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スパーダ・エストーレ

 給湯室から出てきたアリシアは、ティーカップとポットを乗せたプレ-トを持っていた。

 皿を持って一緒に出てきたラックは、いまだに騒いでいる3人に声を掛ける。


「皆さん、そろそろ休憩にしましょう。それと、騒ぐなら休憩なしで仕事してくださいね~」


 それを聞いた3人は途端に大人しくなり、席に着く。

 年上の役員全員をたった一言で従わせたラックは、クッキーを乗せた皿をテーブルの中央に出す。

 続いて、アリシアがプレートをテーブルに乗せ、ポットから人数分のカップに紅茶を注ぐ。


「それじゃあティータイムにしましょう」


 準備を終えたラックの言葉を合図に、夕方の茶会が始まった。


 さっきまでの険悪なムードを引きずることなく、各々が和やかな雰囲気で紅茶を味わい始める。


「あっ、この紅茶美味しいね」


 と、エクラが言うとアリシアが照れ笑いする。

 すると、ルイがもしやと言って尋ねる。


「これ、アリシアが淹れたの?」

「はい」


 アリシアの返答を聞いて、そのことを初めて知った3人は三者三様の反応を見せた。ルイは腑に落ちたように頷き、エクラは素直に感嘆し、そのエクラを見たライラが微妙な表情になる。


 もう一度言うが、さっきまであんなに大騒ぎしていたのが嘘みたいに落ち着いた雰囲気になっている。

 そして、茶会にしようと切り出したラックはというと、目の前の光景がさも当たり前であるとでもいうように、微笑みながら紅茶をすすっている。


(この人凄いな……)


 キャラの際立ったこの連中を、思うがままに操っている。

 普段からアリシアに振り回されて、似たような境遇を体験している俺からすると、尊敬してしまう手腕だ。


「ところでさ……」


 俺が密かにラックに対する好感度を上げていると、ルイがふと思い当たったような口ぶりで話し出す。


「アリシアって貴族なの?」

「えっと……どういう意味でしょう?」

「あー、別に深い意味はないんだけどさ」


 いまいち要領を得ないという顔のアリシアに、ルイは頭を掻きながら続ける。


「アリシアって、貴族って感じがしないんだよなー。なんていうか、話し方とかに違和感があって……」

「確かにそうですね。普通、貴族の令嬢は所作から話し方まで厳しく躾けられるものだけど、アリシアの話し方はどう見てもそういう教育を受けた跡がない。ついでに言えば、レヴィの方にもそういう傾向が見られる」

