生徒会
フィリムと遭遇し、泥沼の修羅場を目のあたりにした日から数日後--
「会長……書類整理終わりましたよ」
「ありがとう、レヴィ君。じゃあ、次はこれをお願いしてもいいかな」
今日も今日とて、俺とアリシアはエクラにこき使われていた……
「いやあ、それにしても毎日手伝いに来てくれるとは思ってなかったよ。もしかして、意外と気に入ってくれたのかな?」
「はは……御冗談を」
上機嫌そうに紙の束を手渡しするエクラに、俺は口元だけの笑みを作って応じる。そのあからさまな否定を見て取ったエクラは肩を竦めてから、再度自分の作業に没頭し始めた。
エクラの言う通り、俺たちはここのところ毎日生徒会にヘルプに入っている。本来、手伝いは週一で大丈夫とのことなので完全にボランティアをしている感じになっているわけだ。
もちろん生徒会が気に入ったからとかではない。むしろ、極力関りを断ちたいとさえ思っているくらいだ。
「こんな量じゃなきゃな……」
「ん、どうしたの?」
「いや、何でもない……早く終わらせようか」
俺の呟きに反応したアリシアに適当な返事をして、俺たちは目の前の書類の束に立ち向かう。
そう、俺が毎日生徒会の手伝いをしているのは、この莫大な仕事量のせいなのだ。
ぶっちゃけ、週一ペースで終わるような量じゃない。俺たちはただの手伝いなので、別に気にしなくてもいいのだが、このまま仕事が溜まってしまうと、後々エクラ直々にお願いされるのが目に見えている。
後で無理やりやらされるか、今自主的にやっておくか……
悩んだ末に後者を選択したということである。
「というか、今までよくこの人数で回ってましたね……」
思わずといった様子で、アリシアがそんな感想を漏らす。生徒会室には全員で6人……うち2人は非正規なので、生徒会役員は全4人ということになる。
確かによく回せていたものだ。
アリシアの疑問には、エクラがデスクワークをこなしながら答える。
「んー……今まで、ここまで忙しくなることなんてなかったからね」
「そうなんですか……?」
「ああ、今年は学園きっての一大行事があるから」
「あ……それって--」
アリシアが何か思い当たることがあるような声を出したが、その声は途中、凛とした声に遮られる。
「補足させていただきますが……」
明瞭で他人を引き寄せない冷たさを感じる声音。それを発したのはエクラではなく、まして俺でもない。この場にいる生徒会役員、その一人だ。
「今まで生徒会が運営できていたのは、会長の尽力の賜物です。くれぐれも勘違いされないように」
「「…………」」
「こらこらライラ。威圧的な態度をとっちゃダメだろ……2人とも驚いてる」
「ですが、事実ですので」
機械のように感情の乗らない、だが明瞭な声で話す銀髪の少女--もとい、生徒会会計、ライラのさも常識だと言わんばかりの態度にエクラも苦笑している。
ここ数日、生徒会で仕事をしているので、エクラ以外の役員のことについてもある程度わかってきたつもりだ。そして、4人の役員の中でもライラがぶっ飛んでヤバイということも分かってきた。
彼女を一言で言い表すならば、エクラの信奉者だ。
無機質なトーンの声、まるで生気を感じない淡い水色の瞳、全くと言っていいほど見られない自己主張……人間と言いうより人形のような彼女だが、唯一エクラが絡んでくる話の時だけは生き生きとし出す。
今の牽制も言葉通りの意味というよりは、エクラがいかに素晴らしいかを無意識に布教しているという感じだ。
「ホント、お前はエクラの話になると饒舌になるよな~」
そのライラに気軽に声を掛けたのは、彼女の隣の机に座る男。金髪茶眼で見るからに軽薄そうな雰囲気を滲みださせている。
「……ルイさんには関係ないでしょう」
「で、男嫌いも健在っと……今日も平常運転だねー」
生徒会副会長のルイは、ライラの辛辣な態度にも眉一つ動かさずに受け答えする。まるで暖簾に腕押しといった様子のルイを睨みつけながら、ライラは嫌そうな顔で話を続ける。
「私は男嫌いなのではなく、あなたが嫌いなんです」
「お前、大概の男には平気で毒吐くでしょ……」
「それは彼らが会長に邪な視線を向けてくるからです。ちなみにあなたが嫌いなのは、女性なら誰彼構わず手を出そうとするからです」
