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四列強の現状 1970年代

 四列強の現状 1970年代



 1970年代になると、世界は四列強によって分けられるようになってきた。


 国家社会主義連盟、北大西洋条約機構、東アジア条約機構、スペイン連合である。

 この中で、圧倒的な経済力を持ち、強い軍事力を持っていたのがNATOである北大西洋条約機構である。


 世界大国であるアメリカ合衆国は全盛期であり、その脇を英国、フランスなどの欧州諸国が固めていた。

 フランスや、英国は第二次世界大戦で被害を受けたが、そもそも社会基盤がない東欧や東南アジアと比べるとぜんぜん強い経済力を保持していた。

 1970年代は、アメリカが超好景気であり、経済成長が続いており、アメリカドリームの真っ最中であった。

 キューバ危機はあったものの、それ以降は大きな戦争はなく、平和に過ごしていた。

 カナダもまた、1976年のモントリオールオリンピックで好景気になっていたし、軍備に関しても最強のアメリカを前面に出していた。

 アメリカはキューバ危機以降特になかったが、英国は、社会保障改革が実行された。

 まぁこれといったことは、北米含めた西欧では起こらなかった。



 


 東アジア条約機構では、未曾有の好景気が訪れていた。

 日本は対外輸出の黒字が1976年に最高に達したし、国内では高度経済成長からのバブルの原型ができはじめていた。

 自動車産業や、造船業界は未曾有のバブルで、設備投資が続いていた。

 国民所得も18000$を超えて、景気の実感は日本国内の隅々まで届き渡っていた。

 電化製品、特に白物家電は欧米で安価で高品質の日本製が売れまくっていた。

 方や、社会基盤の整備も続いていた。

 1964年の東京オリンピックで進んだ首都東京の整備はさらに加速していた。

 1973年には東京都の人口が850万人を突破し、都内の住宅不足は逼迫していた。

 東京都は多摩地区にニュータウンを多数建設していた。

 他にも、上下水道の整備促進、電化があちこちで進められていた。

 国鉄は、首都東京近辺の近郊路線の拡充に力を入れていた。

 国民所得改造計画は成功していたし、第一次列島改造計画も大きく進んでいた。

 東海道新幹線で味をしめた、国鉄と運輸省は、新幹線を積極的に促進していた。

 1976年には山陽新幹線が全線開通。

 1979年には盛岡まで東北新幹線が開通した。

 この好景気によって一般市民の所得上昇により、モーリタリゼーションも大幅に行われた。

 国民一人一台の車と呼ばれた時期である。

 全国では道路整備が活発になり、帝国陸軍の機械化に伴って緊急展開の必要があったため高速道路網を各地に作り始めた。

 1号線と呼ばれる東名、2号中国、3号東北、4号関越、5号九州などの主要幹線がこの時期に開通した。

 日本の発展は今後も継続していくことになる。

 

 当時の帝国陸軍は、22万人。

 まぁ島国日本にとってあんまり陸軍は重要ではなくなっていた。

 重要なのは帝国海軍と帝国空軍である。

 日本の核戦力は戦略軍などで一括的に整備しているわけでない。

 確かに地上発射型の大陸間弾道ミサイルICBMは、陸軍ではなく空軍で一括管理されているが、空軍に一括ではなく、帝国海軍も核戦力として潜水艦発射型弾道ミサイルSLBMを保有していた。

 帝国海軍は13万人。

 帝国空軍は15万人。

 海軍は4隻の通常動力型大型空母を交互に旗艦として2個空母打撃軍を保有していた。

 戦闘機は雷電改二や、海風などが配備されていた。

 他にも、大型のミサイル重巡洋艦である足柄型などを保有していた。

 そして、帝国海軍の予算事情を表していたのが戦艦大和と、戦艦紀伊、戦艦尾張である。

 第二次世界大戦で損失した武蔵を除き(大鳳は空母であるし損失している)、そのすべてが戦後の軍事費削減の時において、その中で戦力を維持するために、その三隻の戦艦がローテーションを組んで複数の駆逐艦や軽巡洋艦、重巡洋艦、低速の古い戦艦の代わりをしていた。

 アメリカなどは空母護衛にたくさんの警護艦艇をつけていたが、日本の懐事情は厳しく、近代化改修をしつつ、空母、戦艦、足柄型ミサイル巡洋艦、軽ミサイル巡洋艦、防空駆逐艦2隻、艦隊型大型駆逐艦、対潜水艦駆逐艦と、補給艦によって艦隊を組んでいた。

 海軍の中で予算がつぎ込まれていたのが、日本の核戦力の中核を担う戦略原潜部隊である。

 伊号大型潜水艦は、日本の核戦力の主戦力であったし、100番台の1950年代型から300番台の1970年型の新型戦略潜水艦が竣工していた。

 また、核戦力が本目的ではないが、攻撃型原子力潜水艦も1968年から長門型が配備されており、日本の潜水艦は海軍の重要戦力であった。

 帝国空軍は、大戦中に配備された疾風が長らく空軍内の主力戦闘機であったが、1956年に配備された白鷹が空軍の主力戦闘機になった。

 その後、1968年に配備されたのが黒鳥である。

 対独、対米戦争を意識して作られた制空戦闘機である。

 他にも嵐竜攻撃機や火星戦闘爆撃機などが、配備されていた。

 また、日本の核戦力の重要な戦力の一つが核兵器発射を行う戦略爆撃機である。

 黄龍戦略爆撃機は戦後日本において三菱重工とIHI、中島の三者が合同開発した傑作であった。

 この爆撃機が高雄、択捉島、硫黄島、佐渡に配備されていた。

 



 

 

 

 

 

 

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