ロシア大戦争2
ロシア大戦争2
午前8時 日本
7時58分頃から東北、北海道地方の都市、特に仙台と札幌では混乱が起こっていた。
1945年の太平洋戦争で本土が攻撃されてから42年。
既に先の戦争を体験した世代は50代を超え、戦争の記憶は薄れつつあった。
防空壕の整備はある程度行われていたが、シェルターは各県庁所在地や軍事基地の近くの街、大都市に限られていた。
内務省のシェルター管理部は東京、大阪の地下シェルターの改修は急いでいたが、東北、北海道はまだま改修どころか、数も足りなかった。
そんななかでのミサイル攻撃である。
朝の通勤通学時間帯と重なり、既に都市内に多くの人々が集まり始めていた。
大混乱になるのは目に見えていた。
しかし、それは主に大都市で、軍の恩恵を受けている自治体などは違った。
主に三沢市や、八戸市、千歳市、豊原市、帯広市などだ。
多くの軍事基地に隣接している自治体の多くは戦後42年経っても避難訓練をかかさず、行っていた。
特に国内北部最大の空軍基地がある千歳空軍基地を持つ千歳市の核攻撃に対する警戒感は強く、市民の多くも軍事関連企業や、航空関連企業に務めていることから混乱は小さかった。
街中にシェルターがあり、混乱はあまり起こらなかった。
このことは、北部の軍事基地の近くの市町村では起こっており有事に対する備えの大切さを改めて確認した出来事であった。
そして、ロシアからミサイルに対して、冷戦期、特に1970年代に帝国戦略軍が整備した防空システムが機能した。
AMATERASUsystemである。
全国に、24ある防空ミサイル基地のうち、北部防空を担う、旭川陸軍基地、中標津空軍基地、大泊海軍基地、弘前駐屯地、花巻空軍基地にはAMATERASUが配備されていた。
当然、冷戦期に整備された防空システムは有効に機能した。
7時58分にはそれらの基地から日本に飛んでくるロシアのMAX-3ミサイル98発に対して迎撃ミサイルが発射された。
(ロシアのMAXとは、アメリカのヘビーバスター、日本のヤブサメ、ドイツのハオケルンなどのミサイルと同じである大型の対地ミサイルであり、着弾前の上空で爆発し、中から小さな爆弾を撒き散らし、直径1㎞程度に被害を与える核に代わる戦術兵器である)
また、北海道上陸をするためのロシア船団を阻止するために舞鶴の日本海艦隊が出撃準備を整えていた。
北部の空軍基地ではミサイルのあとの爆撃機による第二波に備えるために要撃機が離陸していた。
九州や、関東の空軍基地では、戦略核攻撃機が緊急離陸をして、核戦争に備えていた。
横須賀では核有事対策で海軍艦隊が軍港を出て洋上待機をするために、人員が緊急で集められていた。
午前8時1分には首相官邸にいた首相が官邸地下大深度のバンカーに避難し緊急声明を発表した。
それは、要約すると、「日本が戦争状態に突入した」ということであった。
日本は戦争状態に突入した。
各放送局は存立危機事態緊急法に基づき、臨時ニュースに切り替わり、対象地域にいる国民に対して避難を警告しつつ、各局が放送を維持するために本部を移し始めた。
基幹局がそれぞれ本部を名古屋や、松江、広島、福岡などに移したのだ。
1987年5月1日 7時10分 満州時間
満州北部の満露国境と、満蒙国境で、満州陸軍の国境警備隊と北部方面隊VSロシア軍シベリア軍団の戦車戦争が起こっていた。
西側戦車と東側戦車のどうどうのぶつかり合いであり、双方の戦車が既に一部潰れていた。
制空権は、侵攻した側のロシアがまだ持っていたが、地上では対空砲や、地対空ミサイルによってロシア機を撃墜しており、要塞砲の攻撃はロシアにとって脅威になりつつあった。
さらに、満州空軍のF-15イーグル戦闘機がロシアに対して牙をむいていた。
北部戦線には緊急離陸ができて、短い距離で発進できる日本製の隼-3迎撃機が多かったので、ロシアのフランカーやミグ29等に劣勢であったが、少数のF-15が戦場をかき乱していた。
アメリカ軍史上最高の制空戦闘機である、イーグルは類い我なる制空性能を満州の空で遺憾なく発揮したのだ。
ミグ29や、Su-27数機相手に余裕で勝っちゃうことなんてざらにあった。
さらに、満州に残る在満日軍の空軍部隊は冷戦期に対独防御を任されていた役割を遺憾なく発揮した。
「閃光」制空戦闘機20機ほどは満露国境地帯上空の防空が薄い地域を重点的に守り、敵を撃墜していた。
午前7時12分にはミサイル迎撃で落としきれなかったMAXミサイルが満州各地の軍事基地や市街地中心部に落下した。
満州軍は最後の最後まで高射砲で迎撃したが、73発のミサイルが満州各地に被害をもたらした。
首都大連市内では、ミサイル5発が爆発。
官邸地上部分や、既に人員は避難していたが、首都防空の空軍基地、市街地中心部3カ所で甚大な被害をもたらした。
着弾カ所はまるで原爆とまではいかないが、爆心地は確かに原爆みたいな状況であり、200メートル離れたところでも爆風によって車が飛ばされ、道路が引き裂かれ、ガラスが割れ、ビルの一部が倒壊した。
他にも各地の軍事基地で一定程度の被害が出た。
しかし、ロシアは満州の軍事力を停止させることはできなかった。
そもそも満州の想定はMAXミサイルではなく、ドイツやアメリカの核兵器が大都市に落とされることである。
それからすると、まだまだ軽い方であった。
結局、満州は被害を受けたが、彼らは既にロシア極東の拠点に向けてすでにヤブサメミサイルを発射し、反撃を開始していた。
結局のところロシアは間違えたのだ。
東欧なら簡単に制圧できたかもしれないが、極東は巨大な日系国家群があり、彼らを制圧することは、不可能であったのだ。