「また、潔癖なことで」
心底機嫌悪そうなライラと、仰々しく肩を竦めるルイ。まさに水と油のような関係だというのが一目でわかる。
実際、ライラの潔癖は『個性』の一言で済ませられるようなものじゃない。それがエクラ崇拝と重なって、さらに過激になってしまっているのだ。
一方のルイはというと、弁護のしようがないクズである。その容貌や明るい性格から女子にモテるのだが、手を出すのが早いくせに捨てるのも早いらしい。
その辺の事情に首を突っ込む気はないのだが、初対面でアリシアを口説き始めたのを見てしまうと信憑性がある話だと思える。
そんな感じでまるで対極に位置する2人だから、お互いが口を開けば坂道を転がり落ちるように口論へと発展する。
「だいたい、なんであなたが生徒会に居られるのかが、私には不思議でならないんですが」
「俺は仕事できるからね。それに関してはエクラのお墨付きさ」
「聞きたくないですし会長を名前で呼ぶのは止めなさい寒気がする」
「またまた攻撃的になって」
「気持ち悪い」
「2人は仲が良いねー」
一触即発の空気の中、エクラだけが和やかな顔で場違いな発言をする。
それを聞いたライラが猛烈に否定し、それを受けたルイが茶化して場はさらに混沌とする。
「またか……」
「まただね……」
「いつものことだよ~」
俺とアリシア、そして生徒会書記のラックが口々に感想を述べる。
そう、この光景は生徒会室ではいつものことなのだ。少なくとも俺が手伝いに来ている数日間、これを見なかった日はない。
最初こそ雰囲気が変わったと緊張していたが、特に害もないので無視している。
「でもラックさん、あれ止めなくてもいいですか?仕事終わらないんじゃ……」
「ああ、いいよ。間に合いそうになかったら、カンヅメでもなんでもさせて終わらせるから」
当然といえば当然のアリシアの疑問に、ラックは笑ってそう答えた。有無を言わせないという迫力付きで……
ラックは容姿だけ見れば、いたって冴えない男子生徒だ。藍色の双眸のうち、片方を長い黒の前髪で隠していて、雰囲気もいわゆる草食系男子のそれだ。
そんな地味そうなラックが、生徒会の事実上のボスであるということはおそらく誰も知らない。
仕事の管理から、ライラとルイの口喧嘩の仲裁まで、ラックは生徒会での多くのことを取り仕切っている。
彼こそが生徒会の常識担当……唯一の良心なのだ。
「2人ともゴメンね。こっちから手伝いをお願いしてもらってるのにあの様で……」
「いえ、それについてはラックさんが謝ることないですよ」
「でも、生徒会の醜態を晒してるのには違いないからね」
これに、『そんなことはない』とは言えなかった。言ったところで何の慰めにもならないことは分かっていたし、目の前で役員3人が言い争いをして遅々として仕事が進んでいないのが現実だ。
嘆息をつきながら黙々と自分の仕事をするラックに同情してしまう。
それと同時に、自分よりも一つ年上の彼らをまとめているという事実に驚嘆せざるを得ない。普段から、さぞかし苦労しているのだろう……
「よし……!一旦、休憩にしようか」
「いいんですか?」
「役員3人がおしゃべりに夢中だからね。このままじゃこっちも集中できないし、ちょうど休憩にも良い時間だし」
ラックはその役員3人を見て微笑む。もっとも、笑っていたのは口元だけで、目は一切笑っていなかったのだが……
「じゃあ、私はお茶入れてきます」
「ありがとう。じゃあ、僕はお菓子でも出そうかな」
「こんな時間に茶会ですか……」
俺は苦笑する。今は5時頃で、生徒会室の窓からは西日が差し込んでいる。どう考えても、そんなことをする時間ではない。
「別にいいじゃん。それに、茶会でもなんでもしないと、あの人たちのやる気が出ない気がするんだよね……」
「……そうですか」
ラックの心底めんどくさそうな顔と、その口から出た重苦しい理由を聞いてしまうと、物凄く反応に困る。とりあえず適当に相槌を打った俺は、給湯室に足を運ぶアリシアとラックの後ろ姿を黙って眺めていた。
かくして、橙の陽が照らす部屋で個性豊かな生徒会の面々と茶会をする流れとなった。
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