マークの木こり
「とりあえず、だいたいはアリシアが悪いけどお前も大概だぞ」
「そうでしょうか……」
「止めるにしても、さすがに頭をぶん殴るのはなあ……」
帰路の途中にて、俺とイブは大反省会を開いていた。
もちろん、アリシアのことでだ。
「ですが、レヴィ様もそうしろと目配せなさったではありませんか」
「ちょっとでも気を引いてくれればよかったんだが……というかお前はどうして殴ろうと思ったんだよ。俺の指示だとしてもおかしいと思うだろ」
「日頃の鬱憤が……」
「完全に私情じゃねえか!」
俺は言いながらため息をつく。
(もしかしてホントは仲悪いのか……?)
それなりに仲が良いと思っていたのだが、実はそんなことない説が浮上してきた。
「そもそも、アリシア様が危ない魔法を使うのが悪いのです」
「まあ、そうなんだけどさ……」
それは全面的にイブが正しい。子供が危険なことをすれば大人が諫めるのが普通だ。
だが、俺としてはアリシアの気持ちが分からないでもないので、イブの不平を聞いてつい困り顔になってしまう。
「アリシアにとってあれはガス抜きみたいなものなんだよ」
「ガス抜きですか?」
「ほら、あそこの家って厳しいだろ」
「はい、アリシア様は長女ですのでなおさらかと」
「あれで結構ストレスとか溜まってるんだよ」
アリシアは小さいころから厳しく育てられてきた。アリシアのお父さんが厳しい人だからである。
そのため、自由気ままでいられるのは俺と居るときだけで、家で抑圧されている反動からか、アリシアが使う魔法は決まって派手で規模が大きいものばかりなのだ。
「だから許せとは言わないが、大目に見るくらいはしたほうがいいとおもってな。まあ、流石に今日のはダメだが」
俺との魔法の訓練は、たぶんアリシアにとってストレス解消のような意味合いが大きいのだろう。だから、貴族の令嬢とは思えないほど奔放にふるまっているのだ。
そのことを伝えると、イブは険しい顔つきを解き少しだけ納得した顔になる。
「なるほど…………レヴィ様」
「ん?」
「失礼ながら……まるでアリシア様の保護者のようですね」
「ごふっ!」
イブの言葉が突き刺さる。自分でもそんな自覚はあった。
実際、中身の年齢はそのくらいなので、アリシアに対する視線は保護者のそれに近くなってしまっている。
だが、他人から客観的に言われるのはダメージが大きい。10歳で保護者気取りとか笑えないぞ。
「とりあえず!明日はちゃんと話をつけないとな!」
「そうですね、こちらの意図をきちんとお話しせねば」
おいそこ、ニヤニヤすんな。
キッと睨みつけるが、イブは涼しい顔で受け流している。
その後しばらく会話を続けていたが、イブに手玉に取られっぱなしになってしまい、自然と家に帰る足が速くなっていくのだった。
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森の中を歩き、もう少しで家につくだろうといったところで奇妙な光景が目に入った。
「なんだこれ?」
「綺麗に樹が切られていますね」
俺たちの目の前には大量の切り株が並んでいた。
昨日は見ていないから今日出来たのだろうが、それにしても数が多い。軽く50は超えている。
「木が必要だったにしても切りすぎだろ。一体誰が……」
「……それは今こちらに来られる方ではないでしょうか」
俺はイブの返答に一瞬だけ首を傾げたが、その視線の先に目を向けて理解した。
向こうからこちらに駆け寄ってくるのは、いつも鍛錬で着ている動きやすそうな質素な服を着たマーク兄さんだった。
「マーク兄さん、どうしたの?」
「……樹を切りに」
「てことは、やっぱりこれはマーク兄さんがやったんだ」
俺が切り株に流し目を送ると、兄さんは何も言わず頷いた。
そして、おもむろに生えている樹の一つに近づくと腰に下げた剣を抜刀する。
--その直後、マーク兄さんの目の前に立っていた木は大きな音を立てて倒れたのである。
「……兄さん、もしかして朝からそれやってるの?」
「……そうだ」
兄さんは一言そう答えると、木を台車に括り付けて運んでいってしまった。
「……イブ、薄々思っていたんだが、この家の人間はおかしくないか?」
「皆様、才能溢れる方々ですので」
イブはそう答えるものの、俺はどうも納得いかない。
剣を一振りしただけで樹木を切り倒すことを「才能溢れる」だけで済ませるわけにはいかないだろう。
道理で切り株の切断面が滑らかすぎると思ったんだよな……
「マーク様もお強くなられました」
「父さんと互角だからな。王国最強クラスだと思うぞ」
そう、度重なる年月のおかげでマーク兄さんの剣術は父さんと肩を並べるまでに成長したのだ。
逆に言えば、40代後半にしてマーク兄さんと互角に戦えている父さんが化物であるともいえるのだが……
「そして、そのおかげで私もレヴィ様の指南役を務めることができました」
「ホント、お前はどこまで俺の生活に侵食してくる気なんだ?」
嬉しそうに語るイブに俺はため息をつく。
マーク兄さんが強くなったことで俺が損したことがこれだ。
兄さんが強くなったことで、父さんの余裕がなくなってしまったのだ。
年をとったことで体が衰え始めたというのもあるのだろうが、とにかく父さん一人では俺とマーク兄さんの両方を相手にすることができなくなってしまった。
ちなみに、クルト兄さんはもう早朝の鍛錬には参加していない。領主を継いだクルト兄さんは、最低限の剣術が使えればそれで十分だからだ。
話は逸れたが、マーク兄さんの相手に手いっぱいとなってしまった父さんが俺の剣術指南役としてイブを指名したのである。
最初こそ、ちゃんと教えてくれるのか疑問だったが、今ではそんなこと全く思わない。というのも、このメイド、当たり前のように剣術の心得もあるようなのだ。しかもかなり強い。
