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死の勇者TS陰子は異世界帰還者である  作者: ぎあまん


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 瑞原霧が異世界から帰って来たのは半年ほど前だ。

 高校一年生の夏休みだった。

 海水浴場。年頃の男女が当たり前のように集まる場所で、霧は友達に誘われてそこにいた。

 佐伯公英も、柴門アヤもそこにいた。

 他の連中も。

 無関係な少年少女はその海水浴場にいたというだけでまとめて異世界に召喚され、ゲームに付き合わされた。

 誰が生き残り、誰がこの世界の覇権を握るか?

 戦国シミュレーションゲームだと誰かが言った。恐らくその通りなのだろう。神が世界という盤に召喚した少年少女を駒に置き、報酬を提示した。

 覇権を得た者たちには望みの物を与えると。

 望み……そんな曖昧なもののためにでも、少年少女は動いた。動くしかなかった。

霧は何人かとの出会いと裏切りを繰り返し、とある勢力に組み込まれた。そこはとても強く、霧の能力は大いに役に立った。

 乱立したいくつもの勢力を倒し、全滅させ、組み込んでいった。

 世界の勢力が三つで安定を示すと、神からルールの追加を告げられた。


『これ以後、勢力の変更は許されず、降伏も許されない。戦いの結果は全滅以外にない』


 最悪のルールだ。神はみんな仲良くゴールするという選択肢を許さなかった。全滅以外に許されないなら外交なんてあってないようなものだ。背中を見せた瞬間に殺される最悪の三国志が始まった。

 本物の三国志は勝者の座を別の国に奪われたが、この三国志はちゃんと勝者を決めた。三匹の蛇が尻尾を飲み合うような戦いの末、霧たちの勢力が勝利した。満身創痍の勝利だ。

 そして覇権を手に入れた勢力にいた召喚者たちはそれぞれに願いを言った。

 すっかり仲間が減った少年少女は意気消沈し、あるいは戻りようのない変化を受け入れてしまっていた。

 霧は元の世界に戻ることを望んだ。

 他にも同じことを望んだ者は何人もいた。

 残った何人かは焼け野原のような世界に残り、覇者としての余生を望んだ。

 どちらが幸せだったのかは知らない。もう片方のことを知ることは二度とないだろう。

 霧は召喚されたまさしくその瞬間に戻された。

 何事もない人生が戻ってきたのだ。それは嬉しかった。

 それでも、霧を脱力させることはあった。同じように海水浴場に行き、同じように異世界に召喚され、そして敵になったり味方になったりして死んだ友人たちが当たり前のように目の前にいた。

