フェンガル
「あの……フェンガル家が散々ってどういうことですか?」
アリシアは、紅茶を注ぎながらおずおずと切り出す。
フェンガルというと、先日のフィリムとのいざこざがあって物凄くタイムリーな話だ。しかも、アリシアにとっては他人事ではない。
「ああ……アリシアは気にしなくていいのだけど……」
「今代の当主同士の話だからね。でも、話しておくに越したことはないだろう」
ライラの言葉を引き継いで、エクラが話を始める。
「まず、フェンガル家は歴史ある貴族家だ。古株というか……とにかく有名だというのは間違いない。それで、フェンガル家を栄えさせていったのが魔法なんだ」
おや?どうしてだろう……なんとなくオチが見えた気がする。
俺は額を伝う汗を拭って、続きを聞く。
「フェンガル家は代々、優秀な魔法使いを輩出していた。いや、優秀というよりも至高と言った方がいいな。ほとんどが宮廷魔術師の任を与えられていたからね」
「それで……?」
「うん。今代もそうなるだろうと噂されていた矢先に起きたのが、帝国との大戦。二大英雄の片割れとして、セシル=エストーレの名前を王国中に轟かせた戦争さ」
ああ……嫌な予感が加速する……
「そうなったら……まあ分かるよね。エストーレ家がフェンガル家のアイデンティティを奪っちゃったんだよ。で、された側のフェンガル家は当然お冠……」
「公爵家に目の敵にされることになった……と?」
「そういうことだね」
俺の問いに答えたエクラは、紅茶を啜り唇を濡らし、再び話し始める。
「でも今回の場合、エストーレも大概なんだよね」
「どういうことです?」
「今代のフェンガルは自他共に認める歴代最高だったらしいんだけど、その魔法使いを上回ってるからね。そりゃ、目の敵にすると思うよ」
とりあえず、セシルさんが人外級で、そのせいで公爵家の反感を買ったのは間違いない。早い話が嫉妬だろう。
「あの……私に関係ないっていうのは……?」
「フェンガルが恨んでるのは当主だけだろうだから、アリシアは大丈夫だと思うよ」
エクラの推測はほぼ間違いないだろう。能力的に抜きんでているのはセシルさんの方なのだから、アリシアが目を付けられる理由にはならない。
だが、アリシアはいまだに不安げな表情のままだ。
「?……どうしたんだ?」
その様子を見咎めたルイが更なる追及をする。
当のアリシアはというと、かなり答えに困窮しているようで、一向に答えようとしない。
そうしているうちに、エクラ、ライラたちもアリシアの異変に気付き始めた。
「大丈夫?」
「どうしました?」
「え、っと……」
一気に3人に詰め寄られ、さらにしどろもどろになる。俺はそれを見て、助け舟を出すことにした。
「皆さん、そろそろ仕事に戻った方がいいんじゃないですか?」
「……そうだね。時間的にそろそろ再開した方がいい」
やや強引だったかもしれないが、幸いにもラックが合わせてくれた。彼が一声かけてくれれば、ここのメンツは従ってくれるはずだ。
「む……確かに、これ以上は自重したほうがいいかな」
「会長が言うなら、そうしましょう」
「え~まだ休憩でもいいんじゃ……」
「そうしましょう」
「分かったからそんな凄むなって……」
案の定、ラックの言葉に同調したエクラにライラが賛同。渋る姿勢を見せたルイも、ライラに睨まれて仕事に戻っていく。
無事、話題を逸らすことに成功した。
「……ありがと」
「どういたしまして……」
ティーセットを片付けていると、アリシアが小声で礼を言ってくる。
アリシアの考えていることにはある程度予想がつくので、このくらいのフォローならしておいた方がいいだろう。
おそらく、アリシアが気にしているのは自分に対するフィリムの態度だろう。
先日の一件からわかる通り、フィリムはアリシアにかなり攻撃的な態度をとっていた。そのことと今日の話を合わせれば、『フィリムはエストーレの自分を疎ましく思っている』と考えているのはごく自然なことだ。
(ま、違うと思うけどな)
俺は暗い顔をするアリシアを横目で見ながら、ぼんやりとそう考える。