そのため、剣の指導には十分であるのだが……
朝、部屋を出たらドアの傍に必ずイブがいる。そのまま鍛錬に直行し、そこからは片時も離れず俺についてまわり、夜、就寝前に自室に入ることでようやくイブが離れてくれる、という生活を送る羽目になった。
日中、常に後ろから視線を感じるのだ。ずっと監視されているようで、それはそれは落ち着かない。
悪態の一つくらいついても許されるだろう。
そんなことを考えていると次第に頭が痛くなってきた。
「……しばらくここにいるよ。兄さんがなんで木を切ってるのか気になるし」
「では私もご一緒します」
わかりきった返答に、呆れ9割、ある種の安心1割を感じながら切り株に腰を下ろす。
俺はそのまま、日が暮れるまでマーク兄さんの木こり作業をただ眺めていたのだった。
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「結局、マーク様は何をされていたのですか?」
「……木こり」
「いや、そうじゃなくて……何で木こりをしてたの?」
「……小屋を作るのに必要だった」
日が暮れて、マーク兄さんの作業が終わると俺たちも一緒に帰路についた。その道中でこうしていくつか質問をしていたのだが、なかなかマーク兄さんの目的を聞きだすことができない。
といっても、これは今日に限った話ではない。
マーク兄さんは少し言葉足らずなきらいがあり、本人もそれは自覚しているようだがなかなか直らないようだ。
初対面の人なら苛立つであろう兄さんの無口さだが、慣れてしまえばどうということはない。丁寧に質問をして、何をしていたのか聞きだしていく。
「……じゃあ、兄さんの不注意で壊しちゃった馬小屋を直すために木が必要だったから切ってたってこと?」
「……そうだ。クルト兄さんにも許可はとってある」
「修理屋を雇えば済む話ではないでしょうか?」
「……俺が壊したんだから、俺が直す」
兄さんの目的が判明したところで、ようやく合点がいった。
その剣の腕と裏腹に……といっていいのかは分からないが、マーク兄さんは超がつくほど心優しい。お人好しなのだ。
それでいて責任感も強いものだから、自分が壊してしまったものは自分で直さないと気が済まないのだろう。
「でも、一人だと大変じゃない?」
「……大丈夫だ。友達も手伝ってくれる」
マーク兄さんの言う“友達”とは、兄さんの通う剣術学校での友達だろう。
十分すぎるほど強い兄さんが、今更剣術学校に通ってまで学ぶことなどはほとんどない。
それでも学校に通っているのは社会勉強のためらしい。
父さん曰く、騎士団に入りたかったら今のうちからその雰囲気を体験しておくのがいいとのことだ。マーク兄さんの場合、協調性も養えるからとも言っていた。
学校にいる生徒のほとんどは平民なので、身分が違うことに一抹の不安を感じないこともないが、心配いらないらしい。
そもそも、この領地では貴族と平民の境がほとんどないのだ。それはクルト兄さんが領主になった時のパーティでのことからも明らかである。
「そうなんだ。それなら大丈夫そうだね」
「……ああ」
俺の言葉に、兄さんは少しだけ顔を綻ばせて答えた。
それを横目に見ながら、俺は少し考えごとを始める。
俺は学校に通ったことはない。それは貴族だからというのもあるが、基本的に勉強を強制されなかったからである。
それは2人の兄さんが有能過ぎたのが原因だ。
クルト兄さんはとても賢く、求心力もあったので、領主となるのに適材だった。
実際、兄さんが領主になったことで、それまで未解決だった領地内の問題がいくつも解決されているらしい。
一方で、剣の才に秀でているマーク兄さんは今や父さんに匹敵するまでになっている。優秀な剣士がいることは、剣で成り上がったスパーダ家の面目を保つには十分である。
結果、三男の俺は特に何も強制されることなく自由気ままに過ごせることになった。当然、学校にも行ったことなどなかったのだが……
「そう言えば、レヴィ様は学校に通われていませんよね。通ってみたいと考えたことはおありですか?」
俺が考えていたことをちょうどイブが指摘してきた。
「ああ、行ってみたいところが一つあるんだ」
「どちらでしょう?」
「イスパシア魔法学園だ」
イスパシア魔法学園--それは王都にある魔法研究の最先端施設だ。そして、国中から才能ある生徒を募ってその技術を伝授する教育機関でもある。
魔法を学びたい俺としてはこれ以上ないほど理想的な学校だ。通うとなれば王都に住むことになるだろうが、ぜひ通いたい。
それに、王都にいれば最新の情報を手に入れることができる。もし世界滅亡みたいな不穏な話が出てくれば、すぐに知ることができるだろう。
まさに一石二鳥だ。
「魔法学園ですか……」
「…………」
俺の答えに2人は驚いているようだ。
特に、マーク兄さんはすごく驚いている。依然として何も言わないが、目は大きく見開かれ、その驚きようがありありとうかがえる。
だが、兄さんはすぐに顔をしかめてしまった。何か気がかりがあるといった感じで考え込んでしまう。
「……兄さん?」
「……レヴィ、その話は父さんたちにもしたのか?」
「いや、まだだけど……」
「……なら、先に兄さんに話しておけ」
「……わかった」
本当はどうしてか聞きたかったが、マーク兄さんの様子にただならぬものを感じて大人しくうなずいた。
その微妙な空気は家に帰るまで続き、とても居心地の悪い時間を過ごすことになってしまった。
その後、俺はマーク兄さんの忠告が正しかったことを知る。
それと同時に、難題を突き付けられることになってしまうのだった。
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