劣は付けられない感じに見えていた。
そんな僕たちの様子を不審に思ったのか、ゲームをやっている真弓が話しかけてきたのだ。
「昌兄ちゃんはさ、沙緒莉お姉ちゃんの言う事をいちいち真に受けない方が良いよ。沙緒莉お姉ちゃんって意外と自由人なところがあるから振り回されちゃうかもしれないしね」
「何となくだけどそれは分かったかも」
「ちょっと、本人目の前にして二人で悪口いうのは良くないと思う」
「悪口じゃないよ。沙緒莉姉さんが凄いって事だからね」
「そうそう、沙緒莉お姉ちゃんは何でも出来るもんね。ゲームと料理は苦手みたいだけど、そんなの生きていくうえで必要とは限らないしね」
「いや、料理は普通に必要でしょ」
「僕も料理は必要だと思うな」
思わずそう言ってしまったのだが、真弓の後姿を見ていると耳だけではなく首まで真っ赤になっていたので、この冗談はイケると思って言ってしまったのだろう。僕はどこに対してダジャレが入っているのか気付かなかったのだけれど、おそらく料理が生きていくうえで必要ないという部分がダジャレと言うかボケなのだろう。そう考えると、わかりにくい冗談は考えている時間が変な間になってしまうので、それらを理解した時には面白いとか面白くないという次元での話ではなくなっているようだ。
ちなみに沙緒莉姉さんはソファーに座っていて、僕はテーブルに持たれるような形で床に直接座っている。そして、僕の視線は二人の対戦している画面に向かっていた。
僕が座った位置が悪いという事は理解しているのだけれど、下着の上にパーカーを一枚着ているだけの沙緒莉姉さんにも何らかの制裁が加えられるといいな。とそんな事をうっすらと思っていた。




