154 エネルギー戦争は肉とともに
本部の前に待ち構えていたのは大勢のマスコミ、そして異世界帰還者たち。
「織羽さん! なにかコメントを!?」
「封月さんはどのクランを支援なされるのですか? あるいはご自身も名乗り出られるのですか?」
「政府から治安組織への編入を依頼されたというのは本当ですか?」
「封月さん!」
「歩くの邪魔したら許さないけど?」
「「「っ!?」」」
本部から出てきた俺を囲もうとしたマスコミ連中は俺の言葉でばっと距離を開けた。
「俺を雇いたかったら相場は御察しだ。以上」
それだけを答えて車に乗ろうとした……ら、誰かが前に立った。
ごついボディビルダー体型の男だ。
「俺は!」
「クランの恥になるからそれ以上喋んな」
「…………」
俺の一言で名乗りを止められた大男は殺気を込めて睨みつけてくる。
修羅場の気配にマスコミ連中は息を潜めて距離をさらに開けながら、それでもカメラを回す。
カメラが回っているものだからこの男も引くに引けない。
「お前が最強なら、俺の挑戦を受けろ!」
「いいよ」
「っ!?」
やややけっぱちな叫びに、俺はすぐ近くで答えてやった。
いつ距離を詰められたのかわかっていない男は混乱しながら飛びさがろうとするが、そんなことをしたらうちの車にぶつかってしまう。
そうさせないように、男の腹に拳を当てる。
ただ当てただけ。
だけど吸盤でもついているかのように男の腹に吸いつき、退避の邪魔をする。
軽く揺らして寸勁の真似事。
だけどその瞬間、男は腹に大穴が開いた幻覚に襲われたことだろう。
実際できるけど、ここでそんなことしたらいろいろ飛び散って汚いからね。
こんなにカメラが回っていると死体の隠蔽もできないし、この程度で許してやる。
「はい、ごくろうさん」
腹を押さえてその場に座り込んでしまった男の横を通り抜けて車に入る。
「では」
ドアを閉じ様にそう声をかけて出発。
「まったく、やかましいわね」
うんざりした様子で霧がため息を吐く。
「まっ、いずれこうなるだろうとは思ってたけどな」
特別な力を手に入れたのだ。
既存の社会に馴染めなかった者は破壊しようとするだろう。いまの社会で得をしている層を恨んでいる者もいるだろう。
妄想で済ませていた野心を叶える日が来たと勇躍する者もいるだろう。
そういう人間が出ないことの方が異常なのだ。
「それで、最強の異世界帰還者様はこの状況でなにをする気なの?」
秘書役もこなす霧だから、俺にどんな誘いが来ているかをすべて把握している。
「政府から独立治安部隊の打診が来ているのは本当よね」
「うちのクランをそのまま取り込もうってんだから、図々しいよな」
「他のクランから誘われているわよね」
「なんか高い地位とか約束して来たけど、そもそもうちの方が上なのが当たり前のはずなんだけどな。勘違いも甚だしい」
「なら、いまのこの騒動にはなにもしない?」
「ん? ん~~?」
そこが問題だ。
「正直、俺に権力欲ってないんだよな」
だから国のトップになるとか、高い地位を約束するとか、そういうのには全く興味がないのだ。
クランの頂点にいるいまでさえもやや持て余し気味になっている。
できる幹部たちが好きにやらせてくれているからいまのところはうまくいっているが、これで細かい判断を大量に求められていたらさっさと逃げ出していただろう。
「まっ、あんまり考えたくないなぁ」
「そう」
俺の思考放棄を淡々とした声で受け取り、霧は沈黙しスマホを弄る。
『王国』アプリでクラン員にまたインスタントダンジョンの情報を流しているのだろう。
俺はこの後の商談のことを考えて目を閉じた。
千鳳の運転は相変わらずうまい。車の性能も合わさって動いていないかのように静かだ。
いつの間にか俺は眠っていた。
この頃は物騒なので車道のあちこちでは修復工事が間に合っていない場所がある。
おかげで渋滞が起こりやすく、普段なら一時間もせずに辿り着ける場所に二時間もかかった。
しかし、それでも約束の時間に遅れはない。
霧が立てたスケジュールに一部の隙もないのだ。
そんなわけで、東京某所。
場所は向こうが指定して来た。鉄板でお肉を焼いてくれる店だ。
もちろん貸し切り。
まったくお上品ではない分厚さの肉が目の前で焼かれていくのは見ているだけで楽しい。
「うわぁお」
「あなたはこういう料理の方が好みだと思いましたので」
「さすが、できる男は違いますね」
「いえいえ」
俺のお世辞に見せかけの恐縮をしているのはタケバエネルギーの会長、竹葉朝継だ。
まだ三十代。
