新領主クルト
俺が3つ歳をとって8歳になると、当然ながら他の皆も3つ歳をとる。
何が言いたいかというと、クルト兄さんが18歳となりとうとうスパーダ家の当主になったのだ。
そんなめでたい日なので、屋敷では領民を集めてパーティが開かれていた。
ところでこの世には身分・階級を重んじる貴族もいるようだが、剣で成り上がった元平民の家族がそんなことを気にするかと言われればそんなわけがない。
だから……
「クルト様が当主になっていただければ、この領はもう安泰だな!」
「ああ、ルカ様に似てたいそう頭もいいからな!」
「剣を振るしかできない前領主さまよりずっと安心だな!」
「お前ら少しは遠慮しろよ!!!」
と、こんな風に酒の入った領民たちの軽口に、父さんが笑いながらツッコミを入れるのも恒例になりつつある。
階級制度ってなんだっけと首を傾げるほど打ち解けているのだ。
その楽し気な雰囲気のなか、俺はとりあえず飯を食うことにした。本当は外に出て魔法の鍛錬でもしたいところだが、さすがにこの場から抜け出す度胸はない。
それに……
「レヴィ様、こちらの料理はいかがでしょう」
監視役だとでも言わんばかりに、イブがついているのだ。メイド長なら他にやることもあると思うのだが……
そんな俺に小皿に盛り付けた料理を差し出してくるイブ。今日はビュッフェ形式の食事になっていて、俺は身長の問題から料理がとれないのでこうしてイブにとって貰っている。
「ああ、ありがとう」
イブに差し出された料理をもらい、口に運ぶ。
(……美味いな。何の料理だこれ?)
そう思って俺は皿に盛られた料理を覗き込む。が、よくわからなかった。
トマトが入っているのは分かるのだが、それ以外はあまり見たことがない。
「イブ、これは何て料理なんだ?」
というわけで、イブに訊いてみる。こいつなら知っているだろう。もしかしたら、こいつが作ったのかもしれない。
「はい、それは--」
「アクアパッツァという料理だよ」
その瞬間イブの声は遮られ、代わりに男性の柔和な声が答えを告げる。
声のした方には、礼服を着こなし今回のパーティの主役にふさわしい格好をしたクルト兄さんだった。
「兄さん、挨拶はいいの?」
「ああ、形式的なものだしほとんどの人は父さんと飲みに行ったしね」
そう言って視線を動かす兄さん。その先には領民が集まって酒を飲んでいた。その中には父さんもいる。
確かにこれなら挨拶回りもいらないだろう。
「そうだ。兄さん、この料理に入っている食材は何?」
「魚だよ」
兄さんからの答えを聞いて、ようやく納得がいった。内陸国の王国では魚料理は出回らない。だから、見たことがなかったのだ。
「じゃあ、この魚はどこから仕入れてきたの?」
「帝国だよ。この領地は帝国に隣しているからね、向こうからの品が入りやすいんだ」
なるほど、帝国は漁業も盛んらしい。で、その輸出品を買ったと。
感心しながら、もう一口食べる。
「これ、美味しいな」
「魚が気に入ったのかい?なら、これからはもっと仕入れるようにするよ」
兄さんはにこやかに答えるが、そんな簡単に出来るものではないだろう。
そもそも、数年前まで戦争していた国から輸入できるという時点ですでにおかしいのだ。
この口ぶりからすると、この魚を仕入れられるようにしたのはクルト兄さんだろう。
一触即発の関係にある国と軽々貿易していると考えると、兄さんのすごさがよくわかる。
「そうだ。イブ、君に命令することがある」
そこで、兄さんは思い出したかのようにイブの名前を呼んだ。イブはもちろんのこと、俺も疑問符を浮かべながら兄さんの方を見ると、
「まず、今日をもってメイド長の任を解く」
「!?」
「そして、君をレヴィの専属メイドに任命する」
「!??」
兄さんがとんでもないことを言い出した。
「専属メイドって!?」
「そのままの意味だよ。これから、身の回りの世話はイブにしてもらうといい」
「そんな王宮じゃあるまいし……」
思わず苦笑してしまう。
メイド長を辞めさせてまでそんなことをさせる意味もないだろう。さすがに無茶苦茶だ。
「かしこまりました、クルト様」
だが、呆れる俺とは対極的に当の本人は乗り気のようだ。
胸の前で両手を握りしめて、兄さんに返事をしている。
(一体何にやる気を出しているんだろうか……)
思わずそんなことを思ってしまうほどに、イブからはやる気がひしひしと感じられる。
どう考えてもメイド長の仕事の方がやりがいがあると思う。
「そうそう、レヴィ。遠出するときには必ずイブを同行させるように。例えば……友達に会いに行くときとかね」
「!!??」
今日一で驚いたかもしれない。
俺は交友関係が広いわけではなく、友達と言えるようなほとんどいない。それこそ、アリシアくらいなものだ。
つまり--
(アリシアと会ってるのがバレてる!?)
自然と顔をこわばらせた俺を、にこにこしながら眺める兄さん。
間違いない。これはバレている。
イブがバラしたのかと思い、ちらりと顔を窺う。だが、彼女は大きな目をさらに大きく開いているだけだった。
(この反応は違う。ということは自分で調べたのか?)
そう思って動揺していると、途端にクルト兄さんが笑い始めた。
「やっぱりそうなんだね。どうしても証拠が欲しくてさ」
笑いながら、そう告げる兄さんに今度こそ絶句した。
かまをかけられたのだ。俺もイブも完全に騙された。
「まあ、僕からはこのくらいで。それじゃあ2人とも、パーティを楽しんでね」
クルト兄さんは笑いながらそれだけ言い残して立ち去っていく。
そして俺は、その後ろ姿をただ見つめることしかできないのであった。
後日、イブが本当に俺の専属メイドになって朝から晩までついてくるようになったのは、また別の話である。
おもしろいと思っていただければ、ブクマやポイントなどいただけると励みになります。
よろしくお願いします!