というのも、フィリムが攻撃的なのはアリシアに限った話ではない。俺はもちろん、クラスメイトで彼女と親しくしている奴は一人もいない。
クラスでは常に高圧的な態度をとっていて、近づこうとしてきた輩を寄せ付けない。かくいう俺も、何度か会話を試みようとして尽くフラれている。
それに、もっと大きな根拠が一つ。たぶん、フィリムはアリシアの家名を知らないということだ。
この学園は実力主義を謳っている。
そのため、権力の象徴である家名を名乗らせないような仕組みになっている。
さっき、ルイから『アリシアは貴族なのか?』という質問が飛び出したこともこれが原因だ。ファーストネームだけしか名乗らないので、平民か貴族かの判断は普段の言葉遣いなどを見て判断することになる。
そんなこんなで、他の生徒の家名は自分から宣伝しない限りは知りえない。
実際、俺がアリシア以外で知っているのは、入学試験で直々に訊いたフィリムと、自ら名乗っていたジークの2人だけだ。
アリシアから話すことことはまずないだろうし、辺境の貴族の情報を仕入れられるとは思えない。
フィリムがエストーレの娘だからとアリシアを嫌っているとは考え難いのだ。
(だから、あんま気にしなくていいんだけど……)
アリシアの表情は依然として曇ったまま……
明らかにさっきの話を引きずっているのが丸わかりだ。
(こいつ、こういう時だけメンタル弱いのなんとかならないかな……)
仕事をこなしながら苦笑する。
アリシアが周りの目を気にしたり、変に責任感を燃やすと碌なことにならない。大抵は完璧を貫こうとして失敗、からの功を焦ってまた失敗、の負のループに陥る。
なので、早めにその思考を捨ててほしいんだが……
(さて、どうするか……)
一番手っ取り早いのは、別のことで気をひくこと。
今まではてきとうに魔法でもなんでも撃たせてストレス発散してもらっていたのだが、場所が場所なだけにその作戦は不可能。
かといって、それ以外であいつの気晴らしになることがあるかと言われれば、全く思い浮かばない。
(んーー…………)
手は作業を進め、頭で妙案を考える……が、やはり思い当たらない。
そもそも、気まぐれなアリシアがコンスタントに気分転換できるようなものはそれこそ魔法しか考えられない。
自然と顔に力が入り、苦虫を嚙み潰したような顔になる。
「2人ともー、どうしたの?」
2人して沈んだ顔で作業しているのが気になったのだろう。作業を止めたエクラが声を掛けてきた。
「いえ、なんでも」
「無理やり引き込んだ身としては、ハイそうですかって引き下がれないんだよね」
「分かってるなら開放してもらえますか?」
「それは厳しいかな」
それを聞いて、俺の顔つきがますます厳しくなったような気がする。その証拠に、エクラはさらに面白そうにほくそ笑んだ。
「まあまあ、悪いとは思ってるんだよ。でも、人手が足りないのも本当だからさ」
「それは分かってますよ」
「僕も、君たちに余計な負担をかけてることは分かってる。だから、休日くらいは羽を伸ばしてみないかい?」
エクラはそう言って、左手で手招きする。訝し気に思いながら近づくと、その右手には2枚の長方形の紙切れがあった。
「これは?」
「演劇のチケット。公演日は明日だから、2人で行ってみたらいいんじゃないかな」
「…………」
演劇と言われてもほとんど興味がない。なので、普段なら突っぱねるところだが、今は事情が異なる。
こういうものは俺もアリシアも見たことがないので、新鮮だろう。十分気分転換になるはずだ。
(後は、アリシアが気に入るかだが……)
そう思ってアリシアの方を見てみると、ちらちらとこっちを見ている。視線は、俺の顔とエクラの手にあるチケットを往復している。
「……ありがたくいただきます」
「楽しんでくるんだよ~」
エクラは嬉しそうにチケットを手渡し、ひらひらと手を振った。
この時、俺とアリシアの明日の予定が決定したのである。
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