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爆発は起きなかった。
「失敗か?」
「わ、わかりません」
ガイルの怒りを恐れる部下を無視し、彼は自身のスマホを取り出した。
「やぁ、ガイル。どうかしたかい?」
「ルーサー、お前の作った移動爆雷。爆発しなかったぞ」
「そりゃおかしい。テストはもう何度もしてるんだよ。使用方法を間違えたんじゃないのかい?」
「そんなわけがあるか」
「だとすれば考えられることは一つだ」
「なんだ?」
「爆発前に敵に奪われた」
「そんなことが可能なのか?」
「僕らの知らないこと、できないことを敵ができる。世界がここしかない……なんてことはないって僕たちはもう知っているだろう」
「ふむ」
「相手がなにをしたのか、できたら調べておいて欲しい。今後の参考にしたいから」
「わかった。ゴーに預けてあるものだが」
「ゴーのアイテムボックスにある内は起動しない。そこは安心していいよ」
「わかった。では」
「ああ、またね。王様」
通話が終わり、ガイルは山を見た。
爆発して消えるはずだった山の向こうにいた敵はすでに撤退している。ゴー……五井華崇は連中に奪われてしまった。
「連中の行方を追え、急げよ」
「はっ!」
走っていく部下には目もくれず、ガイルは変わらず山を睨んだ。
「日本に長居する気はなかったんだがな……まったく」
この国にいたときに異世界に召喚された。
人生の契機ともいえる一事ではあったのだが、その経験を経てもなおガイルは日本が嫌いだった。
†††††
さっさと逃げ出した俺たちは近場のビジネスホテルへと入った。
認識阻害やら催眠やらを得意とする異世界帰還者が戦闘外で待機していてこういう場所を確保するのに活躍しているそうだ。
その人物のおかげで縛られた崇を運んでいても見咎められることはなかった。
「で、これからどうするんだ? 尋問?」
歩哨が立った廊下でアーロンに尋ねる。
ワンフロアを借り切った状態で崇を一室に押し込み、逃げないように監視を付けている。見た感じヘタレだがそれでも異世界帰還者だ。逃走に関しては前科者でもあるので油断をするべきではない。
「もちろん尋問をします。同席されますか?」
「拷問とかするのかい?」
「協力的ならしませんよ」
俺の発言を弱気とでも受け取ったのか、アーロンは苦笑を滲ませて答えた。
「こちらには尋問が得意なスタッフがいますのでご安心を」
「このホテルを確保したような?」
「ええ」
「なるほどね。なら、安心して見学できそうだ」
勘違いを訂正する必要もない。侮られるならそうしておこうと、俺はそのままアーロンの後に続いて崇のいる部屋に入った。
「やあ、お待たせしたね」
こちらを見てびくりと震えた崇にアーロンは明るい声をかけた。
「さて……君の境遇に関してはある程度調べがついている、五井華崇君」
「うっ……」
「色々と同情する余地はあるし相談に乗れることがあれば乗ろう。君は死んだことになっているから日本で暮らしたいなら新しい戸籍を手に入れることも可能だ。もちろん、以前の人生とは関わらないようにしてもらわないといけないが」
「あんたたちは日本の役人なのか?」
「残念ながら違う。だが、非正規で入手したとしても戸籍の素性を疑われることはない。君が、変なことをしなければ、ね」
「……あんたたちはなんなんだ?」
「我々はとある個人に仕える傭兵だよ」
「個人? 個人が何の目的で?」
「彼にとっては世界が平和な方が自身の活動に専念できるから……と、我々は説明されている。真意はさすがに測りかねる。しょせん、我々は傭兵だ」
「…………」
身分不詳の雇い主に派遣された傭兵。
そんなものを手放しで信用するほど崇は能天気ではなかったようだ。
それはそうか。こいつだって異世界と現実でそれなりに揉まれているだろうからな。
「……あんたたちの目的は俺が持っている物、だろう?」
「そうだ。不穏な情報を手に入れてね」
「それを手に入れて、どうする気だ?」
「いまここにいる我々に決定権はないので断言はできない。だが、君がそれをもっていなくてもいい状態にはできるだろう」
「少し考えさせてくれ」
「どうぞ。と言いたいが現場からそこまで離れてはいない。追手から逃れ切っていないことは自覚しておいてほしい」
「わかった」
「では……」
と、アーロンが立ち上がるが、俺はその場に残ることにした。千鳳もいるし。
「お嬢様?」
「俺は残るよ、まだ働いていないし」
「そうですか。ではお任せします」
「あいよ」
アーロンはもう一人の方の部下を伴って部屋を出る。
ふむ……「働いていない」を否定しなかったところからして、俺がやっていたことに気付いた様子はないな。
千鳳が何か言いたげだったが知らない振りをする。
「なぁ……あんた、もしかしてあの傭兵の雇い主か?」
「なんで?」
「お嬢様って呼ばれていただろ?」
さすがに聞き逃さないか。
「雇い主の孫だ」
「なら、あんたを人質にすればここから出られるな」
それは、どういうつもりで言ったのだろうか。
暗い笑みには捨て鉢な雰囲気があるようには見えるが。
「試してみるか?」
「……悪かったよ」
俺が笑うと崇は目を伏せた。
「どうせ、俺にはそんなことできっこない」
「なんでそんなに拗ねてんだ?」
「僕とあんたじゃ違うからさ」
「みんな違ってみんないい」
「そういう問題じゃない。あんたは成功した側だ」
「成功ね。お前だって異世界から戻って来たんだろ?」
「……僕は、付いた側が運良く勝っただけだ。だけどあんたは違うだろ?」
「なにが?」
「見ればわかる。あんたは自分で勝ちに行った側だ。僕みたいに運を天に任したんじゃなくて、自分で勝つために何をすべきか考えた側だ」
「まぁ、そうかもな」
なにしろ俺一人だったしな。
ともあれ、どうもこいつはコンプレックスをだいぶ拗らせているようだ。
これは、俺がなにを言っても聞く耳持たなそう。
どうしたもんかな?
「だけどあんたは生きて帰った」
そう言ったのはいままで黙って聞いていた千鳳だった。
「あたしは異世界には行っていない。だからあんたにあれこれ偉そうなことを言う気はない。だけど、これだけは言える。あんたは生きて帰った。それは誇っていいんじゃないかと思うよ」
「…………」
まっすぐな目でそう言われて、崇は唖然とした表情をした後で目を反らした。
照れているように見えた。
「たかし、しっかりしろ」
「うるせぇ!」
俺の言葉に食い気味に反応する。
これは本気で照れていたのかもな。
「……なぁ、あんた」
「うん?」
と、崇が俺に向かって話しかけてくる。
「あんた、俺の知っている異世界帰還者とはなんか違う気がする」
「まっ、自画自賛になるがその通りだよ」
「あんたならもしかしたらこれをなんとかできるかもしれない」
どうやらアイテムボックスに隠しているものを見せる気になったらしい。
だが……。
「その話はもうちょっと後にしようか」
「え?」
「どうやら連中に見つかったみたいだ」
「っ!」
俺の言葉で千鳳が窓から外を見る。ホテル特有の開閉できない窓に額を付けた彼女はホテル周りを固めた車の群れを見たことだろう。
「ドンパチあるみたいだな」
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