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初めて一人で【瞑想】をする。
自分の人生を再確認するような最初の経験はまさしく最初だけで、後は新たに感じるようになった魔力を探るだけだった。
だけど気を付けないと落ちてしまうのは本能で理解できた。
足元がひどく危ういのだ。
アスレチックの網の上にいるような感覚で【瞑想】が研ぎ澄まされればされるほど、網を構成する綱が引き抜かれているように感じている。
「自然の魔力を感じるようになってくれ」
と織羽は言うけれど……。
彼女の魔力が強すぎて自然の魔力が感じられない。差があるんだと言うけれど、そんな些細な違いを感じることもできないほどに彼女の魔力は濃厚だ。
ちょっと離れた程度ではとてもどうにもできない。
それで……織羽はいまなにをしているかというと……。
「#####!」
ベランダにいる。
四十一階という高さにあるベランダというか屋上というか空中庭園というのか……そんな広い場所で彼女は剣を振っている。
それはいつものようななにかの型を繰り返すというようなものではなく、自動で動く人形との打ち合いともまた違う激しさがある。
霧ならあんな高いところであんな激しい動きは怖くてできない。
「#####!」
声は織羽が近くに立てかけてあるタブレットから聞こえている。
あれは織羽の行った異世界と繋がっていて、彼女を鍛えた師匠たちと連絡を取ったり物品を送り合ったりすることができるのだという。
そんなことができるツールがあるなんてと霧は驚き、興味を示したけれど、残念ながらすぐに諦めた。
師匠たちが話す言葉が理解できなかったのだ。
「#####!」
魔導タブレットからの声には規則性がある。おそらくだけど十から九個の短い単語を組み合わせている。
その単語の組み合わせに合わせて織羽は動いて剣を振っているようだ。
あれ?
いま、自分は【瞑想】をしているはずだと霧は気付いた。
目を閉じてソファの上にあぐらで座っているはずだ。
どうしてベランダで飛び跳ねている織羽のことが見えているのだろう?
†††††
「三、七、六!」
魔導タブレットから響く鋭い声に瞬時に反応する。
数字の意味は型に割り振られたナンバーだ。
それらを組み合わせて戦闘中の行動を再現する。
『実践とは練習の再現である』というのがこの師匠の持論だ。
このナンバーの組み合わせも決して意味がないわけではない。
師匠の頭の中にはある敵の存在があり。師匠は俺を操作することでその脳内敵と戦っている。
そして操られている俺は再現させられた動きを通して師匠が見ている敵を見ている。
今回の敵は魔王軍にいた鎧の将軍だ。剣が得意だったのでこの師匠が嬉々として一騎打ちをしに行ったのを覚えている。
その虚像が師匠の声を通して眼前にある。
「零、零、九!」
鎧の将軍が突っ込んでくる。上段から振り下ろしを横に避ければそれを追いかけた撫で切りへと瞬時に変化する。超速で襲いかかる分厚い長剣の軌道を狂わせるべく、剣そのものを追撃する。
「っ!」
兜の下の素顔をわからないが、驚愕を発した気配は伝わって来た。予想以上の力が加わって軌道を駆ける長剣に勢いを一瞬だけ持っていかれて姿勢が崩れたのだから当然だ。
そこに突きを放つ。
狙いは隙間が広い兜の下。
跳躍の力を加えた一閃は将軍の顎から脳天へと突き抜けて兜が空を舞った。
露になった将軍の素顔。黒に近い紫の肌ばかりが際立ってその顔はわからない。当然だ。俺は見ていないし、本当にあった師匠との戦いはもっと早くに終わった。
だが、この鎧の将軍が本当にこんな動きをしただろうことに疑いはない。その一瞬でお互いを理解し、その一瞬で相手に全てを超越する。極めた者同士戦いというのはそういうものだ。
師匠の記憶の中でこの将軍はいまなお生きているのだ。
「まったくだめだな」
残心を払って意識を現実に戻していると師匠の硬い声が魔導タブレットから響いた。
戦闘全般の教育を担当する剣の達人。剣聖。
その名をアンヴァルウ。
「百手もかかるなどありえん。以前のお前なら三手で終わっていたぞ」
「だろうなぁ」