隠す気のない知性で眼鏡を光らせる、やや鬱陶しいタイプのインテリだ。
しかし、現在の青水晶発電の特許を握り、世界中から特許料をせしめつつ日本のエネルギーを牛耳っていると言っても過言ではない状態なのだから、これぐらいドヤっていたとしても誰も何も言えないだろう。
「まずは料理と会話を楽しみましょう」
「それは結構」
俺はウーロン茶、竹葉はワインで乾杯。
「ところで、竹葉さんも異世界帰還者?」
「ええまぁ」
「まぁそうだろうね。そうでないと、これを利用しようなんて思わないか」
と、俺はアイテムボックスから掌大の青水晶を取り出した。
「ははは。膨大なエネルギーを秘めているのはすぐに分かりましたからね。それを利用しない手はないと思いまして」
「で、発電方法を見つけて、冒険者ギルドを作った?」
「ええまぁ。でもその辺りは私以外にも協力者がいる。たとえばあなたのお爺様とか」
「ああ、やっぱり」
「あの方のご助力がなければこうも簡単には行きませんでしたよ」
「そういうのは爺さんに直接。俺にはあまり関係のないことなので」
「コネもまた財産ですよ?」
「それはその通り。でも、俺には俺のやり方がある。爺さんを無碍にするって意味ではないけどね」
「お爺様が嫌いですか?」
「愛が痛い」
「ははは!」
鉄板で行われるシェフの料理ショーを見ながら軽快な会話。
霧や竹葉のお付き連中は離れたところに座っている。
肉と一緒に焼かれていた前菜を頂きつつ時間を潰していると、ついにメインの肉がやって来る。
あんな分厚いものをどうすればこんなにも十分に火が通せるのか。
そして柔らかい。
良い肉なのは当たり前。
その上でその素材を最高に調理できる者がいれば、料理は超最高になる。
いろんな味の塩やソースを用意されているので飽きることもない。
さらっと食べられたね。
「さて、ではそろそろ商談の話といきますか」
仕上げのガーリックライスが出来上がるのを見ながら俺は言った。
俺の言葉で竹葉の眼鏡が光った。
戦闘態勢に入ったのだろう。
「なんでも、使用済みの青水晶の処理を引き受けてくれるのだとか?」
「そうそう。竹葉さんのやってる粉砕式発電法の唯一のデメリットは使用済みの青水晶が残ってしまうってことだ。そして、その処理方法はいまだ確立していない」
「ええ」
「いまのところ、おたくは買い取った土地に溜め込んでいるけれど、それもあと何年もつかわからない。だからって不法投棄して自然保護団体に難癖をつけられたくない。せっかく原発を排除する超クリーンエネルギーって面を売り込んでいるのに、廃棄物でケチを付けたくないでしょう?」
「たしかに、そこは我が社の頭の痛いところ。今後の課題ですね」
「だから、うちがその処理を引き受けましょう」
「買取ではなく?」
「まさかまさか、逆に処分料を頂きたいぐらいですね」
「ふふふ」
「ふふふ」
静かに笑い合う。
『鑑定』は使っていないが竹葉は『王』かそれに次ぐクラスを持っているだろうし、レベルも高い。
笑みの向こうで殺気を飛ばし、俺はそれを受け流す。
緊迫した空気でシェフの技量に乱れが出ないかが心配だ。
ガーリックライスに過分な焦げ味はいらない。
「言っておきますが、膨大ですよ? 我が社が現在溜め込んでいる物だけでもおよそ100万トンはあります」
「可能ですよ」
「保管する場所は?」
「あります。まぁ、正式な保管場所は現在準備中ですが、一時保管でしたらいくらでも」
つまりは俺のアイテムボックスにポイである。
それですべて解決するのだが、事業となるとそういうわけにもいかない。建前上でも「この土地にこういう設備を作っているので大丈夫です」と見せなければならない。
もちろんそこらへんも本当に準備中である。
「処理方法の特許で儲ける気は?」
「はは……祖父と孫、二人そろって金にうるさいのも考え物でしょう? なにより爺さんの長所を奪ってしまう」
「つまり、あなたは青水晶の残骸でなにかを企んでいるわけだ」
「ふふふ」
「一枚、噛ませていただくことは?」
「そうだねぇ……世界中の青水晶の残骸を集めることはできる?」
「話が面白ければ、できるでしょうな」
「ふうん」
「あるいは、一つ、お願い事を聞いてくれるなら」
「なに?」
「実は大きな勢力にずっと睨まれていましてね」
「おや、怖い話になりそうだ」
つまりは、俺に戦いを一つプレゼントしてくれるということだ。
「相手は石油王たちです」
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