129 白い思い出
イング・リーンフォースという肉体はそれはそれはイケメンである。
金髪碧眼白人の細マッチョ、ナルシー混ぜ混ぜの極限に挑戦したかのような肉体だ。
ただ立っているだけで男女問わずの人だかりができそうな美貌の持ち主の中身となった俺といえば、日本の地方に暮らすちょっと小太りな平凡男子高校生。
なんだこのギャップはと思わないでもない。
顔面偏差値的な落差が光年単位級に激しすぎて世界がファンタジーに変わったことなんてどうでもよすぎた。
ナルシストの語源となったナルキッソスのように自分の顔を見てるだけで幸せだったというのに、その幸福な永遠からファンタジーで異世界転移な現実へと引き戻したのが師匠たちである。
その代表が白魔法の師匠ニースだ。
「さあ、イング。修行の時間ですよ」
「いや、待って。もうちょっと」
「なにがもうちょっとですか、ほら、行きますよ」
「待て待て待て、まだお肌チェックが完了してない。もしもシミの予兆なんかがあったら死ぬね。俺は死ぬ」
「黙れ小僧。その体にそんな悩みなんてあるか」
「そんなことわからないね!」
「ああもう誰だ。こいつに鏡は渡すなと厳命したはずだぞ!」
「そこら辺の人にちょっとお願いしたらすぐにくれるぞ」
「ファナーンが外見にこだわり過ぎるからこうなった!」
ニースのこの怒りによって俺の天然魅了対策の魔法具がすごい勢いで開発されて各国のお偉いさんに配られたのだとか。
そんなものがなければその後、俺が死の勇者として忌み嫌われる未来はなかったのかもしれない。
その代わり、全人類が俺の奴隷になっていたかもしれないが。
やだ、そんな未来もありかもしれない。
ちなみにニースだが、落ち着いているときと興奮しているときの言動が違う。
すぐに荒れる。
「誰のせいだ? クソガキ」
「イタタタタタタ! すいませんすいません」
「ほら、さっさと人類の最終兵器になるための修業を始めるんだよ」
「なんで最初から強くないんだよ! いっそのこと最初から強い肉体にすればよかったじゃないか」
「ずぶの素人に強い兵器を与えたって役に立つものか。強さっていうのは肌身に染みるほど実感して初めて役に立つんだよ」
「ああ、スパルタ! スパルタが始まる!」
そんな感じで修業をした。
まずは地球ではファンタジーの代表である魔法。魔力を感じられるようになることが始められ、魔力を感じられるようになったら魔法を使うための基礎理論やらなんやらを覚えさせられた。
【瞑想】をある程度深めたら、同じ修行法の存在し、魔力による肉体運用に優れた仙法の修業を始めるのだが、いまはまだそんなレベルにも届いていない。
ひたすら【瞑想】と座学である。
「魔法というものは……」
「その中でも白魔法は……」
「世界と神との関り……」
「精霊とは……」
「寝てるな?」
「寝てないよ!」
ちょっと意識が別の異世界に旅立とうとしていたかもしれないけど、寝てないよ!
「寝たら許さないぞ」
「だから寝てないって」
「もしも寝たら……」
「だーかーらー」
「その顔に傷をつける」
「はい、絶対に寝ません! いやぁ、勉学って楽しいなぁ!」
「まったく……どうにも身が入っていないな、お前」
「そりゃあなた。いきなり知らない場所に呼ばれて世界を救ってくれって……それを信じるようなのは迷惑メールにことごとく引っかかるような残念な人しかいないだろ」
「迷惑メールがなにかは知らないが言いたいことはわかる」
「だろう?」
「目的を達成しないと帰れないぞっていう脅しは……通用しそうにないわね」
「いやぁ、この体は捨てがたいなぁ」
「その体を満喫したかったら、この世界が平和な方がいいんじゃないのか?」
「むっ、それはそうかもしれないが」
反論の言葉に詰まってしまう。
こんないい体を手に入れたのは確かに僥倖だ。
すばらしい。
だけど、だから世界のために戦えというのは無理がある。
なにしろ俺は日本人な上に戦いとは縁のない一般人なのだ。
人どころか動物だって殺したことがないんだぞ。
「もらっておいてなんだけど……メンタル的な適任者は他にもいたんじゃねぇの?」
「メンタル……心理的な適応性という意味ならあなたよりも適した人はたくさんいたでしょうね。それこそ、わざわざ異世界から召喚しなくとも」
「ほらぁ」
「だけど、無限の世界をことごとくさらってみたところで、あなた以外に適任者はいないのよ」
「はぁ?」
「生き物を殺せる人間はそこら中に溢れかえっていたとしても、神を殺せる人間はあなたしかいないのだから」
「は? 神? いま、神って言ったか?」
「さあ、まずは魔王を殺せる人間になりましょうね。そのために頑張ってちょうだい」
「いや、なんか大事なこと隠したろ、いま!? それも言っとけよ!」
「うるさい」
「……はい」
「では、授業を再開しましょう」
ニースの一睨みに沈黙させられ、再び眠くなりそうな話が再開させられる。
俺の異世界生活は、こんな感じで始まった。
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