「問題はどこにあると思っている」
「斬線を維持する筋力」
「愚か者」
「む」
一言で切り捨てられ、俺は久しぶりにうろたえた。
「筋力だけを求めるなら貴様の魔力でどうとでもできるだろう」
「それはそうだけど。ここを切るって決めるまでの決定と固定がさ」
「それを筋力と言い切るから貴様は阿呆なのだ」
「ぐぬぬ……それなら、原因はなんだ?」
「心身の乖離だ」
「……つまり、俺の魂と肉体の相性が悪いってことか?」
「相性ではない。乗りこなせていないと言っているんだ。お前はいままでイング・リーンフォースという……我々の世界の最高位の知性が結集して完成させた肉体を操っていた。いわば名馬中の名馬だ。それと比べればその肉体は見目が多少良いだけの駄馬だ。名馬に乗っているつもりで駄馬を扱っていればうまくいくはずがなかろう」
「む……」
その言いざまにカチンとくる。
イングが優れていたという事実は認めるし、織羽の身体能力がそれと比べれば遥かに格下。月とすっぽんどころか地球と隣の銀河ぐらい開きがあるだろう。
だが、それでもいまは俺の肉体だ。
「私の言いざまが気に入らないのなら乗りこなせるようになれ」
「むう……」
それからは肉体改造の話になった。
筋力はもっとあるべきだとは思うが、だからといってゴリゴリマッチョになりたいわけではない。
アンヴァルウも見た目はスーパーモデル体型だからな。
「そもそもだな!」
肉体改造の話から最適な装備の話に移ったところで、たまらないといった感じでアンヴァルウが叫んだ。
「貴様! どうせ女になるならどうしてもっと可愛い女の子にならなかったのだ!」
「やかましいわ」
「フリフリでヒラヒラなドレスが似合うようになっていれば……いれば! 私は世界の壁を破ってでも貴様の所に行っていたのに!!」
「あんたのおもちゃになるために体を変えたわけじゃねぇ」
そうだった。
アンヴァルウは自分がカッコイイ系なためか可愛いにすさまじいコンプレックスを抱いている。
そのせいで、フリヒラなドレスが似合う女の子に無条件で弱いのだ。
「ああ! シェライーナ! どうして君は去ってしまったのだ!」
「知るか」
どうも最近、誰かに振られたようだ。
アホな会話に移行したので通話を切った。
「お疲れ様」
「サンキュー」
俺が魔導タブレットを操作したから訓練が終わったとわかったのだろう。霧がスポーツドリンクのペットボトルを持って来てくれた。
「ねぇ、少しおかしなことが起きたんだけど?」
「うん?」
「【瞑想】してて目を閉じているのにあなたの動きが見えたの」
「へぇ」
「これって変なことなの?」
「いや、ぜんぜん。むしろいいことだ」
「そうなの?」
「ああ、魔力に対する感覚が鋭くなっている証拠だ」
その上で俺の動きが見えたということは、それだけ俺の魔力を感じているということだろう。
もっと自然の魔力を感じて欲しいとは思っているのだが、どうも俺の魔力が強すぎて他の魔力を感じることができないようだ。
強い刺激があれば弱い刺激は消えてしまう。
いずれは霊山なんかに一人でこもってもらう方がいいかもな。
それぐらい極める気があれば、だが。
「ちょっと覗くぞ」
「え? ううんっ!」
【鑑定】の感触に霧がやらしい声を出す。
「なにかクラスが増えているぞ?」
「え?」
「占い師と瞳術士? ふうん」
「え? うわっ! あっ……本当! なにか、勝手にスキルが増えていく!」
なるほど。
霧たちにクラスやレベルなどのシステムを付与した####支援システムとやらはいまでもちゃんと機能しているのか。
今回は発生したクラスが霧のレベルに合わせて急成長してスキルを増やしているってことか。
ある意味では便利かもな。
ただし、そのクラスが手に入れられないスキルは絶対に手に入らない……みたいな制約はありそうだが。
「お、織羽……」
あ、【鑑定】で見られる感触で霧のスイッチが入った。
「仕方ないなぁ」
と、俺は霧をソファに運んだ。
最初は俺が攻めているのになぁ。
後半はなぜか俺が圧倒的受けに回っているんだよな。
謎だ。
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