13
なぜか泊まることになってしまった。
状況を理解していない爺さんが落ち着くのを待ったり言い聞かせたりするのは面倒なので、そういうのは全て鷹島に押し付けようと思っていたのだが、二人にそろって泊まるように説得されてしまったのだ。
特に帰りたい家というわけではないので別にいいのだが、ここにいるというのもそれはそれで身の危険を感じてしまう。執着的な意味で。
急な訪問だったというのにたっぷりとした料理でもてなされ、俺は遠慮なくそれらを全て平らげた。
そんな俺を爺さん……封月昭三は驚いた顔で見守っている。
「驚いたのう。前からそんなにたくさん食べておったか?」
「どうかな? 最近はとてもよく食べられるんだ」
「そうか」
爺さんはじっと俺を見る。
その目は戸惑っているようでもあり、喜んでいるようでもある。
「初はあれで芯がしっかりした部分があったからのう」
まだ、俺に君島初を重ねているようだ。
この髪型にしたのは織羽が以前にこの髪型にしていたという記憶があったからと気楽に頼んだんだが、どうも失敗だったようだ。
別にするか?
とはいえ似合っているのは事実だし、この手のことには疎いから下手にいじりたくもない。
俺だって、鏡に映る自分がきれいなのは嬉しい。
「ああ……一応は医師に診察してもらえよ。認知症が治ったっていう診断はあるべきだろ?」
「む……その件じゃが、本当に儂はボケていたのか?」
「まだ実感がないか?」
「いや……鏡で自分の姿を見て驚いた。儂の記憶と姿が違う。たしかに、初……織羽や鷹島の言う通り、ボケていたのじゃろうな。しかし……では、どうして治ったんだ?」
「さあ?」
問いたげな視線に俺は首を傾げる。
「お前は、儂の記憶にある織羽とも違うしな」
「そんなことはない。爺さんが真実を見ていないだけだ」
「……そんな毒舌を吐ける子ではなかったよ」
俺の言い様に爺さんは苦笑を浮かべる。
いや、なんか言い方が変わっていないか?
猫なで声というかなんというか、キモさが加わった気がする。
「そういえばこんな話を知っておるか? まだ儂がシャンとしていた頃から噂があった。新規のエネルギー事業なんだが、なんでも新たに発見されたその資源を活用すればかつてないほどのクリーンで高効率の発電が可能なんだそうだ」
「へぇ」
「その資源、どんなものかは明言されていなかったから胡散臭いのじゃが、さらに胡散臭いのがその資源を採取する場所が異世界なんだそうだ」
「…………」
「なんでも異世界に行って帰って来た者たちというのが世界中にいて、彼らはそれを採掘することができるんだそうだ」
「それはまた、夢物語だな」
「そうじゃな。だが、人が一度消えて帰ってきて……神隠しのようなことは儂も昔、体験したことがある。そいつは儂がうだつが上がらんかった頃に知り合った飲み仲間だった。ある日、一月ほど姿を見せなくなって、再会した時にはまるで人が変わっていた。それでな、そいつは土産だと言って儂にあるものをくれた。この目だ」
「目?」
「ああ、そいつがこの目をくれてから、儂は不思議と金の流れがわかるようになった。いまの儂があるのはそいつと、この目のおかげだ」
「へぇ……」
「だから、孫の性格が変わって儂の頭を治してくれたのだとしても、儂にとっては不思議なことではあってもありえないことではないんじゃよ」
「……なんだそれ、俺を慰めているつもりか?」
「いや、儂は改めてお前と仲良くなりたいんじゃよ。織羽」
食事の支度などをしている間に身だしなみを整えて入れ歯をはめた爺さんは見れる顔になっている。
封月の一族というのは江戸時代から続く医者系のエリートだ。
金や地位がある家には美男美女が集まりやすい。織羽の両親や妹も性格はともかく顔は良い。他の親戚連中にしてもそうだ。
つまり、いまの爺さんはナイスシルバーな爺さんとなっている。
だからといって中身が男な俺がクラっと来ることもないんだがな。
「……だから、孫を口説こうとするな変態め」
「儂はただ、孫に愛されたいだけの爺さんじゃよ」
「言葉の裏が見え隠れする」
「まぁ、時間をかけて仲良くなるさ」
「ああ、そうだ」
「なんだい? お願いがあるなら聞いてあげるよ」
「頼みがあるが……キモイ言い方をするな」
「それで、頼みというのは?」
「一人暮らしがしたい。良い様にしてくれ」
「この屋敷じゃだめなのか?」
「学校から遠すぎる」
「専用の車と運転手を用意しよう」
「いいから、学校の近くで頼む。お前が言えばうちの親は逆らわないだろ?」
「ふうむ。……もしかして忍たちは織羽に意地悪をしているのかな?」
「あんな遺産配分したら誰だって腹を立てるだろ」
「なるほど。……わかった。手配しておこう」
「頼む」
「そこにじいじの部屋を作ってもいいのかな?」
「一人暮らしの部屋を頼む」
じいじとか言うなキモイ。
相手にするのも面倒になって来た。食事を済ませるとすぐに自分の部屋に戻る。
とりあえずこれで爺さん以外の親族からの干渉には壁ができたはずだ。
「なんか疲れた」
極上のベッドに身を投げ出してため息を吐く。
この防波堤がうまく機能してくれればいいが……。
してくれなかったら『富豪一族謎の失踪事件』みたいなタイトルでしばらくワイドショーを賑わせることになるだろう。
『孫に残された莫大な遺産の謎!』みたいなテロップも出るのかな?
ああ、やだやだ。
「それにしても……爺さんも異世界関係者か」
間接的な……ということになるのだろうが。
金の流れを見る目とはまたピンポイントで現代風の魔眼だな。
他にも異世界帰還者が採掘するエネルギーとやらいう話もあったな。
それはもしかしたら……あのダンジョンのことかもしれない。ヘルメットくんが手に入れていた放射線でも吐いていそうなあの石がそのことだとして……ああそういえば委員長も関係者なんだったか?
「戻って来た……はずなんだよな?」
なんだか、元の生活に戻った気がしない。
いや、そもそも肉体が違うんだから『元』ですらないのか。
「俺はまったりしたいだけなんだがなぁ……」
何も考えずに一年ぐらいだらだらしたい。
かなうはずもない願いを思い浮かべながら、俺は眠りに落ちた。
もちろん、部屋には魔法でしっかりと鍵をかけている。
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