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お出かけ

 休日の午前8時ーー俺は学園の校門前で空を見上げていた。

 澄み渡るような青空には、ところどころ雲が浮かんでおり、風に乗って流れていく。俺はその景色を、何も言わずにただただ見上げていた。


「お待たせ……」


 耳に入った聞きなれた声に、俺はようやく目線を下げる。視界には私服を身に纏った銀髪の幼馴染が立っていた。


「……待った?」

「待ったな。だいたい5分くらい」

「うっ……そこは嘘でも待ってないって言って欲しかった……」

「言ったところで、お前は勝手に気にするだろ」

「……だって、この時間に集合っていったのは私だし」


 問答を続けるほど、アリシアは俯いて小さくなっていく。

 その様子を見た俺はため息をついて、言葉を続ける。


「5分くらいなら誤差だ。気にすんな」

「…………ごめんなさい」


 声がものすごくか細くなっているあたり、かなり気にしているようだ。

 たまにアリシアが見せる、約束事に対する律儀さに苦笑しつつも、俺は移動を促す。


「……まあ、それは一旦置いといて、とりあえず出発するぞ」

「うん……」

(まだ落ち込んでる……)


 歩き始めたアリシアは、いまだに俯いたままだ。すでに、意気消沈してしまっている。この調子だと、一日中引きずってしまうかもしれない。


「あー……服。初めて見るやつだな」


 俺は苦し紛れの話題転換に服の話を持ち出した。

 アリシアが着ているのは藍色のワンピース。それ自体は別段珍しいわけでもない。だが、領地では明るい色のドレスを好んで着ていたことを知る俺からすると、結構新鮮に感じる。

 そう思って半ば無理やりに変えた話題だったが、アリシアは食いついた。


「あ、うん。あんまり派手じゃない方がいいと思って」

「そうか。似合ってると思うぞ」


 俺は素直な感想を返しておく。というか、俺はアリシアに似合わない服というのを見たことがない。本人に自覚があるかどうかは分からないが、アリシアは美人な上にスタイルもいい。そのため、大抵の服は着こなしてしまえるのだ。


 そのアリシアはというと、俺の感想を聞いたあたりから急にニコニコし始めた。しかも、なぜか必死に表情を抑えているせいで、だいぶ変な顔になっている。


「おい、どうした?」

「んー、なんでも」

「いや絶対なんかあるだろ」

「なんでもないって」


 このやり取りの最中でさえ、アリシアの顔は口の端が上がり目尻が下がっている。さっきまで落ち込んでいたのはなんだったのかとツッコみたくなる変調ぶりだ。

 とはいえ、元気を失くしたままのあの状態よりはよっぽどいい。そう考えて、この話はこれ以上追及しないことにした。


(あー……振り回されてんなー)


 内心で苦笑いしながら、俺は変わらず歩みを進めるのだった。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


「馬車、結構混んでるね」

「休日だからな。仕方ない」


 俺たちは乗合馬車の前でそんな会話をする。周りには俺たち以外の人も大勢いる。皆、馬車に乗るのだろう。


 今日は、普段の息抜きにアリシアと外出をしている。

 最近はカルト教団に狙われたり、生徒会長に脅されて生徒会の手伝いに勤しんだり……何かと気に病むことが多かったので、いい気分転換になるだろう。


 そこで、エクラの提案である演劇鑑賞に加えて、アリシアの要望で買い物に付き合うことになったのだ。


「あ、西区行きの馬車来たよ」

「ここで乗れると楽なんだけどな」


 アリシアの呼びかけを聞いて、俺は祈るようにそう呟いてしまった。


 王都は王宮を中心として、四つの区画に大別される。

 まず、普段俺たちが生活している学生寮や学園のある東区。住宅が立ち並ぶ南区。ごく最近、開発され始め多くの娯楽施設を内包する北区。

 そして、今から俺たちが向かおうとしているのが、多種多様な店舗が林立し、王都の市場を形成している西区だ。


「着いたら何するんだ?」

「買い物!」

「いや、それは分かるんだが……」

「ちょっと気になるものがあって」

「教えてくれないのか?」

「着くまで秘密です!」


 テンション高めなアリシアに、俺は少しだけ面食らってしまう。買い物に行くというだけで、ここまではしゃぐとは思っていなかった。


(こいつにも女っぽいとこあるんだな……)


 流れるように失礼な感想が胸中に浮かんできたところで、俺たちは馬車に乗りこんだ。そのまま馬車が走り始め、馬車特有の大きく断続的な揺れが身体に伝わってくる。俺は座席に座って町並みを眺めながら、遅まきに現状を理解する。


(そういやこれ、もしかしなくてもデートだな)


 デートの定義を考えれば間違いなくそうだし、傍から見ればそうにしか見えないだろう。実際、馬車に乗り合わせている同年代くらいの女子グループが俺たちをちらちらと見ながら、何か話している。


(そんな関係じゃないんだけどなあ……)


 首を傾げて、どうしてこうなったのかと考える。

 俺とアリシアの関係性を言葉で表すなら、『極端に距離が近い幼馴染』になるだろう。

 まあ確かに肩と肩が触れ合うくらいの距離にいるけれども、恋人同士などという甘々しい関係では決してない。


(そもそも、こいつをそういう目で見たことがないんだよな)


 俺がこいつに抱いている印象というと、自由気ままな猫、もしくは手のかかる娘、といった感じだ。

 この辺の感情は、俺の精神年齢がオッサンになってしまっていることが大いに関係しているのだが……あまり考えたくないのでこれ以上掘り下げないことにする。


(てか、アリシアもそういうことを考え始める時がくる……のか?)


 今までの話つながりで、ふとそんなことを考えてみた。一応、思春期……年頃の女子なのだから、そういうことを考えても不思議ではない……のだが、


「ありえんな」

「えっ、何?どうしたの」

「独り言だ。気にすんな」


 思わず口から出てしまったが、独り言だと言い張って事なきを得た。

 15年来アリシアといる俺だが、あいつが物思いにふけるようなところは見たことがないし、想像もできない。


 そりゃ絶対にないとまでは言い切れないし、そもそも他人の頭の中を覗けるわけではないので、これは勝手な妄想に過ぎない。

 だが、今のところはないと見ていいだろう。


(まーその時はその時か)


 考えるのに疲れた俺は、そこで思考を打ち止めた。

 どうせなるようにしかならん、と開き直って窓の外に目を向ける。南区の住宅街が流れていくのを眺めながら、目的地までの道のりをただぼんやりと過ごすのだった。

おもしろいと思っていただければ、ブクマやポイントなどいただけると励みになります。


よろしくお願いします!

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