 彼らは異世界のことはなにも覚えていなかった。

 そしてあそこで得た能力もなさそうだった。

 しかし……そんな些細なことは忘れよう。

 霧たちは元の世界に戻ったのだから。

 ただ、あの時のことを覚えていない友人たちにはもう会いたくなくて、彼女たちとは交流を断った。

 覚えていたら覚えていたで、あの時のことを持ち出されたら絶交以上のことしなければならなくなるのだけど。


ソード「お宝ゲットだぜ!」

 フォーチュン「ご苦労様。例の人物は見つかった?」

 サモン「なになに、なんの話?」

 ソード「いつもの占い。味方」

 サモン「は? この近所に他にも仲間いたっけ?」

 ソード「いや、あんなサダコいなかったろ」

 サモン「サダコ?」

 フォーチュン「サダコ?」

 ソード「サダコだよ。男っぽい話し方のサダコだ。バッファーみたいだったぜ」

 サモン「バッファーなサダコって……意味わかんない」

 ソード「それに愛想も悪いし。仲間になるかどうかわかんないな」

 サモン「それ以前に、そんな奴とダンジョンで戦ったの? よく信じたわね」

 ソード「フォーチュンの占いを信じないでどうするんだ?」

 ソード「俺たちはそれに頼ったから帰れたみたいなもんだぞ?」

 ソード「リーダー面してたキングの作戦が何回成功したよ?」

 サモン「そうだけど……」

 ソード「でも、あのサダコバッファーが仲間になるとは思えないな。ああでも」

 フォーチュン「なに?」

 ソード「あいつ、フォーチュンと同じ制服着てたぜ」

 フォーチュン「そう。ありがとう」

 ソード「今度、換金に行こうぜ」

 フォーチュン「わかったわ」


 メッセージが終わり。霧は腹に溜まった息を吐き出す。

 いまは昼休憩中。スマホを片付けてから学食を出た。


「彼女が?」


 霧と同じ制服でサダコと思われるような髪型……そんな女性が複数いるわけない。


「封月織羽? 彼女はあの世界にいなかった。でも、彼女も異世界からの帰還者」


 数多の異世界が存在する。

 そして、異世界に迷い込む人たちも。

 今日、封月織羽は休みだった。



†††††


 美容院へ行く途中で見つけた丼物の店で大食いチャレンジの看板があった。

 いまならいけるという確信があって店に入って注文する。

 カツ丼チキンカツ丼親子丼が合体した三色巨大丼だ。二キロのご飯が入った巨大どんぶりの上に大量のカツと鳥肉が卵に閉じられて載せられている。


「時間は六十分。残したら料金は五千円。食べ切ったら無料です。いいですか?」

「ああ」


 長い髪が邪魔にならないようにポニテにして店員に頷く。注文をした時に気味悪がられたが、ポニテにしたらまた目を見張られた。なんやねん。


「では、このタイマーを押したらスタートです。勝手にいじらないでください」


 ドンと置かれた巨大どんぶりの存在感に店内が少しざわつく。中にはスマホを向けて来る者がいたが、SNSに晒されるのも嫌なので全員のスマホにこっそり電流を流した。

 ネタが欲しければ身を切りなされ。


「うわっ!」

「なんだ?」

「ひゃっ!」


 物理的にピリピリした空気の中でいざどんぶりに挑戦。箸とスプーンの両方が用意されている。

 うん、美味い。

 カツの量が多いから卵に閉じられてしっとりしたのとサクサクのままのと二種類あって違いを楽しめる。

 大量のご飯にそれらの卵が染みてしまうので一通り味わったら、親子丼ゾーンと染みたご飯を先に片づける。

 染みていない白飯の部分が増えてきたらカツをおかずに食べていく。

 順調だ。

 全然いける。

 しかしおかしいな。

 いまのこの肉体は封月織羽のもので、記憶にある限り彼女は大食いではない。

 では?


「…………モグモグ」


 食べるのに忙しくて喋っている暇がない。勢いを止めたら食べられなくなるからじゃなく、体が栄養補給に必死なのだ。

 原因はいくつかある。

 ファナーンからもらったリポDみたいな飲み薬を飲んで内臓が癒されたから。

 魂が定着して、肉体が魂の求めるスペックに近づこうと動き出しているから。

 大きいのはこの二つだろう。

 複雑だな。

 一度手に入れた物を失う気はないが、そのために封月織羽という人生を潰してしまうのではないかという心配もある。

 いや、すでに潰れてしまっていて、俺が再建してやってるんだと傲慢に構えることもできる。

 だが、望まない再建というのもある。このまま潰れてしまいたいと彼女は願っているのかもしれない。ただもう、死という眠りの中で全ての思考を放棄し、自分が存在したということさえ忘れてしまいたいのかもしれない。

 首を吊るぐらいならあの家を家族ごと燃やすことだってできたはずだ。そうしなかったのは彼女が思い切れなかったか、優しかったからか、そこまで憎んでいなかったのか。

 あいにくと俺はプロファイラーではないから記憶という映像から彼女の感情の全てを理解するのは無理だ。

 彼女はなにを望む?

 この肉体が間借りとなるか終の棲家となるかはわからない。

 家賃のつもりでこれからの計画を考えているが、それが彼女の望んだことなのか?


「…………モグモグ」

「おい、まだ十分しか経ってないぞ?」

「マジか、早すぎじゃないか?」

「うわぁぁ」


 他人を察するのは得意ではない。

 向こうではむしろ他人に対して鈍感でなければやってられなかった。親父世代のRPGでは主人公は勇者で魔王を倒すというストーリーはありふれていたが、あれはゲームだから楽しいんであって、自分が本物の勇者になったらその理不尽さには絶句しかない。

 たった一人の主人公と世界規模で見れば雀の涙な仲間たちで世界を救えと言われたら、そりゃ、他人の家のタンスだって漁るし壺だって割る。城の宝物庫から勝手にアイテムを頂戴したりもするだろう。

 世界の命運なんて託したのなら法律なんざ無視させろって話だ。全てが終わったら村で恋人と幸せなスローライフなんてのもふざけている。報酬はたんまり寄こせ。

 ……なんてことを考えるのが俺だ。

 で、お前は何を望む? 封月織羽?

 なにも望まないなら、俺の好きにするぞ?

 本当に。

 俺流で。

 いいんだな?


「ごちそうさま」


 どんぶりに残ったご飯をスプーンですくって食べ切る。

 店員は信じられないものを見る目をした後で笑顔を浮かべた。食べ切ったことへの素直な称賛が浮かんでいた。


「おめでとうございます! こちらサービスのオレンジジュースです!」

「どうも」


 ぐっと一気に飲み干し、時計を確認する。

 よし、美容院に行こう。






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