116 深淵狂騒曲 03
ダンジョンに入る。
内部はなにかの建物のようだ。
ファンタジー基準的な中世というよりは地球的現代に近い建物だ。
それは境目のない壁や床を見るとわかる。
灰色で統一された味気のない空間。病院とは違い、薬で清潔さを維持している臭気はない。
俺が使っているのとは違う様式の人造精霊たちがこの空間を維持しているのが見える。
解析した混沌精霊に見られる様式だ。
いわゆるブラウニーなどの家に着く妖精を元にしたのだろう。
しかしこうなってくると人造精霊じゃなくて魔法生物だな。
俺の代だと類別はわりとテキトーだし、精霊魔法との契約能力があるかどうかがその差となっているぐらいか。
それはもしかしたら、このダンジョン世界の精霊たちも同じなのかもしれない。
「敵対反応がないな」
半透明なメンテナンス係以外になにかの存在はない。
エキアスをひっこめ、完全密封した混沌精霊をアイテムボックスに放り込む。このまま解析は進行させる。
使えるようになるかならないか、楽しみだ。
まっ、それはそれとして、ダンジョンだ。
「研究所とか? どう思う?」
「…………」
振り返ってルーに尋ねるのだが体育会系的イケメンはむっつりと黙り込んでしまっている。
その表情はこの数日間で初めて見る顔だ。
「当てが外れたか?」
「……あなたは意地悪ですね」
「そうかい?」
「こちらの意図を理解していながら自分をそのままにしておくなんて」
「そちらの意図を理解したから放置したと思わないか?」
「我が国は素晴らしいですよ」
「自分の国が素晴らしいと思えることは素晴らしいことだな」
「では!」
「必要なのは、他人が同じことを言った時にそれを尊重する寛容さじゃないか? そうすればお互いに無駄な喧嘩しないで済む」
「それは……」
「喧嘩の種なんて他にいくらでもあるんだ。郷土自慢の張り合いみたいなのはやめようぜ」
「ぐっ……」
「こっちは金に見合った仕事をする。あんたはそれを見届ける。それで十分だろう?」
「わかりました」
気持ちを切り替えたらしい。
「それで、このダンジョンの攻略は可能そうですか?」
「さてさて……それはここを進んでみないとわからないことだな」
「あなたは日本の英雄なのでしょう? 我々の英雄ならそんな曖昧なことは言わない」
「気休めが欲しいならそう言ってくれ」
「気休めではありません。勇気と希望です」
「もう英雄じゃないからな。報酬以上の約束はしない」
「どういうことですか?」
「前金百億円、拘束料一日十億円、成功報酬一千億円。このダンジョンを攻めるという俺のやる気はその値段が保証する。この値段で片が付くダンジョンなら付けてやる。だが、それ以上だった場合は知らないな」
俺の言葉をルーは気に入らない顔で聞いている。
「とんでもない額のように聞こえますが? それこそ、国を救う価値のある額です」
「そうか? オリンピックも開けないぞ?」
「それは……」
「個人に払う額と考えればでかいだろうが、この地を救うために払う額と考えるとはたして高いのか安いのか」
「…………」
「な? 俺みたいなのを国に招くのは危険だと思わないか?」
「そうかもしれませんね」
渋い顔のルーが面白くてくつくつと笑う。
「さあ、楽しい楽しい相互理解の時間は終わりだ。ダンジョンの奥を目指すとしよう。この扉なんてそれっぽくないか?」
奥へ奥へと進み続けた末に見つけた扉はシャッターのように上へと開く自動扉だった。
でかい。
そしてそれはまさしく、倉庫かなにかのシャッターだったのかもしれない。
出てきたのは鋼鉄の巨人だった。
「やっとそれらしいのが出たな」
全長は五メートルぐらいか?
ゴリラのように屈んだ姿勢なのは自分より小さいのを相手にするためだろう。
そう考えると巨人って対人戦闘的には資源の無駄遣いな感じだよな。
威圧としては最高だろうけど。
「うわっ!」
ルーが悲鳴を上げる。
鋼鉄巨人が意外な速さで距離を詰めて来たからだ。
だが、奴が振り上げた拳を下ろす前に、村雨改での居合が両断する。
「おっと逃がさない」
鋼鉄巨人ってことは金属の塊だぞ。
つまりは素材の塊だ。
ゲットゲット~。
消える前にアイテムボックスに放り込む。
「い、いま、なにをしたんですか?」
「ん?」
「あんな大きなものがいきなり消えました」
「そりゃ……」
アイテムボックス……と言いかけてやめた。
こいつらの常識だと、アイテムボックスにあんなでかいのは入らない。
俺が知っているのだと剛だけだな。あいつは斥候兼補給隊員っていうクラスだからだったか?
だから、素直に言っても信じないかもしれないし、教えない方がいいことでもあるかもしれない。
よし、黙っとこう。
「虚無に還したのさ」
と格好つけておく。
「きょ、虚無!?」
ルーが目を白黒させる。
「そう、虚無」
「そ、そんなことが」
「できるから俺はすごいの」
「なるほど、だからあの穴の……」
と、ブツブツ言い始めた。
混沌精霊をなんとかしたことを納得しだしたのか?
あれはあれで別の細工なんだが……まっ、勝手に勘違いさせておこう。
そんな感じで俺たちは奥を目指していく。
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