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難題

「はあ~~…………」


 爽やかに広がる青空の下、俺はまるで魂まで抜けるような大きなため息を漏らす。


「……イブ、あれどうしたらいいかしら」

「しばらくそっとしておくのがいいかと思います」

「でも、今日はあんな感じでずっとため息しかついてないわよ……」


 後ろではアリシアとイブが話している。当然、話題は俺のことだ。


「お前ら、仲いいな。昨日のことはどうしたんだよ」

「?」

「レヴィ様、それなら最初の方で終わりました」

「…………まじ?」

「はい。アリシア様が先日の件で非を認め、私も言いすぎたと謝罪しました」


 完全に記憶にない。だが、この様子からして嘘ではないのだろう。

 注意力散漫だった証拠だ。


「はぁ~~…………」

「……そもそも、どうしてあんなになってるの?」

「それが私にも分からず……」

「一日中付きまとってるイブが知らないってよっぽどね」

「その言い方は止めていただきたいのですが……」


 アリシアにまでそういう認識をされており、イブが困り顔になっているが、そんなことはどうでもいい。


 2人のことは置いておいて、俺は自分の問題に集中しようとするが……


「ねえ、レヴィ。何があったか話してくれない?」


 それを遮るかのようにアリシアが顔を覗き込んできた。大きな淡い紫の瞳は不安に揺れていて、そこに映って見える俺の顔は完全に意気消沈している。


 心なしか生気も抜けているようで、自分のことながら心配になるレベルだった。


「……そうだな、話しておくか」


 正直なところ、考え込みすぎてだいぶ気が滅入っていたのだ。誰かに話しておくのも、いい気分転換になるだろう。


 そう考えた俺は大きく息を吸い込んで、ゆっくりと吐き出す。


 それから、昨日のことを話し始めた。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


「クルト兄さん、今大丈夫?」


 就寝前、俺はクルト兄さんの自室を訪れていた。

 ほどなくして、許可が出たのでドアを開けて部屋の中に足を踏み入れる。


 中ではクルト兄さんが頬杖をついて座っていた。机の上には書類が乗っているので、今も仕事をしていたのだろう。


「レヴィが僕の部屋に来るのは珍しいね。どうしたの?」

「実は……」


 要件はもちろん、魔法学園に入学したいという意思表明だ。


 入学は最低でも15歳以上だから、まだ先の話ではあるが、こういったことは早めに話しておくに限る。


 俺の話を聞いたクルト兄さんは少し考え込む素振りを見せると、おもむろに口を開いた。


「残念だけど、それは難しいね」

「!……どうして?」


 出された答えに動揺しながらも、すぐに理由を問いただす。

 一方、兄さんは落ち着いた穏やかな口調で説明していった。


「まず、そんなことは父さんが許さないだろう。父さんが言っていたけど、レヴィはこの家で一番剣の才能があるらしいんだ」


 その返答にまたも目を見開いた。

 俺が父さんやマーク兄さんよりも才能があるとは思えない。誇張に思えるが、クルト兄さんの顔は真剣そのもの。ふざけているようには見えない。


「これに関してはマークも同意見みたいだ。この2人は君を是が非でも騎士にしたがるだろうね」


 宝の持ち腐れだから、と言って兄さんは机の上にあったティーカップをとり、紅茶を一口飲む。


 なるほど、この話が本当なら昼間のマーク兄さんの態度にも一応の説明がつく。


 マーク兄さんは俺が魔法学園に入学したいと知って驚き、そして顔を曇らせた。俺には騎士になって欲しかったからだ。

 それから、父さんではなくクルト兄さんにこの話をするように言ったのは、おそらく父さんだったら話を聞いた途端に問答無用で却下されるため。


 自分の意思よりも俺の思いを優先しようとしてくれたからこその進言だったのだろう。


「それに、かくいう僕もレヴィには魔法学園に行ってほしくない。というか、この領地に残ってもらいたいんだ」


 続けて、クルト兄さんが追撃を始める。

 緊張感からか、口の中が渇いてしかたない。


「君の才能は、世界中見渡してもそうそう見つかるものじゃない。だから、君には僕の補佐をしてほしいんだ」

「……それが理由?」

「そうだね」


 ようやく絞り出した俺の言葉に兄さんはあっけらかんと答える。兄さんは椅子から立ち上がり、俺の目の前で立ち止まった。


 必然的にクルト兄さんを見上げる態勢になり、それが今の状況を暗示しているように感じられる。


 だが、俺としても簡単にあきらめるわけにはいかないのだ。兄さんから目を逸らすことなく、俺は言葉を紡ぐ。


「譲歩する余地もないってこと?」

「……本当はしないところだけど、大事な弟の頼みだ。そうだね……条件をクリアすれば入学を認める、というのはどうかな?」


 十分だ。少なくとも0よりはマシだろう。


「それでいいよ」

「わかった。じゃあ、レヴィには今から言う条件をクリアしてもらおう」


 そう言って、兄さんは口の端を上げこう告げた。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


「それが、父さんと兄さんたちの3人に模擬戦で勝利すること」


 そして、今俺が告げた条件こそが俺の頭を悩ませている難題なのだ。


「…………無理じゃない?」