「そうそう。でもさ、上手い茶って味を知ってないと淹れられないだろ?だからどっちかなって」


 同調したラックに頷きながら、ルイは紅茶を口に含む。そして、俺が初めて目にする怪訝な顔つきを見せた。


 本当に、この人達はよく見ていると思う。入学直後からほとんど一緒にいるカムルスからでさえ、そういった質問を受けたことは一度もない。

 にもかかわらず、たった数日の付き合いでそこまで見抜くのは観察力に長けているからだろう。

 いつもが残念なだけに、いきなりこうした切り込んだ質問が出てくると余計にびっくりする。


 アリシアも動揺しているのだろう。頬をかきながら困ったような声を出す。


「えっと……まあ一応貴族です」

「おや、随分と曖昧な答えだね。どういう意味か教えてくれるかい?」

「それは……」

「俺たちは、準男爵ですから」


 エクラの追及に答えられないアリシアの代わりに、俺が回答する。

 それを聞いて、ライラがさらに質問を続ける。


「そうなんですか?」

「ええ。もっと言えば、辺境も辺境の出身なので、貴族同士の交流とかアリシアのところとしかしたことないです。言葉遣いが貴族っぽくないのはそのせいかと」

「それにしては、彼女は凄く答えづらそうにしていましたが……」

「いきなり質問攻めにされたら、誰だって委縮するでしょう」

「……それもそうですね。すみません」


 ライラは謝罪を述べてから、それきり口をつぐんだ。

 やっと終わったかと思えば、今度はラックが興味を示し出した。


「辺境の準男爵って……よかったら、家名教えてくれるかな?」

「いいですよ。俺はスパーダです」

「私はエストーレです」


 それを聞いて、俺たち以外の全員が目の色を変えた。

 そして、全員を代表するかのようにラックが声を上げる。


「スパーダにエストーレ……やっぱり、大戦の二大英雄だったのか」

「ちょっと待って。今、聞き捨てならない単語が聞こえたぞ」


 思わず、言葉遣いが粗野になってしまうくらい衝撃的だった。

 二大英雄って…………


 それから、若干強張った雰囲気をなんとか解消して、その『二大英雄』とやらの話を聞き始めた。


「さしあたってまず、先の大戦の話から始めよう」


 そう言って、ラックが話し出す。

 俺たちがいるミルタ王国と隣国のルビア帝国が戦争を始めたのは、20年前の話だ。

 前世の俺が戦死して転生するきっかけになった、あの戦争である。体験した俺から言わせてもらうと、まさに阿鼻叫喚の地獄絵図であった忌々しい記憶である。


「この戦争で、スパーダとエストーレは領地を得て貴族になった。そして、これが王国全土の注目を集めることになる」

「どうして?」

「平民が貴族になるっていうのはそれだけで普通じゃないからね。当然と言えば当然かな」


 俺の質問にはエクラが答える。確かに、考えてみれば当たり前のことだが……


「で、『二大英雄』とか呼ばれるまで注目されるような理由は?」

「端的に言うと、あの2人が負けかけていた王国を引き分けにまで持ちなおした」

「…………は??」

「帝国の戦力が莫大だったせいで王国は負けかけてたんだけど、あの2人が参戦したおかげで、引き分けに持ち込めたんだ」


 それは初耳だった。アリシアも同じらしく、大きな目をさらに大きく見開いて瞬きしている。


「それ、人間業じゃないんじゃ……」

「うん。正直、化け物だと思うよ」


 悲報、父親が化物認定されていた件……

 だが、そんなことしたのなら英雄と讃えられるのも納得できる。


「ちなみに、スパーダ領とエストーレ領が揃って辺境にあるのも偶然じゃないよ」

「……というと?」

「あの領地は帝国に隣しているよね。あれは、もしもの時のための防波堤らしいよ」


 ラックがさらに大きな爆弾をぶち込んできた。

 それが意味するところは、帝国への抑止力としてスパーダ、エストーレの両氏を固めているということで、もし帝国が戦争を仕掛けてくれば、真っ先に戦地と化す領土であるということだから……


(俺は想像以上にヤバイところで生活していたのか……!!)


 転生して15年--衝撃の事実に戦慄する。

 アリシアも同じことに思い至ったようで、思いっきり顔を引きつらせている。


 そして、その表情から全てを察したらしいエクラが苦笑しながら話しかける。


「知らないほうがよかったかな?」

「……ノーコメントで」


 俺はそうとしか答えることができなかった。

 テーブルに視線を落とすと、ティーカップが目に映る。俺はそれを手に取り、その中身を一気にあおった。


 今の会話でカラカラに乾いていた喉を、ぬるい紅茶が潤す。

 紅茶を飲み干した俺は、多少は冷静になった頭で思考し始める。


 さっきまで、父さんたちはどうしてこれを教えなかったのか、と若干疑心暗鬼になってしまっていたが、教えたらパニックに(こう)なるのが分かっていたからだろう。

 家に極端に歴史書がなく、父さんの武勲の話もほとんど上がらなかったのはそのせいだ。

 そして、父さんがこれを考えられるとは思えない。


(母さんか……クルト兄さんの可能性もあるな)


 どちらにせよ、やむを得ず隠していたということは間違いない。


「ふう~~……」


 俺は大きく息を吐いて、気持ちを切り替える。

 そうして、小皿に乗ったクッキーを口の中に放ると……


「エストーレと言えば、フェンガル家は散々ですよね……」

「「!?」」


 ライラがいきなりそんなことを言いだし、俺とアリシアは思わず吹き出しそうになった。その語り口を聞くに、どうやらいい話ではないのだけは分かる。


「……アリシア、お茶注いでくれない?」

「分かった……」


 俺が頼むと、アリシアも神妙な態度で応じる。

 夕方の茶会はまだ終わらないらしい……

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