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ロシア大戦争6

    ロシア大戦争6




 1987年 5月1日 15時 ドイツ時間


 ドイツとロシアは再び戦火を交えることになった。

 ポーランド、ワルシャワから東に50㎞の地点でドイツ軍とポーランド軍残存部隊がロシア軍機甲部隊と相対した。

 それはまるで独ソ戦のようであったが、様相はまったく逆であった。

 攻めてくるのはスラブの野蛮人どもで、守るのはゲルマンの守護者という風であった。(ドイツの視点)

 既に欧州諸国も警戒感が強くなり始めており、仏伊ス蛮英諸国が戦時体制の準備をする中、ドイツ軍の士気は高かった。

 前回の独ソ戦は敵侵略戦争であったが、今回は防衛戦争であり、彼らの後ろには守護すべき自国民と母国があるのだ。

 そして、ドイツの底力を見せるために士気はかなり高かった。 

 国内経済はあまり良くなく、ドイツは落ち始めていたが、だからこそ、彼らは母国がこれを機に変わると確信していた。

 そして、ドイツの変革のためにはロシア軍を壊滅させることが必要だと彼らは意気込んでいた。

 

 彼らが相対している距離は40㎞ほどであったが、すぐにロシア軍の攻撃が始まった。  

 イリュージョンの爆撃機が護衛機を引き連れて空爆に来た。

 当然、ドイツが誇るメッサーシュミット、フォッカー、ハインケルといったメーカーの航空機がそれを迎撃する。

 特にメッサーシュミット293は、291の進化バージョンであり、F-15イーグルや、閃光に対応するための新型戦闘機であり、ロシアのミグや、スホーイを次々落としていった。

 地上ではドイツ軍機甲部隊とロシア軍機甲部隊が激しい戦車戦を戦っていた。

 双方の戦車が潰れ合う。

 地対地ミサイルや、自走砲、迫撃砲が飛び交う恐ろしい戦場となり、わずか数時間で双方にかなりの被害が出た。

 ロシア軍は一個師団規模が壊滅。

 さらに、ドイツのA-10と呼ばれた新型の対地攻撃機が猛威を振るい、戦車部隊が半壊を始めていた。

 しかし、ドイツ軍機甲部隊もかなり大きな被害を出していた。

 ロシア軍のヘリコプター部隊による対戦車ミサイル攻撃がクリティカルヒットしていた。

 さらに、航空戦ではこの戦場ではドイツが優勢であったが、

 リトアニア戦線では劣勢であったし、ドイツが支援しているウクライナ戦線とどんどん押し込まれていた。

 はっきりいって、人口比的に見てもドイツが強くなったロシアを抑えることは難しくなってきていたことは明らかであった。

 そんななか、ウクライナ政府があっさり、ドイツを見捨ててアメリカに頼ったのだ。

 特に、バルカン諸国はロシアによる侵略を憂慮していた。

 特にウクライナとルーマニアである。

 しかし、いつまで経ってもこないドイツ軍に不満を高まらせていた。

 そもそもドイツの軍事戦略は小規模紛争と核戦争、ライン戦線であった。

 そもそも離反は想定外であるし、対ロシア部隊をたくさん用意していた潤沢な軍事費があった1960年代はとうに終わりを迎えていたのだ。

 そんななか、バルカン諸国で有事があった際に対応する部隊はいたが、それはウクライナ駐屯部隊と東部国境警備部隊であった。

 そのため、ロシアの大攻勢には、それの多くはポーランド戦線に割かざるを得ず、部隊の派遣が遅れるのは必然であった。

 

 しかし、ロシアに優位になることはなかった。

 5月3日に世界は歴史的な瞬間を迎えた。

 米独の東西冷戦の終結である。

 ドイツが民主化をすることを決めて国家社会主義連盟の解体を決めたのだ。

 これにより、ドイツはヨーロッパ諸国から幅広く支援を受けることができたのだ。

 5月11日には在欧米軍がロシア軍に対しての攻撃をウクライナ戦線とポーランド戦線で開始した。

 当然ながら米軍からの攻撃でロシア軍が敗退を開始する。

 ウクライナ戦線ではトルコ軍も参戦し、ロシアにとってかなり厳しい状況となった。

 ポーランド戦線には米軍だけでなく、フランス軍、スペイン軍、イタリア軍、イギリス軍などが応援に駆けつけ、ロシア軍を多国籍軍で撃破していった。

 さらに、極東戦線でも満州軍は自国内に侵入してきたロシア軍を撃退し、樺太での長い市街戦も終わりを見せていた。

 さらに、ウラジオストクに日本海兵隊が強襲上陸作戦を実行し、ロシア極東の街は陥落した。

 ロシアは新たな世界秩序の構築の生贄とされてしまったのだ。

 当時、東西冷戦を戦っていた両国がタッグをとり、極東の覇龍にけんかを売った代償は大きかった。

 米海軍の空母機動艦隊がバルト海に侵入し、サンクトペテルブルクがフィンランド軍とアメリカ海兵隊によって制圧されると、ロシアの首都に連合軍は迫った。

 既にミンスクも陥落し、クリミアのロシア軍は壊走し、東はハバロフスクも陥落していた。

 モスクワでは反体制派の不満が高まった。

 そして、5月22日に、モスクワで革命が起こった。

 既にイルクーツクや、モスクワ近郊まで迫っていた中でなんとか、ロシア人の手によってこの戦争の終幕がはかられたのだ。

 ロシア政府は賠償金は取られなかったが、ロシアを構成していた衛星地域が続々独立させられ、フィンランドや、イランには国境問題地域の割譲を迫られた。

 さらには、厳しい軍備制限が課せられた。

 

 そして、この戦争の決着が世界の連帯と新秩序の構築を世界に急がせた。

 日米独を基軸とする国際連合の力の強化と国際的な連携。

 英仏伊蛮満土などの国々との世界的な貿易関係の構築が行われた。

 また、この戦争がほぼ最後の巨大戦争であった。

 このあと、人類は世界規模の環境問題や宇宙開発に国々の利権競走はありながらも団結し続けた。

 しかし、それは先進諸国同志の強いつながりのおかげであり、世界全体としての成長度はあまり高いものではなかった。

 それでも、世界から紛争を除く戦争は消え去り、先進国の人々は平和を謳歌することになった。

 まぁ紛争はなくなることはなく、21世紀に入っても地域紛争は後を絶たなかった。



   完結

 







これで終わりです。

このあと、人類は大きな戦争をすることなく21世紀、日本では平成、令和と迎えます。

中国は確かに発展しますが、史実ほど発展することはありません。

中印が世界に対して影響力を持ち始めるのは21世紀中盤頃でしょうか。

しかし、その頃には世界の主要先進国の多くは宇宙に新たな開発の場を移しているでしょう。


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