175 さようなら人生 こんにちは神生
瞬間、精神は飛躍し、肉体は重力の底に落ちていく。
感覚が凄まじい乱高下に巻き込まれ、脳は早々に神経からの信号を拒否しようとする。
だが、それは許されない。
さようなら人生。
こんにちは神生。
高次元へと魂の座が変化したことにより肉体との関係が変化する。
それに順応するまでの過程で神経がバグを起こしている。
修正。
修正。
修正。
「ふう……」
ようやく落ち着いた。
「ああ、くそ……なんだこの味」
まだ神経がおかしいのか?
舌の上に変な味がずっと残っている。
いや、現在進行形で感じ続けてる。
「なんだこれ?」
「わかるのかい? それが宇宙の味だよ」
「はぁ? じゃあこれってダークマターかよ。なんか悪い物食ってる気分だな」
「では霞とでも言い換えようか?」
「はっ」
気のせいか?
ラインの言葉に苛立ちが混じっている気がする。
「だがおかしいな。私の予測ではここで君は失敗するはずだったんだが……どこかで要らぬ介入が入ったらしい。奴らではないはずだが……」
「そっちも……余計なことを考えている暇があるのか?」
【全て無に帰せよ】
瞬間、俺に群がろうとしていたモンスターたちがみな、消え失せた。
やってやったぜ。
「神の力の使い方って、こうでいいのかな?」
「……私の領域でそこまで使いこなすか」
お、わかるぞラインの苛立ちが。
「そこか!」
【掌中の万象】
目当てを付けた空間が歪み、崩壊する。
その向こうからラインが姿を見せた。
「……奴らの教えから導き出した神化の秘薬ではその肉体を高次元に対応した物にすることは不可能だったはずだ。なにをした?」
「さあてね。……愛の力?」
「お前にはもっとも縁の遠そうな言葉だな」
「あんだとう⁉」
「まぁいい」
お、思考を切り替えたか。
「うまくいったというならそれならそれで問題はない。後は、格の違いというものを見せるだけ」
「はっ、じゃあ俺は、今度こそお前を殺し尽くしてやらぁ!」
瞬間、俺の周りで消されたはずの死霊軍団と錬金軍団が復活する。
それだけじゃなく、周辺の大地を削り取って新たなゴーレムを次々と生成する。
対するラインは俺が消したモンスターを復活させ、そして……その肉を分解し、自分の周囲に集め始めた。
巨大な肉体を作ろうとしている。
こいつの美的センスは期待しちゃだめだな。
初戦の時と同じような体を作ろうとしている。
「神の力に耐えうる肉体を得ようと、しょせんは肉。三次元世界での限界をとくと心得るが良いわ」
最初に会った頃のラスボス風なライン……エンザラインが完成した。
「お前の強さのイメージって結局それなんだな」
「三次元でのたうつだけの生物にはわかるまい」
「そんなに三次元が嫌ならでしゃばるんじゃねぇ!」
さあて、ここからが本番だ。
俺とエンザラインの再戦が始まる。
そして終わる。
ばっさりカットだ!
別にあっさり勝ったからってわけではなくて、長すぎたからだ。
途中経過で星の質量を奪い合った結果コアがむき出しになって崩壊し、ダークマターの呼吸法を発見するまでぐだぐだと苦戦を耐えしのぎ、最終的には太陽の上で熱量を奪い合った末に超新星爆発の中で決着をつけた。
ああもうグチャグチャだよ。
宇宙的規模の戦闘力とか身に着けたってどうしようもないな。
「おのれ……こうもままならぬか」
戦闘の余韻でぼへーっと漂っているとラインの悔しげな声が響いてきた。
意地になって負けを認めないものだから俺にめっちゃ削られてしまい、神の格も落ちた。いまや魔神王ではなく魔神だ。
「なぜだ。なぜその肉体は砕けない? そんなものが……そんな肉体が三次元での存在を許されるはずがない」
「んーなこと言われてもな」
俺にもなんとも言えない。
あの薬はどこから手に入れた?
いや……俺が作ったという記憶はある。
レシピも頭にある。
そのレシピをどうやって思いついたかも覚えている。
だけど……だけどなにかすっきりしない。
見つけられないけれどその存在は確定できる不確定ななにかがある。
すっきりしねぇ。
「おのれ……このまま無為の時を…………」
怨嗟の呟きを放ちながらラインの気配は消えていった。
死んだわけではない。
三次元への干渉を止めただけだ。
とはいえさっきも言ったようにかなりの力を奪ったし、その力は俺の物にした。しばらくはいらんちょっかいを出してくることもないだろう。
ええと……そもそも俺ってなにしにこっちに来たんだっけ?
ああ、そうそうイング対策とかスキルの解放とか、なんかそこら辺の理由だったな。
「どっちもなんとかなりそうだなぁ」
【昇神】で神となったこともあって、現在進行形で様々な知識が俺の中に入り込み、あるいは芽生えていく。
神の肉体を得たところで中身が人間なままであればイングなんて相手にならないだろうし、地球人全員にスキルを解放することも可能だ。
ラインから奪い取った星を再生し、いまの地球文明の様式を長期間に及んで維持することも不可能ではなくなった。
「ふうむ……」
戻るか。
真空に乾燥した声を振りまいて、俺は地球に【転移】した。
俺が重大な欠損に気付くまでもう少しかかる。
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