 何拍か置いた後、アリシアはそう呟く。辛辣であるが、難しいのには変わりないので否定しない。


「……そうでしょうか?」


 一方で、イブは何が問題か分からないと言った様子に首を傾げている。

 それを聞いて、アリシアは信じられないような顔をしてイブを見る。


「その自信はどこから来るの……?」

「常日頃からレヴィ様をかんさ--見守っているからです」

「おい待て、今観察って言いかけたよな!?」


 呆れて問いただすアリシアに、平然と答えるイブ、そして流石に聞き逃せない単語が飛び出したことに戦慄する俺。


 なんかカオスになってきたな……


「レヴィのお父さんって昔の戦争で武勲を挙げたから貴族になったんでしょ?」

「ああ、今は多少衰えただろうが、それでも馬鹿みたいに強い。しかも、それと同レベルの剣士がもう一人いる……」


 言ってて頭が痛くなってきた。

 クルト兄さんにしたって、あの2人に比べれば弱いというだけで、軍隊の分隊長レベルには強いだろう。


 その3人を倒さないといけないのだ。一人ずつと戦うよう取り計らってくれるようだが、かなり厳しい。だが、このことを深刻に悩まない奴が一人。


「?……ですから、何を悩んでおられるのでしょうか?」


 イブの場違いな発言にアリシアが呆れ顔で何か言おうとしたが、続いたイブの言葉に遮られた。


「レヴィ様はゲイル様やマーク様よりお強いでしょう」

「!?」

「例え3人がかりだとしても、十分相手取ることができるはずです」

「!!?」

「…………まあ、否定はしないが」

「!!!?」


 イブの言葉にアリシアは驚きっぱなしだ。そこに俺の肯定が入って、目が完全に点になっている。

 アリシアは、俺とイブの顔を交互に見てから恐る恐る口を開けた。


「…………勝てるの?」

「……なんとかできるとは思う、たぶん」


 勝てるかどうかでいえば、たぶん勝てるだろう。

 確かに、俺には父さんやマーク兄さんのような立派な体躯はない。だが、身体の差は技術で埋めることができるし、小さいなら小さいなりにやり様はあるのだ。


「レヴィ様もわかっておられるのなら、何を悩んでおられるのでしょう?」


 イブがまた不思議そうに尋ねる。

 さっきと違うのは、勝てるかもしれないと聞いたアリシアもまた同じく不思議そうに見つめていることだ。


 それを見て、俺は頭を悩ませていた本当の理由を話すことにした。


「……クルト兄さんは()()()()条件に模擬戦の勝利を課してきたんだ」

「それがどうしたのですか?」

「ああ……そういうことね」


 俺の言葉に正反対の反応を返す2人。

 イブはいまいち要領を得ず首を傾げているが、アリシアは納得した様子で頷いている。


「そうか、アリシアもあの学園に入るっていってたな」

「うん。そのこと、お父さんもよくぼやいてたから……」

「ええと……どういうことなのでしょうか?」


 1人だけわかっていないイブが、若干焦りながら聞いてくる。

 俺はイブの方を向き直って一つずつ説明していく。


「まず、俺はイスパシア魔法学園に入学したい。そして、その条件として模擬戦に勝たないといけない」

「はい、わかります」

「それでな、このイスパシア魔法学園なんだが……授業料が高いんだよ。王国の魔法研究における最先端施設なんだから、その教育費は高くて当然だろうな。そのせいで、生徒は極端に貴族が多いらしい」

「……??」

「ここで問題になるのが、授業料は負担してもらわないといけないってことだ。俺が働いて稼いだところで、そんなのはした金にもならないだろうな。それで、兄さんは()()()()()とは言ったけど、()()()()()()とは一言も言ってないんだ」

「あ!!」


 声をあげながら、イブがようやくの納得顔を見せる。

 たとえ入学できても、授業料を払えなければ授業を受けることができない。完全に本末転倒なのだ。


「ですが、クルト様がそのことを知らなかった可能性は?」

「ない。俺でも知ってるんだ。一領主で、領内の情報をかき集められる兄さんが知らないはずがない」


 十中八九、確信犯だと断言できる。

 そして、わざわざそんなことをした目的は……


「模擬戦--父さんたちとの試合を通して、俺が学園に通うことを納得させること。たぶんこれは、クルト兄さんが俺に課してきた試験みたいなものなんだ」


 俺の推測に2人は沈黙を返した。

 これはあくまでも推測だ。もしかしたら本当にクルト兄さんが授業料のことを知らなかったり、入学を許すということに授業料の負担まで入っているのかもしれない。


 だが、万が一この推測が当たっていた場合、一大事だ。そして、その可能性がある以上、危険は排除しておかなければならない。


「で、どうしようかな~と考えてるんだが、」


 と、そこまで言って言葉を切る。

 そして、昨晩から一人で黙々と考えてきた総括を出した。


(やっぱり、これしかないか……)


 いくら考えても他にいい案は浮かばない。

 はぁ~と大きく息を吐きだし、ついに腹を決める。


「アリシア、イブ、頼みがあるんだが……」


 完全に黙りこくってしまった2人に頼んで、準備を始める。

 俺が現状でこの窮地を抜け出しうるプランの……

おもしろいと思っていただければ、ブクマやポイントなどいただけると励みになります。


よろしくお願いします!

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